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2013年1月

2013年1月 4日 (金)

日体大の優勝が示すもの

最下位から1年で日体大が優勝 

しかも30年ぶりとのこと

復路の横浜駅まえまで行き 妻と一生懸命応援てしまった。、

なぜか往路を見て感動し、自分には関係ない日体大を一生懸命応援する気になった。

昨年は戸塚辺りで襷が途切れ屈辱を味わったそうだがその試合後

別府監督が当時2年生の服部君をキャプテンに指名したのだという

3年生が何故・? と反抗し、

立候補までしたそうだが

俺が服部を指名したのだ、文句がある奴は今ここでやめろ

俺についてこれない奴はやめてよい

と言ったのだそうだ

そしてそれぞれ 3年と4年生にすすみ

服部君の下級生や同級生がまずまとまったらしいが 

4年生が納得するのには時間がかかったとか

それはそうだろう

別府監督に言わせれば 

何かを変えるにはこれしかなかったというが

普通はこれができないのだ

区間2位を出す4年生が3人もいるのだ

こう言う常識破りの選択はできないはずだ

まず社会が許さない、秩序が乱れるからだ

秩序破りは成功の確率も低いため批判もされる

会社でも 社会でも 皆良い人を演じたがる

喧嘩してまで 

何かを変えようとする人は少ない

大抵は 常識を破ると 批判され 孤立する

うまくゆけば 褒められるが

大抵は、裏で足を引っ張られる

4年生に入れ知恵され 監督の悪口や服部君を孤立させ

組織をバラバラにされてしまう

しかも悪気ではなく 正義感でやるから始末が悪い

正義はきちんと4年生をキャプテンにすることだから

常識で言ったら勝てない

下級生がリーダーでチームをまとめられるか?

うまくゆく確率は限りなく低い、たしかにそうだが

しかし

たすきがつながらないショックから

立ち上がるには 荒療治であっても 数%の確率にかけるしかないのだ

そして勝利はたいてい非常識にあるのだ

本来上下関係がガチガチの 運動部、

先輩後輩で秩序が保たれてきた長い歴史がある

10人の勝てる選手を選ぶには

30人程度の精鋭部員が必要でそれをまとめて練習で底上げし

引っ張ってゆかねばならない

まず言葉使いから上級生には気を使わなければならないだろう

それを乗り越えて下級生がまとめてゆけるはずがない

チームの仕組みが変わらなければ 絶対にまとまらない

それが自主的に生まれるのを待つ

素晴らしい監督の仕組み作りだ

そして外部から 生活指導のコーチを引っ張ってきたらしい

3年生がキャプテンで 4年生が乱れず 

生活がきちんとすれば

必ず組織が変わり 最大のアウトプットが出せる仕組みが出来上がる

そのチームの走りっぷりを見たかったのだ

自主性は挑戦を生み、利他の心で走る組織を作り出す

管理しても絶対に力以上のちからは出せない

3年生が管理者なら管理ではない何かがなければまとまらない

自主性で利他で仲間のために走ったら 

そのちからは限りなく高くなる

 一歩 線を超えた自主的な団結が4年生から変わることで

  生まれれたのだ 褒めるべきは 復路の4年生

  そう思い

」応援に出かけたのだが 思ったとおり復路の4年生は強かった

  自主性ほど強いものはないのは 会社の組織作りでさんざ経験済み

10人+控えや サポートの裾野のメンバーが

  1つの目標を持つ組織になるには

  先輩後輩の枠や管理を外した自主性しかないのだが

  4年生が管理者なら絶対自主性は生まれない

   強制的な管理で強くしてゆくしかない

これでは 自主性は生まれない

-

  自主性は固定した観念からは生まれない

  別府監督が狙ったのはおそらく

  自主的で自律した競争意識と団結力なのだろう  

  4年生が納得して 3年のキャプテンを支えれば

  その時必ず生まれるのが自主性だ

  自らのためだけではない

 仲間のために走ることができるのだ

そのとおり復路の4年生は素晴らし走りだった 

 横浜駅前は 3年生の矢野君だが

 見ていて感動し泪が出てしまった、 

 何を泣いてるの?

