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2011年12月

2011年12月18日 (日)

今年もっとも嬉しかったこと

そろそろ今年1年の総括の時期が来てしまった。

嬉しかったこと。。が

今年最後の三略会でもテーマであったが

三略会では

ほとんどの方が紅白歌合戦の話題

それだけ紅白は 両方とも盛り上がった証拠

私も近々ではやはり紅白歌合戦の参加が最高のおもい出であった

気仙沼の漁師からお借りした、

歴戦の漁師のぼろぼろの長くつと

猟場の潮で焼けた着古したジャンバー姿で唄った北の猟場

震災で亡くなった多くの御霊様方に

日本の再興を誓う鎮魂としてうたったのだが

何と言ってもよい思い出になった

それは別にしても

全くダンスなどセンスも経験もないわたしに

あのスポットライト輝く

サンケイ会館ホールの350人の前で下手なダンスを初披露させてくれたこと

それは

紅組の女性メンバー 明美ちゃんの、[倖田來未 め組のひと]のバックダンサーとして

タキシードの4人組で踊りに参加したことだが

これは来年もやりたい 病みつきになるかも知れない、そんな思い出となった

全く踊れそうにもないシニア軍団を踊りの表舞台に引っ張り出す

紅組作戦参謀長の山ちゃんの勇気と 

ダンス指導の明美ちゃんにとても感謝する

残念ながら紅組の敗戦原因は

我々シニアダンサーにあるかも知れないが

今年最高のうれしいことではあった

極め付きは、

親父の遺言  [我が家の家名に泥を塗るな 名を挙げよ]

に逆らう 

友人がうたった[植木等のスーダラ節]のバックダンサ^での登場

 

これもカンカン帽とテキヤシャツ、ステテコ 腹巻き 姿で 下駄ばきという姿で

踊ったこと

これも病みつきになりそう

妻には前日この衣装を披露し 

胃が痛いと 言われてしまったのだが

当日は 観客として応援に来てくれた、妻にも 娘2人にも、

こんなにたくさんのよいお友達がいてお父さん!!素晴らしいね!!

と、とても評判良かったのだが

これを一緒に踊ったのが 私と同じ19年生まれの与謝野家の坊っちゃんとか航空機の整備会社の社長さんなど 私を除けば皆良家のおじさま それがうれしい

今年は

唄うだけではなく、

前日から1日中 明美チャンのビデオ指導を受けながら

ダンスの練習をしとおしたこと 

壺中天あり 

とはこのことだ

病み上がりの橘先生が8時間ぶっ通しで司会をしてくれたこと

これも

順調な回復の知るしかも

有りがたいことです

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2011年12月16日 (金)

2011年 12月 21日

三略会の仲間出友人に

12月20日の誕生日の方が2人おる

しかもそのおふた方は同じ会社の社長と専務の関係

この2人

今年は良いとして来年の12月20日はマヤ文明で言う世紀末、

橘先生がこのお二人を楽しそうにからかうことしきり

マヤ文明の予言を描いた映画2012年があるからだ

およそ1700年位前、3から9世紀

天体観測に優れていたというマヤ文明がメキシコ南東部、
グアテマラ、ユカタン半島などの地域に栄えていた。

この天体観測で優れた技術があったマヤ地域の暦が 2012年12月20日で消えているのだ

なぜ2012年12月の冬至の21日から暦が途絶えてしまったのか?

謎ではあるが、

はたして真実は来年の冬至の12月20にわかる、1年後だ。

現在私達が使用しているカレンダーは1582年に作られた
グレゴリオ暦を元に作成されているそうだが

それよりずっと以前に、火星や金星の軌道も計算し、極めて精度の高い暦を
作り出していたのがマヤ文明であったから

2012年12月21日からは地球がないという地球滅亡の日を天体観測から

古代のマヤの人々は予測していたのではないかというものである

彼らは太陽の時代を読み解いたらしいのだが
太陽が生まれ、老いて、やがて死を迎える」という一つの大きな周期が約5125年なのだそうです、

古代マヤの人々は紀元前3114年までさかのぼって換算した暦を石碑や記念碑、王墓の壁画などに刻んだそうです。

その暦の始まるとなる紀元前3114年から約5125年経ったのが2012年12月21日辺りだったとか!

