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2009年10月

2009年10月31日 (土)

風車の回転速度

風力発電の 風車は ゆったり ゆったり 回る あんな風で 本当に発電できるのか?

いつも見るたび 不思議な気がしていたのだが、今朝、ある新聞にでていてびっくりした。

風力発電の羽は、強い風の日で およそ4秒で一周回るのだそうだが、半径40mの羽の先端 円周は 251mであり、時速では226Km 位で回っている事になるという。

新幹線並の速度なのだという 。

どこの風車もゆったり回っているのかと思っていた。みたとこしゃかりきに回っているような風車は見たこともないから そんな高速だとは思わなかった。

それなら 海岸線など 米国で 風力発電が盛んなはずだ。

CD-RやDVD-Rへ写真を保管するときに パソコンのドライブで書き込むのだが

風車と同じように計算すると、discの回転数は、52倍速では、10400回転 時速 222km程となる。

実は 10,000回転を超えるとdiscがわれてしまう事があるのです。

45倍速とか、52倍速とかは、音楽CDの回転速度の52倍で書き込むと言う意味ですが、

ディスクを音楽CDと比べて何倍の速さで読み書きできるかを意味します。

ディスクの回転数は、音楽CDのプレーヤーでは、1分間あたり300~530回転だから

パソコン用で 52倍速とかになると、1分間あたり少なくとも10400回は回転することになる。

遠心力は回転速度の2乗に比例するそうだから  52倍速のドライブでディスクが受ける遠心力は、

CDプレーヤーでディスクが受ける力の、2000倍以上になってしまう、パソコンの中で 回転しているだけで割れても少しもおかしくない数字なのだ

1万回転を超えるとものすごい力が加わり パソコンの中で爆発するような幹事で粉々になる実験を昔TVで やっていたことがある。

高速読み書きの競争の結果 DISCがわれてしまうような 回転をさせていることを改めて知りましたが、なるほど私のパソコンも、うなっている。 

回転速度 線速度や,加わる力を考えて見ると 世の中、見た目とは違って事実はなかなか面白い。

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2009年10月29日 (木)

日本の生きる道は成長のみ

民主党にはまるで成長戦略がないと言う。

それどころか 郵政の民営化見直しで 国営に近い所まで戻すつもりにもみえる。

これも国民が選んだ政権だから 見ているしかないのだろうが、数年後には大きな赤字が予想され、国民の負担は更に増えることになろう。

海外から見ると、すでに日本は沈没確実と見られ

850兆円もの借金と 景気後退で税収減がダブルパンチとなり、子供手当で赤字は更にふくらみ、財政再建は遠のき ほぼ絶望と

国家の成長を果たす戦略が無い限り 消費税をいくら 大幅アップをしても 国家財政破綻 は避けられないと心配されている。

海外では 民主党はセンターレフト、社会民主主義だから、福祉優先で、経済成長戦略が無いのは 当たり前、、文句を言えた義理ではないのだが

しかし

北欧も 同じ社会民主 センターレフトなのに、福祉だけではなく 経済成長を国家戦略とし、世界での競争力も高く 国民の生活は安定している。

日本と違って政治家と官僚の質が違うようだ

北欧各国は 高福祉と一体の経済成長戦略をしっかり持って、国家競争力をあげ、競争力は世界TOPレベルにある。

スエーデンは 消費税 25% 、その他 フィンランドやノルウエー、等も24%程度と非常に高負担

しかし経済成長も高く 年金がしっかりしているから 老後の心配もなく 皆 生き甲斐を持って生きている。

それが税金の上手い使い方なのである

日本では 道路 公共投資と官僚、公務員で使い切ってしまう

たとえば

北欧では大学は無料というが 無料の大学は 理系 工学部に限るようだ、

文系などは 自費でやってくれ、という、

国家のためになる産業を興す理系教育にのみ お金を使うのである

企業についても、国家の成長に繋がる企業を優遇する、

日本のように全ての企業に同じ法律で 悪平等 と言うような事は無い

この企業は世界で通用し国家の成長になると決めれば、徹底して 支援し、競争力を より高めさせる。

 国家が喰って行く為に必要な企業や 成果が国民に帰って来る政策に税金を使うのだ

だから 世界TOPのノキア やエリクソン ボルボなど 世界的に競争力がある企業が北欧には多い

シンガポールなども国家成長戦略で 成功している国である

日本も 国家戦略室ではなく、国家 成長 戦略室 と 目的を明確にすべきである

日本が国家破綻しない為に 経済成長戦略が必須だから

福祉と両輪で成長戦略を すすめることだ、

そして これからは米国だけでなく 、ASEAN 東アジア 国家と協力し 成長戦略を たてるべきで

日本版 グリーンニューデール政策による 環境関連でおおきな成長を果たし 世界をリードする案を策定し

北欧やシンガポールの政治家に馬鹿にされないような 国家成長策を立てなければならないだろう

昔 BRICS 国家と言ったが 今は BIICS となっている 

ロシアが衰退し 代わってインドネシアが台頭しているからだ

インドネシアは3億人もの人口と 裕福な華僑が増え、急成長し始めているのである。

最近では ブラジル インド インドネシア 中国 でBIICS国家と言われるようになってきたらしい

数年後には このBIICS が 米国 ECと並ぶ世界 3 指の経済規模 となる

日本の政治家はどこが成長しているかにも あまり関心が無いようだが。

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2009年10月28日 (水)

随踵塾再見 天野康景

昨夜の橘先生の講義は 

①項羽と劉邦、②老子格言 5つ そして③、家康の家来で 岡崎の奉行 天野康景のお話、

特に自分の生き方と合致する 老子の格言がよかった。

老子はよく知られた古典81の格言からなるもの,5つが橘流で講じられた。

①「これを奪わんと欲すれば 必ず姑(しばら)く これを与う)

” 意味は 得ようとすれば,まず与えよ、(情けは人の為ならず 人を立てれば蔵が建つと同じ)

 そして天野氏

家康の家来で大名並の 武将の天野康景が 足軽を守るため 自分の家も名も捨てて主家に諫言する話で 

彼の生き方に共感、感激した。

家康の 天領の 足軽と 自分の足軽の諍い 、天領の足軽が賊として天野の領内で狼藉 天野の足軽に切られたのだが なぜか天領の足軽を切ってはいけなかったらしい。

小田原の大久保忠隣の失脚と同じく 本田正純の謀略という説もあるが

足軽をさし出せという、家康の命を伝えた本田正純に逆らい、あくまでも足軽の 罪は 自分の罪と 

足軽の命と引き替えに 自分の城を 家康に返上 1万石の家を捨て 一介の浪人として野に下った男。

このお話 橘師の 作り話か思いきや事実らしい、

「これを奪わんと欲すれば 必ず姑(しばら)く これを与う)と 通じるとこが、足軽のため、利他の心を貫き 自分の名を後世に残したものともとれる。

およそ経営者は見習うべきだ。

社員が会社の命である。

一介の女子社員も役員も同じ価値観で守れるかが この話のポイント

社長の徳でもある、役員も助手も単なる役割であり、人間の貴賤ではない。

守るときは 人間として足軽でも守る気持ちなければならないと教えている

それが天野康景が残したかった心と解した。

社員を踏み台に会社の利益を最大化し 儲かれば 役員給与を優先的にあげんとする 

社長がおおい。

社員の幸せがあって会社の繁栄がある、社員^を優先すれば、会社は神様が必ず報いてくれる

足軽に命をかけ、足軽の利他を図った 武将がこの時代にいたこと自体驚きで 経営者は心せよという 

橘師の メッセージでもあろう いずれにしろ武将が足軽を なぜ?

