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2009年9月

2009年9月30日 (水)

私のルーツに感謝

先日あるところでお話しをしながら 思い出し、いろいろ感謝しなければと思わしていただいた。

今の私の心の大元 を形作っているものは 昭和2年に両親が結婚した事でもたらされた。

昭和大恐慌の年だから、もちろん 私は生まれていない。

6人兄弟の 一番下 だから この後17年もたってから、私は生まれる。

この年、母親と親父が結婚したのだが、親父の父 母のお舅さん,私のおじいちゃんは 脳梗塞で ほとんど寝たきりになっていたらしい。

母親の実家の両親が 此の話を知って 飛んできた。

自分たちが 信じている金光教のご神米と 御神酒を 持ってきて、 おじいちゃんの病気が直るよう 一生懸命祈ってくれたらしい。

母親の両親は 当時とんでも無く 御利益があるということで、近在で評判だった 金光教津久井教会 の熱心な信者だったのだそうだ。

この頃の信者は皆 困った方を見つけては、病気の方を見つけては 救ってあげようと 競争していたようで、そうおしえられていたらしい。

津久井教会は 出来て、まだ2年しかたっていなかったが そういう理由で あっという間に信者が広まった、たった2年で2郡 7町に広がり,教会がある中野町などは 通りは、軒並み、皆信者だったと言う。

そんな訳で 

母親の両親は 娘が嫁いだ家の 寝たきりの 年寄りの、病気快癒を一生懸命お願いし、見舞いに来てくれたらしい。

親父は 此の信心の 奇蹟的な おかげは噂では いろいろ聞いてはいたが 

俺は、だまされない、

そんな信心で病気が治るものか?と 疑っていたらしい

まあ嫁の両親のやることだから 反対も出来ず、適当にお礼を言って 最初はおつきあい程度に 教会に誘われるまま、つきあっていたらしい

自分の親のことをお願いしてくれているのだから、断るわけにも行かなかったのだろう

所が おじいちゃんは、どんどん良くなる、 薄紙が剥がれるとはこの事か...と言うように寝たきりだったのが 歩き出し 半年後には 完全にリハビリし 農作業まで出来るようになってしまったとのこと。

父はこれにはびっくり すっかり信用し 熱心な信者となってしまったのだ

それは熱心に, 家中 お参りさせ 、自分もどんなに夜遅くなっても

10KM以上ある 山道を自転車で教会に 農作業の状況を お届けし 、

毎年の岡山ご本部参り までするようになったとのこと。

おかげで 近所中の お蚕いこさま が病原菌で 全滅してしまったのにもかかわらず、

我が家のお蚕いこ様は 何ともなく 丈夫に繭を作ったらしい、親父は ますます熱心な信者となっていった。

いたずら坊主であった私は 必ず教会に連れて行かれ、お祈りをさせられた。

もちろんいたずらは 中学に行くまで、直りはしなかったが

心が正しければ おかげが受けられる お金を要求するわけでもなく、人が助かればいいという、神様の願いを実現 するという。

こんな立派な信心はない、形ではない 心の問題、精神修養 だ、いつもそういっていた。

お寺に行っても 八幡様に行っても、心を正しくなど教えてはくれない、

おかげが欲しくて信心しては駄目だぞ 精神修養じゃと言っていた。

嫁に行った自分の 妹まで巻き込み お参りさせていた。

そして金光様は  運の強い 神様だ 出世の神様だ とも信じ切っていた。

そういう訳で 本人は 村のためになる、道路の整備や 区画整理 橋が無い 川境いなど 不便をなくす,奉仕に奔走していた、お祭りの太鼓を文化財保存会というのを作って今に残してくれたのも親父だった。

町のあちこちに 親父の遺産がのこっている。

そんなおかげか、しらないが、本人が 言う通り 明治時代に先祖が没落させてしまった 家を 一代で 復興させ 再興してしまった。

確かに親父が言う通り 運の神さまらしい。

今の私が、あるのは親父のおかげ、

もっとも大事な 生きる 心の大元 宗教を残して行ってくれた。

人間から宗教をとったら 動物とおなじ だと欧米では さげすまれるが、

その大事な心を しかも世界に誇れる ものを 私と、,私の家族に 伝えてくれた。

母親の両親と親父とお袋 もっと言えば 先生方 先人と 此の道を広げた 教祖様だ。

お彼岸、御霊祭りで,

この世界の宗教学者も認める崇高な心を 私も 子や孫にしっかり 

伝えて行かなければならないなと感謝し、実感した次第だ。

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2009年9月28日 (月)

御霊祭り

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左の図は世界の平均寿命の分布図

ある教会の御霊祭りに参拝させていただき、先祖の有り難さを改めて感じたが。

そういえばと 突然 思い出した事がある。

私の父も 母も 姉 2人も 長患いせず みんなが 間に合わないよう 逝ってしまったことだ。

別れは いつでもつらく、悲しいことだが、

後になって考えると、

逝った人も 残った人も 結果的には おかげを戴いたな、とても良かったなと思える。

親父は 84才 昼間ニコニコしていたと思ったら 夕方はもう 間に合わなかった。

母親も83才 突然昏睡し、 4日間目も開けず そのまま逝ってしまった。

お袋の事は大好きだったから ズッとそばで 看取ってあげられた。

昨年 亡くなった姉は76才、年は 少し 若かったが 本人でさえ 逝ったのも、分からないくらい 元気のママ 脳出血で 1週間も、気がつかず スピードでさようならした。

家族にとっては死は とても 悲しい事だが、本人は何も知らないのが救われる。

苦しんで 長い間 病んで 十分看病して もう沢山と分かれるのも良いかもしれないが

私はできる事なら こんなスピーデイな 別れがいい。

結果的には皆 つらくない。

永久に生きている事はできないのだから、できる事なら、こう、なりたい。

親父がよく、言っていた。

此の神様は 運の良い神様だから 心さえ 神様の願いに叶う生き方をしていれば、

よい事しか起こらない、と。

ぴんぴんころりは 誰もが願って いるが、願い通りになるとは限らない。

老々介護の悲惨さは これから深刻化する。

日本の 平均寿命82才は、

間違いなく いろんな病気になる。

必ず 老々介護が避けられない。

米国の平均寿命は 78才くらい 

アフリカの ほとんどの国は 37才から 42才だ。

北朝鮮は 62才、やはり貧しい国は 短命である。

命は 何よりも大事だが、

今日を一生懸命 最高に生き抜いていれば 

明日ころりと逝けどもいとわない。

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2009年9月26日 (土)

音力発電(高速道路の騒音で発電できる)

首都高中央環状線の名所の一つである五色桜大橋。荒川に架かる2階建て構造のこの橋は夜間、LED(発光ダイオード)照明によって美しくライトアップされる。

この電源に、将来の可能性が注目されているまったく新しい発電方法が用いられている。橋の下には、騒音や振動で電気を生み出す音力発電装置が10台設置されているのだ。

 高速道路の騒音や振動で電気を生み出す、このユニークな発電システムを発明したのは、速水浩平氏。

「電圧でスピーカーを振動させることができるのであれば、逆に音や振動から発電できるはずだ」。小学生の頃、の夢を大学の研究室で実験 完成させ実験中なのだ。

夢はいつかは実現する 私のやって来た発明と同じだがこれは 次元が違う 

環境問題地球温暖化に大貢献できそうな、発明だ。発明者はまだ若い速水浩平氏だ。

いつも言っているように日本人はとてつもなく優れている。

自信を持とう、政治が駄目なら 技術で 国力を高めよう 世界から信頼される国にしよう。

技術が国防なのだ、これからは軍隊など古い。

日本の技術と 心が 世界を救うはずだ。

独創性のある若者が日本にも、どんどん出て来てほしい。

CO2 25%は 日本なら、必ず実現できる,しかも頭を使って 負担無く,やり遂げるべきだ。

こういう技術に 国家補助を出し、完成させるべきで、やはり地元には,申し訳ないが、国の将来のため ダムはやめなくてはならないとおもう。

此の会社、神奈川県の藤沢にある 音力発電株式会社。

来週 川崎の産業振興公社主催の ビジネスオーデイションに発表される、私もお話を聞く機会をえた。

楽しみにしている。

ここから先は 彼を説明した、文章を少し変えて 転載する

速水浩平 社長 著書もある。

人が歩く際に生じる振動や自動車・により生じる振動や騒音のエネルギーを利用して発電する注目の新技術だ。

人が歩行したり、車が走行したりする際に発生する振動のエネルギーを電気エネルギーに変換する圧電素子を利用した発電機を開発し、高速道路の証明に実用試験中だ。

音は鼓膜を振動させるが 通常は相当微弱だからこれを利用しようなどと考えなかった。彼は  ある工夫で 驚くほど 増幅し 実用的な発電二こぎ着けたのだ。

携帯電話なら話せば 充電できる。

車なら走れば充電出来る、

高速道路はちょっとした発電所に変わるのだ。

その仕組みは歩行や走行等の際に生じる振動のエネルギーを圧電素子でとらえ、コイルを回す、独自開発の『小型振動力発電機』ユニット『振力電池®』を内蔵することで

電気エネルギーに変換している。

これらの振動のエネルギーはこれまでただ単に捨てられていた。

来週実際に聴けるの楽しみにしているが

 発案からしばらく眠っていたこのアイデアが花開いたのは大学に入学してから。慶應義塾大学環境情報学部2年生の夏、研究テーマに音力発電を選び、子供のときに描いた夢の実現に向けて、研究に没頭する日々が始まった。

 実は、「音や振動から電気が生まれる」という基本原理自体に目新しさがあるわけではない。問題は、その発電効率が極めて低いと考えられていたことだ。どのようにすれば小さなエネルギーを効率的に電気に換え、実用に耐えられるものになるか、この答えを見つけることが速水氏の研究テーマになった。

「研究を開始してから最初の3カ月間は実験をしてもなかなか発電をしない。発電したとしても、ごくわずかな電気しか発生しなかった」という。しかしあきらめずに次の3カ月も研究を続けた結果、2年生の12月に、発電効率の高い独自の音力発電システムを生み出すことに成功する。

 ブレークスルーの秘密は、「圧電素子」を採用したことにあった。圧電素子とは水晶やチタン酸バリウムなど外から力を加えると収縮して電圧を発生させる素子のこと。これを用いることで発電効率が劇的に向上した。さらに圧電素子に共振膜を取り付けたり、振り子を取り付けたりすることで振動を増幅。

これが発電効率の向上につながったそうだ。

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2009年9月25日 (金)

褪色した古い写真の修正

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これは以前書いたが、                     40年前の古い写真を計算で昔のママの色に戻したものだ。褪色した写真は 下に比較して載せたが、スキャナーで取り込んだ古い写真のデーターを 自動的に演算処理で元に戻すソフトを開発し、ほぼ成功した。

   

090826_pict0001    

   

            

古い写真は相当劣化褪色しているから,このままでは、自分史などを作るとき、フォトブックの綺麗さが出せない。

いろいろなメーカーの 褪色写真の修正サービスを観ると 一枚8000円もとられる。

おそらくフォトショップや各種のソフトを使って手間暇かけて、主動で、修正している物と思われる。

この値段では、おそらく 高すぎて サービスを受けられる人はいないだろう。

アルバムの写真は たくさんあり、100枚あったら 80万円となってしまう。

価格が非現実的だ、,なぜ自動計算でもっと安く出来ないのだろうか?

