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2009年8月

2009年8月29日 (土)

メモリーカードの寿命はたった、5年か10年しか無い?

日経パソコンの8月24日号、

デジカメのメモリーカード、思い出の写真はいつまで?

と言う記事がある。

フラッシュメモリーのデータ保持寿命は5000回書きかえたらおわり、

もしくは、

保管しっぱなしで、おいたら、5年から10年だと。。。書いている。

もっと持つかもしれないが、持たないかもしれない,

そんな馬鹿な。。。と言いたいが,仕方がない。

写真は 10年20年たって 価値があるのだから、

10年以上は保証してくれないと保管媒体とは言わないだろう。

メモリーカードは 永久保管の媒体ではないといったではないか?と言われても困るのだ。

社会常識では、メモリーカードの画像が5年や10年で消えるとは思っていないから消費者は,今更 何を?とだまされたことになろう。

昨年の 2月9日 朝日新聞が

,CD-RやDVD-Rは、中国製、台湾製のものは 店頭で売っている新しいディスクでさえ、すでに寿命が無い心配があると警告した。

同じ関連で、昨年、5月9日夜9時 ニュースステーションでDVDが危ないと言う特集をした。

日本製と書かれたディスク以外は 信頼性が無いというのが,裏にあっての報道だった。

マクセルであれ、TDKであれ、SONYであれ、日本製と書かれていればもんだいないはずだが、

独立行政法人 デジタルコンテンツ協会のテスト結果が基になった報道だ。

ここで報じられた、サンプルBは、テスト中一切 劣化しなかったことから.理論的には、1万年以上も寿命があると推定されたものだが、このサンプルBが ホットアルバムdisc と同じものなのだ。

ここでも日本の技術は特別すごいという事が証明された。

今回の日経パソコンの記事は

メモリーカードまでが、5年とか10年しか寿命が無いとの記事なのだ。

やっとデジタルが危ないということが証明されはじめた。

今までメーカーは口をつぐんで消費者をだましてきたのだが、これがオモテに報じられはじめた。

写真が危ないと言う事が社会問題にならなければ、写真は救えない。

30年後に皆、がっかりさせる訳にはいかないのだ。

16GB 3200枚も撮れ、3000円しかしない 保管は一枚一円しか掛からないから撮りっぱなしになるのは当たり前だ。

そしてメモリーカードの集積度はますます高まっており、寿命はますます危なくなってくる。

カードは買い換えて 写真を撮って保管しっぱなしにするから、何年もそのまま放っておく、それが危ないと言われても,困る。

これが5年?しか持たないと言われたら、見たいときには、画像は消えていたという事になる。。。。

フラッシュは小さな箱の中に電子がアルか、ナイカ でデーターが書かれている。

電子が抜ければ それで終わりだ

そして、ここでは

パソコンのハードデイスクの寿命も5年くらいと言っている

突然クラッシュする、

、、、、それでは、どうしたらよいか?

それを言わない。

なぜホットアルバムがあるよ、これなら100年安心だよと、言ってくれないのか?

すこしは調べてくれよといいたい。

朝日新聞も、NHKも調査不足だよ、

我々TV宣伝なぞ、 よう出来ませんのや、と言いたい。

残念ではあるが まだまだホットアルバムは認知されていない。

しかし,まもなく、写真の保管は大きな社会問題となる

プリントすればいいとは言っても、デジタルは数が多いから すべてをプリントするのは大変だ、

必ずデーターとして安心保管することが必要になる。

地殻変動、地震予知は 確実に始まっている

ホットアルバムしかないというのがもう少しで証明されるはずだから。

写真よ消えずに、もうすこし待ってくれ、必ず助ける、

まるで深い井戸に落ちた、我が子を救うような心持ちだが、

我が子からSOSが来ないのだ、

綱はアル,準備は万端、しかし

落ちた子が,落ちたことを知らないのでは、,。。。。助けられない。

。。。これをジレンマというのかも。

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2009年8月28日 (金)

今月の三略会「8月」 

昨夜は三略会、

今月は忙しく、ゴルフにもいけず、随踵塾と会合だけで終わった・

寝不足が続いて居るから,2次会のカラオケも遠慮して,今は耐えている、。

昨夜は 三略会 への初参加の方が大変多かった。

59年生まれ 25才の 学生起業した社長もおられた。

とんでも無い若さ、社長だぞ、私が25歳の時 どうしていた。尊敬する。

その初参加のあるメンバーから、

先生もう少し この会の事情がわかるようにして,あらかじめ説明しておいて下さいよ、

という意見がでた。

そうだろう,昨年の今頃私も初参加だったが、全く楽しめなかった

みんなはゲラゲラ笑うが 意味がわからない、だから初めての方の気持ちはよくわかる。

相方の。。。とか言うだけで笑うが,意味がわからないだろう、

私も今月でようやく、1年たった,やっと楽しめる。

橘師の、各メンバーに関する,失敗談や、暴露話、ゴルフの裏話、は毎回、落語のように面白い。

それもメンバーの事情を知っての上でわかる話だ、

最初は、何も楽しめない。

実は,これが家族の関係なのだ。

親戚以上に,各社長が プライベ-トにつきあったうえでの事だ。

何せ280回とか200回出席の方が一杯おられる。

そういう魅力アル会なのだが、実は魅力は自分たちでも作っていると言う面がある、

だから初参加の方はじっと我慢するしかない。

話してわかる事情ではない,

共有するには参加するしかない。

冷たいようだが、実感だ。

事情を共有して,初めて、橘師の話が楽しめる。

だから1年じっと我慢の参加だ、紅白歌合戦の練習くらいから すこしわかる程度だろう。

それが、この会を楽しむための最低限の資格だろう。

三略会 随踵塾、紅白歌合戦の練習、本番 グルフ 、研修旅行 三耕会など可能な限り参加し、やっと 寄席を,楽しめるようになる

山登りと同じで、途中から急に見通しが良くなる、周りが見えてくる

昨夜のテーマーは,

神様がたった一つ願いを聞いてくれるなら何をおねがいするか?

皆お願い、感謝とか世界平和とか他人の幸せを祈られる方は、10%程度しかいない。

これが日本の神様の実情だ。

橘先生も言っておられたが、

フィリピンのセブ島に行ったら,みんな貧しいが、神様に毎日感謝だけしている,。

だから皆明るい。

日本は神様というと、お願い、祈願だ。

お礼,感謝が無いという。

その通りだと思う。

我がお道でも、生かされて入る事に、生きている事に、感謝し,、感謝で心を磨くのだ。

神様へのお礼には人を助ける、人の事を祈り助ければ 自分の事は神様が黙ってしてくれる。

だから、私は、

やはり自分の事ではなく、毎朝お参りしてお願いしている、癌にかかって、闘病しておられる、身近な 3人の女性の方の助かりを、正直に願っていると発言した。

メンバーの重鎮、に気功の名人がいる。

このかた、詩吟の名人でもあり 東洋気功治療院をやられ名医で通っておられる

明るく気骨溢れるまさしく 武人のような、素晴らしい、あこがれの方だ。

2年前 気功で癌を治してくれる名医が 恵比寿におられと、NETで知って尋ねてみたが、83才とかの高齢で治療院を閉鎖してしまったらしい。

このメンバーの気功の名人 Kさんに何とか、気功で癌を直せる力を与えて欲しい。

と神様にお願いしたい、そして、私の友人の癌を一発で止めて欲しい。

これが私の願いなのだ。

尊敬する意見は

総理大臣や金正日になりたいという、意見

東アジアの平和を核を廃絶し,拉致家族を帰して 隣国として>。。なるほど

この方も最重鎮の白組リーダーAさん。さすがは重鎮、

もう一人、いつもとぼけたおじさんを演じている,カミソリの。。。Yさん

70才の社長で、神戸出身で障害者問題にも取り組まれている ^

総理大臣になりたい、清き一票をくれという。

30年先日本は地獄のような高齢高負担低成長の社会を迎える

その時、困ったと言わないよう、これを何とか今から防ぎたい。

明るく楽しい みんなが幸せになれる社会を,今から総理大臣として政治をやって、自分が直すと言う。

これは素晴らしい、神様も喜び、かなえてくれればいいなという事で賛同した。

この方がたはやはりただ者ではない。

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2009年8月26日 (水)

植物と動物

6月に緑芽を摘んだ庭の松が若葉を延ばしとても、綺麗になってきた。

この時期から秋までが本当の松の緑が綺麗な時期だ、とてもいい。

今朝も声を掛けてあげたら、とてもうれしそうだ。

植物は分化する部分が成長過程にアルから、寿命はほぼ永遠、松は千年とも言われる。

一方、動物は細胞一個から分化をする、しかも胎児の間に、爬虫類から人間までの生物の進化、43億年を経験し、世に出て来る。.