と言うような話で ものすごい感動だった。

一昨日このブログでも書いたが 

私も56歳の時 

あるプロジェクトの総リーダーとして デジタルミニラボを開発、しかしその機器が世界から絶賛されたが 数ヶ月後 大きな故障が発見され 

世界中で大修理となった会社にも大きな損害をあたえ お客様にも大きな迷惑をかけた。

私は機器開発の直接リダ-ではなかったが、プロジェクトの発案者でもあり総リーダーとして旗を振るった責任があると 機器の責任をとって 辞表を提出した。

此の時は 軟弱にも、元会長に呼び出され慰留されてしまい 会社に残ってしまったが、天野氏は 私と違い 責任を全うした

橘師は 笑ってごまかせ 自分の責任 も大事な生き方 と言うが 

私の意見は 少し違う 

部下ならそれでもよい 

、TOPは絶対に笑ってごまかしてはいけない。

TOPの責任だけは 明確にとるべきである。

笑ってごまかせば 徳がなくなり、部下は動かなくなる。

② もう一つは 

大国を治ルは小鮮を烹るが若し

   意味は大国を治めるには小魚を煮るように 小さい事をつついたりいじったりしては   

   ぐちゃぐちゃになってしまう。大きく味付け 煮るべきだという。

  これも実感である。

会社は人が命 人が生き生きと働けば 最大の力を発揮する

  自主的に 動けば 創造的にもなる いつでも車の助手的に乗せていては

  道は覚えない、  自分で 考え自分で運転すれば失敗も成長の糧となる

  自分で やれば 責任も 自分でとるようになる

だから細かく指示すれば、全て逆となり 小さくしか働かなくなるのだ。

社員を成長させず自分を超えさせず 管理していたければ 細かく管理せよ

大きな社員 会社を支える社員が欲しければ

TOPは 

社員に会社が向かう方向だけを明確に示し

 夢と理念を語り 目標を与え やり方はまかせるのだ。

やり方を工夫させ 成果だけを強く厳しく 求めればよい

生き生きと動くはずだ、 必ず大きく 響いてくれる 

以下

参考のために 天野 康景の話をWEBから 転載しておく

 天野 康景は

 慶長五年(1600)上杉討伐時は大阪城西の丸城代を務め、関ヶ原の戦いの時は江戸城西の丸の留守居を務めた。

 慶長六年(1601)二月、駿河国富士・駿東二郡に於いて一万石を賜り興国寺城(静岡県沼津市根小屋)主となる、

翌年徳川家康の諱をいただき康景と改名した。

 慶長十二年(1607)康景の足軽が天領富士郡原田村(静岡県富士市原田)の村人に傷を負わせ、三月九日康景はその責任をとって興国寺城を逐電し、相模国の西念寺(神奈川県南足柄市沼田)に蟄居した。

 この地を蟄居先に選んだ理由は、同じく三河以来の譜代である小田原城主大久保忠隣の庇護があったという説もある。
 

また、頼山陽は『日本外史』において、この事件は大久保忠隣の失脚と同じく、本多正純の謀略で冤罪であると記述している。

事件の顛末を詳しく記すと
 天野康景は城を修築するため、竹・木材を集積していたが、最近夜ごと盗まれるため足軽を見張りに置いていた。

 そこに盗人が大勢で現れたため、見張りの足軽は取り押さえることが出来ず、刀で斬りつけ追い払った。

 盗人は天領富士郡原田村の村人であったが、あろう事か代官井出志摩守正次に「康景の足軽と口論になり斬られた」と訴え出たのである。

 さらに、徳川家康が駿河に赴くため三島を通りかかった時、斬りつけられた村人が、「康景の足軽と口論して斬られた。 代官が下手人を引き渡すよう申し入れたが、かえって私どもを盗人呼ばわりして、取り合わないので大御所のご裁断を仰ぎたい」と直訴に及んだ。

 家康は、この訴えを聞き「康景に限って不道の行いは考えられず、訴え出た村人に偽りがあると思うが、よくよく糾明せよ」と本多正純にご下命があった。

 正純は公の権威を守るため私の義を棄て足軽を代官に引き渡すように康景を諫めた。

 これに対して康景は「足軽は身分卑しき者であるとはいえ、罪もないのに何故に殺すことが出来ようか。

しかしながら、我が義を守って、公の権威を失墜させることは、政治の妨げともなろう。罪は私が一身に負うので如何様にもされたい」と答えた。

 そして、康景は興国寺城を棄て、嫡男対馬守康宗とともに何処となく立ち去る道を選んだのである。
 家康は、康景を探し出すことを命じたが、康景はそれに応ずることなく、慶長十八年(1613)二月二十四日に西念寺で亡くなった。

 西念寺に墓があり、法名は興国寺殿報誉宗恩大居士である。

 足軽のとった行為は、慶長八年(1603)に出された天領百姓の殺傷を禁じた「諸国郷村掟」を破ったことになるわけで、

本来は盗人を捕らえ奉行所に於いて処罰を行うべきであったが、夜中に大勢の盗賊団が現れれば、それが天領の百姓であろうとは思いもよらないことで、致し方ない面もあったと思われる。

 この出来事について、新井白石は『藩翰譜』五で「上にしては公の政を害せず、下にしては私の恩を傷らず、一人罪あらざるを殺さじとて、万石の禄を棄つることを、ものの数ともせず、独りその志を行なひ、其義を直くす。此の世には有りがたき賢人なり」と記述し、その徳を高く評価している。

 なお、嫡男康宗は寛永五年(1628)九月に赦免され、十二月に千俵を賜り、その子孫は千石を知行する旗本として存続している。また、次男康勝、三男康世も御家人として召し出されている。

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2009年10月27日 (火)

働き甲斐とは?

昨日 人が生き生き働ける研究室を12年かけて作ったと書いた

そのとき考えた やり甲斐ある 職場の条件として考えた、

創造的な職場作りのコアは

①世の中の役に立ち、期待されていると感じられる 

②自主的で,管理されずにやれ、やった事が報われる 

③人と協力できる信頼関係がある  

④自分が成長できると実感できる

⑤仕事の達成、目標達成には厳しさがあり、上司は役割 仕事を離れたら、互いに優しい家族となる

⑥ 常に夢 (明確な目標と理念)がある。

たったこれだけのことだが

みな実際の仕事となると 生き甲斐などとはほど遠く 

●やり甲斐は上司が取りあげ、

●上司が責任とりたくないため 安全で世の役にも立たないような低い次元のテーマをあたえ

●上司を超えないよう、細かく管理し 事前の報告がなければ勝手にやらせない、 

●上下も横も不信の固まりで、飲み屋では上司や仲間の悪口ばかり 足の引っ張り合い

●夢も 目標達成の厳しさもなく 放任か管理のしすぎ

これが如何に

人間を傷つけるか、やり甲斐を削ぐかは,なかなか理解されず、仕事という名でまかり通る

自主的で仲良くを貫き、日常の行動を管理せず、 課題達成の意義を説明したら、

あくまでもアウトプットだけを強烈に厳しく求め、目標達成を迫っても、

やり方を任せたら

自分の責任として やり遂げてくれる 。

1年間 正月1,2日しか休まなくても 本人のやりがいは一切失わず、やる気でやってくれたようだ。

やりがいと自由さを保持したうえで、世界で勝てたのだと思う。

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2009年10月26日 (月)

生き生き働ける 職場作り

昨日、ある教会の大祭で 神様へのごちそう と題して お話させていただいた。

技術の話なら 多少 なれてはいるが 教会でのお話は 全くの素人、本来ならお断りすべきだが、教会の御用は 頼まれたら 自分の都合や、できるできないで お断りスル事ではない

自分の信じることを丁寧にお話しさせていただいた。

神様の願いは 

人が助かる事、

であれば 、神様が喜ばれる事とは 人を助ける心になる事、利他の心だとおもう。

利他の心で人を助ける事を優先していれば、自分の事は 願わなくても、神様がやってくれる。。。と言う考え方だ。

これが、31歳で私が悟った事 

いつも言う、人を立てれば蔵が建つという意味でもあり、

そう信じて 利他の心をもって 現役時代 生きてきた経過をお話した。

 人をどう助けるか? 