ひょっとしたら
来年は世界がないのかも

それはそれで そんな5000年ぶりの現象に出会えることすら楽しい
ことかも知れない

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2011年12月11日 (日)

炭酸泉クエン酸で健康をつくる会 報告

ある会員の方がジェットバスを使っているとのこと

炭酸泉カルボが溶けた後、ジェットバスを使うと、もの凄い泡が出るので

本当に温泉に入っているようで、毎日が楽しみ

よろこんでいます、との連絡を頂いた、

そして腰が痛くて整体に通っていたのだが

これが炭酸泉に入りだして、およそ1ヶ月で いたくなくなり

大変楽になり 快適な生活を送らせて戴いている

と言うお礼であった

重炭酸イオンが高濃度に浴中に溶けているのだが

翌日であっても

ここにジェットバスのような装置で、大量の空気が吹き込まれると 

曝気によって重炭酸イオンが炭酸ガスとなり お風呂の中で発泡するものと

思まれます。

これはジェットバスがない方でも

手でお風呂を強くかき混ぜ、空気を入れますと同じように

肌にびっしり炭酸ガスが着きます、

ジェットバスでは、この炭酸泉をお奨めできないかな?と心配していましたが

よろこんでいただいて良かったです

一回目は 自然に炭酸が発泡するのを楽しみ

2回目にはいる時

ジェットバスで楽しまれると良いと思います

腰にもよい効果が現れるかも知れません

これも初めての新しい情報で、タイへン うれしかったです。

とにかく不思議な神秘的な効果がいろいろ報告されており楽しみです

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2011年12月 9日 (金)

沖縄の苦しみを共有せねば!!

一川防衛大臣が問責を受けた原因のひとつ

普天間の原点を知らなかった。。。ことですが

この重大事件を、現在の普天間の原点を、国民の多くが知っているのだろうか?

