« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

2011年8月24日 (水)

企業の志魂

私が崇拝する橘三朗の産経新聞の企業の志魂の批判記事を見つけた

これがネット社会の情報だと言う事がよく分かりました。
全く事実と異なるのにどんどん作られた批判が蔓延して行く。

企業の志魂は橘先生が取材し 歴史上の故事と合わせてその会社や社長の考えを志魂として紹介する広告記事ではあるが

一般のそれとは後の効果が全く異なるもの
投資効果の高い広告記事掲載なのだが、入ってみないとこの良さは分からないものだ
是非中に入ってみて..と思い反論記事を書いてみた

橘先生とお会いする前に、小柳ルミコさんが広告記事を書くというこの手の広告商法の取材を受けたが

取材の間、1時間、一言もしゃべらず

ただ座って、ライターの取材を待って居るだけ

愛想もないし、最後に 一緒に写真を撮って終わり

写真だけニコニコ、

こういう取材広告は最近でも一杯電話が来る

しかし

企業の志魂は全く違う

産経新聞で25年も続いている

特徴ある取材広告記事であり

この記事を通じて、その後の三略会で

何百社もの社長が交流し、

お付き合いをして,人格を磨き逢ってきた

企業の志魂は

記事掲載後の三略会への参加に価値がある

まず批判記事を先に読んでいただきたい
元社長の日記というブログだが

名前も明かしていないモノのようだが事実と異なり許せない

●取材商法:産経新聞「企業の志魂(こころ)」
もともと意味のわからない話ばかりなのに加えて最近まったく
更新されていないこのブログで唯一有益な情報が、取材商法に関する記事だったりしますが…

今日も久々に取材商法の電話かかってきたので、アップしておきます

産経新聞の日曜朝刊に「企業の志魂(こころ)」って連載があるそうなんですが、これ記事広告です

うちにいきなり電話かけてきて営業されました

橘三郎なる人が書いているそうなんですが、特徴ある商売をしている会社の志と中国の故事をあわせて
どうちゃらこうちゃらで…って電話かかってきましたが…

「結局、なんなの?取材ですか?広告ですか?」と聞いたら、素直に広告だって認めました

ちょっとバタバタしていたので、掲載料は聞きませんでしたが…まぁ10~20万円くらいじゃないかな?

忙しいときに勘弁して欲しい

以下は私の反論

私は4年前
企業の志魂の取材を受けて以来、橘三朗師が主宰する毎月一回100社程度の社長が一堂に会し、
勉強研鑽しあう異業種交流会、三略会、や、中国故事や歴史を学ぶ随踵塾に、
それぞれ50回以上も招待され、殆ど毎月2,3回出席し、
多くの人格者的な社長とも知り合い、素晴らしいかけがいない友を得ました。
こんな素晴らしい社長会を主宰する橘三朗先生を心から崇拝している企業経営者です。
この 、企業の志魂や三略会については、私のブログ( 写真を守りたい)でも
何回も書いてきましたからお読みください。

そう言う意味でこのページの記事は事実と全く異なります。
ちょっと営業担当から電話を貰った程度でその他の一般の広告業者と
一緒にしないで欲しいとおもいます。
橘主宰や未悠世(株)の武紀代美社長は数千社の企業の志魂記事を書く中で
知り合った社長の中から300社(人)程度の方を今でも面倒見ており、
多くの社長から父とも母とも慕われている素晴らしい中小企業の心の指導者です。
この事は私だけでなく多くの中小企業の社長が保証します。
橘三朗の回りには無記名で事実も確認せず、批判するような社長は一人もおりません。

橘師は中国の孔子思想など儒学に通じ、
日本の歴史故事もあわせながら、日常孤独な企業のトップの人格教育を
毎月40から50社を2回も呼び随踵塾(人が、お客が、後から後から、
踵に付いて来るような人間になろう、という意味)を開催して教育してくれています。
無料どころか武紀代美社長が弁当まで差し入れてくれます。