自動計算だと思われる 各社メーカーのプリンターやスキャナーに付いている色修正 自動計算ソフトを使って見ると、結果はほとんどが、効果が全く無い、 

色はほとんど戻らない。

少し青っぽくなるだけだ。

各社の特許を読んでみると、劣化度をあらかじめ予測し 補正係数を入れているだけの単純な計算で、これでは効果は無いだろうなと言うものである。

ほとんどの開発者の考え方は同じような発想からでており、我々の アルゴリズム「論理計算式」とは、根本的に違うようだ。

間違いなく、新しい発明として、特許も成立するだろう。

家庭に眠った,古い写真を 昔のママに 我々のアルゴリズムで作ったソフトで安く高速に戻してあげて 綺麗な自分史を簡単につくれたら、

シニアの方が、自分の歴史を 自分で つくれたら、すばらしい事だなと思う。

そうなるよう,努力している。

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2009年9月24日 (木)

人間は万物の霊長?

人間は万物の霊長と言われる。

霊長とは 不思議な力を持つ優れものという意味らしい。

植物は動けないが、動物は動くことで環境を変え、食料を幅広くとる事ができる。

そういう意味では植物より、動物は優れるのかもしれないが 寿命はきわめて短い。

植物は動けないが、寿命は永久と言われるほど長い。

動物の中で人間は、言葉を持ち 自由に他社とコミュニケーションをとり、言葉で考える脳をもつ事が霊長の根幹となっており、他の動物にない点である。

ここが最大の優れもの。

生物は同種であっても、他種であっても、様々な形で 自分以外の生物を食べて生きている。

言い換えれば、必ず何らかの形で 他の生物のため「食料や栄養」になって生きている。

たとえば、草の葉を食べる、バッタが、カマキリに食べられ、カマキリを小鳥がたべ、小鳥を鷹が食べ、鷹は人間が捕って、飼ったり、食べたりする。

植物は 動物が出した,CO2を吸収し 栄養として 酸素に変えて放出する、動物は酸素を吸って、CO2を放出する。人間だけが このバランスを崩している。

小さな草は 枯れて大きな木の栄養となる

海では 膨大な量の植物プランクトンが 動物プランクトンを育て、動物プランクトンは 小さな魚を育て,、小さな魚は大きな魚の餌になる。

大きな魚は人間がとり食料とする。

どう考えても 人間だけは 何の役にも立っていない。

消費するだけだから 霊長でもないのだろうが、

神様は この人間がやるべき連鎖 の役割として、人を助けろと言っている。 

万物によって生かされている人間は、いかされているお礼に、人を助けるのが、役割らしい。

人を助けられるのは、人間だけ。

人間がおぼれても、動物には助けることが出来ないが、唯一人間には助けることが出来る。

人間の役割は他者を助けることなのに、人間の仕業で大きな食物連鎖の精緻な仕組みが崩れつつあるようだ。

海ではプランクトンのバランスが大きく崩れようとしている、動物の生態にも大きな変化が起こりつつある。

地球温暖化の影響だ。

鳩山総理の国連環境サミットでの提案は 

地球を救うためにも 霊長類の代表である、人間がやるべき、責任の重要な物であろうとおもう。

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2009年9月21日 (月)

日本は休みすぎ?

先日の三略会である若い社長さんから 

日本は 休みすぎ。。。 これでいいのか?

前にこの会議で 小星さんが あるテーマで、一年中休まなかった時があると発言していた。

やはり やるときは やらなければ と思う。

日本はこれで良いのか?と言うようなことを述べていた。

いつ、そんな発言をしたか、覚えていないが、

それは1996年ころの話だろうと思う。

開発期間のほぼ2年、皆ほとんど休まず、やる気で やってくれていた気がする。

プロジェクトリーダーだった私も 毎日 出社し これを支えた。

カラー写真の世界で デジタルへの本格的な夜明けをむかえようと、大きな挑戦をした時だった。

この挑戦に若手が 生き生きと 大きく成長してくれたのを覚えている。

その時知ったのだが、

会社経営やマネージメントに管理はいらない 夢あるテーマに挑戦させることだと。

高い夢あるテーマで 世の中のためになる、そんなテーマで生き甲斐をあたえることだと、

それが 経営の要諦。

責任は俺がとる、思いっきりやれ、と挑戦させるということだと知った。

例え失敗しても 若者は大きく育った。

100年の歴史を変え レンズで 引き伸ばしていた アナログ露光方式を 

ネガフィルムを高速スキャンし デジタル露光に変更すると言う大きな挑戦だった。

カラー写真は高画質 高精細で、その写真のネガ画像を1秒以下の高速でスキャンし

そのデーターをデジタル露光部に高速転送し プリントを一時間に 何千枚焼けるかという 高速処理を必要とする未知の世界。

当時としてはかなり無謀な挑戦であった。

そんな、世界で初めての デジタルミニラボの開発を進めていたころの話である。

システムは 高速スキャナー、デジタル露光部、画像処理、ペーパー搬送部、ペーパー処理部、ネガリーダーレス搬送部 超迅速処理 等 およそ 7つもの世界初の挑戦的な テーマであった。

一つだけとっても 誰もやったことがない、それが7つもある。

各チームの連係 だけでも大変なプロジェクト

全員がまともに 休んだのは,正月元旦たった1日だけ、

次の日 1月2日から、また夜遅くまで、毎日休まず開発は続いた。

よるも昼もない 妻も子供も、あった物ではない.。

過酷な世界だったが、誰も強制はしていない、みんな責任感で自主的に動いてくれた。

労働基準法には 明らかに違反だったから、強制したら大騒ぎの筈

誰も、何も言わず、ひたすら、システムの完成をまざして 自ら燃えてくれた。

それこそ、俺がやらなければ 誰がやると。

若者ほど、輝いて、頼もしく見えた。

夢あるテーマに、皆燃えたいのだなと思った。

その時のメンバーが今は各部の主力で活躍している。

逢うと、あのときが懐かしいと言う。 

今は夢に挑戦できない、とても、寂しいと。。。

冗談言うな、もう、お前らが夢を作り 与える年だろう。

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2009年9月18日 (金)

自分が総理になったら

昨夜の三略会 

テーマは 自分が総理大臣になったら?

良い意見がたくさんあった。私は環境と農業政策で地球を救うだ。

政権交代が実現した。

戦後、初めて、日本が新しい時代を迎え、政策ががらっと変わった。。

今まで、政治がどうにもかわれないという ジレンマがあったが、

政権が かわれば 大きな変化が起こりそう。

おおきな 官僚の抵抗が予想されるが、

官僚といえども、国民が選挙で選んだ政権だから。

ご主人にそう、いつまでも 抵抗できまい。

これはキッと前に進むだろう。

今までは どんなに苦しくても 自民党をえらんできた。

野党には任せられない、まだまだ ,何とかなる.。

我々が自民党に託してきたのだが、最近では、後ろに進んでいるという、感じがあった。

今回、ゆっくりではあるが、前に進みそうな気がしてきた。

今では、これでよかったと思う。

日本が再生しなければ世界は救えない。

世界を救うのは日本しかない。

従来の発想をがらっと変えることが必要。

これからは常識を変える

国の誇りは核でも 軍隊でもない。

心、相手の国を思う 地球を思う 心、国民の心が世界を引きつける。

この先、未曾有の高齢化、高負担社会

政治が変わり、官僚がかわらなければならない時

官房長官も、国家戦略も 財務も 総務大臣も、労働厚生も、皆立派な会見であった。

資源も若者も居ない日本が生きる道は、変わることだ。

国家経済戦略としては 地球を救う、環境と食料技術が日本の生きる道。

まず、地球の外の資源 太陽光を利用することだ

石油をエネルギーとしては使わない方向に社会を持ってい行き、技術を高める 

CO2 60%削減くらいの覚悟でやる。

道路をいくら造っても日本が繁栄する道には繋がらない。

太陽光パネルの設置に大財源を集中的につかい

世界に模範を示し、技術を高め勝ち抜く。燃料電池技術と合わせ、

光変換効率を高め、製造コストを圧倒的に下げる。

道路特定財源を使ってでも、

道路の上、街灯の上、

一般家屋の屋根 公共施設の屋上 あらゆる補助金を太陽光パネル関連に使う

おそらく5年で 世界が追いつけなくなる。

そして膨大な世界の需要が生まれ、日本は繁栄出来る。

車の屋根も太陽光発電パネルを組み合わせ光ハイブリットカーとして、世界を圧倒する

木内さんの太陽光 集光3000度の焼却技術もある。

地球の外の資源を使えば、CO2は全くでない。

原子力の利用と組み合わせ、脱石油を果たす。

石油を買っている費用を太陽光利用に使うだけでも、大きな財源が生まれる

そして、

地下農業だ、LED光を使った、地下ハイポニカ農法

これも日本にしかない 画期的な高効率農法

日本の資源は太陽と水だ。資源も若者もいない、

世界を救える 日本が再び JAPAN as NO1となるにはこれしかない

完全 自動、流れ作業で 地下水耕栽培に近いハイポニカ農場

地上より、圧倒的な効率の食料生産技術を完成させる。 

地下農場 建設工事技術を高め 建設機械も好況となる。

地下LED光合成 ハイポニカで世界の食糧危機を救う。

環境も 経済も 宗教も、日本が地球を救うしかないのだから。

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2009年9月17日 (木)