大半の若い方は知らないだろうが少なくとも30歳以上の方は絶対に忘れてはならない問題です

これは沖縄県民の苦しみの原点であり

日米安保を大きく揺るがした大事件でもあるのです

そしてその後の基地返還運動へつながり 普天間での解決と、地位協定改定で、ほぼ終息するはずでありました。

それは16年前

95年9月4日に沖縄本島北部で起きた米兵少女暴行事件

12歳の女子中学生が米兵3人に準備した粘着テープで目や口をふさがれ、

手足を縛られ

レンタカーに乗せられ1.5kmの山の中に拉致され、3人から強姦されました、

少女の訴えで

沖縄県警が捜査、3人の米兵を割り出し逮捕状を取り、米軍に身柄の引き渡しを迫りましたが

米軍は日米地位協定を盾に身柄を引き渡さず 立件起訴できないという状況に立ち至ってしまったのです

日米地位協定では 犯人が米軍基地内(米国内とみなされる)にいる場合

犯人を検察庁に起訴するまで身柄を引き渡さなくてもよいという

悪平等条項があったのです

これでは立件起訴するための、捜査取り調べができませんから

結局、起訴できず

凶悪犯が分かっていても、捕まえることは難しいことになってしまいます。

当時の太田知事は激怒しすぐ上京、

河野洋平外務大臣に直訴、身柄引き渡しと捜査を拒む地位協定の改定を迫りました。

その当時の河野外相は

地位協定の改定まで求めるのは行きすぎていると沖縄県の要請を一蹴、

河野外相は問題の本質が見抜けませんでした、

彼はいつもある沖縄米兵の暴行事件のひとつとしか見ませんでしたが、

政権中枢の人間は常に自分を守ろうと行動します

まず沖縄の人の立場で考え沖縄の人の気持ちを大事に行動することが大事なのですが

彼は簡単に考えてしまったのです

12歳という少女に対する悪辣な輪姦という事件に対し沖縄県民の怒りは頂点に達していたのです

加えて

当時の米軍司令官マッキー大将が 

レンタカーを借りる金があったのだから本当は女が買えたのに、馬鹿な奴らだ。。

という意味の言葉を吐いてしまったのです。

沖縄県議会 市町村議会が一斉に反発、

この少女暴行事件は沖縄県民の気持ちを大きく傷つけ、交渉はこじれ沖縄におしつける米軍基地という意味から 全面返還運動までに発展し

多くの議論や反対,賛成運動を経て 、普天間基地を辺野古へ移転することでほぼ片がつく段階までこぎつけていたのでした。

それを

これも国益を全く考えなかった 鳩山坊ちゃんが

自党が選挙で勝ちたいばかりに

沖縄県民の気持ちを弄び、

最低でも県外などと言い出し、選挙で勝ってしまったから大変なことになってしまいました

その後は解決のめども全く立たず 現在の泥沼に至ってしまったのです

少女暴行事件の後すぐ

 95年10月21日の宜野湾市の海浜公園でおこなわれた県民総決起大会では

米軍、軍人による少女暴行事件を糾弾し日米地位協定の見直し 

を要求

沖縄県民約9万人が集まる大集会となり、

それ以後

この沖縄県民感情を無視しての解決はあり得なくなりました

それは

日本の総面積の0.6%に相当する沖縄に米軍基地の75%が集中する(沖縄差別)という感情です 

なぜ沖縄が? これは説明などできない感情です 

これを全日本人が共有し正しく理解しなければなりません

沖縄の海兵隊の駐留は、いざというときどこへでも発進できる

その特殊部隊の任務性からみても

国防 抑止力はもとより

私が使う車のガソリンひとつとっても

そのタンカーの99%が通過する海上航行安全にとっても重要です

一人ひとりが沖縄の犠牲の上に平和や安全があるといことを認識したとき初めて

沖縄の方々の基地での迷惑と苦労が報われるのです

そういう意味で

この少女暴行事件が普天間基地返還問題の原点なのです

痛ましい少女の暴行事件だからこそ 

沖縄県民は立ち上がったのです

この重大な日米関係のこじれのもととなった事件をよく知らないという防衛大臣は

本来ありえないはずですし

本当に知らないなら

日米安保を基軸とする日本の防衛大臣は務まらんし、

沖縄問題も解決できんでしょう。

当然罷免というか

武士道の昔なら 

切腹して沖縄県民にお詫びとなります

日本人全員がこの事件をいつまでも正確に覚えていて、忘れないようしなければ

日米地位協定の改定も進みません

日本人は熱しやすく忘れやすいですが

大事なことは忘れてはいけません

国民の尊厳の問題です

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2011年12月 8日 (木)

11日は 三略会紅白歌楽戦

歌合戦ではない 歌楽戦である

今年は11日の11時から19時までの8時間 

観客は310名程度 審査員が50名とか

サンケイ会館のホ-ルを借り切り 盛大に開かれる

練習は4回、本番に備え それこそ NHKの紅白並みの準備が行われている

360名の観客の前で歌うのはやはり緊張するが 何か楽しそうで気持もよいもの

紅組52名対白組52名 演歌とポップスに分かれて戦う

今まで4勝6敗 今年は11年目だそうだ ななりの歴史ある大会だ

歌だけではないミュージカル風の演劇が紅白それぞれにあり

ぶっ通しの爆笑あり 涙ありの8時間

今までは橘先生が休みもせず総合司会をぶっ続けで務めたが

今年は橘先生、10月に大手術をして

今は病みあがり

大丈夫だろうか?

無理をしてはいけない、体は壊れた時間をかけて元に戻す必要があるそうだから

2年程度は安静が必要な筈

若い方のためにも先生には長生きしてもらわないと

私がお願いして、岡山の教会の教会長先生が

橘先生の無事回復を毎日一心に祈ってくれている

やはり無理はしてほしくない

神様は何事も体がもとなりといっている

大事にしてしてほしい

私は演歌の紅組の出演

北島三郎の ”北の猟場”!!を謳う

衣装は、しがない北国の漁師の格好

ぼろの長くつと汚いジャンパーに腹巻き!!