胎児の間に分化を終えてしまうから、世に出てからはすでに老化が始まる。

だから動物は植物より本質的には寿命が短いのだという。

寿命が短い代わりに、移動できる特権を神様から与えられたので、環境を移動で変えられる特典を持っている。

更に人間は心を持っており、この心が,移動とおなじく、環境を変えられるから、本来は動物も長生きが出来るように出来ている筈なのだそうだ。

ココロの持ち方で環境を良くして長生き出来る筈なのに、みんな逆に、心で環境を悪くしてしまって、寿命を短くしてしまうのだそうだ。

心で、くよくよ、妄想をすることが、人間の環境には、とても悪いのだそうだ。

もちろん植物にも、心はあるが,

けして妄想するような悪い心ではなく、神様に近い清い心だから寿命は短くならない。

カンナをハウスの中で育てると、天井の高さに合わせて、育つそうだ。

天井見ながら、天井の高さのちょっと手前で成長を止めて、花を咲かせるのだそうだが

天井を変えなくても、天窓を開けておくと、そこから更に一晩で20cmも伸びて、上に花を咲かせるという。

植物でも、環境が見えるのだ,心もあるが、眼もあるようだ。

盆栽も,植え木も声を掛けると生き生きとする。

植物や動物だけでなく、実は鉄や石にも心があるという。

そうです

天地自然には、確かに尊い心があるのです。

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2009年8月24日 (月)

古い写真をコピーして

毎日朝参りする,近くの町田教会の先生から、

小星さんがやっている100年デジカメアルバムというのは、どういうものかね?

写真で、世の中のお役に立ちたいと言っているが、デジタルの事はわからんので,教えてほしいんだが、

実は40年も前の、こういう古い子供達の写真がアルバムにあるんですがね、みんな褪色してしまって、どんどん褐色になってしまう。

これなどデジタルでとまらないもんかね?

何とか、この辺で止めないことには、将来、見れなくなってしまうだろうと心配している

といって、先生の子供さんの幼稚園時代の写真が張られた古いアルバムを見せてくれた。

確かにそうとう褪色している,、とても心配そう

ほとんど色はない、,しかも鉛色にどんよりしている。

コニカが100年プリントを開発する前の、,しかもバライタ紙時代のものだから、結構ひどい

この褪色をデジタルで止められないのかね?

は心にジンときた。

このままおくと、色が完全に無くなってしまうのではないかという心配、

病気の子供を心配するような気持だろう。

このアルバムをそのコボシさんのホットアルバムとやらにしたら、止められないですかね。

Yes We Can

HOTALBUMなら止めることは出来る、

わかりましたすこし預からせて下さい。ピンと来た。

これは、,お広前 神前でお願いされたことだから、キッと何か良いお指し向けのテーマだ。

今、人生史作りをすすめているが、

HOTALBUMにのこせば、TVでもみれて、100年安心保管の特徴が最大に生かる。

古い写真をデジカメでコピーするか、市販されているプリンターについているスキャナーを使って、スキャンし、デジタルデーターとして、HOTALBUMに取り込み、アルバムを創る

これを 今、シニアの、テーマとして世にすすめたいと願っている、

おそらくBOOKも人生史が最高に適したテーマのはずだ。

写真を取り込んだら、タイトルをつけ、一枚一枚の写真に思い出のコメントをつけて、編集し、BGMに、思い出の曲を入れ、人生史が出来上がる。

古いアルバムは、もう一枚一枚を剥がせない,剥がそうとすると台紙から破けてしまう

アルバム毎 スキャナーでコピーし、ソフトで一枚一枚、切り抜いて、写真データーとしてとり込む。

できあがりをパソコンのスライドショーで見ながら、気に入るまで、編集し直し、完成。

自分の人生史は 後で家族が勝手に作るモノではなく 

自分で思いをこめて作るモノである。

だから、シニアの大事な趣味として広げたい、,ついでに家族の写真史もできあがる

このアルバムを CD-RやDVD-Rに保管し、TVで見るのが楽しい、思い出の音楽がまた良い

データーと一緒に自動的にビデオデーターが保管されるから、DVDプレイヤーでたのしめる。

しかしこの褐色や鉛いろの写真では、TVで見ても楽しくない、

褪色した写真は写真でも味はあるが 綺麗にしたアルバムと両方欲しい

思い出が沈んでしまわないよう、色を何んとかならないか?

これが与えられた、テーマだなと直感した。

昔の新鮮な カラー写真に戻そう、

そういうソフトを、我々がやろう。

市販のプリンターについている、褪色を戻すという スキャンモードのソフトを試して見たがほとんど使えない^。

,わずかに 緑が戻る程度で 徐の効果を見ると,この技術者は、色がわかっていない、技術しか、わかっていないアルゴリズムのようだ。

昔の鮮やかな写真とはちがう。

エプソンもキャノンのプリンターも、

スキャナーに付属の、褪色補正ソフトは、使え無い、無いよりましという程度

写真がわかっていない。

よしこれを、昔の仲間 T氏と開発しよう。彼ならこういうアルゴリズムは直ぐわかる、

写真の色とデジタルと,アルゴリズムがわかる、世界の貴重な遺産(職人)だ。

おそらく世界に2,3人だろう。

話したら、コニカ時代の色の大家 T氏は、簡単に引き受けてくれた、実は検討しているんだよと、

いやすごいおかげです、そして、先生の写真を彼のソフトで処理してみた

びっくり、先生の写真は見事に昔のままに蘇っていた。

素晴らしい色が戻っている。

びっくりした、これがその時の写真だ。

色の道40年は無駄ではない。

早速、このソフトを実用化する段取りをはじめさせていただいた。

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2009年8月22日 (土)

三略会の写真の仲間

最初に三略会に参加したのが去年の9月

初めて出席した2次会の席で、カメラの話をしたいとビールを持って,席に来て、話し込んでいった男がベンちゃんだ。

今は結婚し、さっぱりと髪の毛はカットしてしまったが、その時は、髪の毛がベートーベンのようだったことから,ベンちゃんと呼ばれている。

れっきとした、好業績の会社の社長である。

その時は、まさか、まじめに写真の事業をやっていそうな気はせず、適当に話を合わせていたような気がするが、

何回かお話する内、きわめてまじめな好青年である事がわかり、当時と今では、見方は全く異なり、信頼し,応援している一人だ。,

本人の力やまじめさは、外見とは全く違う、という事をここ1年で学ばされた。

三略会には,一見変だが、中身は立派な社長が一杯居るから、外見だけでは驚かなくなった。

この変な若者達はとても好青年だし、髪の毛の色なら紫の社長もいる。

そして、ベンちゃんは写真に関する事業と言う点では、唯一の仲間だ。

彼は、2%の市場で良いから。。。お客様が本当に欲しいと思うようなデジカメを創って,求めるお客だけにうりたい。

そういう商売をしたい、 お客様を選ばなければ,選ばれない、という

2%に集中するという、マーケッテイングの心もしっかり持っている。

思い切った戦略で、CANONやNIKONなど超優良企業がひしめくデジカメ業界に、殴り込みを掛ける勇気がある。

名前も yuki 文字通りのチャレンジャ-だ。

10万台市場を確たる市場として築き、名を残すカメラをうりたいという、彼の気概に惚れこみ、元コニカのtop技術者も何人か、彼を応援しようじゃないか。。。といいだしている。

彼が、先週

写真業界では面白い情報誌、といわれる、写真速報という業界紙に取材され、記事が掲載された、

この速報と言う業界紙 なかなかユニークな存在で、弊社も取材された事画あるが、実際購読もしている。

記事は、彼が、東海大学在学時(?卒後かも)に起業した、(株)ゲットイット が手がける珍しいデザイン,キーホルダ型のカメラが隠れた話題の商品になってきたというもの,