人は皆死なじと思う花吹雪

年寄りが幸せに生きるための、あるメッセージを書いたものを、妻が書道の先生から教材として 戴いてきた。

ここに以下 引用し 紹介したい。

”年をとったら出しゃばらず

憎まれ口に泣き言に、人の陰口、愚痴言わず

他人のことは褒めなはれ

訊かれりゃ教えてあげなはれ

知っていることも、知らんフリ

いつでもあほでおりなはれ

勝ったらあかん、負けなされ

いずれお世話になる身なら

若い者には花持たせ

一歩下がって居ることが

家内仲良く、いくコツや

いつも感謝を忘れずに

どんなときにもハイオオキニと

お金の欲は捨てなはれ

なんぼ銭金あったとて

死んだら持ってゆけません

あの人エエヒトやったなと

そない人から言われるよう

生きているうちばらまいて

山ほど徳を積みなされ

昔のことは皆忘れ

自慢話しは、しなさんな

ワシの時代はもう過ぎた

なんぼ、がんばり力んでも

体が言う事ききまへん

あんたは偉い わしゃ あかん

そんな気持ちでおりなはれ

我が子に、,孫に、,世間さま

どなたからでも,慕われる

エエ年寄りになりなはれ

ぼけたらあかん、その為に

何か一つ、趣味持って

せいぜい長生きしなはれや

   人は皆死なじと思う花吹雪

 鳥居哲之詩

   ということだ、心しよう。

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2009年9月16日 (水)

企業の志魂(こころ:産経新聞)

今朝の産経新聞の”企業の志魂(こころ)”を見たよ、といって電話を何人かの友人がくれた。

沢山の企業の中の一つだからなかなか目立たない記事だが、それでも分かってくれた方がいた、ありがたい事である。

三国志 曹操軍の将軍に例え、私がすすめる”ホットアルバムで 写真を守りたいとの志”、如何に写真を守れるか、、ホットアルバムを世に広め、デファクト(社会標準のアルバム)にするかの戦いを果敢にすすめる我が社の志を書いてくれている。

ありがたい記事で、橘師に 感謝する。

しかし、我が社の戦いは、これからであり、スタートにたったばかりである。

鳩山政権と全くおなじで、まだ歴史は何も変わっていない。

官僚は?自民党は? 何でこんな日本にしてしまったのか?との思いで、国民が選んだ政権だ、と 鳩山新首相の言葉。

私も 

デジタル企業は メモリーカードですら、各社バラバラ、売れさえすればいい?と。。。

写真を未来に遺せない、6,7年で必ずクラッシュするパソコンへ保管し、家族には自由に取り出せない、を、 前提にした、写真文化にしてしまったのか?

携帯で 撮って 液晶で見て、,メールして、終わり,、10年後には、写真はほとんど、残っていない。

そんな写真文化に 誰がしてしまったのかと、問いたい。

しかし、今回の選挙と違って、国民は、まだ此の写真の保管の危険性に気がついていない、だから ホットアルバムはまだ,圧倒的な支持を、戴いてはいない。

それこそ、これからだ。

しかい、いずれ 政権交代は必ず起こす、と思っている。

どうして写真をこんな文化にしてしまったのか?

それがわかれば 必ずホットアルバムの支持者となる。

写真にも政権交代がひつようなのだ。。

私も 長い間の自民党支持者であった。

今まで どんなに、ひどい政治であっても、自民党を支持し投票してきた。

しかし、こうなって見ると 明らかに、政権交代は日本をよい方向へ変化させる。

今までとは逆のよい方向へ第一歩を踏み出した実感がある。

与党自民党では絶対にできないことばかりの民主党の船出におもえるのだ。

理想的な ことを言ってきた 野党が 政権を取れば 理想的なよい方向に変わるしかないからだ。

本当に動かすのは大変だろうが それでもいい。。。ベクトルの方向が違えば必ずよくなる。

そういう意味で 自民党の再生は スキャンダル以外の正攻法が見あたらない 相当難しいだろう。

しかも、今まで官僚の知識や情報と指導で政治をしてきたから、官僚無くして は手足をもがれたようなものだ。

逆に 民主党は、

官僚なしで 自力で情報をとり、10年苦労して来ただけに、新大臣にたいする官僚のレクチャーさえ不要のようだ、

今まで追求して来た側だから、執行側になったら,理想の追求以外に逃げ場はない、そういう意味で、期待出来る。

何でこんな簡単なことが日本国民に今まで、分からなかったのだろう。

我々、国民のレベル の問題であった。

ついこの間まで 自民党にお灸をすえたいだけ、民主党には期待もしていないというのが論調だった筈だが、

見ていると、現実に本当の改革に 一歩踏み出した感がある。

国民のためにとしか、言えないのかもしれないが そういう民主党に、期待してしまう。

私も決意した、

必ず、写真のための、政権交代を実現させてみせる。

お客の迷惑より売れれば良いと言う  経済優先の大企業の論理の市場に風穴を開けたいとおもう。

これが企業の志魂であろう。

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2009年9月15日 (火)

70才からの挑戦

私は見ていなかったのだが,今朝、教会の先生からお聞きした。

昨夜の 鶴瓶の "家族に乾杯"、70歳から開店した 白い鯛焼き屋 さん。

すごい挑戦だ、頭が下がる、そうならせていただかなければとお話された。

私も 頭が下がる、

少し、忙しい程度で、自分だけ大変なような気がして、この先どこまで続くのかと。。すこし暗くなっていたようだ。

昨夜、妻とお茶の稽古に出掛ける途中のこと、

突然、訊かれた。

何かあったの? とても暗いね。。。と運転しながらいわれて,はっとした。

信心していて、神様に お願いしたら、悩まず、全て神様にお任せした方がいいわよ、明るくしていないとおかげは戴けないわよ。。。と言われてしまった。

別に嫌なことがあった訳ではない。

いろいろ考える事が多すぎるだけ、どこからやれば一番効率的か、どうしたら 写真を守れるか、ホットアルバムを一般に知ってもらえるか?

考え込んでいただけなのだが、

やはり先のことを考えると、出口が見えないから 心配が先に立ち、暗くなる。

申し訳ない、いつも、考えごとが多いから、妻には、あなたの運転は、怖いといわれ、たいていは運転してくれる。

妻を乗せたときは 隣に神様を乗せたつもりで、怖がらせないように丁寧に運転しなければと、思いながらも 実際になると、ついついぞんざいな運転になり、自分だけで乗っている気になってしまう。

自分の世界に入り込み、考えごとをし、急ブレーキを頻発させる。

これはいけない, 今夜もまたやってしまった。

反省です。

妻を通じて いつも神様から 叱られる。

写真を守る、仕組みはほぼできあがったノだから、後はフォローの風だけです。

システムが完成したことだけでも、おめでたい、有り難いことと、感謝しなければ、いけない。

これから 後は売るだけ 認知していただくだけ、

今は まだ、頭を使っていないだけなのだ。

多くの方の支えで、ここまできたことへ感謝ができていないから先が暗くなる。

10月6日、起業して、丸3年になる。

ここまで来られたのも、皆さんの、たくさんのおかげです。

大変感謝です。

65歳で、これほど、忙しいのは、有り難過ぎること、

70歳から 勉強してお店を拓く人もいれば、94歳から大学に入学し学ぶ方もあるという。

すべてに感謝し直しだ、

4年目は、写真を守り抜くぞと、決意し直した。

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2009年9月14日 (月)

同窓会

懐かしい,面々、男5、女性7の12人だが、久しぶりにみんなに会え、とてもうれしい日であった。

女性は相変わらず 皆、若く、美しく、賑やか、とても元気だ。

母親の時代の65歳から比べたら とても年寄りとは感じられない若さだ。

近況報告で 一人の女性が 言い出した。

私は、最近、とてもつらいことがあったが、

近くに住む、KさんとMちゃんが、親身になって相談に乗ってくれ、助けてくれた、同級生は兄弟以上、近所に2人がいて、とてもよかった、救われたと 話、とても感謝した。

皆で Kさん、Mちゃんに有り難うを言った。

よかったね。

仲間を仲間が救ってくれたらしい、知らなかったし,何があったかは言わないが、だいたい察しはつく、

それより、そういう仲間であることがうれしい

動物や人がおぼれていても 動物なら見ているだけ、

人間だから助ける事ができる。

Kさんは、クラス一の温厚な男。

静かで,公民館活動やPTAの会長などをづっとやっていた、地域では人格者で通っている。

みんなで,民生委員をやったらどうかと,

仲間が言うほど、徳がある。

Mちゃんは、小学校では一、二の秀才で、大人になっても女の子のリーダー格。

2人がいてくれてよかった。

人を助けると言うことは、これほどに、人間の感動を呼ぶ、感謝される。

素晴らしい行為だ。

子供の時の同級生は兄弟だな。。。としみじみ思える。

この会を、すこし間を開けてしまったのは、私の反省でもあるが、

そのうち 会いたくても会えなくなる年だから、これからは 毎年 やろう、 となった。

イヤ何を話しても,,毎日一緒にいるように,話が弾む。

兄弟のようとは、ほんとうかもしれない。

やはり私のいたずらが話題になった。

全く,知らなかったが、やはり女の子は,子供の時からたくましい。

幼稚園の時、先ほどの MちゃんとK子ちゃんは、

椅子を5段くらい組み合わせて 高く積み上げ、私をだまして 一番上に登らせ、困らせようと図ったらしい。

案の定、私は一番上まで登った挙げ句、おりられなくなり、泣き出したとのこと、

どうやって、懲らしめるかをいつも 相談していたという。

幼稚園のこでもそういう 大人のような 勧善懲悪の心があったのか?

そんなはかりごとがあるとはしらなっかたし、何となく記憶はあるが 泣いた覚えなどないのだが、おそらく 登るのは良いが おりるのができず、怖くて泣いたのだろう。

そして小学校では 女性陣はいつも 私のいたずらが、どうしたら直るか、懲らしめてやるか 男の子が外で 野球をしているあいだ、教室で相談していたらしいのだ。

小さな村の小学校、5年くらいだったか 

水が 水素と酸素からできていると訊いて、急に化学に興味を持ったのを覚えて居る。

ちっちやな 時の先生や 親の教育、 一言が如何に大事かも 

こんな時によく分かる。

懐かしい記憶がたくさん蘇ってきた、よい日曜日だった。

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2009年9月13日 (日)

長明の悲劇

鴨長明がどれだけの災難を被ったか、その結果が人間のはかなさをイヤというほど味い、結局、出家へと結びつくのですが、

方丈記からは、当時の災難の様子がよく伝わります。

たった10年足らずの間に、京の都をひっくり返すほどの災難が何度も襲うのです。

これは,相当な体験だろうなと、心から同情したくなるほど。

23歳の安元の大火の時、都の端から出た火は 強い風に乗って どんどん街に飛び火し、都を焼き尽くしてゆきます。屋根は皆、檜皮葺きや麦わらですからそれもよく分かります。

あっという間だったようです。緑の奧深い御所のなかでさえ^助からなかったようです、

そんな中 逃げ遅れて焼け焦げになる 人の様、 逃げ惑う人々の阿鼻叫喚が描かれます。

その後の2年続きの天候不順による当時の飢饉の様子も、またすごい。

天候が不順だと、どういう風にして 食べ物が無くなっていくか?