そのほか

タキシードでのオモシロバックダンサーや

ステテコ姿でのスーダラ節のバックダンサーなども務めるから結構忙しい

今年も何か楽しそう

震災で沈みきった日本を笑いで吹き飛ばすくらい

大騒ぎをしてみたい

皆忙しい優良企業の社長さん方だが

ノリがいい

この不景気に しかも忙しい年の瀬に

それどころではないだろう

何をあほなことをやっているのか?

普通はそうだが我々は違う

そぞれお客様から見たら もっとまじめに仕事しろ

そう思えるだろうが

いやいや

橘師の教えは そうではない。

こういう不景気だからこそ

忙しいからこそ

一時の馬鹿をやる時間を無理して作るところに

創造性がある

そしてやるからには 

歌舞伎座の通し狂言にも負けないような

長時間休みなしの盛り上がりを作りだす

すでに11月から4回の猛練習が紅白分かれて秘かに行われている

しかも練習なのにものすごい盛り上がりでだ!!

三略会の社長さん方はパワフルだ

こういう忙しい中で自分の好きなことをちょっと見つけて

ふざけた時間を思いきり楽しむ

こういうことを

壺中天有り(こちゅうてんあり)

という

一人壺の中に入って天井を見て楽しむように

自分の楽しい世界を作ってみる

という意味らしい

そいうことができる社長が仕事ができる人なのだと教える

忙しい 忙しいと 時間を作ることが下手な人間は

時間だけいくら掛けても 成果は出せない

ならばたまには

無理して遊ぶ時間を探してみたら

ということらしい

この言葉は [六中観] 後漢書 にある言葉で

●壺中天有り

いつもどんなに忙しくても心には別天地を持っておれ

1日5分でもそういう時間を持てば心が豊かになる

という

私にとって、

毎日岡山の教会の先生に感謝と願いをお届けするメールを書く時間かもしれない、

そういう

心が洗われる時間をいう

ほかに六中観には5つの言葉がある

●忙中閑有り

たとえどんなに忙しい時でも心が落ち着いていて静かである心境

●苦中楽有り

苦しみながら学ぶところに楽がある、むしろ苦こそ生きがい、人生の楽に思える心境

●死中活有り

どうにもこうにもならなくなって初めて本当に活きる道が見出せる

そこまで考えにゃあ駄目、

●意中人有り

どんなときでも意中に人、尊敬する人を思い描いて行動する目標の師をもつ

●腹中書有り

座右の書を持て、信念哲学を持って行動すれば必ず叶う

などがある

それぞれ素晴らしい教えだが

私は”意中人有り”が一番好きだ

いつも心に2人の人生の師がいる

そして心はいつも幸せ、である

謝謝!!

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2011年12月 7日 (水)

炭酸クエン酸タブレット(錠剤)の名称がスパークリング ホット タブに決まりました。

今日、東京都庁で薬事法での販売名称の届け出を終了し

最終的に 

(スパークリング ホット タブ)という名称に決まりました。

まだ会員の方々からの感想を正式にお聞きしているわけではないのに

ドンドン お礼や感想が寄せられています。

これを共有する公式サイトの構築を検討中ですがそれまでこのブログでおしらせします

7割の方はとてもよかったとの感想ですが

3割くらいの方はあまり効果が実感できないという感想です

そこで

神秘的な健康や美容の効果が高く喜んでおられる方の

 [これはすごいね素晴らしい] という方の入浴時間と

 [あまり効かないね] という方の入浴時間を

 お聞きして比較して見ました。

 両者の入浴時間には大きな差がありました

これは予想どおりでした

前者はぬるめのお湯に

 20分から40分と非常にゆっくり 低温で長く入っている方であり

後者のあまり効かないという方は

みな熱めのお湯が好きで 4,5分で出てしまうカラスの行水的なさっと入る

方が多いようです

そして新しい発見でしたが

長湯の方で数人の方からお肌にとてもよいという方があり

その方々は皆、体に洗剤を付けて洗うこをやめているそうです

炭酸泉に入るだけで本当に肌がきれいになるので、わざわざ洗剤を使わないのだそうです

自然のままのお湯で入浴するだjけできれいになる”!!ということでした。

洗剤がいらないなんて、ますます 素晴らしい!!