写真業界として、商品の期待ぶりを紹介したものだ。

相変わらずカワイイ眼をした、ベンちゃんが、新進気鋭の若手社長として、衰退するデジカメ市場活性化、期待の星として載っている。

速報の社長、丸さんも、

去年のママのベンちゃんだったら、髪の毛を見ただけで、おそらく、記事にするのは,みあわせたかもしれない。

8月4日か5日に、彼の結婚披露パーテイに参加した時のことをこのブログでも書いたが、28才、堂々の新規参入、こういう男の参入を業界は待っていたのだ。

弊社の写メレブを検討してくれている、OZのO社長がすすめる、Zリーダー会の 

カリスマ、ママギャル、桃華絵里さんも,いろいろなマーケッテイング,商品開発に参画している、

子供の写真を撮ってブログに載せ、そしてカメラや携帯市場を活性化させかねない,

ブログは、更新すれば100万人や200万人が見るのだそうだ、

そういう力を彼女たちのブログは持っているのだという。

若い人の時代、期待できる。

ももえり,さんなどは、ピンク一色のデザインの世界に埋まっているから、やはりベンちゃんのような、若い社長でないと、話も合わず、新しい商品も生まれない。

大きなピアスをして、ベートーベンのような髪の毛の社長や、ピンク一色のカリスママーケットクリエイターが市場を支配し,話題の商品を作るのだろう,

なんと言ってもこだわりがある。

そういう若い方が成功するのが,楽しみだ、

写真業界活性化を託し、彼の成長を応援,見守って行きたい。

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2009年8月21日 (金)

三耕会 新事業は3年は辛抱必要だが,4年かかったら?

昨日は、三略会のIT企業部会、三耕会があり出席した、

冒頭会長のA氏より、新規事業、ベンチャーの育成は焦ってはいけない、3年は辛抱、じっくり育成が必要、

しかし、4年やって駄目なら、技術も陳腐化しかねない、市場から、さよならとなる。

心しよう、との挨拶、、Exactlly だ。

我々も、あと少しで、満3年になる、まさしく正念場。

次への飛躍の開発計画も スタートしたが、それはそれ、

出来上がったすべての持ち駒で、アルバムならホットアルバム、と言う地位を秋からしっかり確保出来なければ、次を狙っても意味は無い。

幸い、応援者がある,写メレブがキラーアプリになるかも。

お客様の利便性を最大に考えた、社会の為になる、写真を守れる、障害者の為にもなる。

お客様の事を最大、最高に考え尽くした、だから、ツキもある、天地の恵みがいただけるはずだ。

そして、使っていただいたお客様から、絶賛されている。

後は、、社員を大事にし、理念経営に徹すれば、泰然自若でいいと思っている。

昨夜はそれを確信し、この会長挨拶に決意をあらたにもした。

3人の事業発表者は、

一人は21世紀は、理念経営で、勝ち抜けというコンサルタント事業 、

もう一人は、BPMビジネスプロセス改革の世界トップ企業 IDSの日本法人社長、

3人目は、通販総合支援システム OAS社

一見各社、関係ないようだが、さすが橘師、

今こそ日本の企業が勝つための必須ツールを持つ企業を組み合わせ、紹介している。

企業は人間の体と同じだ。

高い目標のアウトプットを得るには、健康な企業活動がひつよう

人間の体と同じ健康な体と心がなければならない。

すべての臓器が有機的に繋がっている、そして、わずかな外部情報にも素早く、無意識に、反応し、各部が自立して動ける。

正常な体は

いちいち、オイ、心臓動け,お酒が入ってきたから、肝臓働けなどと,意識して指示していない、これをシステムとして、企業内で上手く動かすのが BPMである。

きちんと情報が連係連動して伝わり,各部が機能的に動くことを目指している。

しかし、マニュアル通り動くだけでは、本当のBPMとは言えない、

BPMには、システム「臓器、神経系」と大事な 心(志魂)が必要なのだ。

しかしドイツ型にはこの心の部分がない。

心「志魂」があれば、

それぞれが、指示しなくても、無意識にお客様のために自主(自律)的に動けるのである。お客のためになることが、そして動くことがが楽しくて仕方がないから、指示しなくても、自主的に動いてしまうのだ、体と同じだ。

優れたBPMも 理念経営、無くしては、社員の喜びなくしては、無駄なツールだ、本当の力は発揮しない。

健康な体と健康な心がセットで必要な気がする。

その心を創るのが、フラット、仲間「権限委譲態」組織の理念経営なのだ。ヒエラルキ-では無理がある。

それゆえに、健康なBPM システムには本当は企業の健康な心がひつようなのだ。

K社長の 理念経営が」それだ。

理念経営を単純に社員を大事にして会社が犠牲になるなどと考えたらいけない。

社員にとって、もっとも厳しい自律が求められ,それでいて,やり甲斐持って自主的にやってくれる社員ができあがる。指示や強制でなく自主的にそうなってくれる。

この点が中途半端な経営者にはわからないことだが。

そういう質問もあったが、

本当は会社を最高に大事にスル社員を創る、社員は大事にされているから、真からそう思って、社会のため、お客様のために自律して動いてくれる、

それが理念経営なのだ。

ここがドイツ型と異なる、

日本型 理念経営がBPMやコールセンターに加われば、鬼に金棒になる所以なのだ。

だから理念経営者は、実は菩薩ではなく、鬼の経営者でもある、菩薩と鬼は紙一重。

そして経営には もう一つ必要な要素が、憑きがなければ、成功しない、ツキ、幸運、と言った方が良いかも。

天地の仕組みは すべて無駄がない、助けあいである。

動物も昆虫も草木も何一つ無駄はない,草は枯れて,木の栄養になり、草食動物は草を喰い、肉食動物に喰われる

会社は 人のために、社員は会社のために,お客様のために、お客様は会社のために商品を買う。

社員に感謝、顧客に感謝されずにどうして利益があがろうか?

社員を単なる手のように考えたら,企業の繁栄はない・?

BPMだけではない、通販 支援ツールも同じだ、導入してもうまくいかないのは、社員に志がないからだ、システムと併せて、心が必要だ、

社員の心をとらえておかないと、この方々が社長の代わりにお客様と接するのだ、

間違えば、毎日顧客を失う

天地の心が神様なのだ、天地の心は澄み切って純である。

人間だけに、天地と同じ、心があり、

その心を正しく、するのが,理念である。

純粋に社員や顧客を大切にスル会社の心にこそ天は味方する。

そして体の臓器や神経系を正しく、働かせるのがBPM、これにも心がひつようだ。 

そして、眼や耳や鼻になるのが新時代の通販支援システム。これにも心があればうまくいく。

お客様最優先の経営、社員を大事にすれば、天が会社を大事にしてくれる、それがツキというものだ。

だから、良い社員が来る。

そうですと、いみじくも、ベンちゃんが証言してくれた。

若者には鋭い勘がある、おそらく,彼の所は、社員全員が社長の気持ちで動いているはずだ。

いやいや、素晴らしい組み合わせ企業を紹介され、勉強できた。

アライアンスの宝の山だ。、

小さいサイズで利用させて戴けたら、うれしい。

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2009年8月20日 (木)

愛するという事

時々、駅前通りを、年老いた旦那さんが、一見その旦那さんより若そうに見える老婦人を車いすに乗せ、ゆっくりと押しながら歩いて行く姿に出逢う。

ある女性の集会で,みんなに眼をつぶらせ、倉本聰氏が訊いたそうだ。

子供のために死ねる人?  60人中6人程度が挙手、

それでは孫のため?3人しかいない。

親や旦那のためなら、ゼロだろうという。

我が道では、

”生きているすべてのおかげに感謝し、人を助けて己が助かる道、他人が喜べば、神が喜び、我を助けてくれる” 和賀心になって、人を助けよ...と教える

そうであれば、こういう場合、子供のためには、全員が死ねると挙手しなければならない。

子供どころか夫婦、親でも、,他人のためにでも、死ねなければ,

真の助かりはないと言うことなのだが、

実際は、自分のたすかりだけを願ってしまうのが実態なのだとおもう。

実は、 キリスト教の汝の敵を愛せ、隣人を愛せよ、も同じことなのだが、

キリスト教では異教徒は敵だから、復讐は神に任せ、自分たちは、敵であろうが愛せなければならない、にくい敵でも、 隣人であっても、

慈しみ、愛を捧げなさいという事なのだ。

理性で愛が捧げられなければならないと教える点では似ているかもしれない。

自分の好きとか、嫌いとかの感情とは関係なく,

いや、むしろきらいな人を愛せるかと言う事が人間として為すべき行為なのだと教える。

愛する人、新婚であれば、皆、互いのために死ねるのだろうが、

好きとか、嫌いとかを、別にして?