それが2年も続くとどうなるか?

飢餓がどれほど恐ろしいものか?

人々が食べられないと言うことが、どういうことか,そのむごさがよく分かる。

最後は養和の大地震だ、都が壊滅するほどの大地震、

山は崩れ、滑り落ち、土砂が川を埋め、海では、見上げんばかりの大津波が陸を襲い、海辺は飲み込まれ 流される

大地は裂け、裂け目から地下水が吹き上げ 

都は 寺も 塔も、御堂も あらゆる建物が一つとして無事ではなく、

屋根から壁から全てが崩れ 道では馬が狂ったように足をばたつかせ、土塀の下敷きとなった子供が、ぺしゃんことなり 目が飛び出して,血まみれのかたまりとなる。

そんな泥まみれ 血まみれのこどもを父と母が抱き,ワンワンと泣き叫ぶ

そして10日たっても20日たっても まだ余震が納まらなかったと。

このほかに、

大きなつもじかぜ(旋風)も都を襲います。

つむじ風の通り道となった都の街はやはり壊滅状態となる。

大きな建物 や門まで吹き飛び、すさまじい様子が描かれている。

たった十年で、^避けようがない恐ろしい体験を何度もする。

今でも 避けられない天災に、当時の人が、 

それこそ 人間の無力をイヤというほど体験したのでしょう。

これでは 長明が、此の世をはかなむのも、不思議ではないが、

それでも人々は、たくましく生きていた。みんなが、儚いからと出家したわけではない。何をしても意味が無いとはしなかった。

成功も失敗も それこそ天災にも意味がある、それが歴史を作ってきたのだ。

何度も何度も大きな 天災や飢饉にあいながら、

そういう中で 続いて居る命なのだから 、

全てが大きな仕組み、めぐみのなかのこと、感謝し、大切に、大切に、輝いて生かさせて戴こうではないかと、

鴨長明に語りかけながら読んでいた。

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2009年9月12日 (土)

人生は無常か?

今、鴨長明の、方丈記を読んでいる。

鎌倉時代初期の3大随筆 徒然草や枕草子、方丈記を読むと、当時の生活の様子がよく分かり,とても面白い。

どれを読んでも実に味わい深く、古典を読むのはとてもよいことだと思っている。

長明は、下賀茂神社の神官 公家の良いトコの坊っちゃんで、和歌の大家としても知られる方だ。

何の苦労も無く育ったようだが、17歳のとき、お父様が亡くなり、環境が一変する。

親戚の謀略で神官職を取り上げられ、落ちぶれてしまい荘園からの上がりも激減、生活苦を味わう。

従五位の下の官職、和歌だけで、生きていたようだが、最後は世をはかなみ、出家する。

方丈記では

彼は、世は無常 はかないもので、執着しても仕方がない、貧しい,隠遁生活の方が、3m 四方の小さな家がとても幸せという、

そして、都での大きな立派な家や、華美な生活、宝物にうつつを抜かす、生活が如何にばかげているか、意味が無いことかをいろいろな角度から書いている。

この世は無常でむなしい、そういう世を何に例えようか?といったあげく

勅撰和歌集の拾遺集にある歌

”世の中を何にたとえん 朝ぼらけ こぎ行く船の 後の白波”

    朝の川を行く船の後ろの白波のように儚い,、直ぐ消えてしまうようなものだ。。。という

というのも、

彼は、20歳から31までに 5つの大きな災難(都が焼き尽くされた 安元3年の大火、その3年後,都が壊滅した治承の竜巻風の被害 平家による 福原「神戸への遷都 、養和2年間の大飢饉、 元暦の大地震)にあい 

此の世の地獄をたくさん体験するので、 そういう世のはかなさを 嘆き、人が苦しみから どう抜け出したら良いか?を書き綴る。

出世競争や強欲な権力闘争 など、何の意味があろうか?と

,仏教の教えに沿っての、達観は当然のようにおもえるが

実は全く達観していないようにも見えるのだ。

ひょっとしたら生活苦からの仕方がなくやった出家であり、書いていることは、敗者の負け惜しみなのかもしれない。

仏の道に入り 理屈だけは分かっていたようだ、真の悟りには、ほど遠いと言う文章でもあるようなのだ。

本来この世は無常、すべてが空と悟り、出家したのであれば、

人生を船のうしろの白波には例えないだろう。

それは次の あるくだりから分かる。、

。。。ならば逆の生き方はどうだ。

「生活を全て、他人のために生きるのだ。他人を守り、,他人に尽くす、そういう人生を送ることなら、,人間の苦しみから、抜けられるだろうか、生き甲斐がもてるだろうか?」

と自分に問うておいて、その後、「他人のために生きることは他人の心の召使いになることで」

いつしか尽くしたいと言うより、尽くさねばならないという義務感に襲われ、誰からか他人に尽くせと命じられているような気持ちとなり、毎日ため息をつきながら生活することになる。

他人の事を考えても、やはり 苦しみは 出てしまうでしょう.。

と言っている

私は

他人の事を一生懸命考えたら、そして世の中のことを一生懸命考え尽くしたら、自分の最高の喜びが感じられる筈で、けして義務感にはならない、むしろ積極的な自己の最高の喜びが得られるはずだ。

長明がもし 実際に他人のためになることを、考え やっていたのなら、こういう解釈はしないだろう。

やれば,その喜びは、わかる筈だから、^実際に他人に尽くす事をやったことはなさそうである。

やはり貴族の坊ちゃんの出家遊びであったかもしれない。

私なら

”世の中を、何にたとえん 朝ぼらけ 試合の前の ラインカー”

と本歌どりをする

人生とは 自分が 社会に生き後を残して、あらたなラインを引いてゆくことだ。

生きていると言う事は、常にあらたな,歴史を作っていることであり、けして,一瞬に消えて行ってしまう,うたかたのような儚い物ではない。

早朝試合で、真っ先にやるのは、真っ赤なラインカーを押し、真っ白なラインを引くこと。

ラインカーを押した後には、真っ白なラインがのこり、試合の間、けして消えずにみんなを遊ばせてくれる。

白波のようにうたかたで、儚い,意味のないものではない。

人々がそのラインを使って試合を楽しむためのものなのだ。

人生そのものではないか。

鴨長明は、少なくとも、悟りを拓いた徳の高い出家者ではなかったような気がしてしまったが、文章の価値は高いし、当時の様子が分かる。

そして彼の考え方にはおおよそ賛成できる。

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2009年9月11日 (金)

何年ぶりかの同窓会

13日は

久しぶりの小学校の同窓会、全員で25名だったが、7名くらいは亡くなり、行方知らずもおるから、いまは15名程度しかいない。

村の小学校では、私は有名ないたずら坊主、

上級生まで押さえてしまうような、腕白番長だった。

今は クラスのみんなにあえば、必ず、あの頃は、よくいじめられたと、かえってv、私が、いつもいじめられている。

、だから同窓会はちと気が重い。

とにかく、喧嘩が強かった、どんな喧嘩でも 小さいながらに死ぬ気でやっていたようだから、絶対に負けなかった。

倍くらいある、大きな相手と相撲をとっても、けして負けたことがなかったから、結局威張ってしまい、相手はいじめられたことになのだろう。

けして、男の子をいじめたことはない、少なくともそういう記憶がない。

しかし、好きな女の子を、いじめたことはよく覚えている。

幼稚園を退園処分になったのも、好きな子をいじめていたのだと思う。

6歳や7歳だから、変な意味はないのだが、好きという感情が素直にだせなかったようだ。

成長しても自分は硬派だと区分していたから、きっと小さいうちから、そうだったのだろう。

毎日、子供を10人くらい集め、ナスの畑を攻めるのだが、両方から、ナスをすべて落として、すすみあう 戦ごっこだ。

これには、畑のおじさんがあきれていた、ナスが一つもなくなるまで、もいでしまうのだから、すごい遊びをさせたものだ。

捕まると 畑の隅に並べれれ、塩をつけて食ってしまうぞ、とそれこそ大きな声で、本当に食われるかと思う剣幕で、しかられた。

それでも、30分もしかられじっと我慢すれば、放免される。

今度はトウモロコシ畑を 歩伏前進で、攻め合う、やはり大量のまだ若い実を落としてしまう。

とにかく、毎日 戦ごっこ、何かあれば 陣形をかんがえながら、責め合い 戦う遊びをしていた記憶がある。

冬は裏山に行って、同じように戦ごっこだった。ただそれだけなのに、どうしたことか成長したら、いじめられたなーという声ばかり。

やはりいじめっ子だったのかもしれない、申し訳なかった、毎日夕方には、近所のお母さんが数人苦情を持って家にきていた。

そして、そのあとは、必ず、親父に、殴られ、しかられ 追い出される。

すぐ逃げないといくらでも拳固がくるからさっと逃げ出す。 

よくできていたもので追いかけてはこない、なれ合いだったようだ。

納屋に逃げ込み、暗くなるとお袋が助けに来て家に入れる、親父の前でちょこんと頭を下げれば、それで終わりだった。

後はにこにこ、これでは直るはずがない。

兄はおとなしく優等生、 私はいつも、裸足で飛び歩き 足はいつも 血だらけ。

これが我が家の いつもの光景であった。

日曜日はまたみんなにしかれれる。

しかし懐かしいものだ。小学校は大切な人間形成ノ時期でもある。

中学1年ノ5月、この番長からきっぱり、自ら 足を洗う決断ができるのも、親が神様に毎月お参りさせ 反省させていた、せいかもしれない。

有り難いことであった。

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2009年9月 9日 (水)

光と影

あらゆる物には光の部分と 陰の部分が有る

表がアルから裏がアル、今朝のお参りで先生からお聞きした。

陰の部分は病気とか,災難、人間の悩みであり難儀である。

光の部分はまさしく 表で輝く おかげの部分だ。

自民党が一夜にして崩壊の体、

負けたら潔さが必要だが、武士道すら感じない、烏合の衆に成り下がってしまったようだ。国会の控え室さえ見事に明け渡せない、潔く落城しなければ再起もできない。

政権与党という光のありがたさを大切にして、国民のために政治をして来なかったからか。

何でも官僚に頼り 自分で政治をしてこなかったツケは大きい.