自分が 死ぬほど苦しんだ 暗い徒弟制度の研究室を 何年かかっても、誰もが 生き生き自主的に 働ける 夢のような 研究室に変えることで これから入ってくる若い人を 助けようと 決心して始めたのだ。 

12年かけて人が助かる研究組織作りをすすめた、

嫌な上司の良いところを毎日、毎日探して 紙に書き、最後は、信頼感で結ばれ アイデアを出し合い 高い目標を みんなでやり遂げる組織を創り上げる事ができた、

自主的で管理されず 創造性が発揮でき 

ものすごい厳しい課題達成志向の中で、世界初の商品を続々開発出来るような力もつけ、

互いを信頼し 仕事を離れれば、家族のような関係をつくれたのも、利他の心を徹底して植え付けた結果であった。

人が喜び 人が大きく育ってもくれたが 結果的には 私が 一番 大きな評価を受けてしまい、国家褒賞までいただく事になった、

やはり、人を助ける、利他の心は 神様が喜んでくれ 大きなおかげが生まれるのは 本当であったなというお話でもあるが、

どんなに利他の心であっても、よい事ばかりが起こるわけではない、

間には死ぬほど悪い事も 時々起こる

しかし、その全てが、神様の差し向けであり、良いことだけをおかげと受け止めてはいけない、それでは単なる御利益信心となってしまい 自分の徳にはならない。

悪い事でも神様を信じ切れるかが自分の徳になる。

その証拠に 紫綬褒章のあと、デジタルプリンターの開発では 1500万円の機械に大故障が起こり、世界中のお客様に大きな迷惑をかけ、この修理で会社にも大きな損害を与えてしまった、プロジェクトの総リーダとして、毎日針のむしろのような会議にいたたまれず それこそどん底の1年があった。

私は責任をとるべきと 判断し 会社に 辞表を出したが、 その晩に、秘書室で情報を得た元会長で、今は亡き 井出さんに新宿のライオンに呼び出され 

何もしなくてよいから 会社に残れと 慰留されたのである

この時、3人の部下を与えられ 窓際からの再出発となり、

その後 デジタル時代のオンラインラボやコニカのデジタル化を手がけ ついにはHOTALBUMに到達するのである

この窓際時代が無ければ 今のホットアルバムは、開発されなかったし、ラボのデジタル化も成功しなかったはずだ。

おそらく あれが 大成功していたら 役員としてノホホンとすごしてしまい、今は 何もしていなかっただろう。

そういう意味で 神様は、一切無駄は しない、よいことばかりがおかげでない証拠である。

今も ホットアルバムのデファクト化に挑戦しているものの、まだまだ 大きな壁があり

それはそれは 苦しいが、これも キッと将来 あれが良かったんだという時が来る。

世のために 人の為に 写真を守っていれば 信じ切っていればよいだけだ。

人知で悪い事であっても、神様が必要とスル事は、よいことだ、全ておかげと信じ切っていかなければ 信心ではない、と言う話をした。

今こそ世界を救うのは 日本の上質な 人を助ける 利他の心 であると稲盛さんも言っている。

利他の心が 日本を、そして、世界を救うだろうから。

信者さんは、人を助けるのは、神様や教会の先生の役割だとか 人ごととは思わず

自分の仕事と思って 一人でも神様に近づけましょう お引き寄せ戴きましょうとお願いした。

困った人がいたら 人を助けるために、神様へ近づけるのが、お礼のごちそうでもあるとお話させていただいた。

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2009年10月22日 (木)

人間と動物(畜生)の差

今夜は久しぶりの三略会のような気がした。

最近は ゴルフもあまり出られず、旅行も欠席した。

茨城への用事で行けなかったのだが、

旅行の出発日の夕方 母が亡くなったので 九州から一人帰って来なければならなかったかもしれない。

三略会のテーマは 

もし戻れるなら タイムスリップするなら 歴史上 どこのどんな場面にもどりたいか?

いろいろな意見があったが、

とても考えさせられた意見はメンバー 重鎮 ,K氏 の 意見

”映画 ” さまよう刃 ” をみて 声を出して叫んでしまったと憤る。

”最近現実でも、 インターネットで 女狩り を 呼びかけ レイプを働いている若者のニュースを見て ゆるせない、教育の再生を何とかしなければという。

”できたら 戦後の 日教組 の 設立前に タイムスリップし この設立を阻止し 道徳教育を 普及させたかった。

そして彼が慕う 西郷さんを死なせない働きができる時期にも戻りたいという。、 

人間としての 徳 の教育 が 失われた事は誠に残念という。

まさしく同感だ。

この映画 、

「獲物みっけ」と 

深夜 車にひきずりこんだ少女を暴行し 殺してしまう 翌朝 荒川べりに捨てられた 無残な制服姿の少女の死体には 強姦のあとと、薬物注射を打たれた 痕が、

これが映画ならまだしも 現実にも行われているのだ

人間として、どうして、そういう 事ができるか?

同じ人間でありながらこういう畜生的な心は 普通の人と何が違うのだろうか?

本当に教育なのだろうか?

私も道徳教育は受けていないし、」多くの普通の人も道徳教育は受けていない

が,人間としての道を外さない。

しかし、一方で こういう人間とは思えない 若者もかなりの数、いるのも事実のようだ。

普通の顔をして街を歩いているのが、現実でもある。

一部とは言え ^立派な 若者が圧倒的に多いのに、誠に,残念である。

この差は 何なのだろう、道徳教育、それ以前の問題のような気もする

親の家庭教育 社会での常識 法律 も 併せて やらないと、学校だけでは 無理だろう

本当は 人間の価値観には、 宗教が必要なのだが。

日本人の心の規範は 昔の儒教の名残にたよっている、今ある社会規範は 日本古来の儒教的な道徳なのだ。

宗教を持たない人間は動物以下だとカトリック系の人は言う、それは本当だとおもう。

世界の70%は何らかの宗教を持ち、国家宗教ともなっている。

日本最大の道徳教育の 失敗は 

天皇家を頂点とする 国家神道を正当化し、国家統制 国を治める手段に使って 廃仏毀釈など 強引にすすめたことが 最大の原因だと思っている

日教組以前に 日本民族の 誇りある道徳を捨てさせた 明治維新政府なのだと考えている

そして K氏が 慕う 西郷さんが維新政府から いなくなってしまったことも大きな原因にもなっている。

西郷さんさえいてくれたら南洲遺訓を読むたびそう思う。

西郷さんの生き方、考え方こそ、日本人が古来持っていた”美しさ”上質さ”の道徳なのである。

これこそ日本の宗教なのである。

学校に あがる前、小さい内に 心の芯に 人間としての確かな価値観、哲学を持たせることが必要なのだ。

やってよいことと,悪い事 人に迷惑かけない事 人の自由な意志を犯さない事 が最低限の規範だという事をおしえるだけでよいのだ。

世界の宗教人口は

全人口55億とすると

キリスト教 19億人

イスラム教 10億人

ヒンズー教 8億人

仏教    3.3億人

シ-ク教  2千万人

ユダヤ教  1.3千万人

儒教   630万人

神道   380万人

その他と 無宗教  14億人

日本はおよそ 7000万人が無宗教 に近い状態

お正月 初詣に行く程度の宗教だ

だから、

今更 宗教と言うわけにはいかない。

立派な宗教もあるが オウムのような物もない訳ではないから。。

だから K氏が言うように 学校での 道徳教育が必要なのだろう。

そう言う意味で 大賛成である。

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2009年10月21日 (水)

人口急増の果てに。。。。

人口が急増している

限りなく地球は 破滅に向かっている。

間違いだ地球は何ともないのだった。

人間の文明が破綻仕掛けているだけだ。

古代メソポタミヤ文明も マヤ文明も インカ文明も 昔栄えたが消滅した

同じように、現代文明も後200年くらいで 滅亡するかもしれない

昔、東京にこんな文明があった言われそうである。

137億年前  宇宙が誕生

46億年前  地球が誕生

40億年前  海が誕生

9億年前  生命誕生

5億年前  酸素ができ、オゾン層が紫外線を遮り 生物誕生

10万年 新人 出現

1万年前 100万人

BC 2500年 1億人

BC 0年 2億年       1億人増えるのに 2500年

1000年  3億人       1億人増えるのに 1000年

1650年  5億人       2億人増えるのに 650年

1800年  10億人      5億人増えるのに 150年

1900年  20億人      10億人増えるのに 100年

1960年  30億人      10億人増えるのに  60年

1974年  40億人      10億人増えるのに  14年

1987年  50億人      10億人増えるのに 13年

1999年  60億人      10億人増えるのに  12年

2010年  70億人      10億人増えるのに  10年

2100年  200億人    

明らかに90年後は地球はパンクしている

食料も エネルギーも足りるはずがない。

500年で コンクリートも何もかも跡形もなくなると言う

昔 そんな 文化 が栄えたと言われないよう

日本が世界を救う、道を探さなければならない。

太陽エネルギ-を生かし 海水の淡水化を進め、ハイポニカで食料確保

ある方からメールを戴いた。

小星さんはホットアルバムを早く片付け、

そういう 国家的、地球的な問題を手がけてくださいと

是非そうしたいものだが,

まだまだなかなか。。。。ではある。

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2009年10月20日 (火)

加藤和彦さん 安らかに

フォーク・クルセダーズの加藤和彦さんが自殺した。

鬱だったようだが、将来に夢を失ったとか?