他人のために死ねるかどうか?は結構難しい^。

そういう点で,

駅前を毎日優しい面影で,車いすを押してゆっくり妻を、慈しみながら歩いてゆく老人が、教えてくれている。

本当の愛とは、老々介護に出るのだと。

自分も、妻が、もし倒れたら、すべてを捨てて、介護に専念できるか?

絶対やろうと覚悟出来るか?

これからの50年先は、

実は、相当な覚悟が必要な社会がくるのであろう。

おそらく何千万人という、75才以上の老夫婦2人きりの生活がくる、

どちらかが車いす、は当たり前となる。

恋人や夫婦に自然に起こる自然の愛や、余裕で行える、他人への愛などではなく、

義務的な悲痛な愛が、必要なとき、

自然に慈しみあえる、本物の愛のこころを、だせるか、どうか?

まだ現実ではないが、それを、本当の愛と言うのだろうと,

この車いすのお二人を見ていて、思わしていただいている。

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2009年8月19日 (水)

これを望めば木鶏に似たり

昨日は随踵塾再見へ出席、

先月欠席したので2ヶ月ぶり、

項羽と劉邦の段になって来た、これからが面白そう。

楽しみにしている、しかし、相変わらず、たのしい。

勉強しながらの、橘師のコメントについつい大笑、3時間の寄席のような楽しさ。

初参加の方が4人、

私も1年前は初参加、5,6回までは、緊張しッぱなし、内容を理解するのが精一杯、行間を,楽しむ余裕などなかった。

最近やっと、すこし、楽しめるようになった、

感想となるとついつい、自分の事と絡めてしまって、本筋理解はまだまだ初段にもならない。

何事も継続が大事、

非凡を装う、平凡より、平凡を装う非凡を師の言葉、心にとめるのだが、実行は難しい、

ついつい才気走り、失敗する。

ちなみに才とはすこしばかりの才能の事だそうだ。

今回は、難しい徳の得方について学んだ。

徳というと、言葉では表しがたいが、まさしく平凡を装う非凡な方なのかもしれない。

昔、陽子居と言う学者が、師の老耼(ろうたん)に尋ねた。

理想の指導者とは敏速果敢な行動力、透徹した洞察力、しかも道を学び続けるような方でしょうか?と

師は首を振り、何の,そんなやつは小役人でしかない。すこしの才能におぼれ、身を滅ぼすやつさ、

理想の指導者とは、その功徳は天下を覆い尽くしているが,彼とは何ら関係無いように見え、教化は万物に及ぶも人々はそれに気がつかない、万物それぞれに所を得させる。

才に溢れても,あえて無能に徹し、無言の説得力で人々を感化する。

これを良く、説明したのが 木鶏の話、

ある王が、闘鶏訓練の名人に闘鶏を預け、

10日くらいたって、そろそろつかえるか?と尋ねた。

まだまだです、まだ盛んに殺気だって敵を求めていますから駄目だと、

その後、10日たってまた、王はたずねたが、

まだまだです、まだ、闘志ををみなぎらせ、,とてもつかえません。

その後10日たっても、

まだです、他の鶏を見ただけでにらみつけ、毛を逆立てます、つかえません

その後10日たった。

今度は、よろしゅうございます。

他の鶏が挑んでも、一向に動ずる気配無く、まるで木鶏のようです。

これぞ王者の鶏です。

徳が充実しています。

こうなればしめたモノどんな鶏でもかないっこ、ありません、と。

もっとも、

素晴しい指導者は、儒者であり、木鶏のような、どーーーんとした、徳の持ち主なのだと言う事です。

これは求めてもなかなか得られない、尊いモノなのだが、

大抵は、そんな、何も言わんで、ついてこさせるなんぞ、会社はどうなってしまうんやとなってしまう。

レベルが違うはなしのようだ。

しかし目指さなければ、近づけない、日常の細かいところで,実は木鶏はやれるはずだ。

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2009年8月18日 (火)

ボルト100m世界記録更新

ボルトの世界記録更新 すごい快挙だ、人間の能力には限界が無い。

ジャマイカのウサイン・ボルト、 去年に次いでの世界記録更新、快挙だ。

10年掛かった記録は、彼によって、簡単に毎年更新されてしまう、

彼にはまだまだ、進化の余地がアルともいう。

彼が更新した、世界記録は、驚異の9秒58、ベルリンの観衆は度肝を抜かれたらしい。

カール・ルイスが9秒92を出したのがつい数年前のような気がするが実は1988年。

ボルトは約、42歩で100mを走る、

身長が大きく、重量級だから、いったん、技術を覚えると手がつけられない、

記録更新は毎年ということも、あり得るという。

0.11秒縮めるのに20年掛かると言われていたが、たった1年で、いとも簡単に更新してしまった。

人間の可能性は無限だという。

心で思うから,実現するのだそうだ。

心で思う事は、必ず遺伝子に書いてあることなのだそうで、遺伝子に書いてあれば、必ず実現できるのだそうだ。、

遺伝子に書いていないことは、通常は心に思わないし、思ったとしても,実現することはないそうだ。

人間が身長3mになる事が遺伝子に書いてあれば、7秒台も可能だという。

そう書いてあるかどうかはわからないが。

普通の人でも、たとえば豹に追いかけられたりすれば、12秒台は出るかもしれないとのこと、

火事場の馬鹿力というやつだ、

人間が起こす奇跡というのも、皆、そういう執念、遺伝子の力が起こすのだという、

思えばかなう、ということか。。。

大腸菌は、遺伝子のほとんどがONになっており、遺伝子の能力はフルに発揮されている

下等動物ほど、遺伝子に書かれた事はONになっているらしい。

人間のような、高等動物は逆に、数%しかONになっておらず、ほとんどの遺伝子はOFFノままあまり、使われていない。

いろいろな力が、ほとんど眠っているのだから、一心になれば、強く願えば、叶うとのこと。

どんなに逆境でも、強く思い続ける、粘り強く、最後の最後まで、あきらめないノが肝心なのだそうだ。

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2009年8月17日 (月)

写真を守りたいが

写真の価値は、撮った瞬間と言うのが携帯文化だが、それもオモシロイかもしれないが、

本当は10年、いや30年後に思い出を懐かしむときだとおもう。

そういうときの、思い出の写真の一枚が、のこっていてくれて良かった。。。

と言うようにホットアルバムは開発したのだが、なかなか思うようには宣伝出来ない。

皆、写真が遺せないとは思っていない。

パソコンが6,7年でクラッシュしたり、

メモリーカードも寿命は12,3年だと言う事も、知らないし、

OSもドライブも30年後には何もないと言う事を、知っていても、気にもしない。

相変わらずパソコンに写真を入れて、

いつか、消えてしまっても、覚悟の上、という感じかもしれない。

気にしていないと言うのが正直なところか?

そこで、キャッチフレーズをもっと他の魅力的な,今欲しいカワイイ機能とか,はやる言葉に,わかりやすい言葉に代えたいと,一生懸命考える。

簡単使えるとか、誰にも優しい,家族も楽しいとか、いろいろ、考える、

何を考えても,

そういう物は世の中には、一杯ある。。無数に。

今朝の、お参りで、先生から言われた

やはり、神様とお客様への,お礼、恩返しと思って考え、写真を守りたいという、一心で、、ホットアルバムを開発し、創ったのだから、

ふらふらしてはいけない。

売れないときが大事、

売ろうと思わず、一心に辛抱です。

辛抱出来るなと神様がおもえば、売ってくださいます。

と、はっと気がつかされた。

ふらふらしてたな。

シニアがパソコン覚えるのにも良いかな?とか

いろいろ悩むが、結局ユニークな性能、特許で守られた機能を,

まじめに訴えてゆくのが、お客様のためなのだろう

欲を出して、当たれば、いいとか、思うのは、間違いなのだ。

みんなが写真を守るという気になってくれなければ、

写真文化は衰退してしまう。

お店にプリントを出したくなるアルバムが無ければ、

お店業界も衰退してしまう。

NETでイ-ジーに楽しむだけが能ではない。

プリントとともにデーターが残る写真文化を創るのが

私の恩返しなのだから。

神様が願う通りにならして戴こう。

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2009年8月16日 (日)

政治家は良く考えて,日本の再生を

政権交代か責任力か?