ピュワーな感じがします

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2011年12月 6日 (火)

炭酸 クエン酸タブレットの効果(続)

炭酸泉クエン酸で健康を作る会

にお客様からいくつかの入浴効果についての報告が入ってきます。

現在、この結果を個人情報は別にして症状の改善例だけ公開し

会員相互で共有できる方法について検討していますが

その検討には、開発含め多少の時間がかかりますので、

このブログで、まずは、少しずつ紹介してゆこうと思っています。

この炭酸泉カル簿や炭酸泉タブレットと呼ばれている商品は

重曹(重炭酸ナトリウム)とクエン酸が入っていることが大きな特徴ですが

多くの女性から

肌がつるつるしてとても気持ちがよい

お風呂あがりでも 

以前はお風呂上がりには何か湿潤クリームを付けないと

かさついてだめだったが、お風呂あがりに 

何もつけなくてもしっとりとても気持ち良い

美容にもとてもよいようだと報告してくれました。

空気が低温になり 

乾燥してくると 肌の表面の角質層がとれ、

乾いて脂質が減少し

かゆみが出たり

湿疹が出たりする患者が多くなるとのTV放送もありましたが

この現象の改善に効果がないか?

体験していただける方がいないか探そうと思っています

ある茨城の会員の方が 炭酸カルボに数日入浴したら

おしりのところにできていたイボがとれてしまった

という報告をくれました。

私の首にも線種ま先週まで、大きなイボが一つありました

もうできてから6年くらいたったでしょうか?

ヘー 本当かいな?そう思って、

お風呂に首までつかり イボの部分に炭酸泉錠剤を当ててお風呂で発砲させて見舞sた

炭酸タブレットをそのイボにあててイボに泡があたるようにしてみました。

、1週間くらいでしょうか、

  本当にとれてしまいました

イボは癌細胞なのでしょうか?

先端から枯れるようにカサットとれてしまいました。

やはり神秘的な効果があるようです

お客様の現象を自分でも確認でき

これはすごいとますます地震が出てまいりました

いろいろな病状の改善例をしらべ

その効果を報告してゆきたいと思っています

ぜひみなさんご協力くださいね。

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2011年12月 4日 (日)

地球は一つ 鎖国を解き 海外労働者に市場開放移民促進を

昨年だったか?

国はタイの人だったか?

どこか東南アジアの労働者のお子さんだったと思うが

小学校6年と4年生の子が

学校の友達と別れ国外退去させられ、

涙ながらに友達と別れなくてよいよう訴えていたのを思い出した。

国内では、少子化で困っているのに、

まじめに働いている方まで、不法滞在とかで逮捕し

家族ともども国外退去させられる事件があった。

先日新聞だったかTVのニュースだったか

主要国の外国人労働者の活用状態が%で示されていた

確か

日本は0.3%程度

国際的にはほとんど鎖国状態

アメリカはもちろん移民の国で、23%程度

ヨーロッパ各国でも13%くらいだったか

あの儒教で純粋国家と思っていた韓国でさえ12%程度

ドイツなど

20年前はトルコからの出稼ぎ労働者で、大変な問題を抱えていた。

韓国などは、日本のような高齢化はまだまだ先の話なのに

将来を見据え 

国の活性化には、人口の高齢化や人口減少は絶対よくないと

国内問題を抱えながら必死で変革しようとしている

外国人を入れることは国内問題が起こるのは必至である

何も問題がないなどあり得ない

しかし

人口減少は国の活性化という点で致命傷となる

ことを各国はよくわかっている

日本でも、数年前 日本人3世の国内滞在条件を大幅に緩め

今では

韓国、中国人の次にブラジル人が多く滞在している

しかし国としての取り組み支援は積極的ではなく

少しでも不法滞在は許さない

その結果、が0.3%程度であり

ほとんど鎖国状態にある?