誠に残念である。

本当に おら死んじまったようだ。

ある年齢から 定年頃から 先が見えてしまうと、愕然とするのだとか。

やりがいを失い,これが原因ともなるらしいのだが。

惜しいアーティストを失った。

自殺は 国によって 多い少ないが 差がある。

日本やロシアなどは圧倒的に自殺が 多い国である。

10万人あたり30人程度、これは 宗教を持たない国の特徴だといわれる

米国や ヨーロッパ先進国 カトリック系野国は 7-11人 

イスラム圏は零に近い。

貧しい国であっても 全く自殺しない国がある。

豊かであっても自殺がい国がある。

自殺する人の特徴は

自分の中に閉じこもる、自分のことを中心に考える人であるらしい

自分の幸せをまず考える人、こういう人は 魂の次元が低く 自殺もしやすいのだとも

自分のつらさは 他人のせいと、人を恨み、 

人のせいにする人が 自殺に陥りやすい

そういう人は鬱にもなりやすいとのこと。

他人のことをまず考え 前向きに生きることが 魂の次元を高くする。

生きていることに 感謝し、

人に、自然に感謝できる人は 利他の人、 魂の次元も高いと言われる

もう お迎えが来るから、どうせ何をやっても意味が無いと思えば,次元は下がる。、

後何年しかない。。。と嫌々生きるのか?

そうではないだろう、

せっかくだから、最後だからこそ 最高の輝きを 魂に与えたい。

残るのは体ではない。

輝く魂なのだから。

磨ききってみたい。

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2009年10月19日 (月)

此の国の将来

今夜は目黒のスペイン料理を気心しれた仲間と堪能した。

同じ19年生まれ、与謝野晶子のお孫さんだ。

話は 日本の再生、

2人で熱く語りあった。

日本が生き残る道は技術しかない。

確かに観光もあるかもしれないが やはり世界をリードする 世界が求める技術しかない。

シンガポールは 人口が少ないから 徹底したサービスで 研究環境で 世界有数の技術者を招聘し 人を集めて技術を 国に 持ってくる作戦だ。

日本は 集めなくても優秀な 人も 技術もある

育成が必要だが 素晴らしい埋もれた技術がある。

将来必ず此の国の富の源泉となる、圧倒的に差別性が高い 環境 やソフト システム 技術がある。

しかし 技術を育てたとしても 国際化が できない。

国際化が無ければ、未来の国の富とはならない。

資金支援も 無いが 資金だけでは駄目だ。

大抵のベンチャーキャピタルは成長がしっかり見えないと、資本は出さない

リスクをとれないのが金融だ、確かな成長が見えないと投資できないのがVCのつねである。

そんな判断力なら 子供でもできる、成長始まったら支援は不要なのだ。

卵を見つけ 成長を助け、国際化を 支援しなければ、国の宝とならない。

目利きは 原石の時に必要なのだ。

技術者は商売も 金集めも 成長させる 能力も 低い。

自分で成長できるくらいなら 資金も支援もいらない。

成長を、助ける 国の支援の仕組みが必要だ

シンガポールのような、国のために技術を育てるのだ。

そして  国際化を支援する。

そういう支援の仕組みを どう提供できるか?

大それた事に 

国を動かす 仕組みを作れないか?一生懸命、語り合っていた。

四〇年後は 90億人もの人口となる

世界中 食料はないし、石油資源も足らないはず

その時に 日本が世界を支援してゆける国でありたい、。

尊敬され 頼りにされるのは、国の 徳と技術である。 

前にも言ったが 軍事力ではない。

技術があれば、10年後は尖閣列島も 石油も天然ガスも 要らないかもしれない

どうぞどうぞ 掘ってください

そういう風にならなければ,日本は喰えないはずだ。

これが2人の結論だった。

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3人よれば 文殊の知恵

昔から 三人よれば 文殊の智慧と言われます。

数人が集まれば アイデアは無限となるといういみですが、

昔 研究室で これを応用し成功したことがあります。

あるところでお話をするので考えていましたら それを思い出しました。

研究室で、あらゆる事を 集団で考え 解決する 文殊の知恵型の 組織運営 をやったのです。

集団天才組織 と名付けました。

最初は 

一人では凡人でも、三人なら賢人になれると言う事を 証明したかったのです

だから人と助けあうのが 大切だよと メンバーに言いたかったのですが 

開発の手法として 利用するまでに発展させる事が できたのです。 

従来 アイデアは 一人で考えるのが常でした、

一人ではどうしても常識から 抜けられず 飛躍出来ない、ひらめけない

どうしたら、ひらめけるか?考えた結果、集団なら、ヒラメけるはず

とかんがえ挑戦してみたのです

考える項目につき 課題について、徹底的に 考えら事を 数人で システムとして考える仕組みを作ったのです

どんなことでも考え尽くす、考えて 考えて 考え切れないほど 関連項目を連想し だしつくすことで ヒラメけるはずという仮説でした。

人と助け合う事の大事さを 味わって貰おうとしたのです

まず謎なぞ 500問 と言う本を買って来ました。

子供用のマンガチックな本でした

そして みんなで 一人ずつ なぞなぞを考えて貰いました。

皆 頭が固く なかなか 答えがだせない。

子供の気持ちになれないのです。

うんうんうなるほど 二時間くらい我慢し、ていました。

みな、答えを見たくて、しかたがないようでした。

そこで 改めて

三人ずつのチームを組んで貰い、やり直しです。

なぞなぞ

 ●●とかけて○○と とく、 こころは?

の片方の ○○ に関連することを徹底的に考えて貰うのです

5分くらいで次から次に 答えが出て行きました。

たとえば

暴走族とかけて ちり紙交換 ととく、心は?

ちり紙交換 について,

一人では 2,3個 連想が 出るとすぐ 詰まってしまいますが、

スピーカー 、流し歩く  、新聞紙  毎週来る、 毎度お世話がせ ?、 

ここで皆 ピント響くのです。集団で ひらめきます。

それだ。。。毎度「毎土曜」 オサワガセ  正解です

これで大抵が解決します

どうしても一人では 此の連想が 狭くなってしまうのです

これを 研究開発の 組織運営に 仕組みとして 創り上げ 実践して 見たのです。

徹底明視化 暗黙知の明視化 とよんでいました。

いろいろな 開発や 発明に応用し 成功スル事ができました。

膨大な暗黙知が眠っていたのです。

此の集団天才開発 組織 は 日本LCAの ビジネス改革 コンテストで発表し

大賞を取り 100万円の 賞金をいただく事ができました。

懐かしく思い出しました。

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2009年10月17日 (土)