いよいよ日本の選択の正念場が近い

政治家の討論を毎日見ていても,日本の再生の処方箋はどこにも見あたらない。

民主党は個人を豊かにして、子供手当や社会保障を増やし、内需拡大が,日本再生の道といい。予算を組み替えても、公務員改革天下り独立法人を削減し、増税なしでまかなうと言う。

自民党は、個人所得を10年後に100万円増やす経済改革をし、経済回復したら、消費税増額で、借金を返すという。

公務員改革や公共事業見直しで,財源をひねり出す,民主党にすこしは歩があるかなという程度、

しかし、基本的には,やるべき順番や方向がすこし違う気がするのだが

特に老後の安心感が確実に得られ無ければ、消費は増えない

だからここで、年金を抜本改革し ここには消費税を上げても、スエーデン並の老後の安心社会を創ってしまう事だろう。

すべてはそこから始まる

そして日本古来からアル、終身雇用を守る企業とそうでない企業への支援を変えることだ

老後が安心なら,個人消費は確実に伸びる、将来不安を無くした上ですべての施策の効果がでる。

次は日本の世界に対する産業の活性化だ、それには、金融と物流の税制特区で、世界から仕事や荷をよぶ。

経済が世界で勝てなければ内需だけあがることはない、

ばらまくより,仕組みの中で企業が雇用を通じて,支払えたり、産業の力がつき、消費も増える循環に回す方が良い。

,資源が無い日本の活力は,世界で勝てる産業を育成するしかない。

人口が少なくなるのだから、産業さえ活発になれば、雇用は簡単に拡大する。

雇用が活発なら、そして老後が安定なら、残業も増え、消費は拡大する。

黙っていても,最低賃金1000円は簡単だ、むしろ人手不足で困るくらい。

やるべき事は、

中国やインドなど新興国に出来ない産業、企業力の強化である。

当面は公共事業、工事の膨大な費用を強化対象産業の育成に、回す。

対象製品の消費サイドから刺激できる支援をして、個人消費をふやすことだ。

単に個人に、子供手当などを、ばらまいても,消費には回らない。

太陽光発電、電池、ハイブリットカー、電子ペーパー、制癌、成人病医療技術、新型ウイルスワクチン、など,開発と消費を優遇し、促し、企業の仕事を増やし雇用を拡大する。、

医薬品などの規制撤廃で認可を早めるなど、,製品の効果を高めるためにも重厚な施策となる。

効果や副作用検証のサイクルを早めなければ、世界に勝てない。

シンガポールのような 世界的な金融経済特区、港湾特区を、大都市に近い暇な地方空港や港をつかい、税制優遇の貨物専用の国際ハブとして完成させる。

世界の荷が集まる空港、港は、税制優遇と、空港利用が安く そしてこのハブ港から、無料高速道路で全国へ荷をチラバセられたらそれこそ荷は集まる。

地方も活性化し,雇用も拡大する。何も公共工事ばかりが能ではない、世界ではこういう形で成功している,地域がいくらでもある。

儲かるところには人と仕事が集まるのだ,楽市楽座は今でも通じる。

子供がいる家庭にお金をばらまくよりは、

子供がいる社員を雇うと優遇され、特別手当を出せる、企業を通じ給料として支払えば、そして終身雇用をほしょうすれば、消費の循環は確実に良くなり、企業も助か利強くなる。

政治家も800兆の借金をどう返すか?

そして国民の生活を豊かにするか、同時解決の 創造的な解決策を考えてほしい。

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2009年8月15日 (土)

当たり前が有り難い

終戦記念日、

東京大空襲でも10万人、広島でも,長崎でも、多くの方が犠牲になり、骨すら見つかっていない方も多いとおもう。

アジア各地への遺骨収集も,毎年行われているが、まだまだ、自分の子供、兄弟の埋葬すらきちんと出来ていない方もおおかろう。

お盆休みで孫が来て賑やかだが、

全国の多くの、戦死者の家庭では、毎年のお盆が終戦記念日であり、思いも複雑であろう。

子供は小さい時、父親がいなかったわけである、それだけでなく,多くの困難もあったはずだ、

だから絶対に戦争はしてはならないと改めておもう。

当たり前の事が当たり前にできなくなるからだ。

孫達を見ていると、

両親そろって、何不自由無く、育っており、今は我々じじばばや、親も含め、当たり前の事が享受できる環境に生きている。

食糧危機も,戦争もなく、平和が享受出来る。

孫達の、長いゴム輪で造った電車ごっこの中に入れさせられ、庭をシュシュッポッポとハシリ回されていると改めて、平和の当たり前のありがたさが理解出来る。

私が1歳のころの夏は、八王子付近は大空襲、

畑に逃げても焼夷弾や機銃掃射に追いまくられ,大変であったと父から聞く、

食料一つとっても、十分ではなく、空襲警報におびえていた事だろう

世界には、まだまだ、大変な地域が多い、

ちょっとしたことで、いつ平和は壊れるかもしない。

平和を維持する一歩は心からである。

ガンジーでも、マンデラでも,キング牧師も、皆非暴力、非武装を貫き、心で、解決した。

北朝鮮が、何をしようと、暖かい心で、思いやりを持って取り組むべきだとおもう。

どちらかが我慢しなければ平和は来ない。

心豊な国が大きな心を持つべきなのだろうとおもう。

敵が拉致をしたから制裁する、では、制裁の 悪循環から逃れれらない。

誰に対しても 和賀心で対応すれば、必ず幸せが来る。

皆隣人なのだ。

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2009年8月14日 (金)

日本の誇り

明日は、終戦記念日。

私は生まれて1歳4ヶ月だったはず、まだ歩き始めてよちよちか?

、何でも口に持ってゆくころだから,、親は眼を離せず、しかも多分いたずらだったろうから、困らせて、いたことだろう。

戦後3,4年 私が、5つか6つのころだったか、

朝鮮動乱が始まり、毎朝の新聞に朝鮮半島の地図、38度線が上に行ったりしたに下がったり、

あと少しで海に落ちてしまうところまで、北に押しまくられたりと、親父が新聞見ながら解説してくれていたのを覚えている

その頃までに、

たくさんの大人が戦争から村に帰ってきたが、

大人達は、けして戦争の話をしてくれなかった。

よほど嫌な思い出があったのだろう? 

言えないような残酷な事があったのかもしれない?

勇ましい,戦の話を期待して,近所のおじさんのところに行くのだが、けして話してくれなかった。

母親の弟など、性格はすこぶる勇ましそうな方だったが、戦争の話だけは、けしてしなかった。

小さいながらに変だなとは思っていた。

皆、新しい生活に、一生懸命だったが、それだけとは思えなかった。

終戦記念日が近づき、靖国問題や、自衛権など、新聞や週刊誌で取りざたされている。

私の近くにも、国の誇りとかいって、田母神氏や桜井氏が言うような、集団的自衛権や靖国参拝を、国家の威信にかけて実行すべきとか、国家の主権確立を叫ぶ方もいる。

北朝鮮の核問題や、拉致問題にからめた、議論も盛んだ。

しかし、世界真の平和を願う 以上、

軍事力をたてにしてはならないと考える

世界に無い,平和憲法、不戦の誓いを明記した、憲法を持つ国家など無い,

貴重な国に住んでいるのである。

日本だけが、核廃絶を訴え、世界の核軍縮をリードできるのだ。

世界標準から見れば、軍事力無くして平和など、ありえない、というだろうが、

中国人 韓国人、米軍、英軍、仏軍などの犠牲者も入れたら、400万人近い方が日本の仕掛けた戦争で犠牲になった上での、平和なのだ。

何があっても、繰り返してはいけないのが、戦争なのだ。

たまたま、連合国に押しつけらようだが、これだけ尊い憲法を戴く事は本来あり得ない,

有り難いことと、大切にしなければならない。

今時は、

衛星からのGPSコントロールのミサイルでピンポイントに目標を攻撃できる。

一機350億円のステルス戦闘機や、600億円もするミサイルを何百そろえたとしても、勝てるわけではない、例え勝ったとしても、何も得るものなどない。

国家の威信は軍事力では得られない、

世界の尊敬は、経済力でも、軍事力でもなく

教養高く 伝統を大切にし、友好と礼節を重んじる、国民の力だと思う。

南アフリカが長い間、白人に人種差別をうけ、屈辱をうけてきたが、黒人の大統領を初めて誕生させ、自分たちの手に政治を取り戻したとき、

マンディラさんは白人への復讐を禁じたという。

復讐すれば出来無いことはないが、また復讐を生むだけである。

自分たちさせ、我慢すれば、悪の連鎖は止められる、真の平和が取り戻せると

散々虐げられた、白人に対し、仕返ししない、そういう、

南アフリカの黒人指導者を腰抜け、誇りはないのか?と責めるだろうか?