勿論誰でもこの会に呼んでくれません、先生の期待に応えられる人格的な素養ある社長が
厳選され招待されます。
ここには、1月に天皇陛下が技術見学された世界的な中小企業から
数人の極小企業まで素晴らしい方が学んでいます。
松下村塾の吉田松陰のような方です。
事実を確認し、ご自分の名前を明記して責任ある意見をお互いに書きましょう
企業の志魂に取材され記事が掲載されるとこの三略会や随踵塾への参加資格が得られ、
素晴らしい方がたと知り合えます。
会社や社員を思うなら人格形成を願うなら、
企業の志魂の取材を受けて見る事を勧めます。
企業の志魂記事の掲載は広告費が必要ですが安いものです。
その後の価値が違いますのでお奨めします。
この手の広告記事の勧誘はいっぱい有りますが25年続いた産経新聞の
企業の志魂は、そう言う手合いと全く違います。
この記事を見て事実と違うため、先生を崇拝する人間としてたまらず、
意見を述べました。疑問があればいつでも私に連絡を戴いて結構です。

投稿者: ホットアルバムコム(株) 小星重治 (2011/08/24 22:07:16)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月15日 (月)

終戦の日に思う

今日は終戦の日

記念式典 反省の会など殆ど無いが、現在の日本はこの終戦直前のごとき

巨大な財政赤字、震災、原発事故 円高、少子化 老人化 豪雨 余震など 

未曾有の問題で八方ふさがりの状況にある。

1945年8月15日私は1歳と4ヶ月 歩き始めたばかりのいたずら小僧だったと思う

小さい時からラジオは立派なものがあったから,キットあれで親父を始め正座して聞いたのだろう

私は何も知らず,ばたばたとはったり歩いたりして、

聞き取りズライ雑音の中の、天皇陛下の声を、しっかり聴き取ろうと

できるだけ静かにして暑い中じっとしている、大人達の邪魔をしていたに違いない

12時きっかりより

ボツダム宣言を受諾し終戦を宣言した天皇陛下の詔勅が発せられたのだが、

この言葉の意味を改めて読んでみた,

特に後半、日本国再建への願いは素晴らしい思いが伝わってくるではないか

今こそ日本の国民にこの言葉で詔勅を発していただきたい思いに駆られる。

以下詔勅口語訳文

私は、深く世界の大勢と日本国の現状とを振返り、非常の措置をもって

時局を収拾しようと思いここに忠実かつ善良なあなたがた国民に伝える。

私は、日本国政府から米、英、中、ソの四国に対して、

それらの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾することを通告するよう下命した。

 

そもそも日本国民の平穏無事を図って世界繁栄の喜びを共有することは、
代々天皇が伝えてきた理念であり、私が常々大切にしてきたことである。

先に米英二国に対して宣戦した理由も、本来日本の自立と東アジア諸国の
安定とを望み願う思いから出たものであり、他国の主権を排除して
領土を侵すようなことは、もとから私の望むところではない。

 ところが交戦はもう四年を経て、我が陸海将兵の勇敢な戦いも、
我が多くの公職者の奮励努力も、我が一億国民の無私の尽力も、
それぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦局は必ずしも好転していないし、
世界の大勢もまた我国に有利をもたらしていない。

それどころか、
敵は新たに残虐な爆弾(原爆)を使用して、しきりに無実の人々までをも殺傷しており、
惨澹たる被害がどこまで及ぶのか全く予測できないまでに至った。
 

なのにまだ戦争を継続するならば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、
ひいては人類の文明をも破滅しかねないであろう。このようなことでは
私は一体どうやって多くの愛すべき国民を守り、
代々の天皇の御霊に謝罪したら良いというのか。

これこそが、
私が日本国政府に対し共同宣言を受諾(無条件降伏)するよう
下命するに至った理由なのである。

 私は、日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に
対しては遺憾の意を表せざるを得ない。

日本国民であって前線で戦死した者、公務にて殉職した者、戦災に倒れた者、
さらにはその遺族の気持ちに想いを寄せると、我が身を引き裂かれる思いである。
また戦傷を負ったり、災禍を被って家財職業を失った人々の再起については、
私が深く心を痛めているところである。