お徳 と めぐり

まだ本調子ではない、しかしまたブログ更新を再開したい。

高橋先生の コメントへの返事を使って スタートさせる

昨夜、初七日のお参りに実家に行き、焼香した。

これで、無事旅立たせる事ができあんしんした。

これから49日まで彼岸への旅のようだ。

キッと新三郞さんに再会し 楽しく語らっているだろう。

やはり、人が亡くなって見ると、何を残せるか?考えてしまう。

やはり残るのは 思い出話である。しかも涙が出るのは,母の優しさ 徳しかない。

人間この世に何しに来るかというと 徳を積みに来る、という。

遺せるのは、人の徳だけだというのは実感である。

人は、生まれた時に戴く、分け御霊を、毎日,毎日、せっせと磨いて、徳を作ってゆく。

家族や仲間にその徳を、思い出として、遺してゆく、子供や孫の DNA、遺伝子にすり込んで ズッと継承 されてゆく。

10代で1012人の両親,、15代で32000人、20代で 百万人,もの両親がいた、そして残してくれたものが,私の遺伝子に書き込まれている。

何万年も 何億人もの両親が、誰一人 結婚前に亡くならなかったおかげで、今の私がある。 ,

地球誕生の 日まで繋がっているとおもうと不思議な気がする。

徳が高い先祖がたくさんいると、人間優しくなれるらしい、

突然優しい人間が できるのではない、徳が徳を生むのだそうだ。

次元が低い人生をおくるとめぐりとなり、禍をうむ。

この,禍 めぐりは 徳でしか 洗われない。

めぐりも徳も 貯蓄される、だからおかげとなる徳をつむしかない。

妻の 優しさは、この母の、そして もっと先の先祖のDNAなのだろう。

子供にも孫にも伝わっている。

亡くなった母から孫でもう 4代、優しさを 伝えてくれた 母の先祖に深く感謝した。

人に優しく 人を思う 利他のこころ、が、和賀心、であり、徳を生み、おかげを生む。

我情我欲が めぐりとなり、不徳となるのだ。

利他の心で お客様や仲間や社会に優しく、

そうなれるよう、精進したい。

先祖のありがたさを感じる事ができた、1週間であった。

感謝したい。

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2009年10月15日 (木)

母とお別れ

妻の母だが,

やはり別れはつらい。

98才デモ99才でもやはり肉親との別れはつらいものだ。

この年、まで生きたら お祝い、などと言う気分にはなれない。

昨日、無事葬儀を終えたが、,まだすっきりしない。

10月10日と言う神縁の日になくなった、何か母の思いを感じるから余計かもしれない。

しかも此の日は妻の誕生日でもあった。

こんな素晴らしい妻を育ててくれ しかも嫁に戴くことができ、感謝していると、母には初めてであるが、お礼の手紙を書いて、持たせてあげた。

本当に有り難う、感謝している。

私の家族や子供や孫も 皆この母から繋がっている、今までの、大きなおかげや、幸せも 皆、あなたの(母)のおかげです、有り難う、と書いて、金光新聞に載った私の記事と併せ感謝の印として 棺に入れてあげた。

あの世でゆっくり読んで欲しい。

それにしても家族葬というのは、ゆったり見送れ とても良い葬儀であった。

もちろん直接お別れしたかった方もたくさんいたろうが、遠い親戚からは叱られてようだが、

これからはこういう風に、他人に迷惑かけず、いなくなる、そう言う 葬儀が 増えそうな気がする。

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2009年10月12日 (月)

縁日の10月10日

10月10日は私どもとっては、大切な祭り日、午前中教会のお掃除をし、お参りをしてきた。

そして毎年、此の日は 妻の誕生日でもあり、娘達が孫を連れてやってくる、

妻の為に、料理を作り、ケーキでお祝いしてくれるのが慣わし。

大騒ぎの孫達を中心に、みんなで料理をたべ ワインを飲んで楽しんでいた、ほぼ食べ終わったころ。

真ん中の娘が 突然 、今日来るまで 心配してたのよ、来たら お母さん達は全く大丈夫だし?親戚に何かなかったのかね?

電話してみる,田名のおばちゃんちに、と聞く。

実はね、夕べ、寝ながら金縛りにあったのよ、寝てすぐに車のバン、というドアの音で目が覚めたような感じで金縛りになったのよ。。。

霊感があるとは思えないんだけど、田名のおばちゃん(昨年なくなった,娘達を可愛がっていた姉)がアップで出て来て 何か訴えてたのよ、

お母さんに電話しょうと思ったんだけど夜中だったし、何もなくてよかった。。。という。

あの世でもおじちゃんを、ァッシーにして、何か知らせに来たんじゃないの、

何を馬鹿なこと言てんのよ。。。と言いながら、鳴りはじめた電話に妻が出た。

エッツ、危なさそう。

うん、すぐ行く。。。

妻の弟からだった。

幸いまだ、飲んでいなかった妻の運転で娘達も載せ、急行した。

妻の母親は11月3日で99才になる。

まだ、まだ 元気だったんのだが、間に合わなかった。

眠るように逝ってしまったとのこと。

めでたい10月10日は、妻の誕生日でもあるが、お母さんの命日ともなった。

絶対に忘れない日になった、しかも10月11日は私の母の命日でもあり、この連休は毎年お墓参りの連休になる。

高齢で知り合いはすくなく、皆先に逝ってしまった。

沢山の知らない方に来ていただくのは大変申し訳ないという、

義母さんの遺志と弟の強い意志もあり、

母と深い関係のおつきあいしていた親戚と家族だけの 家族葬と言う事で 近所や関係には連絡、14日の葬儀となった。

ゆっくり、家族だけでお別れができるのもよいかもしれない。

後、少しがんばってくれたら、100才と楽しみにしていたのに、

よいお母さんであった、

子供達、孫も、ひ孫にも、よくしていただいた。

そういう葬儀もあったのだと、改めて見直した。

この世に何しに来たのかと問われれば。。。

魂を磨きに来たのだ、と稲盛さんは応えるらしい。

あの世に持ってゆけるものは何もない、この世に残るのは魂だけ。徳だけが残ると教えている。

泣き崩れる 40才ちかくの孫(娘達)を観ていると お義母さんのような、徳を 私も身につけたいとおもう。

茨城への旅行など、予定は全てキャンセル、今週は 静かに母をおくりたい。

それにしても、田名のおばちゃんは亡くなっても 同じく亡くなった旦那さんのァッシーで、鎌倉まで遠出し、我が家の心配を、してくれたらしい

一生懸命、娘に知らせてくれたようだ。

ありがたい。

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2009年10月 9日 (金)

誠を尽くせば天地も助くる(二宮尊徳)

お百姓で成功した二宮尊徳さん

至誠の感ずるところ,天地もこれが為に動く。。。と言い続け

誠を尽くし一所懸命に努力すれば天地も助けてくれるといいつづけました。

うまくいかないなら自分の誠意が足らないのだと信じ,

ただひたすら努力を続けたのです。

それが二宮尊徳さんです

人間は弱い物です。

困難に遭遇すると正面から挑戦することなく

直ぐに言いわけを考え、逃げだします

しかし

それでは成功しません

あきらめず、正面から受けとめ、

誠を尽くし、誰にも負けない、努力を続けるのです

神様を信じ、成功する為に、努力をするしかないのです

単純なのです、成功を信じ続け、思いが 大切なのです

神様を信じて

例え失敗しても いいでは ありませんか

それが誠なのです

と言うのが、稲盛さんです。

稲盛さんの紹介はこれで終わりにしますが

稲盛さんは、経営者の鑑でもあり、宗教家でもあります。

人格は=性格+哲学。。。といい、経営者には、とくに人としての(徳)が大切だと、言い続けています

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2009年10月 8日 (木)

誠は天の道なり、

誠は天の道なり、これを誠にするのは人の道なり、

これは、中国の古典 中庸の中の言葉だ。

稲盛和夫さんは 人格とは「性格(先天性)+哲学(後天性)」だと言い切っている。

 哲学=宗教とも言えるが、人間として正しいかどうかを ,倫理とか 道徳とも言う。

戦後、日本は宗教とか 道徳とか、倫理を 

戦争と結びつけ あるいは、古くさいといって、避けてきた。

近代化と便利さを追い求めルのがあたらしいとして、道徳を捨て、,楽しさだけを求めてきた。

昔は親が子供に 口酸っぱく言い、大人になっても、菜根譚や孟子、孔子を勉強し、けして,道徳を忘れなかった。

嘘をつかず正直であれ、欲をかかず人に施せ、自分の事より他人を大切に、人に絶対迷惑をかけず、世のため、人のためになれ。

.ただそれだけの話だった。

そういう訳で 村には徳の高い上質なお年寄りがいっぱい居た。

例え経済的には豊かでなくても、

お百姓であっても、高邁に振る舞い、俳句を詠み、詩吟を詠い、書や絵まで、書いて人生を楽しんでいた。

他に良かれかしと常に謙虚で、美徳な日本人が溢れていた。

醤油作りでも 刀工でも、飾り職人でも 商人でも、工場にもそういう、上質な日本人がいっぱい居た。

サービスはマニュアルに書いてあるからでなく、心から、発露してくる優しさからでるものであった気がする。

高度成長はそういう上質な日本人に支えられてきたが、

気がついて見たら、

心は荒廃し質の低下した日本人だらけとなって、

家族での殺人事件や 企業不祥事、官僚汚職に溢れてしまった。

心に悪しき邪悪なおもいがあれば、邪悪な結果が訪れ、悪しき事件を連れてくる。

心に善きものを持てば、善き結果があらわれる。

なぜ善き思いが、善き結果をつれてくるのか?