むしろ世界から尊敬を集めている。

神様は小便を掛けられても、我慢しろと言う。

神が拭いてやるともいう。

不戦の平和を願っている。

日本人は、拉致問題にしても、全員生きて帰らない限り、北朝鮮との交渉すら認めない。、

マスコミ含め、完全理想論だけで、国家の誇りを掛けて交渉せよとなる。

交渉人は、妥協でもしたら,最後、国賊扱いされる。

現実をみとめ、妥協もしない限り、交渉に解決はありえない。

こういう日本人の交渉下手が、国論を戦争に導いてしまうのである。

国民のレベルを高めない限り、北方4島の解決も実はあり得ない。

交渉では、解決するために、落としどころ、妥協することが、大事な戦略なのだが、

日本国民は完全勝利しか、考えない、

相手がすべて悪いのだから、完全降伏せよと迫る、

なまじ妥協すれば国賊となる。

昔と違って,

世界は戦争しているのではない,皆隣人なのだ・

今は,地球全体が 仲間なのである

世界を一つだと考えれば、

国家の誇りとはどういうモノかわかる筈。

日本の社会は銃を持たないが治安は高く、各家族の誇りもある。

米国社会は,ほぼ皆、銃を持っているが治安が高いとも誇りが日本人以上とも思えない。

ヨーク考えよう。

終戦記念日に、世界真の平和の到来を、若くして死んでいった多くの同胞達や 各国の犠牲者達の命を無駄にしないためにも。

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2009年8月13日 (木)

青色発光ダイオード 特許の価値は誰のもの

金光新聞の取材を受けた。

どなたかが紹介されたのでしょう。

でも私が全く知らない方でした。

先生が亡くなり15年、参る教会がアルだけ有り難いと、先代、先々代のご遺志を忘れず、ご長男が定年後先生になって戴く事を祈って維持してきた。

先生がいなくても、みんなでがんばって居る姿をわかって戴けばとおもって取材を受けた。

そこで、

私が特許680件の出願をして来た,技術者で、お店で写真が処理出来るようにしたミニラボ技術の発明者でもあることから、

企業の仕事として発案した大きな特許の所属について 

技術者として、青色発光ダイオードの中村博士の裁判等をどう思うか・?

という質問を受けた。

コニカの場合も、出願保証は当時、一件3000円で、出願時、定型の譲渡書にサインし会社に譲渡する。「現在は改善され大幅に増額された筈」

特許法があり、従業員の発明は会社のモノという基本的な事を技術者が知らないという事はない。

ただ、事業に成功した場合、報奨金を本人にいくら払うかは各企業の問題だと思う。

こういう基本的な事が、嫌なら、出願時 譲渡書にサインしないことだ。

そして、常識的には、会社を辞めて、3年経過後に晴れて,自分のお金で実験機を購入し、自力で発明した上で、出願すればいい。

3年後には特許にもならないのが正直なとこだ。

会社から給料をもらって,会社の設備で、発明したら,発明の大部分は会社のモノだろう。

だって運転手の給料が運転する事でもらえるのと同じように、技術者の仕事は発明することでもあるのだ。ただ発明は特殊だから,成功すれば、多大な報奨金が給料以外にどこの企業でも出る。

中村博士の場合も、会社とのいざこざから、腹に据えかね 訴訟に至った経緯は良く知られた事だし、彼も一般的には、会社のモノであると承知していたはずだから、

あまり多くの共感は得られていない。

彼の訴訟以来、技術者の地位向上,特許保証金を引き上げた効果はあった。

これが米国なら 個人の権利として訴訟する事は当たり前だし正当に評価される。

しかし、正直なとこ、技術的な価値は100%でも 事業としての貢献は、発明だけなら10%以下だろう。

会社が無ければ、実験装置も買えず、発明することすら、難しいからだ。

また事業化にあたって、何百億円モノ設備投資、営業への投資、など多くの人と、お金が必要になる。やはり個人では無理だ。だから技術的な発明をしたからと言って、その貢献度が発明者だけのものかというと,かなり難しい

成功した後で、会社とトラブり,会社を辞めてから、あの膨大な利益は、私のもの,だから利益の何%をよこせというのは、あまりフェアとは言えない。

発明が無ければすべてが無いというのも,真理ではあるが、日本の社会では彼の行動は完全に正義としての理解はされないかもしれない。

私なら

発明は会社のモノで,一人ではやはり貢献度は 5%か7%であろうと考える。

裁判の最終判断も,この程度である。

米国なら,当たり前でも、日本では、好感はえられない。TV番組でいくら彼の味方をしても,心から共感しない。

なぜなら

技術者は本来お金のために仕事をしているのではない。

発明が好きなのである,。

すべてをお金に換算したら、何か自分の生きた歴史が否定されてしまいそうでもある。

発明は 頭だけあれば一人でも出来るかもしれないが、事業は、多くの人と、大きな資本が無ければ出来ない。

一人では出来ない、多くの方のおかげさまが、あって、初めて発明も生まれ、事業もすすむ、購入してくれるお客様があって,初めて 利益もでる。

感謝の上に、個人の価値はあるはずだ。

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2009年8月12日 (水)

昨日は、

午後だけで、東京で4件の用事、を済ませたが、2件は13日の約束を11日と間違え、突然訪問してしまったことになり、にもかかわらず気持ちよく 応対していただき、感謝している。

惚けがだいぶ入ってきたのかもしれない?

いや昔からそそっかしいと誰かの声が聞こえるようでもある。

夜、八王子で、元の会社の友人の出世祝いが、あったのだが、

どうしても優先しなければならない別件があり、キャンセルしていただいた、申し訳ない。

だから本当は昨日は5つの用事が重なったことになる。

忙しいのはなによりで、物事が進んでいる証拠でもあり、ありがたいことでもある。

毎朝、4時には目が覚める、

毎朝、目が覚めたら、家で30分ほど,お祈りをした後、

お客様の問い合わせのメールへの対応を済ませる。

何語だかわからないメールまであるので、,WEBの翻訳ソフトで、まずは英語に翻訳し、読めたら、英語で返事を書き、,もう一度、翻訳しなおして、お返しするから、結構時間が掛かってしまう。

そして、6時20分に家を出て車で、5分の近所の教会へ朝参り、6時半から、ご祈念をして、お礼と、今日のお届けをすませ、7時半ころ帰宅し、朝食を食べ、出社する^^。

今朝は、教会の先生から、姉の癌の再発に付き、励ましをいただき、なんとか、助かって欲しいと思うあまり、うれしくて,有り難く,て、涙が出て、とまらなくなってしまった。

涙もろくもなったようだ、,姉や兄がいかに神様に近づき、おかげをいただけるようになるか,先生も必死でお祈りし、,お取り次ぎしてくれている。

どんなに忙しくても、この方々を助けたいから,お祈りや朝参りが欠かせない日課になってきた..。

一心さをいかに出すか、だんだん助かる気がしてきた。

忙しいが、毎日充実した良い日がおくれていると思っている。

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ホームページの意味

ホームページを見直さないと売れませんと言われ、見直しを各方面にお願いした。

いろいろ見積もりを戴いたが、

HP制作にお金をかけ、SEO対策によって,検索で上位にランクされるようになったからと言って、今のホームページのままでは、駄目そうな気がして来た。

ホットアルバムを使おうと言う気になるかどうかが疑問なのだ。

専門家は、HPの文字が多くては、見ないですよ。という、

一目見て、何が楽しいかわかり、

使ってみたいと思うようにデザインしないと,といけませんと言う。

お客様は、さっと見て、興味がわかなければ,さっと次に移ってしまう、

文字など読まないですよという。

本当にそうだろうか?