韓国やヨーロッパは移民を受け入れることが如何に大変か

その苦労を知りながら、

国の活力を維持するために絶対に必要なことと

この問題を解決しながら

外国人を積極的にとりいれ、精いっぱいの努力をしている

日本では人口が減り始めた今でも

移民を受け入れるとか

外国人に地方参政権を与えるとかは

いまだに国賊のように批判され、タブーでもある

今から30年後をイメージしてみよう

人口は大幅に減りだし

地方は3割くらい減る町が多くなる

町はシーンとし、若者はほとんどいない

経済はその実態すら見えないくらい疲弊し

大きなお店は撤退、消費はほとんどない

高い税金 と老人介護ばかりが仕事

経済は停滞し 

みなこの国には希望がなく

活気がないから嫌気がさし

ほとんどの企業は海外へ逃亡

店の多くはつぶれ 工場はなく 

当然働き口などない

65歳以上は4割を超え、

一人の老人が2人の老人を面倒みる

老2老介護、 

シルバーピアという名の姥捨て山がいっぱいできている

税金が高く

活力ない日本には

若者も住む気もなく、

みな海外へ逃げて行ってしまう

そんな日本が30年後の現実なのである

そうならないよう韓国は真剣に国を開き

移民を受け入れ、いまから活性化を図ろうとしている

社会の活力には人口増加と

格差がひつようなのである

格差を作ることが経済活性化につながらう必須要件なのである

5年前 小泉改革で格差が生まれたことが批判されたが

社会の格差は電位差であり 経済の電圧だから

ものが、金が、流れるのである

中国もアメリカもこの格差があり

社会が活性化している

社会は粗野で荒っぽいが

活力がある

変化しようと常に努力する力が生まれる

学校では運動会で一等賞さえ作らない

格差を嫌う日本

試験で順番でも付ければすぐ親が出てきて叩いてしまう

外国人をいれ、社会不安が起こることを恐れ

どんどん衰退する老人だけの無格差社会を作ろうとする

それは死の街となるはずだ

国民が如何に反対し

国民がデモをしようが、

断固移民政策を進める韓国

国民がどんなに反対しようが

FTAやTPPを進め国を開く

問題を解決しながら前に進める韓国

30年後は経済優等国の韓国と国際競争力120位とかの死の街日本が出来上がるかも

そういう社会がヒタヒタと迫っている

私の孫が結婚して子供を作るもうすぐ先の話だ

たった25から30年後のことである

そうならないよう考え

法律を変え対応してゆくのが政治家だ

政治家だけは

20年から30年先を見て仕事をしなければならない

移民問題だけでなく、福祉も 経済活性化も TPPも

どんな小さな、問題も常に30年先を見なければならない

みな変化はいやだし

変わらなくて済むなら

誰でも変わりたくない

しかし

変わらざるを得ないなら

変化を受け入れ

変化に対応しなければならない

継続的な努力をしなければ亡びるだけだ

それは歴史を見ればよくわかる

恐竜のように頭が小さい動物

頭が小さい国は絶滅してゆくだけだ

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2011年12月 2日 (金)

東電事故調、報告はまったく反省なし、

今日、東京電力が発表した福島原発事故調査報告

びっくりである、

これだけ悲惨な事故を起こしておきながら

過去の安全対策は妥当であり、

事故は想定外の津波が原因だという

唖然とする

自分たちは全く悪くない?

反省のひつようもないという素っ気なさ 

国と進めてきた安全対策だから、間違いはなかったという

想定外の津波で

すべての電源や複数の冷却手段が長時間にわたって失われ

メルトダウンなどの大事故に至ったとし

安全対策は国が決めてこと、

東電の責任ではないと。。。。

しかし

私が知る限り、そんなことは全くない筈!!