それは天地が、又は宇宙が善き思いで満ちているからだと、

その天地に溢れる善き思いとは

生きとし、生きるもの全てを生かそうとする宇宙の利他の心だと、

アメリカの啓蒙思想家 ラルフ・W・トライアン は言っている。

稲盛さんは、

この世に何しに生まれてきたか?と問われれば、

生まれた時より、少しでもましになるよう。

心を高め、魂を磨きにきたのだという。

天(神)のこころに少しでも 近づき、

天の道理を如何に歩くかが人の道なのだと書いている。

素晴らしい方が日本の政府の要職につく、

日本が徳の国を取り戻せるか

とても楽しみにしている。

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2009年10月 7日 (水)

徳の経営者 稲盛和夫

松下幸之助と並び 徳の経営者と言われる稲盛和夫さんが 行政刷新会議のメンバーとなった。

小泉、竹中の財政諮問会議に匹敵する ,新しい国の経営刷新を 図ってゆくための会議になるはずだ。

小泉改革政治はなかなか良いなと,思って見ていた時もあったが,

彼の改革がすすみ、規制が撤廃され、派遣労働者が 生産現場にまで派遣できるようになり 経済は大きく上向いた筈だった、株価も大きく回復し,改革は本物かと思ったのだが

統計データーを見て経団連と小泉改革、竹中理論にがっかりした。

なぜなら、徳にかけるのだ。実は経済が回復し 大きく 伸びたのは、経営者、役員への配分 役員報酬だけだったのだ。

おそらく7%程度も大幅に伸びていた。一般労働者への配分は 逆に 数%下がってしまっていた。

これが ちょうど秋葉原事件のころ公表された。

亀井大臣が経団連を批判したのにも、そういう背景がある。

御手洗さんは小泉さんと組んで、経営者の報酬を増やすために、改革をすすめ、規制を撤廃し、企業を肥やしたことになってしまっていたのである。

本来 日本は米国と違って徳の国なのに、なぜなら聖徳太子の、17条の憲法を見て欲しい。

憲法で 徳を説いているのは世界でこれだけである。憲法で官を戒め、民や百姓を守っているのは、憲法17条 だけである。

米国流 グローバルスタンダードは、やはりアングロサクソン一神教の禿鷹思想であり、民を幸せにするものではないのだ。

そして、この差、を一番知っているのが、稲盛和夫さんでもある。

彼の書を読むとそれこそ、菜根譚、の 徳で溢れている。

だから 今回の人選で、この国の将来に徳が 盛り込まれるはずだと喜んだ。

以下聖徳太子の17条の憲法である。

聖徳太子十七条憲法意訳

一、和を以て尊しとなす。

  調和する事を貴い目標とし。道理に逆らわない事を主義としなさい。人には皆仲間がいるが。道理に通じている人は少ない。それで天子や父に従わない者があり。たちまち隣り里へ立ち去る。しかし、天子が調和して臣下の仲が良いと。事の道理は自然にゆきわたる。

二、正しい宗教を持ちなさい。

  心から三宝を敬いなさい。三宝とは仏法僧のことです。人生、生老病死の間で最後に行き着くところは。どこの国でも究極の宗教です。

どの時代でも、どんな人でも仏教を尊ばないものは無い。人間に悪人は少ない。良く教えれば宗教に従う。宗教を持たないで何で曲がった心を正すことが出来ようか。

三、天子は天なり、臣下は地なり。

天は地を覆って。四季が順調に経過し。万物の霊気がゆきわたる。地が天を覆うことを望めば。道理が破れる。それで天子の言葉に臣下は従う。天子が道理を行えば臣下はなびく。だから天子の命令を受けたら必ず注意深くしなさい。恭しくしなければ自然に破れます。

四、公家百官は、真心を持って政治を行う事を基本としなさい。

 民衆を治める基本は。必ず真心を持って行う事です。天子が真心を持って行わなければ臣下は調和することがない。臣下が真心を持って行わなければ必ず道徳に反する事がある。それで公家衆が真心を持って行う事あれば。公家の上下の行いが乱れる事が無い。百姓が真心を持って行う事あれば。国家も自然に治まります。

五、飲食を貪る事を絶ち、欲望を捨て、貧乏な人の訴訟を正しくしなさい。

百姓の訴えは。一日に千件あります。一日でさえそうなのに。永年にわたり訴訟を治める者は。利益を得る事を常にしている。賄賂を貰っては裁きをゆるす。すなわち財産を有する者の訴訟は石を水に投げるように易しい。貧乏な者の訴訟は水を石に投げるように難しい。このように、貧乏な民衆は頼りにするものが無い。臣下の道徳もここに欠けている。

六、悪行を懲らしめて善行を勧めるは、昔からの手本です。

 これで人の善行が隠れる事が無い。悪行を見たら必ず正しなさい。へつらい欺く者は。国家を覆す鋭い器具です。人民をほろぼす鋭い釼です。またへつらい媚びる者は天子に臣下の過ちを良くつげる。臣下に逢うと天子の度をこすをそしる。この様な人は天子に忠誠が無く。民衆に対して慈しみの心が無い。これは大きく乱れる原因です。

七、公家は各々 道徳に背かない様にしなさい

 賢く才知が有る人が任官する時に。天子を褒め称える声が沸き起こる。邪悪の者が官に任命されていると。禍や乱れがしばしば起こる。世の中に生きていて道理を知る者は少ない。強く心に思えば物事の道理に通じた者となる。 これにより国家は永久に続く。国家の最も重要な事、官のために賢者を求め人のために官を求めない。

八、公家百官は朝早く出仕して遅く退出しなさい。

公の事は念入りにしっかりやらなければならないから。仕事はその日に終わる事が難しい。それで遅く出仕して。速くやらなければ追いつかない。早く退出すれば必ず仕事は終らない。

九、言葉と心が一致して正しく行うことが基本です、仕事は誠実に行いなさい。

 善悪の裁きこそは。誠実である事が肝心です。公家衆ともに誠実であれば。何事も出来ないものは無い。公家衆に誠実さが無ければ。総ての仕事に失敗する。

十、いきどおりを絶ちいかりを捨て、人が従わないことを怒らない。

人には皆それぞれの心が有ります。心は各人思いとらわれるところが有ります。彼は我では無く。我は彼では無い。我も必ずしも物事の道理に通じた者では無い。彼も必ずしも愚か者では無い。共に凡夫なばかりです。これが道理で無くて、どんな定めが出来ようか。お互いに道理に通じた者でもあり愚か者でもある。まるで金輪に端が無いように。それで彼が人を怒る事が有っても。顧みて我がしくじりが無いか心配しなさい。我一人が適任と考えても。皆に合わせて同じ様に用いなさい。

十一、手柄と過ちをはっきり見ぬいて、罰と賞をきちんと当て嵌めなさい。

日頃は手柄でもないのに賞を与え。罪も無いのに罰している。仕事に就いている公家衆は。賞と罰を明瞭にしなさい。

十二、国司は、百姓から自分のために糧(税)を取り立ててはならない。

国に二人の天子無し。民衆に二人の主君無し。国中の総ての民衆は。王を主君としている。赴任する役所の役人は。皆な王の臣下です。何で敢えて公と同時に自分の為に租税を割り当てて取り立てる必要がありますか。

十三、諸々の仕事に任命された役人は。共に職務として担当する役目をわきまえなさい。

或る人は病気になり、或る人は遠國に使いとして派遣されて。仕事から除かれている事がある。そうであれば役目を知った日から。以前から承知していたように調和しなさい。一緒に告げ知らせられないからと。公の務めを妨げてはいけない。