 考えれば、

今後日本国の受けるべき苦難はきっと並大抵のことではなかろう。
あなたがた国民の本心も私はよく理解している。

しかしながら、私は時の巡り合せに逆らわず、
堪えがたくまた忍びがたい思いを乗り越えて、未来永劫のために
平和な世界を切り開こうと思うのである。

   私は、ここに国としての形を維持し得れば、善良なあなたがた国民の真心を拠所として、
常にあなたがた国民と共に過ごすことができる。

もしだれかが感情の高ぶりからむやみやたらに事件を起したり、
あるいは仲間を陥れたりして互いに時勢の成り行きを混乱させ、
そのために進むべき正しい道を誤って世界の国々から信頼を失うようなことは、
私が最も強く警戒するところである。

 ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、
責任は重くかつ復興への道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、
正しい道を常に忘れずその心を堅持し、誓って国のあるべき姿の真髄を発揚し、
世界の流れに遅れを取らぬよう決意しなければならない。
 
あなたがた国民は、これら私の意をよく理解して行動せよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月12日 (金)

予想通り 8:11から12早朝 震度4とか5の地震

昨夜から今朝3時頃にかけ 

宮城沖や福島で大きな地震が来た

今朝は震度5で目が醒めた。

この6日にこのブログで

3:11 4:11 7:10と10又は11日が危険で8:11,9:11が要注意とかいた。

理由は太陽黒点情報と大きな太陽フレア情報,地磁気情報から

コレら一連の地震は 東北の余震ではなく

全体がこれから来る、首都直下型や東海、,東南海沖 などの

大地震の前触れ余震だという

歴史上9世紀に各地で起こった大地震と、全く同じサイクルだという

いずれにしろ、自然の営みだから 地震を恐れてはいけない

恐れなければ

来るなら来いでいれば

被害は小さくなる

いつ来てもおかしくない関東 東海沖なのだから

しっかり準備をして、行動に気をつけ、

恐れず 心静かに 来るなら来いと、待つしかない

それが地震の被害を小さくする,

恐れると必ず被害が拡大する

だから10日や11日近辺は,注意して行動すれば

必ず 大きな被害は防げる

コレは円高も同じこと

恐れるから

,世界の餌食となり、益々円高となる

逆に円高は好都合と

円高を利用したビジネスをどんどん生みだし

日本を元気にして行けば

日本中で

円高歓迎の気持ちを発すれば

円高は止まる

投機は空気だから、

円高歓迎と言うだけで円高は止まる

コレも前にこのブログで書いた事があるが

フランスもイタリアもスペインも財政不安

通貨はユーロで共通だが、財政は別々

ドイツ以外は皆財政不安だからユーロが強いはずがない

ドルも信頼感はなく

従って円が独歩高?

イヤ高いのは円だけではなく

スイスフランも急激な高騰に襲われている

円とスイスフランの2つの通貨が高騰している。

偶然2国とも 専守防衛、平和を特長とする国

世界で非戦 平和を唱える、この2国の通貨が強くなり

影響力が高まることは良い事に違いない

偶然ではない平和国家への神様のご加護 お計らい ご褒美だと思えばいい。

しかしスイスも時計やブランドの貿易輸出主体の国だ

苦しいはずだがスイスフラン高に備えた施策をどんどん打っている

震災後の異常円高対応として財務省と日銀が3月に円売り介入した時

このブログで、円を売ってドルを買っても目減りするだけ

円売り介入するくらいなら、世界の金を買いしめい、と書いた

もし3月に金を2兆円買っておけば,すでに2倍にもなっていようか?

今回も馬鹿な円売り介入スルしかないようだが、

円高を恐れても 円高になるだけ

世界の廃棄物処理業者、大手廃棄物回収企業を買いまくればいい

2兆円あれば数十ケ国の廃棄物処理業者が全て買える

これら企業の廃棄物処理炉には金やレアアースの宝の山が埋まっている

日本で言えば

田中貴金属などのような回収精錬処理業者だ

コレを2回分 4兆円もやれば

一遍に円高は止まる筈

勿論無謀な話しでが

たとえ話ではあるのだが

こういう事をどんどん進めればよいのだ

円高は買い物,輸入でしか生かせないはずだから

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 6日 (土)