崩れたら最後 復元できない、簡単には再生できない。

この党は光と同じくらいの大きな陰を,ここ数年で作ってしまったようだ。

イチロ-が

WBCの疲れからか神経をすり減らし、胃潰瘍にたおれ 8試合くらいだったか、春先に休んだことがある。

この時TVインタビューで こう言っていた。

病気と言う物を初めて知った、健康のありがたさが良くわかった。

どんなにすごい才能があろうと、どんな大記録であろうと、健康だからできるのだ。

,健康が無ければ 成し遂げられないし、力も発揮できないと初めて知った。

この病気をしたことを私は宝にしたい。

すごい事だ 大リーグ2000本安打も、10年連続200本安打も、健康あっての事と気がつき、その健康のありがたさに感謝していた。

彼は光を大切にし この光に感謝しているなと感じた。

光に感謝すればこそ 陰を最少にする事ができる。

彼は間違いなく本当の一流だ。

当たり前の事に気がつき,当たり前の事に感謝できれば 光は限りなく輝き、

,陰は限りなく小さくできる。

残念だが 日本を支えていた、自民党は3流だったのか?

日本も自分も そうならないよう光を大切にし陰を小さくしよう。

それにはあらゆる事に感謝することだ。

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2009年9月 8日 (火)

TVに取材される方法 教えます(宮崎敬士著)

宮崎敬士氏 が書いた、

「TVに取材される方法教えます)という本を読んだ。

TV取材では、会社の商品が素晴らしいとか、経営理念が どうとかは、良くて当たり前、取材の対象にも、ならぬと言う。

まず公共性があり、そして社会性があること。

そして ドラマがあること、と言う。

商品開発でもおなじ気がする。

ドラマは不可能への挑戦から始まる。

挑戦は話の種、ミソになる、話題性が生まれるはずだ。

それには、普通、常識で考えたら、不可能だということを解決スルしかない。

常識の範囲では、ドラマにならない、面白い話はうまれない。

大企業の中ではけして冒険はできないし、冒険したら上には行かれない。

石橋たたいて回れ右、他人の挑戦には、正義漢 ぶって あらゆる心配を投げかけておけば、偉くなれる。

責任を取らなくて良いように、みんなで合議し、リスクを分散する。

そのためには、延々と会議をし、確認しあう 。

一人でもアル部門の方が反対すれば、すべてを解決しない限り、リスクを残して商品は出せない、当たり前のことだ。

だから予測できないリスクは絶対に犯さない。

そういう大企業の保守勢力のなかで、30年以上、お客様のために、ベンチャー的に、不可能に挑戦し続けてきた。

よくできたとおもうが、良く生き残れたともおもう。

会社の大きさでもあったのだろうし、守ってくれた諸先輩には迷惑を掛けたことだろう、感謝している。

そういう経験、を 後輩に残せればと、このブログはじめたつもりだったから、前にも書いたはずだが、すこし書いておく。

私の部屋に掲げてあったのは、猿が木に登り、自分が乗った枝の幹側を、自分で、のこぎりをもって切っている絵だった、切れたら自分も落ちるという絵だ。

常に 自分の仕事や立ち場を守るな、いつまでも、この仕事が続くと思うな、と言うことである。

だからアナログの化学者が皆デジタルに質的な転換を計ってくれた。

そして今でも皆、活躍してくれている。

恐竜がなぜ絶滅したか?

環境に体を合わせて、変化できないからである.と言い続けた。

自ら 自分の今の仕事をなくすことが、

組織を次世代に発展させ、世のためになり、進歩 発展の元となる。。。

どんなに良い商品を開発しても、成功体験に酔っていては、駄目 毎日が精進だ。

成功したら 大抵は今の仕事を改良する程度のことしか考えなくなる。

TV取材をする側は

その会社がなぜ生まれたか?

どうやって利益をあげているか?

その商品を、誰がどうやって、つくりあげたか?

そこにどんな苦労があったか?

そのイベントをはじめたのは誰で、どんな社会的な背景があるのか?

誰が何のために、どんな苦労を乗り越えてきたのか?

それがドラマなのだそうだ。

考えるとホットアルバムには、これが 結構ある。

ストーリーになるドラマの連続であった。

まだまだ、私の挑戦は続いている。

なんとしても写真を守りたい。

30年後に、みんなから ホットアルバムに保管しておいて、良かった、と感謝されるはずだが、残念ながらその時は 蓮の葉っぱの上で、鬼をあつめて ゴルフをしているだろう。

写真を撮ったら 大切な写真を選んで、必ず ホットアルバムへ保管するという文化を実現したい、必ず写真はのこるはずだ。

だから苦労は何ともない 毎日がこんなに楽しく、多くの方も支援してくれる。

マッカーサーがいうとおり、やはり、青春とは年齢ではない、

夢への挑戦だ。

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TVに取材される方法 教えます

宮崎敬士氏 が書いた、

「TVに取材される方法教えます)という本を読んだ。

TV取材では、会社の商品が素晴らしいとか、経営理念が どうとかは、良くて当たり前、取材の対象にも、ならぬと言う。

まず公共性があり、そして社会性があること。

そして ドラマがあること、と言う。

商品開発でもおなじ気がする。

常に 私が目指してきたことであるが、ドラマは不可能への挑戦から始まる。

挑戦は話の種、ミソになる。話題性ができるのだ。

それには、普通、常識で考えたら、不可能ということを解決スル事だとおもう。

常識の範囲では、ドラマにならない、面白い話の種やミソにはならない。

大企業では冒険は絶対にできない。させない。

責任を取らなくて良いように、みんなで合議し、リスクを分散する、そのためには、延々と会議をし、確認しあう 。

一人でもアル部門の方が反対すれば、すべてを解決しない限り、リスクを残して商品は出せない、当たり前のことだ。

だから予測できないリスクは絶対に犯せない。

そういう大企業の保守勢力のなかで、30年以上、お客様のために、リスクを冒しつづけ、ベンチャー的に、不可能に挑戦し続けてきた。できたことが不思議でもあり、皆さんに迷惑も掛けたと、感謝もしておる。

そういう経験、を 後輩に残せればと、このブログはじめたつもりだったからすこし書いておく。

私の部屋に掲げてあったのは、猿が木に登り、自分が乗った枝の幹側を、自分で、のこぎりをもって切っている絵だった、切れたら自分も落ちるという絵だ。

常に 自分の仕事や立ち場を守るな、いつまでも、この仕事が続くと思うな、と言うことである。

だからアナログの化学者が皆デジタルに質的な転換を計ってくれた。今でも皆活躍してくれている。

恐竜がなぜ絶滅したか?

環境に体を合わせて、変化できないからである.。体に合わせた頭の使い方ができていないからである、と言い続けた。

自ら 自分の今の仕事をなくすことが、

組織を次世代に発展させ、世のためになり、進歩 発展の元となる。。。と言っていた。

どんなに良い商品を開発しても、成功体験に酔っては、駄目 毎日が精進という意味もあった。

成功したら 大抵は今の仕事を改良する程度のことしか考えなくなる。

TV取材をする側は

その会社がなぜ生まれたか?

どうやって利益をあげているか?

その商品を、誰がどうやって、つくりあげたか?

そこにどんな苦労があったか?

そのイベントをはじめたのは誰で、どんな社会的な背景があるのか?

誰が何のために、どんな苦労を乗り越えてきたのか?

それがドラマなのだそうだ。

考えるとホットアルバムには、これが 結構ある。ストーリーになると思った。

だから手弁当であっても 毎日がこんなに楽しいのだろう 。

そしてありがたいほど 多くの方が支援してくれる。

マッカーサーがフィリピンの洞窟に書いた言葉だと言うが

やはり、青春とは年齢ではない、

夢を実現し続ける事葉楽しいものだ。

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2009年9月 7日 (月)

北朝鮮について 再び

日曜日、北朝鮮の国民の悲惨な状況が危機的な状況にありそう、人道的に 思いやろう必要があると書いた。

そのあと、偶然、 韓国と北朝鮮国境の川が突然増水し、何人かが 川に取り残される被害が有り 

原因は 通告無く、突然 ダムを放流したらしいと言う報道を聞き、びっくりし

相当困ったあげく、助けて欲しいというメッセージであろう、間違いないという確信を持った。

やはりそうだ。。。

国際的に 急に態度を硬化させたり 軟化させたり プルトニウムが準備できたとか、再実験やるぞとか、いろいろな信号を送っていたが、いよいよ困った証拠であろう。

このダムの放流も 必死の声だろう、help 信号だ。

今こそ 日本と韓国が 人道的な 支援をすべきだとおもうが

拉致問題がある日本は 国民が許さないだろう。

しかし、もしここで、手をさしのべたら、助けてあげたら、キッと将来感謝される。

日本のためになる、が、むりだろうな。

日本の国民は何事にも、デジタル的。

マスコミに誘導され中途半端な解決は許さない。

拉致家族全員が生きて帰らない限り、一歩も引かないだろう。

1か0 しかないデジタル思考だが、それでは交渉は不可能だ。

もし政府が すこしでも譲歩すれば、国民とマスコミが大騒ぎし、悪い事でもしているようにたたかれる。

拉致家族が一人でも生きて帰れなければ、許さない。

これでは、何人たりとも、交渉はできない。

交渉には 互いに歩み寄る譲歩とメンツを立て合う部分が必要だ。

もちろん望ましくは全員帰国だが、生きている方が一人でも多く 帰れるなら、と言う交渉はないのだろうか?