米国のサイトなどを見ると、文字情報はかなり多い、しっかりした情報提供を心掛けている。

日本人は、あらゆる事をイージーに、マンガチックにしてしまう,

薄っぺらな情報文化に急速に動いている。

文字が多かろうが、必要な情報は,しっかり書かれ、しかも見る気になるデザインで、

使ったら,役に立ちそうな、キャッチコピーが必要なのだろうとおもう。

それなら、練って練り上げ、その上で十分な予算を取って、造らせて戴こうと思う。

ホットアルバムは、気がついたら 

”30年前の写真が遺っていて良かったーーー” 

と将来喜んでもらえるような商品だから、

今、どうしても使わなければならないと言う切迫感が起こらないのが欠点だ、

しかし,無意識に今、使って戴かないと30年後に喜ぶ事はできない。

未来に喜びはこない。

転ばぬ先の杖、なのだ。

しかも必ず転ぶことはわかっているのだが,説明が難しい。

そして誰にでも使えると言う事も,伝えないといけない。

輪島功一が、輪島ジムのHPで、ホットアルバムを褒めて推薦してくれている。

俺でも使えたと言って、奥様と一緒に、パソコンスキル弱者に推薦してくれている。

有り難い事だ。

喉が渇いていても、水飲み場には連れていけても、水を飲んでくれるかはわからない

水を手にとってのんでいただき、数十年後に、皆様から感謝されたら最高だ。

そのために、

デジタル時代は、写真が未来に遺せない、危険が一杯あることをしらせ、

どうしたらよいかを伝えなければならない。

その上でのSEO対策だろうと思う

SEO対策とは

グーグルやヤフーの検索エンジンによって、、由緒さるHPであると認知され、しかも、お客様が,我々の商品で狙っているような、キーワードで検索した場合、

競合よりも、上位に表示されるように工夫する事だが、

検索でせっかくtopにきても、見て戴いて、使うと言う気のさせる、HPでなくてはならない。

まず、最初にそれが 必要だろう。

焦ってじたばたしてもしかたがない、私自身のメッセージが確立し、自信が出たら

しかりしたモノに作り直そうと思う。

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2009年8月11日 (火)

万事相済み,有り難し

私は会ったことはないが,

神奈川県の藤沢教会 の開教の祖 増田金太郎師の話

明治43年ころ、

師は19歳の長女を病気で失った

そのとき、いずれどこかへ嫁にやらねば、と思っていた、今回神様の元へ嫁にやらせて戴いた、可愛がって戴けるのは間違いないから,こんな有り難い事はないと。。。

そして、数年後

次男のかたが23歳でなくなるとき、枕元で、苦しいという口でなぜ神様に祈らないのかと励まし、お広前で臨終近しときいても、聞き流し、信者に諄々と教えを説いて、我が子の枕元には行かれなかったという、

我が子のことより神様の御用が大事と言ったそうである。真の愛情深さだとおもう。できないことである。

そして更に数年後

今度はご自分が腎臓病で重態となりしも、終始笑いながら、周辺教会の心配を夫人に聞かれ、

臨終に際しては、

万事相済み申し候、有り難し,有り難し  と言いながら笑って出発されたそうである。

本当かね?と、今の私でもそういう強さはまだまだわからない。

なんという、信仰の強さ、人を助ける心の強さ、それが神に近づいた方の強さなのだろうそういう事らしい。

わたしなど、たった一歩も近づけない。

どこが違うのか?

どうしたら、その信仰の強さを すこしでも、理解させて戴けるのか?

私なら,やはりまず家族のことで右往左往してしまうだろう、気が動転してしまうだろう。

そこのところが、未熟者にて、とんとわからない、不思議な心の強さの世界である。。

先日、

この藤沢教会の現教会長先生から、9月の御霊祭りにお話をして欲しいと言われ、、愕然とし、困り果てた。

御霊が喜ばれるだろうか、いや、キッと叱られるだろう、お前ごときがと、、

現教会長先生には、津久井教会で先生が亡くなったと行き、私が、若い時分だったが、大変お世話になったし、、断れない,困った困っただった。

悩んだ挙げ句、親教会にお届け、ご相談、

神様から、やらせて戴いたらと指示されてしまった。

こんなお徳の高い先生が拓いた教会、足がすくむのだが、できの悪い信者をすこしでも,成長させようとの、神様の有り難い、お引き寄せかもと、

どうして、こんなにも違いがあるのかを、正直に,おなはしするしかない、と受けさせていただいた。

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2009年8月10日 (月)

虚空からの手紙

ある業界紙の元社長が亡くなった。

記事から顛末を知った。

生前、皆に迷惑かけるから、家族での密葬が終わってから連絡すると言っていたらしい。

そして、その時はお別れをパソコンの中に残しておくから、記事にしてな。。と。

その記事を見ていると何か寂しい。不完全燃焼だったのか・?と聞きたくなる。

「「 ついに私の番がやってきました、お別れのときです。あの世があるといいのですが、私の予感は以前から決まっています。死んだらすべておしまい。

こればかりは、あの世からリポートするというわけにはいかない。

実際はな~んも無い、などと報告した日には、世界中大騒ぎ。

10代のはじめ、夏の夜に「人は何のため生まれてきたのか」という疑問に突
き当たったのが運のつき。一生その課題につきまとわれ、青春の頃、先輩に

心配をかけ、いい年になっても気障にも人類とは馴染めなかった。

もう沢山、などと自分もその卑しさ残酷さ、強欲さでは人後に落ちないのに
便々とやってきたわけです。

「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとやうまれけん」へタの考え休むに似
たり、いたずらに不可知の観念論に時を費やすよりその分もっと遊べばよかった。

遊び足りなかったが、これでお開き、

とにかくみなさん健康に気をつけて。

さようなら。」」...

.と残していった。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 

私なら

十返舎一九の辞世の句のように明るいのが好きだ。

”この世をば、いざおいとまと,線香の、煙とともに、灰(ハイ)さようなら”

こうありたい。

人間の体も動物も毎日細胞は死んで,あらたに生まれ変わる,3ヶ月もたてば、骨以外はすべて新しく生まれ変わる。

木の葉も枯れては、また若葉にかわり、人間も毎日、生まれ、入れ替わる、

すべたが自然の姿で、道理の世界だ。

子供も、孫も生まれたら,後は、心配なし、大安心、大満足の人生は、

毎日毎日を精一杯、感謝の気持ちで生きるだけなのだが。

自然はそう生きている。

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2009年8月 9日 (日)

有り難いことへの感謝

今朝、目が覚める。

昨夜寝るとき、明日は目が覚め、起きたら、ソフトボールの審判に行くと、いう事を前提に安心して、寝た結果であるが。

当然のように目が覚める。

先日、教会で、先生から、

いろいろ人を助けたいという、願いがあるだろうが、

まずは、息を止めて見るがよい。

2分も、持つか?