家族のためにはなかなか泣かないのに

 と妻に笑われた。

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2013年1月 1日 (火)

あけましておめでとうございます。 重炭酸入浴の贈り物

あけましておめでとうございます。

今朝は 昨日とうって変って 穏やかで快晴

素晴らしい初日の出をおがみ、

家族そろって元気に元旦を迎えられてことへの

神様への御礼と感謝の祈りをさせていただいた。

今年は格別ありがたい 感謝ばかりである

なぜなら

朝五時半すぎ 携帯のメールの知らせが鳴り

横浜の娘婿からのメールだ

5:時29分長男誕生、母子とも元気、との知らせだった

バンザイ よくやった。

あっぱれ元旦うまれ、めでたい限り 授けてくださった神様に御礼し

見舞いにも行かなくては?

正月5日まで入院だとすれば、

6日には退院して我が家に赤ちゃんが里帰りする

1,2カ月にぎやかになる

待望の長女の初産

結婚後十数年 長女には子供ができなかった

次女には3人のかわいい孫がいるので

長女にも、何とか授けてあげたいと思っていたが、

こればかりは口にも出せず

内心あきらめていた

娘に言わせると 炭酸泉 HOT Tabを使って半年ほど入浴し

体が本当に温まり 冷え症が治ってしまった

体が温まり 子宝に恵まれたのではないかという

炭酸泉 スパークリング HOT Tabは 

40過ぎた、超高齢でも子供を授ける力があるようだ

驚くほど体が温まる、炭酸泉を発明させていただいたが

これも神様から頂いた奇跡的な発明 開発であり、

このHOT Tabでの入浴で、私は花粉症が直ってしまったほど

そのほかにもいろいろな効果があり

まさしく

神泉だと思っていたが、

まさか 不妊症にもよいとは思わなかった

おかげで長女に子供(孫)ができ 孫は4人目となった

どんどん作ってほしい

予定日は12月末だったのに 

9月から切迫流産の危険があるとかで 

ずっと入院していた。

赤ちゃんの臓器の発達が固まる35週くらいまでは

陣痛が来ないよう点滴でコントロールして

遅らせるのだそうだが

正月休みは赤ちゃんと1,2カ月は里帰りしてくるだろうから

 にぎやかでいいなと思っていたら

とうとう12月になっても陣痛は来ず

今後はふつう分娩ですということで、退院して家で 待機していた

それでも12月末の

予定日になっても生まれず 

のんびり屋の娘夫婦の子らしいね

どうしたのかしら

と妻と笑っていたのだが

まさか元旦の朝 日の出とともに出てくるとは

 

長女の婿さんの誕生日は 7月1日

娘は9月1日生まれ

その2人の長男が1月1日生まれ

なんとめでたい家族ではないか?

これで今年は良いスタートが切れる

炭酸泉の中国や韓国を含めた出願の出願も完了

製法だけでなく 錠剤そのものを抑えられるようになる

さっそく年明け年末に公開された2件を含め

類似品製造の2社に 

公開特許3件について警告書を発しようと思う、

特許は公開時に警告を発しておけば

成立した時点で 警告を発した時点まで、さかのぼって対価を請求できる制度となっている

今後は 湯中に溶解した時のお湯のPHが5.5から8.5までとなるような重炭酸錠剤で

且つ

ビッカース硬度が10以上の錠剤は特許が成立すれば

公開時にさかのぼって 各社製造も流通もできなくなる

現在の類似品そのものも このPHと 硬度の範囲にあり、特許抵触することになるから

今年後半から完全排除できるだろう

類似品は体が温まるというようなこともないため お客様からも

これを重炭酸泉の本物と間違えて購入して 知らずに使ってしまうから

特許があるなら早く排除してほしいと

要望されており

早晩解決できる見通しとなった。

重炭酸を名乗らず

PH範囲を酸性にすれば色や形や大きさがまったく同じ類似品であっても

正々堂々と販売できるのにと思うのだが、

言っても聞けない理由もあるのだろう 盗人にも三分の理というから

特許があるのだろう

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