十四、公家百官は嫉妬する事無用とす。

我れが人を嫉めば人も我れを嫉む。嫉妬の悩みはその限度が無い。だから知識が自分より勝っている人を喜ばない。才能が自分より優れた人を嫉妬する。それで五百年の後の。その時に賢者に遇ったり。千年後に一人の聖人に遇うのを待ってはいられない。聖人賢人を得られなければ。如何にして国を治めるか。

十五、私心を捨て公務に従うは、臣下としての道徳です。

誰でも私心が有れば必ず後悔します。心残りに思う事有れば必ず心が一つでなくなる。心が一つでなければ私心が公務を妨げる事になる。無念な気持ちが起こると決りに従わず法を破る事になる。だから最初の条文に述べた。天子も臣下も仲良くするとは。このところの心を云ったものです。

十六、民衆を使役するに季節を選ぶべし、

冬の月は閑が有るので。民衆を使役しなさい。春から秋までは。農業、養蚕の時期です。民衆を使役してはいけない。農業をしなければ何を食べますか。養蚕をしなければ何を着ますか。

十七、事件を一人で決定してはいけない。必ず多数の者で良く議論しなさい。

小事は簡単です。必ず多数の者でしてはいけない。大事を議論するときは。過ちが有ると疑う様にしなさい。多数の者と一緒に分別すれば。説明の言葉はそのまま道理を表わそう。

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2009年10月 6日 (火)

菜根譚

今日は随踵塾だが、大平元総理の秘書だった方と打ち合わせが有り、遅れて参加した。

大平さんは菜根譚をそらんじているほどの方で 日々色々な、、たとえ話を入れてお話をしてくれたという。

菜根譚は原文で理解する必要はあるが、今の我々には 例話を入れて説明していただかないとなかなか身につかない。

そういう点で橘三朗師の講義を聴ける三略会の社長さん達はしあわせである。

遅れて出席で お聞き出来なかったが 菜根譚のお話の前に 荻生祖来の話があったらしい。

そこには、赤穂浪士の討ち入り後の処分で 武士の鑑の彼らの助命嘆願を願う江戸市民の期待に反し、武士なればキレイに散らせてやるべきだという意見を 将軍綱吉に進言し 切腹を決定させたのが祖来であった。と書かれていた。

そして、彼が、平和な時代の都市部では、小さく利口に育てる事ばかりで、大器大量の人材が育たない事を嘆いて居る様が描写されていた。

みんなが 感想を述べている間、

先生がなぜ、祖来とこの説明を持ち出したのかを、考えていた。

武士が,責任とるとは、

武士道が死ぬことと見つけたり、

とは何故なのか?

お百姓が働き 武士は働かず 人の上に立つ 

人の上に働かず、立っていられる、その責任は、重いという事なのだそうだ。

死にも値する責任があるから 切腹があるのだそうだ。

中小企業といえども社長の責任も重い 

社員の働きによって 社長が生かされている。

経営は 業績ばかりではなく 

社会への貢献 人の上に立つ 徳も必要なのだ。

橘師には、キッと随踵塾で そういう考えを学ばせたいとの深い思いがあるのだろうなと思って聞いていた。

ただ、祖来が嘆く 教育については、

平和な江戸時代と言えども 貧しい家に生まれ、教育など全くされなかった二宮金次郎がいるなと思った。

彼は苦労して、篤農家になったのだが、多くの村の農業改革を指導し 貧困から救って行った人だ。

昔はどこの小学校にも彼の銅像が建っていた。

彼は 後年、幕府に出仕を命じられ 将軍に謁見したことも^あるらしいのだが、

江戸城での彼の立ち居振る舞い、態度は どんな大名より、凛々しく 立派であったという

百姓をやりながらも 大器大量、高潔さは、ちゃんと学べたようなのである。

だから必ずしも、教育の所為でもない、

こういう霊を見ると

教育は本人の問題なのだと思いながら、

遅れて行った手前 コメントせず伺っていた。

菜根譚を学べる環境は 今の日本には数少なく、ありがたい事なのである。

次回からは欠席しないよう貴重なチャンスを生かしたい。

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2009年10月 5日 (月)

忘己利他 「続き」

忘己利他に付いて、稲盛さんが この教えと道徳についてに書かれているものがあるが

私も全くそう思う。

これは仏の教え 宗教でもあるが、道徳の基本でもある。

万物の道理でもある生き方だ、我が道では 和賀心とも言うことだろうが。 

日本人が道徳を子供に教えるのを辞めてしまったのは、

日教組に原因がある、日教組が悪いと言う人もいるが、

道徳を捨てたのは 実はもっと前、明治時代の廃仏毀釈にある。

戦前は 教育勅語 が あったではないか、という人もいるが

あれは、道徳でも、なんでもなく、

忠君思想 天皇のために命を捨てよという、だけのものであり、戦陣訓に繋がってゆく。 

本来 道徳とは 1000年 2000年を得て 確立された,人間としてあらねばならない教えであり、心そのもの、哲学であるはずだ。

西洋でいうなら キリスト教や、回教 など、東洋では 仏教や儒教 等  宗教そのものが道徳となっている。

日本なら、道徳は、儒教 特に江戸時代の 朱子学が基本になっていた。

明治政府が 天皇を神とすることで 帝国憲法とセットで教育勅語を作り

此の道徳と儒教など宗教の基本的な 私心なく生きる 基本を 捨て去させてしまったのである。

天皇を神とした明治の廃仏毀釈に、日本が道徳を失った大元があるとおもっている。

そして実は このとき、仏教など 大切な 宗教の教えも 失わさせてしまったのである。

子供の時に 人間としてどう生きねばならないか その基本を教える必要があるが、

孔子も 孟子も、菜根譚も、読んだだけでは子供達には 分からない 。

親やおじいちゃんがたとえ話をしながら かみ砕いて 教えねば 頭の表面で理解しても道徳にはならないからだ。

子供だけでなく 大人までが 生き方を任されたのだ。

どうやって人としての徳を積むかは、それぞれ任されてしまったのが戦後の教育である。

あの戦争だけはイヤだという強ヨーイ気持ちが 

道徳や宗教 哲学まで、捨て去る おかしな国を作りつつある。

もう懲りたではなく ”忘己利他” を生きる基本の教えとして 子供達に教えなければならないのだが。

大人の責任でもあろう。

立派に育てている方も多い、から 安心している面もあるのだが

政治の世界と同じように何か大きな流れが欲しいなとおもう。

たばこの吸い殻一つとってもヨーロッパなどには比べものにならない立派なマナーが日本にはあるのだから、

自信を持ってやれば出来る。

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2009年10月 3日 (土)

忘己利他 「もうこりた」

自分を忘れて人様のために尽くすと言う仏の教えだが

昨日の川崎起業家オーディションはそういう若者が沢山いた。

とても頼もしい。

先日書いた,速水さんの 音力発電が圧倒的に支持を集めたかと言えば、そうではなかった。

下町の寂れ行く商店街を活性化したいという 「タッチャン」という 店頭のプロモーションツールが大賞を受賞した。

まず、お店のお客様に 会員になって戴けば 来店のたびに 店頭に置いた 端末に 携帯をかざすだけで、来店登録され、いろいろな 特典がもらえるのだが。

毎日来るお客様、づっときていたが、来なくなったお客様 など来店行動プロフィール事に分類して、プロモ-ションメールやプレゼントを携帯メールで知らせる、 発信が出来るのだ。

そういうアルゴリズムを搭載している。

いろいろな商店街で 効果を発揮しだしているという。

郊外型の大型店に駆逐され 寂れている シャッター街を見て、そういう商店街を救いたいという 思いで、若い起業家が 考えたサービスだ。

一之瀬卓社長 まだ30才くらいか。

受賞の挨拶でも 寂れ行く 商店街のお役に立ちたいと訴えた。

そして こういう ベンチャーが発信できる 素晴らしい場を与えて くれた事に 強く感謝していた。

音力発電もまだまだ起電力は微弱だが 2005年に単位当たり 0.03Wだったのが、今は3Wだという、此の開発スピードからすれば イルミネーションから立派な照明電力源となる日は近いだろう。