8:11を控えて 危険が増大  各氏が首都直下型 M7以上の危険を警鐘

太陽黒点や太陽フレアの活動が活発化し黒点100以上が5日以上も続いている

8月3日には産経新聞が「千年に一度の巨大地震の世紀」

首都圏直下型や3連動型の大震災の再度の襲来の可能性もあるかもと報じ、

現実に4:11や7.11に大きな余震があったことからも,

8:11や9:11が危険と言う予想もでている。

http://swc.nict.go.jp/sunspot/

海外地震予想サイトが7月25日~8月5日までの千葉での危険を予知していたが、無事過ぎ去った。

しかし安心出来ない

8・11に何ごともなければ、逆に9・11にM8級の巨大余震が起きる危険性が増大する可もありとも言っているからだ。

 阪神から東北、そして 関東,首都直下から東南海へと

 歴史上も同じような事が平安時代に起こっていたのだそうだ

 東日本大震災規模とされる平安時代の貞観(じょうがん)地震(869年)や
   仁和地震など 9世紀に起きた平安時代のそれと今の状況が酷似しているという。

  コレは産業技術総合研究所の寒川旭・招聘研究員(地震考古学)の分析で

   わかった事らしい。

  彼はこの研究から、近い将来に首都圏直下型や東南海3連動型地震が起きる可能性   

  が高いとの見解を示し、
   「千年に一度の巨大地震の世紀になるかもしれない」との警鐘を鳴らしている」

 寒川氏は、古代以降の文献史料とともに、
各地の遺跡で発掘された地割れや液状化現象による噴砂などの地震痕跡を調査。9世紀前半に関東北部や東北などでマグニ
チュード(M)7前後の地震が相次いだ後、貞観地震が発生していることを確認した。

  寒川氏の分析によると、最近数十年間に秋田などで死者100人以上を出した日本海中部地震(昭和58年、M7・7)や阪神大震災(M7・3)、新潟県中越沖地
震(平成19年、M6・8)など各地でM7前後の地震があり、その後東日本大震災が発生した点が、平安時代の状況と共通酷似していると指摘している。

 首都圏直下型地震や東海・東南海・南海地震について寒川氏は、いずれもフィリピン海プレートの影響下にあり関連が深く、過去の首都圏直下型や仁和地震に匹敵す
る3連動型地震が発生する可能性が高いとした。

 寒川氏は「東日本大震災では『想定外』という言葉がしばしば使われたが、文献史料には過去の巨大地震が詳しく記されており、決して想定外ではない」と話している。

 関連記事

東日本を乗せた北米プレートは、つっかい棒が外れたように大きくバランスを崩している。その南端に位置する首都圏は「いつ大地震が起きてもおかしくない」状況
にある。

 地震調査委は9日、M7・4が予想される東京北西部の「立川断層」の地震発生確率が高まった可能性があると発表。委員の島崎邦彦東大名誉教授も警鐘を鳴らして
いる。
 立川は私の住んでいるところから15kmしか離れていない。

何とか祈りでこの首都直下型だけは避けて欲しいとおもう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 1日 (月)

子供の育て方

子供は国の宝だが、昔と違って今は、育て方が難しい。

先週の三略会随踵塾、N氏のコメントと橘師のやりとりから。。。

子供の育て方に理論はないと思わされた。

 

N氏の小学生の息子と友達数人が、

スーパーのパンの売り場で、売り物のパンを投げあい、店から苦情 

親も呼び出され、店に謝罪、

先生も校長も謝りに行く、大騒ぎとなったらしい

人様に迷惑だけはかけないようあれほど言ってきたのに。。。、

 しつけもしてきたはずなのだが..