一人でも 1日デモ、早く 拉致家族が帰れるよう、日本の国民も態度を変えて、交渉を開始し、人道支援を開始すべきと思う。

拉致家族からは叱られるかもしれないが、

それがアジアのリーダたる日本のためなのだと信じるのだが。

 北朝鮮であってもその国の国民の幸せを祈れるような日本にならなければ、日本はアジアのリーダーにはなれないと昨日も書いた。

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2009年9月 6日 (日)

早朝ソフトボール

朝六時 ずいぶん 涼しくなってきた。

学校の周りも 人家が増え 七時までは声を出さずにやれと言う 審判長の注意を受け、

試合開始、黙って やる、忍びのチームの戦いのようだ。ボールを採るミットの音だけがやけに響く。

今朝は若いかたが少なく レフトで6番の先発だ、先週まで リーグ戦 全勝街道をばく進中 

我がチームの圧倒的な 強さは、若手が支えてくれている結果だ。

我々年寄りは隙間を埋めて 出場し、バックアップして来ただけ、

しかし今日は違う、若手が 皆都合が悪く、いないのだ、

外野は 還暦すぎの年寄りだけで守る事になった。

いつもは若手が足らない分 ライトで9番が定席だったが

今日は レフト、

やれるかどうか心配だが 全勝を私のミスで 取り崩すわけには行かない。

2回 ライトの 小フライ ダット 前に 走って 構えたが 走っただけでボールは 1mくらい揺れる、必死で勘でとった。

べンチは大喝采、皆心配している証拠だが、とれて良かった。

これが還暦すぎ65歳の動体視力の実態なのだ。

ハシリながらでも 急に停まってでも、同じだが 揺れの中で グラブに収まる位置を予測しながら ナイスキャッチするのが なかなかの技術なのだ、必死なのだ やって見ればわかる

2回裏 トップバッタだった、バントヒットを狙うと決めていた。

相手は本格的な、ウィンドミル 高速ピッチャーだ、そう簡単には、打てない。

点が入らない接戦になるはず ここは足を生かして ランナーをためるべき。

初球 高速高め しかしナイスバンドした 、ピッチャーが好ダッシュし、同時くらいであったが惜しくもアウト。

四回まで零対零の緊迫した試合。こちらも全く打てない。

五回 いきなり センター寄りの大きなフライに、これもやっとだったが、ハシリながら捕れた^^。ひやひやだ さすが4番、球が伸びてきた。

ベンチでは当然抜かれた、間違いなくホームランと思ったそうだ、全く信頼はされていないようだ。

しかしこのあと1点取られてしまった。

この裏 我々は 一点取るぞと声を掛けあい、

私も レフト前の ポテンヒットで参加したが、打者一巡の猛攻で、四点を奪い返した。

その裏、6回 やはりレフトライナー大きな当たり だったが、これはその前のスイングを見ながら幸い事前に予測し5,6歩下がっていたおかげで すこし下がりながらだったが楽に捕れた。 

しかしべンチの連中、またもや 拍手カッさい 大騒ぎ。

そんなに俺の守備は心配か?

若手ならイージだろ、頭でカバーしているだけだが。

この裏 K氏がホームランを打ち 1点加え 5対1 絶対勝てる。

最終回七回表、 勝ちを焦ったのか 連続 四球をだし、更に内野のエラーが続き、三点を取られてしまった。

バッターは三番 でランナーはサードにいる、一打 同点だ。

しかしさすが我がチームのエース ここでバッタ-を 三振に打ち取ってくれ ゲームセット

辛くも5対4で 今年の 全勝を守った。

試合が終わり 

皆から 今日は レフトの守りが良かったと口々に 褒められたが、すこし不機嫌

当たり前に採っていなければならないようなイージーフライだろう、悲しいが 褒めれてしまった。

そういう年なのだな。

でもチームに貢献できて良かった、

まだまだ走ッテ遊べる健康に、リーグの仲間に、本当に感謝である。

今日も有り難うございました。

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悲惨な北朝鮮の国内状況

北朝鮮の 金正日主席が 国内巡視 した映像が 昨日TVで流れた。

食品工場のようだったが、するめイカが数匹、サンマのような魚が数匹 台の上に載っているのを主席と工場の数人が見ている写真であった。

主席が訪問するような工場は,かなり立派なはずだが、これはひどいなと感じた。

この程度の商品しか見せられない と言う事は国内の食料事情は相当悲惨だなと直感した。

北朝鮮であってもその国の国民の幸せを祈れるような日本にならなければ、日本はアジアのリーダーにはなれないと前に書いた。

拉致家族の皆様から見れば とんでも無く 憎たらしい国 憎んで、あまりある 許せぬ国ではあろう。

もちろん私も北朝鮮は ひどい と思う。拉致家族の苦しみもよくわかる。があえてその拉致問題解決のためにも書いておく。

彼らは 体制維持を狙い 核を準備し ミサイルを飛ばし 、核実験を実施し、何とか有利に持ち込もうとあえいでいる。

しかし よく考えると

これを国際社会への 悪行として 制裁し続け 孤立させて、追い詰めていいのだろうか?

拉致や 核や ミサイル実験 が どんなに悪いことであっても 制裁をしつづけ、どん詰まりまで追い詰めて 果たしていい事があろうか?

やっているのは一握りの政治家と軍部のリーダーでしかないのは、昔の日本の例で見ればわかる。

現在の北朝鮮は 昭和13、4年の日本にきわめて良く 似ている。

当時日本は 米国の制裁にあい、石油は禁輸され、経済は逼迫し 出口はない状況であった。

軍部も国民も米国を敵視し、日、独、伊 3国同盟を頼りに 国際連盟 を脱退、 孤立化し、最終的には 奇襲での開戦に踏み切った。

多くの日本人の 右傾した意見では 

あの戦争はやむを得ずやったこと、侵略ではない、アジアを列強から開放するための、仕方がない戦いであったのだという。

こう言えない日本人は誇りがない、情けない日本人であるという。

他人の国、中国に謀略で口実をつくり、軍隊を出し 侵略し続け 更に中国から、満州を独立させ、アジア全域に 橋頭堡を築き始めていた日本への 米国の強烈な制裁であったのだ。

現在のイラン、イラクや北朝鮮 と同じ状況である。良い悪いは別として、世界の警察たらんとする米国の制裁だったのだ。

そして結果は 破れかぶれの日本の奇襲による対米開戦である。

日本は当時 出口が無かったのである。制裁はその国をどん詰まりとし、追い詰め、国民をもその気にさせてしまう。

悲惨なまでに国民がくるしんでいそうである、

隣国であり、昔 日本が植民地として苦しめた国であり、日本の夜開け時代、聖徳太子のころは、日本が多くを学んだ国でもある。

やっている事を憎んだ上でよい、自分たちも多くの朝鮮の国民を 強制労働で 炭坑や ダム工事に つれてきたのである。

それが在日のルーツでもある、互いに傷を持つ国だが、この国の国民に罪はない 手をさしのべなければ 我らも 心のある 国民とは言えなくなる アジアのリーダーとも言えない、彼らの生活は悲惨をきわめている。

日本のために、 拉致家族にためにも、

あえて北朝鮮に人道的な 手をさしのべ、互いに許し合い 話し合いの糸口がつくよう

拉致された方々全員が一日も早く帰って来られるよう、一日もはやく 道をつけなければとおもう

今のままでは、どちらもどんつまり、

まずは 日本が手をさしのべ、糸口をつけねば、なにとぞ 相手を立てれば蔵が建つ  そういう 和賀心になれないものだろうか?

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2009年9月 5日 (土)

CO2削減 が 日本の生きる道

未曾有の老人社会 900兆円の 財政赤字 内需低迷 自殺大国 

日本の将来は真っ暗と言う評論家も政治家も多い。

そんな事はない、日本の未来をバラ色にできる道はある。

もう一度 JAPAN AS NO ONEと言える日が必ずつくれる。

それには 世界の繁栄 アジアの幸せ を願う 地球を 救う、日本でなければならない。

北朝鮮でさえもその国民の立ち行きを願う そういう 日本ならば、必ず 未来は明るい。

民主党が掲げる、公約

 ①CO2 25%削減 

 ② 最低賃金 1000円

 ③ 派遣社員全廃

これが足かせになり,日本経済は成り立たなくなると評論家はいう。

私は、これこそが、日本を救う 大きく飛躍できる ジャンプ台になるとおもっている。

日本型の良さは、心 があることだと書いた。

地球や 相手国の幸せを考えられるのは日本にしかできない。

オバマさんが核廃絶を演説するのは核拡散を防ぐためであり 自国だけの優位をねがっているからだ、真の世界平和を祈ってではない、米国だけの力の平和を望んでのキッシンジャ-の戦略なのである。