国会予算委員会の議事録をみても

2008年共産党の議員から、

ほぼ今回の津波レベルの事故を想定しての安全対策について質問がされているし

東海地震を想定してではあるが

過去何回も一部学者からも、東電内部からも10m以上の津波の対応を

指摘されていた。

しかしながらその都度

 すべて根拠がない指摘と退けてしまっていた。

原子炉はどんな事故でも絶対安全な格納庫で囲われており

万が一の事故でも安全だと言い切り絶対安全を通してきた。

この事故調報告のように、

人為的な事故を正当化してしまうような企業は

最悪の危険性を持つ

原子炉を責任もって操業する企業としては資格なしと思う。

こういう企業を

税金などを使って救済するのはどうかと思うが

いかがであろうか?

国民の命を預かる資格もなければ能力もない

直ちに解体し、潰してしまった方がよいかもしれないとさえ思う

ニュースを見ながら憤りを禁じえなかった

福島だけではない、東北全体の復興を遅らせ

日本経済の風評被害を拡大し、景気を停滞させ

小さな子どもの将来を奪い、

多くの避難民をうんだ事故からみても

許せない気がするのはわたしだけであろうか?

4月に、私の地元の地方選挙の演説会場に

近所の東電幹部社員が来ていたが

当時、彼もまったく今回の事故調と同じ意見であった

あれは想定外であり

自分たちは悪くない、

国が認めて決めた安全基準を守って進めてきただけではないか?

責めるなら政府、東電を責めるなんてそんな奴は電気を使うな!!

そう怒っていた。

これが東電全社員の意見なのであろうが

私は潔よく、

事故の原因は今までの安全神話をつくって対策をしてこなかった国と東電の責任と、

そうすっきり非を認め、

地避難民や全国民に謝罪し、

新たな出発を期すなら

万難を排して全国民が彼らを応援するだろう

あきれるのは

今までの安全対策を妥当だと正当化しながら

今後についてはそれほど難しくない対策をまとめている

それは

今回以上の津波を想定し

冷却装置や電源装置の浸水対策や

非常用電源を安全な場所に確保する

だそうだ

当たり前でしかないのに、びっくりする?

震度6で全原子炉がやられている現状見れば

10m程度の津波であっても当然予想し

対策を取る必要があったはずだ

原子力安全委員と進めてきたから間違いではなかったと言っても?

その原子力安全委員会など東電の献金と接待漬けで、

一蓮托生

同じように学会も学者も御用学者化し、

献金で傀儡かしていたのだから意味がない

国会の議事録見れば想定内であったことがわかる筈だ

自分を守らず、想定さえすれば、

対応策など簡単に出せたはずなのだ

冷温停止を年内実現などと簡単に言うが

現状の報告聴いただけで無理だとわかる

 

おそらく100年かかるとおもうし

それも放射能が出っぱなしの状態での話

チェルノブイリのように石棺封鎖すら難しいのが福島の現状である

何せ巨大なコンクリートダムを造って地下を守っても

どんどん劣化するだろうし

放射能の放出を止めることはできないからだ

この小さな国はほぼ永久に汚染されつずけるはずだ

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2011年12月 1日 (木)

吉田所長は大丈夫か?

福島第一原発の吉田所長が入院し、所長を退任

その病状も蓄積被ばく量も発表されず

とても心配している

おそらく吉田所長は常に第一線で陣頭指揮していたから

無理な被ばくをしてしまったのだろうとおもう

将に将たるリーダーなら、こういうとき、たいていそうなる

部下の危険を守りながら

常にまず自ら行動してしまう

であるから

あの危険な状況で現場が着いてゆくのである

所長は実際の被ばくだけでなく

責任感からの精神的なダメージも大きかったろうとおもう

精神的な被ばくと、実際の被爆のダメージは想像を絶するものがあるだろう

お察しする、

彼がそうであれば、残る多くの原発作業員だって安心はできない

おそらく実際はかなりの被ばくがある筈だ

日本は

国民にだって安全被ばくレベルを20倍に設定しなおしてしまう、国家なのである

昨日、

発表された第一原発の格納庫内の推定状態

3・11の10時間くらいの冷却停止が起こったおかげで

核燃料はすべて溶け

格納庫のそこに落ち、

1mもあるコンクリート壁を浸食

後35cmしかなかったらしい?