 .残念というようなN氏のコメント

 橘師曰く、人を傷つけず良かった。。そう褒めてやれ

 パンならいくらでも好きなだけ投げろ、そういって、

 彼の部屋一杯のパンを買って積んでやれ。。

俺なんか、子供とは、

たった40年しか一緒に生きられない、

そう思って 徹底して愛している

 叱ったことなどない

 仲がいいぞ。。。。そう言って慰めた

 そこへ橘師の携帯に。。

 師はそういいながら息子からの電話に小さな声で

そうかそうか、。。

ありがとうな、と言って切った。

今ジャイアンツが勝ったと、息子から知らせてきた。

なそうだろう。。

うちの息子は必ずジャイアンツの結果を知らせてくれるんだよ。。

親子して強烈なジャイアンツ好き

なるほど、親子の絆を感じる

しかし

私は正反対の考え方を持っていた。

男の子は

父親を敵として乗り越えさせるような育てかたがよいと思って来た

小さな時、親父からあまりにも叱られ

親父は敵のように憎かった

殺してやりたいほどであった

なぜなら

母親は

慈母のようにやさしい人で

愛情溢れていた、

おふくろがいつもかばってくれ

姉達4人も一番下の私を可愛がって皆優しかった。

たった一人の兄も弟思いで可愛がってくれた

どうして親父だけが

こんなに俺を憎んで叱るんだ

そう思って育ってきた

親父さえいなければ

素晴らしい一家だ、そう思っていた。

親父から見れば

兄弟で私だけが出来が悪かった

村一番のいたずら小僧でクラスではづっと番長、

学校でもいつも立たされっぱなし

どうしてそんなにいたずらばかりすると

校長にもいつも叱られっぱなしの悪ガキだった。

毎日夕方には

家の前に2,3人の近所のお母さん方が苦情を持ち込む

皆私の仕業だった。

その後 夜になって、飯を食わせて貰えず

親父から徹底的に怒られる

本当に痛い拳固の嵐が、毎日とんできた。

クラスの仲間を集め毎日いたずらを考え、暴れ回った。

得意は戦争ごっこ

畑中のナスを両陣に別れて、全て”もいで”(取って)しまう、戦ごっこ。。とか

農家の方は本当に手を焼いたことだろう

どんなにいたずらしても、

親父以外は皆優しくかばってくれた。

親父がいなければ、そう思ってうらんでいた。

親父さえいなければ

なんと良い家族だろうと。。。

子供のうちは、親父が憎くて..憎くて仕方がなかった

しかし

不思議な事に

大人になって、その親父を大好きになった

尊敬した、親父を目標にした、あんな人の為になる男になろう、

そう思ったものだ。

俺が不良にならなかったのも

中学にはいって、5校の小学校の番長が集められ

暴力団の予備軍みたいな群団に入れと脅されたとき

毅然と断り

4時間ものリンチに耐えてワルの仲間入りを断れたのも

親父の厳しさが鍛えた根性ダッタとおもえた

中学からまじめになって勉強に精出したのも

会社でここまで成功出来たのも

みんな、親父のおかげ

そう思えば思うほど

優しい家族のおかげというものは殆ど無かったから

優しいだけでは人は創れない

そう思ったものだ

勿論、人格^作りでは、

母親の人を思う優しい気持ちは 為に成っているだろう

しかし

やはり親父の厳しさが男を作ると、つくづく思えて、親父を尊敬したものだった

本当にそう思えて、いつのまにか親父が大好きになり、

それが親父の鏡だと思えて、

男の子の教育とは

親父は厳しく 敵であれ、 子供には、親父の背中を乗り越えさせろ、

そう言ってきた。

男の子には、言葉はいらない、男の背中や。。。」

親父は子供の敵であっていい

中学くらいから

親父の業績をしり 

それが親父を尊敬させた。だから親父はいい仕事をすれば良い

.そう思っていた。

勿論 死ぬまで、親父とは親しくなんか出来なかった。

近づきがたく厳しいままだった

近づけなくても、親父が大好きだった。

小さいころ、

村では

あの道路も

あの橋も、

文化財の保存小屋も

あの土地の区画整理も 

こちらも。。。と皆お前の親父が中心になってやったものだ。

あれもこれもお前の親父のおかげと村人から聞かされた。

お前の親父さんはな、

自分の損得は抜きで人のためを口癖に、がんばったんだよと

いつのまにか、親父は俺の心の中の誇りでもあった

だから橘師の話しは、驚きだった

でも、私以上に確信のある子供の育て方なのだろう

コレも素晴らしい

それだけ、子供を愛せるのはうらやましい

何事も徹底する事なのだろう

子供の育て方として

どちらも正しいと確信した。

愛情さえあれば

どんなに愛そうが どんなに厳しく叱ろうが

同じ事だと初めて知った

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »