商品開発

2016年6月22日 (水)

週刊パーゴルフの取材

先日、週刊パーゴルフの取材をうけた。

Pargolffront Koboshistory
戦後、日本人のライフスタイルが劇的に変化し、戦前にはあまり聞いたこともない病気が増え、仕事・労働環境や生活習慣が大きなストレスにさらされている。
ストレスというと精神的ストレスだけと思われがちだが、化学的ストレスもある。一番に考えなければいけないのが「風呂」だ。
人間の体、肌には1兆個以上の常在菌が住み、これが全身にバリア層を作り、免疫システムを形作っている。
ところが、日本の水道水は世界一高濃度の塩素で殺菌されているので、飲み水には浄水器を設置したり、ミネラル水を購入しているが、風呂やシャワーはそのまま使かっている。そして、化学石鹸で体をゴシゴシやってしまうと肌の免疫システムが破壊されてしまう。また、残留塩素の残る風呂に入ると肌も交感神経が緊張し、血流が低下、低体温の元になってしまう。
このように残留塩素のある風呂に浸かり、体を洗うだけで化学ストレスにさらされているわけだ。
だから残留塩素を中和・分解・除去し、石鹸やシャンプーなしに体や髪のニオイの元を洗い流し、血流を上げて体温を上げ、結果的に免疫力も向上させる重炭酸入浴剤、ホットタブを開発した。
と、話したが、よくまとめ、分かりやすい文章にしてもらった。
お近くの書店で目にされた際、是非、手にとってご覧いただければ幸いだ。

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2008年5月29日 (木)

不可能は無い,開発目標の立て方

ニーズに素直に忠実になるのが商品開発における成功の秘訣と説いたが、たいていの場合、いろいろな理由で開発者は不可能の理由を説明し。難しい出来ない、と決め付ける。給料をもらって一生懸命出来ない理由を述べルのも滑稽だが、知的レベルが高いほど其の傾向がでる。そのくせ、1社が常識を破って新しいニーズを解決した新製品を出すと、各社続々と新たな技術を見つけ、同じような商品を発表してしまう。出来ると分かると誰にも出来る、出来ない理由は心の壁だけである。

90%の平均的な人間は、こういうものを作れないかと持ちかけると、あらゆる知識を総動員し出来ない理由を考える。これがナレッジ(Knowledge)、知識である。創造的なモノを作るには知恵が必要で、知識は入れるモノ、知恵は出すモノ、だから仕事をして知識を得てもダメ、知恵を出して初めて給料が出る。とよく言ったものである。

知識は出来ない理由を考えるのに使うのではなく、知恵を出すために使うもので、起業家はベンチャーだからここのところをよくよくわきまえ、知識でかんがえ、これは不可能と回避したら成功しない。必ず出来ると信じ、知恵を出せば到達できるから、日常、其の癖をつけるべきである。

全く世に無い新たなものを作るのだから、それが作れる方法や知識は誰も知るわけも無く、知識で考えたらモノは作れないのは当たり前だ。ニーズがあればいつかは誰かが完成すると思い、それは俺の仕事、俺がやるという信念が必要だ。

それにはどんな機能でも進歩の度合いを縦軸に対数で表し、横軸に時間(年月)を真数でとってみることだ、不思議と過去の進化は直線的に進歩している。ムーアの法則なども,そうだが、半導体でなくても、物事の殆どが同じ様な進化をたどる。過去が直線ならこれから先喪直線で進化すると信じないほうがおかしいが、過去は信じてもここから先は技術の壁があって不可能だと考えてしまうのが人間の常のようで、ここに過去を信じる人の勝ち目がある。

いつ頃、誰かがどの程度の進化を実現するか、5年後にはどの程度の商品がどこかのメーカーから必ず出てくるはず、価格は幾らくらいになるかなど、この表を作ることで予測できるようになる。

私の場合、1972年、米国コダック社が写真の新しい標準処理を発表したとき、過去の歴史的処理時間の発表値とあわせプロットしてみた。見事に直線的に進化していることに気がつき、一般的な進化も同じ方法でこの曲線を作ってみた。それ以来、この進化曲線を信じ、3年か5年先の目標を立て実現しておけば先行できると方針を決めた。過去の進化は未来の進化のはずとこの直線を未来に外捜し2001年頃処理時間は限りなく零になることを20年前に知ることが出来た。ここがドライシステム(デジタル)が出現する時期と予測し、対応していったのである。

長期の心構えと、日常は常に3年後には何分の処理に達していなければならないか、迅速処理研究の目標を明確にすることが出来た。

古い話だが、大阪万博のとき関係者入場証(当時のIDカード)用にポジ用カラーペーパ-に直接大型カメラで人物撮影をするという迅速ID作成技術を特需課という部署と処理開発チームで開発し提案し、受注することが出来た。その後、この技術を警察庁の免許証システムに小型化し、日本で始めての顔写真入り免許証作成システムとして採用され受注に成功した。人物とカードを同時に撮影し迅速小型システムとして各県警に設置され、オンサイトで処理することになり、工場から多くの方が全国野警察にサポートメンバーとして出向した。それ以来、日本の免許証システムは20年以上コニカが独占してきた。

官庁商売では圧倒的な差別化技術が無ければ、官僚との癒着以外独占はありえない。特に警察関係だから技術以外の競争はありえず、癒着も無く独占してきた。最近ではデジタル化になって、東芝など何社かのシステムが各県警ごとに選択されているようだが、それまでは、毎回の提案合戦を勝ち抜き、長い間受注を勝ち取ってきたがこの原点は、この進化表を使って不可能はない。。と開発し続けた、超迅速、無水洗処理でシステムを小型化し続けた機器開発グループとのチーム力であッたと思う。

その後この技術は、街中の証明写真撮影システムとしてトップシェアをとり、1事業部が育っていったし、印刷事業部ではコンセンサスシステムという,検調、検刷システムでトップシェアを保つことが出来た。

話を戻すが、開発者からみると折角、知恵を出し、高い目標の迅速処理システムを発売しても、冷酷にも、次の日からまた5年後の目標値が掲げられる。たいていは、これ以上は不可能です、こういう理由でと研究データを基にして敵にはできっこないと安心してしまうのだが、私の研究室では、この進化曲線がバイブルだったから、皆この目標を信じ、知恵を出しはじめ、何らかのアイデアが出て、新技術が生まれるから不思議なものである。

そうやって入社当時、1時間30分以上の処理が必要だった、カラー写真の処理時間は最後≪1998年ごろ)の私の開発テーマではカラーペーパーが1分、カラーネガが4分程度あった。しかも全処理液をヘッドから噴射するセミドライ処理という画期的なものだったが、32件の特許出願でおわり、デジタルに席を譲ってお釈迦となってしまった。

ここから先はウエット処理は無くなり、別のパラダイム進化曲線となったわけで、新たなデジタルでの進化に知恵とアイデアを駆使し、また楽しい新たな挑戦が続けられると思うと楽しい限りでもあった。

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