ここで吉田所長たちが冷却を再開

メルトダウンをくい止めてくれていたのだと思う

もしこれがさらに壁を突き破り、

最後の鋼鉄を突き抜けていたら

あと数時間 冷却開始が遅れていたら

大爆発、したという

水素爆発どころではないレベルの大爆発

そうなれば、東京も安全ではなかったろうし

もっと恐ろしいシンドロームという現象となる

それは放射能が地球の底を突き抜け、

地球の裏側まで汚染が広がるという

そういう最悪の状態を

彼は守ってくれていたことになる」

そして彼はその危険が迫っていることを本当は知っていたはずだから

その精神的な苦痛は並みのものではなかった筈

常に最大の危険を身に感じながら

必死に戦っていたのだと思う

もしそうなったら、世界や日本の国民に申し訳ないという責任感

そしてなぜもっときちんとした対策をとってこなかったかという

罪悪感や、悲壮感、死を目前にした緊張感など想像を絶する

吉田所長が

あの事故処理を身を挺して守り 精神的にも耐えていてくれたからこそでもある

それは大変だったでしょう、本当に、ご苦労様でした

後はゆっくり治療してほしいと願います

必ず神様が守ってくれます

元気に回復することを願います

原子力安全委員会や 

政府高官 

東電幹部などは

自分だけ

安全なところに身を置き

能書きを言いながら、

国民をどう騙そうか?汲々として、やっていただけ

そうとしか思えない

身を挺して現場を守ってくれていたのが

吉田所長以下現地スタッフや東京都の消防隊や

その他の地域から来た応援現場作業員や志願兵の方々などである

本当にありがとうございました

深く感謝申し上げます。

国や東電はプライバーシ-の保護とかと言う言葉で

今回もまたまた、ごまかそうとしています

彼の病名も 蓄積被ばく量さえ出さない

出せば問題だから出さないだけと誰でもわかることなのに

やはり出さないから

これは被ばくが原因としか思えない

そういう東電や政府に憤りを覚えるのは私だけではないだろう

今ごろになって 

当時の原子炉内の様子を発表してごまかしているが

当時は枝野官房長官など

直ちに危険なことはないなどと?

首相官邸から発表していたのである。

40億円近くもかけて開発した

SPEEDY

風向きから放射能汚染の広がる方向をシュミレーションし予測するシステムだが

このデータも3.11以来隠してしまった。

私は当時

私のブログで毎日 スイスの気象台の発表するデータを公表してきました。

その時の私のブログの読者は数千人にも達しました。

スイスですら遠い日本の福島の風向きのデータを刻々ととり

その汚染シュミレーションを

放射能の汚染予測を刻々と伝えてくれていました。

そのWEBサイトをご紹介していたのですが

後になって実は日本にも同じものがあるとしり

唖然としました。

日本のシステムSPEEDYは

3.11の事故以来隠してしまったということを知ったのです

驚きました、

原子量安全委員会はこのソフトはもし事故が起こったとき大変だからと言って

膨大な国家予算を取り、

開発していたのに

実際に起こったらかくしてしまう???

そのソフト開発には30億円もかかるはずがないのに

どこにそんなにつかったのか???も不思議だが?

本当の事故にあって隠してしまうなら、

何をか、言わんや、である。

無駄な開発の見本のようなもの

危険な時ほどこの国はデータを隠すのである

政府も官僚も東電も

いざとなれば国民の命など、なんとも思っていないことがよくわかる

昔のロシアや 中国どころではない、とんでもない悪代官のいる秘密国家なのである

そういう中で

吉田さんは本当によくやってくれたと思います

改めて感謝申し上げます

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