鳩山さんがオバマさんに同調し、国連で核廃絶 賛同の演説をやると言うが, オバマさんとは違って、核廃絶を心から願っての演説である、日本人なら,誰でもわかる。

米国型の資本主義 規制緩和 グローバルスタンダードを求め 最低賃金を抑え 派遣社員制度で効率を求めるべきではない、。

派遣制度で 何も効率化できない 派遣社員ももらう物は少ない、 派遣された会社も けして安くない すこし利益がでるのは 派遣会社 だけ。社会不安だけが残る。

 日本の生きる道は 終身雇用 である。わずかな給料でも 安心感があり、社員みんなが 社長のような気持ちで仕事をする。

首切りをさせて セフテイネットで救うなら 意味が無い、同じセフテイネットなら、 終身雇用の中で、使えば 同じお金を使っても 生きたお金の使い方となる。

サービス産業の 付加価値が低いからと言って給料100年、200円抑えても,けして強くならない、かえって弱くなる。

 さらに 日本には高度な技術がある、。

環境、太陽光利用 オイルレス経済 バイオ、ハイテク医療、高度加工技術 ,高品質 ハイセンスデザイン 等である。

アジアの諸国に無いものばかり、

CO2削減 を世界に先駆け 高い目標を 掲げ 国を挙げて 実現したら、

太陽光発電 パネル 設置に 高速道路建設 ほどの補助金を使い、促進したら

街路灯も、信号も 皆、太陽光発電でまかなったら

,家庭の ほとんどの電気を屋根のパネルでまかなえたら

そして原子力と組み合わせたら 石油はほとんど要らなくなる。

国民の個人資産は1500兆円もある、不安だから使わないだけだ。

高齢者が 200万 や300万円だし、太陽光発電パネルの設置 に使ったら 

それに見合う特典 大幅に良い事があれば、たとえば相続税が大幅に控除されるとか 

皆こぞって地球のためにお金を使うだろう。

需用が伸びればコストは大幅に下がり 研究投資も増え 技術は世界が追いつけなくなる 工事やサービス産業も盛んになる、競争力は飛躍的に向上する。

中国との境の日本海の石油や天然ガスなど勝手に掘ったらと言う事になる。

個人資産を有効に使って国力を高める方法は,お金を使った方が得だと思える思い切った補助や 優遇策だ。

電気を高く買い上げても良いだろう 。

1970年だったか、米国議会で車の排ガス規制マスキー法が通り 環境問題が世界の大きな話題になった。

実は日本車 排除のために できた法律であった事は わかっていた。

米国ビッグスリ-は誰もまじめにやらなかったが 日本車、特にTOYOTAとHONDAは排ガス規制を見事にクリアし、その後も 燃費改善に努力した。

その結果が今の現状だ、。

規制や目標は技術を進歩させ,競争力を飛躍的に高める。

その2年後、1972年の水質規制強化で、私の開発チームは 環境保護をメインテーマに写真の処理システムを一新し世界をリードしよう、勝ち抜こうと決めたのを覚えている

そして、その通りになった。

CO2削減達成には 巨額の投資がいる、,しかし,日本の損にはならない、勝ち抜くための投資、国防費のような物だ。

そこに全国の家庭に パネルを設置させ、高速道路を造るほどの 膨大な補助を使ったら、世界を圧倒的に 引き離し、技術とコストを大幅に向上させられる。

新築家屋にはパネル設置を義務つけるくらいの規制をしてもいい。 

地球のために投資する国は必ず 浮かび上がる 自国の利益優先で 守りに入れば必ず 衰退する、天地の道理だ。

日本の生き残りは CO2削減と派遣社員廃止、最低賃金1000円だ、国を強くし国民に安心感を与え 日本に誇りを取り戻す。

そのために、太陽光を利用し尽くすことだ。

地球の内部のエネルギ-,石油や石炭、木材などを使えば必ず廃棄物COが出るが、地球の外部の太陽光なら 燃料からの,廃棄物は一切なし。

前にこのブログでも書いたが 

木内鶴彦さんが提案する 太陽光 高温焼却炉

特殊 レンズで太陽光を集光し 3000度の炉ができる。CO2無しの焼却炉 すごい クリーンな技術で、特許も成立している れっきとしたもの。

天体学者の彼が、臨死体験の中で 神の啓示から発想したものだが、日本政府は知らん顔、中近東各国はこの技術に注目 お金を出して 実験炉を建設している。

 たった10億円もあれば,相当な,実験ができる、国の補助がないから 彼は独力でお金を集める講演に まわっている。

国家戦略室は官僚と戦わなければならないが、こういう国家成長の戦略をやって欲しい

アニメの殿堂もいいが、そういう事が理解出来る 政治を望む、やはり環境と国民の安心が大事だろう。

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2009年9月 4日 (金)

日本経済の行方

昨日、多摩の日経懇話会 例会に出席、40名くらいの出席者か。

小泉,、安倍、福田内閣の 経済財政改革大臣をやられていた太田弘子さんの講演。

現在は 政策研究大学院大学 副学長 だという。

彼女は 言う

私は改革 一本道 日本の生きる道は、グローバル化への対応、企業と同じ日本のリストラが必要。改革をしない限り活性化はない、生きる道はないと言う論調。

今までは、

2003年からの異常な米国経済の住宅産業のバブルによる,借金と消費加熱で支えた。

 中国で作り、米国で消費するというのが経済の主体であった。しかし二度と世界経済は元のこの水準には戻らないという。それは理解出来るが絶望ではない。

 日本経済の強味は物作り この製造業の生産性は充分戦える、

しかし6割が就労するサービス業の生産性が米国の半分しかなく 10年、ほとんど向上していない、横ばい 競争力は無く 給料も伸びず、雇用も増やせないのが実態

特に 卸、小売り、運輸、飲食、宿泊、事業所サービスが低い

今後10年で400万人の労働人口が減少する、 若者 女性、高齢者の就労環境作り、生産性の向上が急務との事

今まで自民党政治は、政治家 と業界と 官僚 の鉄の3角形 で 税金を使ってきた。個人へのばらまきではなく中間の業界へ配分し その業界を通して個人へ行き渡る 税金の再配布をして来た

民主党のマニフェストでは、

個人へ直接ばらまくのが特徴 

どちらが良いかはわからないが官僚と業界の癒着は少なくなることは間違いない

しかし ばらまきで 社会保障 年金 高速道路無料化などだけでは 日本の内需拡大は難しい、経済は盛り上がらない筈という。

そして以下の約束が これからの日本経済の足かせとなるだろう

 日本の経済はますます弱くなるという

 ① 最低賃金 1000円。。。。サービス産業がますます弱くなる

 ② CO2 25%削減。。。。膨大な環境面での出費が予想される

 ③ 製造業での派遣社員全廃。。。。生産性を低下させる

そして彼女はいう

グローバル化対応とサービス産業の生産性を上げる事が重要だと、すこしがっかりした。

相変わらず、小泉、竹中路線一点張りでしかない。

小泉改革の最大の功績は小さな政府、民営化、財政健全化 そして不良資産の一層による金融の安定化、であった。

これはこれで正しい、大いなる功績であり、確かに経済は上向き役員手当だけは大幅に向上し,これからという所であったかもしれない。

しかし 財政の再建や 費用削減を 弱い物への痛みで解決しようとしていた。

年金を下げ、医療費を削り,高齢医療を区分けし弱い物への配布を押さえて、更に,地方への配分を削って 健全化しようとした。

ここが自民党の政治、鉄の3角形 、行政無駄使い 官僚政治にメス入れず、やりやすい弱者から実施した。

改革を叫びながら、官僚と業界との癒着は相変わらず残し、国民を派遣社員化し、地方を犠牲にして公共工事を 削り 企業の活性化だけを実現しようとした。

おかげで、終身雇用は崩れ、派遣が拡大、年金不安や 老人医療 地方経済が疲弊、社会の不安が増大した。

痛みに耐えよと、叫んだが、国民は何かおかしいと直感的に感じてしまった。

小泉さんは 官僚政治の破壊と、行政改革をセットで 改革をやれば 万全であった。

しかし、郵政民営化ほどの真剣さは感じられず 渡辺大臣を見殺しにしたのである

おかげで 彼の執政中、個人への給料は全く増えず、,消費は冷え、公共工事を抑えたがため地方が疲弊し、サブプライムでは 世界でもっとも大きな被害を被り 失業の荒らしとなったのである。

官僚政治打破、行政改革、無駄廃止 業界への配布ではなく 直接配布という民主党が必然的に勝った選挙であった。

太田さん

国民の多くが支持した民主党の政治を今更否定しても 、無駄の削減だけでは?

しかし 一端やらせて見るしかない

20兆円くらいの無駄は出るはず ,イヤでない筈。

と自民党やマスコミ評論家が声をそろえて 言っても後の祭り。

国民の支持は圧倒的に民主に,一度やってもらおうではないかと言う事になってしまったのだ。

私は思う、これからは

 日本は一人で米国と組んで 世界の経済をリードするのではなく

アジアの経済システムの一つの重要なパーツとして,リーダーシップを発揮するのがよい

改革の方向は

従来のハゲタカ的な グローバルスタンダード、一握りの巨大金融資本による オイル、資源などへの投資でもうける グローバル資本主義経済ではなく、

日本の良さを持った 

アジア主導の新しい 資本主義を造り出すべきではないか?と思っている。

日本の良さはたくさんある 

日本型の良さは、心があることだ

米国ハーバード型システム ドイツ型経済システム には 心 が無い。

日本は儒教型 のオーナーシップが 最下層の社員にうまれる終身雇用であった。

社員みんなが 社長のような気持ちで議論する 

米国では 自分がやるべき範囲の事以外は,必ず 

それは私の仕事ではない?となる

日本型にはそれがない、給料より処遇や誇りで報いる 

会社と従業員一体の経営,それが日本の良さ、心だ。

そして 日本の技術は

環境、太陽光利用 オイルレス経済 バイオ、ハイテク医療、高度加工技術 ,高品質 ハイセンスデザイン 等がある

この高度技術の アジアの供給基地となり、

アジアの成長を高度に支援する アジアの労働力 消費を日本経済に 取り込む

それこそが 新型  FTA ではないか・? 

太田さんは日本成長の足かせになると言うが民社党のマニフェスト

 ① 最低賃金 1000円

 ② CO2 25%削減

 ③ 派遣社員全廃

私は全く違う考えだ。。

これこそ日本の力を発揮できる、世界ができない、大事な政策となる。

私はこの3つが日本を救うのだと思っている

そのことは 明日、書いてみようと思う。

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2009年9月 3日 (木)

随踵塾  世に処するには、一歩を譲るを高しと為す

昨日の随踵塾 

人を利するは、実に自己を利するの  根基なり、

と言う菜根譚の言葉がメインテーマであった。

相手に一歩を譲る 利他的な行為こそ 私が大事にして来たことであり、当に、人を立てれば蔵が建つは、会社時代、部下につねに説いてきたことでもある。

,偶然にも 橘師が 菜根譚からこの話を選んでくれたのはとてもうれしかった。

 人間として 会社経営でも サラリーマンでも とても大事な根幹なのだが,なかなか理解しにくいことでもある。

先生は特に若い方に この大原則を理解して欲しかったのだと思う。

言葉では 情けは人のためならず「自分のためである)とかわかっていながら

何か,いつも自分が我慢し,、相手を立てて、,本当に上手く行くのだろうか?と

疑問がわいてしまうようだ、

究極の自分愛が 相手を立てる事、一歩ゆずることなのである。

これは 体験しないとわからないことだが、生かされているすべてに対する、お礼として、一歩譲る、事がひつようなのである。

感謝の気持ちで、一歩相手の立ち行きを願う、それができると神様が自分の立ち行きを広げてくれる。これが宇宙の大原則。

地球には250万種の動物がいる、人間以外は特別食料を創り出さなくても、食えている。不況だとか,職がないとか言う動物はいない 自殺する動物もいない。

皆助け合っている、

今自分が生きているのは、40億年もの間、微生物から づっと進化し、誰かが、つないで来てくれたからである。 

自分の先祖だけでも 10代逆登ると江戸時代の中期まで 2046人もの親がいる。

女房の親も10代をさかのぼると 2046人 もいる。

両方で4090人の親、このうち 一人でも未婚のまま 亡くなっていたら、今の私も妻も、繋がっていない 

やはり生きていると言う事は この方々が丈夫で、幸せであったから、今がアル、感謝せずにおられようか。

たった10代さかのぼっても、4000人もの親の願いを受けているのだ、奇蹟的な幸運の結果で、今がある。

随踵塾も三略会も 橘師 が いなければ 消えてしまう、300回 づっと続いて居るのは奇跡でもある、 ありがたい事であるが、その裏には多くの 師の努力の積み重ねがある、すごい事でもある。

しかし 師だけでも成り立たない事も事実である。 

先生と弟子があって初めてなりたつ、やはり 師と弟子達の あいよかけよの努力の結果である

 感謝しない訳にはいかない 回数を重ねている

何より

一歩譲って 師を仰ぐ 師を立てる Aさん、Kさんの老練な 赤白の 両キャプテンがいるからうまく行く、素晴らしいトライアングルでもあるが基本にお互い感謝がある。

また若い方も一生懸命 協力する 勉強にもくるから 年寄りも励みになる。

これが300回近くも 続いている所以であろう あり得ない ありがたいことであり、感謝が無ければ 成り立たない話なのではないだろうか?