クリーンなエネルギ-を完成させ 世の中の役に立ちたいと。。これもすがすがしい言葉

若者の中に 立派な 忘己利他 「もうこりた」 の精神が生きている。

安心した。

我情我欲で 自分の事だけ 考え その結果 病気をして難儀を受ける人が多い、

難儀を受けて,、「もう懲りた」 と 忘己利他に生きるより、

若いときから、利他を図れば、必ず幸せになれる。

忘己利他は仏の教えだが 全てに通じる よりよく生きる 哲学でもある。

神様が見ているからキット 彼らのビジネスは成功するだろう。

速水さんには、日本の誇れる技術に必ずなる。応援している,がんばれと声をかけた。

がんばれ日本の若者 ベンチャー企業。。。

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2009年10月 2日 (金)

発明の不思議

私の生涯 発明特許は680件くらい

ほとんどはコニカ時代のものである。

今だに、出願は継続しているから まだ徐々に増えて行くのですが

どうやってそんなに。。。とびっくりされるが、特別驚くことではない。

発明とは そんなに難しい物だとは思わない

そのことに関して 知識があって 全てが理詰めで完成するわけではないからだ。

エジソンだって 電気の基本をほぼ一人で作ってしまったが、知識があったわけではない

神様の智慧の蔵の開け方を知っていただけだと思う。

世の役に立つ事を必死で 考え続けただけだ。

だから 誰にも 出来る、

速水さんのように、子供の時でも良いから 

渋谷の人通りの騒音で 発電できる筈だと。。。思うことが大事なことだ。

,これとこれがこうだから こうすればいいはずだと 理屈でたどり着く訳ではない。

夢があって,その夢にどうやってたどり着くかを強く おもいつづけるだけ。

だから誰でも出来る。

知識は入れるものだが、智慧は出すのもの、

必ずしも勉強が出来るから発明が出来る訳ではない

 紫綬褒賞をいただいた 写真の水洗を無くした、技術は これによって 町の写真屋さんの店先で プリントしてもらえるようになり、,一気に世界中に広まった。

以前は工場の大きな機械で処理し しかもボイラーで大量のお水をわかして 大量の 水洗水を使って 処理していたのだが わずかな処理液で しかも小さな機械で処理出来るようになった。

この技術の核心は前にも書いたことがあるかもしれないが

 処理液中の EDTA鉄の中の鉄イオン を1,2分の処理時間内に ある別のキレート化合物 AC-5と反応させ、一気に隠蔽「封鎖」し、 無色の化合物にしてしまうことだった。

プリントの保存に影響ない 安定な化合物にして、しまいたいのだが、

此の隠蔽反応の速度が、理論上、何十時間,もしくは1昼夜 掛かっても難しいような,反応だった。

反応速度をどう上げても 1分で反応させる事など 絶対に不可能なのだが

これができたらどんなにか、世のため 人のためになるか,そうであるなら

これは 神様のお手伝いなのだから、道は絶対にあるはず。

理屈で考える人からみれば、あいつは馬鹿ではないかという。

あきらめない、絶対不可能はないと、信じ切る

考えて考えて考え抜き 考え続けていると、突然 とんでも無い事から ハット ひらめかせて戴ける

ある日、夕食を食べている私に 妻が知り合いのある方が 離婚した話をしてくれた、

双方にいい人がいたから どちらもウエルカムで スピード離婚が成立したという。

何?ぴんときた、それだ!!

ひらめいた とんでも無く大事なことを。 

なるほど、そうか、3人では相手を取り合いすすまないがi

4人なら さっと分かれてさっと再結合 するか?

そうかそうか?

 食べるのを辞めて 

すぐ、金属イオンとキレート剤との安定度常数を調べてみた。

AC-5という化合物に、あらたな マグネシゥームイオンを加えれば、EDTAと鉄は分かれて AC-5にくっつくわな。

安定度常数が、物語っていた。

マグネシュームは EDTAが好きだから、鉄を離してMgと入れ替わるか?

ひょっとすると1分以下で完結する

そして結果は、見事な反応促進を実現

嘘みたいに プリントはキレイに仕上がり、保存しても 褐色にはならなかった。

無水洗百年プリントが完成した瞬間だった。

科学者のくせに 哲学者でもある、稲盛さんが同じ事を言う。

知識もないのに 設備もないのに ひらめきだけで、 GEとは全く違った方法で ものすごく、良い^^^セラミックが発明出来た。

かれも 此のまぐれが その後もづっと続いたのだという。

かれも立派な哲学の持ち主、。

稲盛さんも 村上博士と同じく 神様をサムシンググレートといい、発明は智慧の蔵をサムシンググレートが 拓いてくれるのだと言う

同じように知識なんかで発明出来る訳ではなく、心だと言っている

私は元もと 世のためになるテーマを選べば 必ず神様が助けてくれる と思っている。

部下にはいつも不可能はない、技術はいつかは誰かが実現するものだ

人間、できない事は考えないと、言っていた。

そうして、次から次と不可能を突破し 発明してできた。

大事なのは夢を持ち 出来ると思うことだ

必ずヒラメける

こんな嘘みたいな ことで発明は完成するのだ。

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2009年10月 1日 (木)

巨泉が久しぶり

1昨日 欽ちゃんと大橋巨泉がTV番組に出ていた。

2人ともコント55や ゲバゲバ90分などで一世を風靡したスターだった。

欽ちゃんは 最近は 茨城ゴールデンの野球チーム関連での出演こそあれ。

基本的には 引退している身である。

彼らは昔 突然 TV を引退した。

理由が2人ともおなじなのだ。。

人間の運は平等なはず 自分だけがあまりに人気が続くのは、罰が当たる

キッと罰が当たるとおもったので引退したのだという。

みんな平等になるよう 他の人にも運が向くよう 自分は身を引いたのだという。

なかなか徳がある。

しっかりした人生観を持っている。

芸能界では売れていると、ピークで 引退はなかなか難しい。

番組の中でも触れていたが

,巨泉さんは パイロット万年筆のCMであまりにも有名だった。

大橋巨泉が画面に現れるなり

万年筆のキャップをとり、その万年筆で紙に何かを書きながら、

みじかびの きゃぷりきとればすぎちょびれ すぎかきすらのはっぱふみふみ」とやる

そして、「わかるネ?ブハハハハ…」と笑い飛ばす。

わかる筈が無いが大当たり。

まじめに説明するだけが能ではないという、,感覚派が台頭し、子供達にも大いに受けた。

一気に売り上げは高まり,プラチナ万年筆をぬき 業績回復を果たした。

はっぱふみふみ  は 一発で パイロット万年筆を 蘇えらせたのだ。

この巨泉のTVCMに刺激され、植木等の  「なんである アイデアル」 が登場し。

「かあちゃん一杯やっか」 「かっ-ぱえびせん」などがでてきた。

5秒CMの登場で CMが変わり 感覚に訴えだしたのだが、

現在では、5秒CMの代表は 天気予報の後 に、

「オービックの提供でお送りしました」という、

企業名だけを刷り込むようになってきた。

  人間の感性とは 

  マーケテイング感性とは

本当に不思議である。

 一生懸命 性能を説明したからって 売れる物ではないが

 巨泉は そのCMの撮影の 場で 台詞を 渡され 

こんな物では、絶対だめ、売れないよと、スタッフに投げ返したという

それじゃあ どんなのがいいの?と聞かれ

即興で、こんなんだよと、やったらしいのだ。

それをそのまま流してみて当たった。

「みじかびの きゃぷりきとればすぎちょびれ すぎかきすらのはっぱふみふみ」とやる

そして、「わかるネ?ブハハハハ…」と 笑い飛ばして、 コンなんだよ。。。。

と即興でやれる巨泉も偉いが。

これを流して見ようと決めた 

宣伝課長や部長も偉い。

わかる筈が無いだろうと、

やはりまじめに説明してしまう。

分かるように説明してしまうが売りたければ 説明しないことだという名言もある

オービックの提供でした。

これも 余計なことを言うよりよっぽどいいかもしれない。

それだけで十分とも思える

マーケッテイングの 不思議を感じている。

どうしたら写真を守る気になって戴くか?

日夜 悩んでいるので、

久しぶりの巨泉の出演に

思い出してしまった。

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