これは、宇宙であっても地球であっても 地域であっても、家庭でも、職場でも、同じだ 社長だけでは、仕事はできない、社員を大事にしなければ、ではあるが、かといって 甘やかしても成り立たない。

時には 感謝のない 駄目な人間は(社員は) つまみ出さなければならない時もある、実は,それが一番 相手のためになることだから 時にはつまみ出す事も 真の愛情なのでもある、これは 三略会を見ていれば良くわかろうというもの。

社長だから偉いのではなく、、構成するメンバ-、皆が大事な人であり、助け合って生きている、だからすべてに感謝し、一歩譲る事が 自分を最高に生かすことになるのである

誰かは誰かのためにある。。

橘師が若い経営者に伝えたいことは新井白石の話につきる

白石が 若いころ、木下順庵の門人となるが,直ぐに筆頭塾生になるほどの秀才ぶりを発揮する。

あるとき、順庵は 加賀の前田侯から,同国への学者の派遣の推薦を依頼された。

そのおり、順庵の門弟の学者 岡島というものが、白石に、加賀に住む老母がしきりに、私の 帰国を望んでいる、加賀藩の話、是非,私が応募したいというような事をもらす。

すると白石は 本来自分が行くことになるが、師に 私の代わりに岡島をご推挙くださいませ、と願い出る。

結果 岡島は抜擢され加賀に旅立っていったが、

数年後、白石は六代将軍 家宣に召し出され 幕府の重臣に列せられ、大出世する事になる。

加賀行きに,相手の事情を察してあげ 一歩を譲ったその心が、彼の人生を飛躍させそれこそ縦横無尽に生きさせるのである。

おそらく彼はあらゆる場合に 人を立て 徳を積んでいたのであろう。

目の前の 小利に、きゅうきゅうとし、いつも損得を計算していては,人生で 縦横無尽の働きはできない。という事を 証明しているのである。

事に当たって、自分をまず優先する人に、成功者はいない。三略会 この会のメンバーは皆,感謝ができている。素場らしい珍しい会だが、自然に身につくのは随踵塾のおかげでもあろう。

一歩譲れば蔵が建つ は 天地の道理なので、信じてやるしかないのだが、一見損なようなことが、実は得するの事になるから不思議である。

私の場合は、親代々の宗教的な教えが 心の根幹にあり、それが目指す 和賀心であるのだが。

人の真の 幸せは、

人を助ける心(和賀心)にあり、を生活の全面で実践できるようおしえられる。

筑波大学の村上名誉教授も言っているが

人を助け 人に一歩譲る 心になると 遺伝子 がONとなり、あらゆる憑きが自分に回ってくるのだそうです

だから、自分が成功するためには相手の利得を第一に考え、相手を立って行動すれば必ず成功する。

そういう行動の癖をつけることで、自分に徳がつき、相手以上の利得が自分には生まれる、必ず神様がそうしてくれる。それが天地自然の作用なのだ。

そろそろお迎えが来ますが

あの世にはお金は もって行かれません お徳をもって行きたいと願っています。

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2009年9月 2日 (水)

ある先生からの写真の安心保管ホットアルバムへのご質問

天地の日記という ある教会の偉い先生が書いておられるブログでホットアルバムへの質問が書かれているよと言う,友人からのメールで,書き込みました。

その先生とは面識がありませんが ブログでは時々書き込みし、秋には一度お参りしようとおもっている岡山の教会の方です。以下私、半兵衛と先生のやりとりを無断ですが転載させて戴きます。

ご質問:

皆さんは、デジカメで撮った写真の保存を、どのようにしておられるでしょうか。私は、パソコンに入れ、また、CDやフラッシュメモリーに入れて保存していますが、それでは長期に保存が難しい、ということです。詳しくは、ホットアルバムのホームページを見てもらうのがいいのですが、ここにも時々、その社長さんでもある半兵衛さんが来てくださっているので、できればご意見もお聞かせ頂き、その辺の知識も得たいと思います。私は、各種データをパソコンだけに入れている時間が多いのですが、これは危険な状態です。パソコンは、いつハードディスクが壊れるか分かりません。そうすると、今までの情報がパーになってしまいます。そこで、フラッシュメモリーなどに保存しておくのですが、そのフラッシュメモリーが5年10年しか保存できないというのです。それでは、困ります。保存媒体のあたりを、しっかりしてもらわなければ・・・。CDなどは、半永久的に保存できると思っていたのですが、そうでもないようですね。特に、中国製や台湾製は。日本製は大丈夫なようです。(ホットアルバムによれば)ホットアルバムは、100年保存できるというキャッチフレーズですが、どういう仕組みなのでしょうか?CDやDVDに保存するのではないかと思うのですが・・・。日本製のものにするから、大丈夫なのでしょうね。ホットアルバムのホームページで質問すればいいのでしょうが、ここで質問する方が、宣伝にもなると思いまして・・・。とにかく、技術が発展するのはいいのですが、それに伴い、長期保存ができないなどの不具合が生じるのは困ったものですね。だからこそ、それを補うホットアルバムのような新しい技術が出てくるのでしょうけど・・・。

私の返信です

先生、今、帰ってメールを見ましたら 大塚さんから,天地の日記で、ホットアルバムを質問してるよという、メールが来ており、いつも、先生の神様の日記へは朝参りしておりましたので、この質問夜のうちに知る事ができ助かりました。

ご質問有り難うございます。別便でお答えいたします。(2009.09.01 21:56:26)

ホットアルバムへの質問が宣伝になるのではないかというご配慮有り難うございます。

写真は家族の大切な思い出、私たちはコニカ時代の1984年にアナログ写真プリントの保存性を飛躍的に向上させ、100年プリントを開発し、写真を100年保管できる写真システムを実現いたしました。お客様はシャッターを押すだけ、誰でも、世界中のフィルムで世界中のカメラが共通に使え、世界中のどこのお店に現像に出しても,同じ色に仕上がり、100年いつまでも鑑賞できるシステムの実現に全精力を傾け開発をして参りました。

ところが デジタル写真は メモリーカードでも松下はSDカード ,SONYはメモリーステック、富士とオリンパスはXDカード 各社の互換性は全くありません。しかもこのカードの寿命は、5年か10年しかないと、824日の日経パソコンが世界で初めて言及し報道いたしました。一方0475日の日経エレクトロニクスでは パソコンのハードディスクも56年で必ずクラッシュして突然動かなくなり 保管したデーターは消滅してしまうと報じました。

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続きです

また、メモリーカードは寿命以前にどんどん形が進化してしまい使えなくなります、20年後にはカードを挿せるドライブやカメラが無いでしょう。写真はシステムが進化しても、簡単に再生できなくなるのです。CD-RDVD-RJPEGの形で、ままバックアップすれば大丈夫でしょうという方がありますが、実は記録時ファイルシステムというのを選んで書いており、このファイルシステムが変わってしまうので、この場合もデーターは読み出せなくなり、米国ではCD-Rへバックアップしたデーターが読めなくなり社会問題化しているのです。それなら、ネットに保管すればと大丈夫と言う方がいますが これも無料サービスばかりのため、サーバーの負荷が重くなり,儲からなくなると,突然撤退してしまいます。過去の保管サービス企業の90%が撤退してしまいました。(2009.09.01

メモリーカードも、USBフラッシュメモリーも寿命以前に、もう一つ大問題があります。 

大量に保管できるカードが安くなり、大量のデータを保管出来る事がかえって写真を消滅さえてしまうのです。なぜなら大量故に 欲しい写真が必要なときに探せないのです。ファイルをいちいちあけて探すのは至難の業なのです。探せなければ、見る気も起こらず、見ないから,どこかに行ってしまう、数年で 消滅してしまうと言う事なのです。今私のパソコンの中の写真7000枚くらいは、もしホットアルバム記録してケースに入ってなければ、パソコンだけの保管なら、またメモリーカード唾kで保管していたら、もし私が今死んでしまったら,誰も私のパソコンからこの写真を取り出すことは絶対にないでしょうまたメモリーカードに写真があるはずだと言って探してくれることは絶対にないでしょう。間違いなく、写真は消滅してしまう事になるでしょう(2009.09.01 23:29:34)

先生から返信

デジカメだけでなく、CD-Rへバックアップしたデータさえも使えなくなる可能性があるとは、恐ろしいことですね。私も、教話を保存していますが、これも、教話集を作ろうとしたとき、なくなっている、ということもありうることですね。今から、ひんぱんに教話集を作っておきましょう。(^_^)データ保存に関しては、すでにビデオで感じていました。ビデオの保存形式が変化して、ビデオカメラがないと再生できない場合が多く、そのビデオカメラが壊れたものですから、撮ったビデオが再生できないでいます
メーカーは保存までの責任は持ってくれませんね。どんどん形を変えていって、以前の形のものは使えない、まるで、過去は忘れなさい、といった感じですね。半兵衛さんのような消費者の立場に立った企業が増えることを望むばかりです金光教は、そうした力のある人を生み出しているところに、すごさがあると思います。(2009.09.01 23:59:30)

私の返信です

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天地ヒロサトさん,激励有り難うございます
コニカでの、定年間近にこの事に気づき,業界を巻き込んで写真が未来に遺せるEVERPLAY 規格という規格の策定を推進しておりました。定年後 2年の特別顧問の間も一心に写真を100年遺せるシステム開発を進めていたのですが、この顧問の契約期間が終わるとき 偶然にもコニカが写真事業から撤退してしまうと言うのです。今まで,私も,私の家族も 会社も 業界も 写真のお客様に育てて戴き、喰わせて戴いてきたのです。
デジタル時代にも、写真を守れるシステムをこのシニアや育児ママ達スキルが十分で無い方々、困っている方に提供できなければ、今までのお礼はできないと、会社を説得しこの事業を継承したのですが、


次世代のシステムに書き換えが自動にできると言う事で100年と言っているのです。
今 MDもなくなり フロッピーも いろんなシステムが消え、ドライブもありません、しかしVHSでも MDでも DVDに簡単に同じソフト上でワンボタンで書き換え 乗り換えができれば充分 なのです。
ホットアルバムは、書き込み保存と言うボタンを押すと、同じ画面上に CD-RDVD-RBlu-ray のdiscに書き換えができるボタンがアルのが特徴なのです

実は大企業が個人に技術や事業を譲る事はあり得ない事で、奇蹟的なことなのです。
その時 神様が写真を守れ,人々の思い出を救えと言っておられると思いました。
写真を100年守るのは 100年以上の寿命がアル 日本製と書かれたCD-RDVD-Rに書き込んで パソコンと連係して保管し、パソコンが クラッシュしても,ウイルスにやられても、アルバムdiscで写真が残り、守れると言う、ダブル保管での安心システムが基本なのです。そして何より 次世代システムに書き換えられるEVERPALY規格があることです。

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