生きている事が有り難い、空気があり、何も意識せずに、息が出来、心臓が働いてくれるのが、有り難いのだ、

まずは天地の働き、

自然の恵みにしっかり、感謝からですな、あなたが人を助けられるのではない、神様が助けてくれるのだから、

この素晴らしい天地の神様に働いてもらえるよう、お願いし、おまかせなさい。

そして助かりを祈ってあげたい方々が神様にお近づきになれるよう、それだけを祈りなさい、。

助けてくれるのは天地の神様ですからな、そうなるよう、祈らせていただきなさい。

自分で何とかしてあげよう、私が祈って助けてあげようなどと、力んでみても、何にもならないという、事を学ばせていただいた。

たくさん祈るより、これだけはという、一心にしぼって、お願いすることを、感謝をした上で、始めたい。

心が替われる朝参りはなかなかきもちがよい。

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2009年8月 8日 (土)

朝参り

Ca390026_2 昨日、仕事で、東京、業平に出かけた。

この付近で巨大な建設 中 の建造物がたちあがっていた。

工事中の新東京タワーである。

完成すると、600m以上と聞くから、まだ、1/8 くらいだが、意外と狭い台座に垂直に立ち上がっている。

狭いビルの間から撮ったから、周りが切りとられ、イメージがわかないが、鉄塔型ではなく、四角いビルの中に太い梁りを張り巡らせた建物と言う感じであろうか。

前回この会社に来たのが、昨年の暮れ、建物は、まだなかったから、一ヶ月で10mくらいのペースで建設が進んでいる事になる。

この会社は、このタワーの目の前にあり、一躍観光の中心地になる。たのしみである。

今日から、

立教150年記念の全教一斉の100日信行にはいる。

私の教会は津久井教会というところだが、車で30分。

先生がおられず、親教会の横浜の神奈川教会長先生が教会長を兼ねておられるが、健康がすぐれず、最近は若先生に、年4回のお祭り日に来ていただいている。

教会の再興を願って教会の維持とお掃除、お祭りを、先生が亡くなられてからづっと妻とさせて戴いているが、毎朝教会を開けて戴き、一人での出勤前の朝参りにはむかない。

前から100日信行には朝参りをしてみたいと思っていたのだが、親教会の神奈川教会へは電車でも1時間、車なら渋滞があり1時間半か2時間かかる。

数ヶ月前、私の町、相模原市相原と2Kmしか離れていない、川を隔てた東京都の町田市相原という町の、多摩丘陵の山の中に、町田教会というのを見つけ、一度おまいりしてみた、

山の中、急坂のどんづまり、なかなか見つけられず、やっと探すようなところに教会があるのだが、こんな厳しい場所に教会を開く先生はえらいなと思いながらお参りしてみた。

先生には、津久井教会の再興を願っているというお話をしたのだが、

先生も

あなたは津久井教会を大事にしなさい、親教会の神奈川教会を手続きに津久井教会を盛り上げるように、ここには来ても良いが、そのことを中心に信心をすすめなさいと言われ、

車で5,6分のこんな近くに立派な先生がおられる教会をせっかく見つけて喜んだのだが、先生から、機先を制され、それもそうだろうとおもって、やはり津久井教会を中心にすすめないといけないなと

誰かお手引きする場合は、ここが近くて良いが、自分は控え、積極的にお参りするのは遠慮しようとおもっていた。

しかし100日信行を前に、癌が再発し再手術した兄嫁を神様に一歩でも近づけ、助けていただきたいとおもい、

遠くの親教会につれて行くより、近くて、ここが疲労もないだろうと、

まずは私が、この方の全快を祈って、朝参りする事にし、7月3日の朝から、毎朝の、お参りを開始した。

兄嫁も昨日、退院した、今日からは、100日信行として更に心新たに朝参りをつづけたい。

願いは、神様に喜んでいただける、人が助かる信心が実現できるよう、

金光大神覚えに出てくる、教祖様があげていた、六根清浄大祓いと般若心経で、正しい心のあらたまりを学びたい。。

津久井教会の再興、と病気の兄嫁や友人の癌の再発の防止を中心に、この方々が神様に一歩でも近づいて助けて戴けるよう、願ってゆく。

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2009年8月 7日 (金)

障害者のパソコン教材にホットアルバム

私の知り合いのM氏は障害者問題の専門家でもある。

ご自身も障害者の子供を持ち、長い経験からくる、専門知識を生かし、社会的な問題への真摯な取り組みには頭が下がる。

三略会で親しくおつきあいいただいているYさんも、この問題の専門家で、企業への障害者採用をボランテイア的に推進している。

昨夜はこの方達に、遠路八王子まで来ていただき、顔合わせと障害者問題への取り組み推進について話し合って戴いた。

ホットアルバムも、まだまだ大きなビジネスを提供出来ていないが、ネット販売の発送作業を障害者施設でお願いしている。

最初障害者の授産施設での作業提供の重要性について、彼(M氏)から話を聴いたとき^、感動し、人を助ける一助になればと、ホットアルバムのネット販売の発送をお願いした。

知的障害、引きこもり、や高齢障害者の数は2000万とも2500万とも言われ、

国としては、300人以上の大企業には社員の1.6%の障害者を採用するよう義務つけているらしい、が 実際はこれを達成するのは、なかなかむずかしいようだ。

前にも書いたが、

障害者は社会全体で支える必要があり、特に外に出て仕事が出来るという喜びを感じられるよう、発注という形で仕事を出すことが、大事なのだそうだ。

生きる権利は、仕事をする権利でもある、生き生き外に出られることが大事なのだ、という。

人間の幸せは、社会のためになること、この一点であり、その点に敏感なのだという。

仕事があると、目に見えて顔色まで違ってくるという。

障害者施設であっても、中国のコストには勝てないから、各企業、なかなか発注しないのだそうだ。

しかし、まだまだ頭を使えば、創造的な解決策はありそう。

昨夜もこの関係者で、障害者の仕事拡大について話し合った。

在宅で家族が面倒見れれば、結構仕事はある。

仕事の出来具合は多少難点が逢っても、パソコンが使えれば、かなり見通しはよい。

まずはパソコンになじんでもらう事が大事そうだ。

企業も採用率が満たせれば、そして障害者が仕事をしていると言う満足感が得られれば、在宅でネットワークを使っていろいろ可能になるのだそうだ。

そうであれば、パソコンになじんでもらうために、ホットアルバムが最適だろう

家族の写真を使って、楽しく、パソコンを覚えられる

なじんだら、ワードとか、エクセルとかは、後からやればいい、

なじみが難しいのだという、

それならホットアルバムをどう生かしてゆけるか?と考えた。

そうおもえばこんな最適な教材はない。

いきなりワードやエクセルでは、パソコンは、楽しくないだろう、

まずは写真で楽しく.パソコンになじんでもらえるか、実験してみたいとお願いし、次回はその提案をさせていただくことにした。

障害者が一人でも多く世の中で元気に働けるよう、社会全体を換えて行かないと、立ちゆかない。

人間の尊厳に関わる問題に、少しでもホットアルバムが役に立てればとおもう。

少し望みが出てきた、楽しい、明るいミーテイングになった。

しかし、関わってみると障害者の家族は皆明るいという、

お子様が生まれた当初は相当悲惨な苦労があり、それを乗り越え、この子と生きようと決意したときから明るくなるのだそうだ。

吹っ切れ、生きている事に感謝し、明るくともに生きようとなるには10年は掛かるのだそうだ。

彼ら家族の身になれば、対策を考えるくらいは、当然のこと、におもえてきた。

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2009年8月 6日 (木)

無用の用

橘師から、小星さんのために書いたのに欠席してしまったからとわざわざ、先月の資料を届けていただいた。

中身は 荘子の”無用の用”、

先生は私が無用の用を大事にしているから、あなたをイメージして書いたと言う

自分ではあまり、意識していないが、そう思っていただけたのならありがたいことである。

中国の儒者、荘子のことば、で、役に立つと言う事は大事なことかもしれないが、

人間の目で見て一見役に立たないことの中に、本当は役に立っているモノが多いのだという。

これだけで生活できたら聖人となってしまう、仁義道徳 を強く説いた 孔子にたいし、無用と言われるモノにも大事なモノがあるといったのが荘子だ。

確かに、必要なものだけ、とって、しゃくし定規には生きられない、

道を歩くにしても、足の幅だけあればいいと言うが、もし、それが、深い谷に掛けた橋なら、とても歩けない。広い大地があるから足幅でもあるけるというものだ。

高井戸あたりの 路肩がない高速道路など、怖くて走れない。

家族だけ、妻だけ大事にしても、多くの友人がいなければ寂しいモノだ。

知識にしても、目的を達するだけの知識だったら、おそらく何もできない、

膨大な無用の知識があるから、役に立つ知識も使えるのだ

そして解決策が出せるというものだ。

サラリーマン時代は、

給料は会社が払ってくれるから、社員、部下にも余裕を持って優しく接しられた、

小さな会社では、そうはいかない、わずかでも費用対効果を考え、同じ給料なら、この際、もっと良い人を、とりたいと、思ってしまう。

社員の小さなミスにも敏感になってしまう。

しかし、社員の良いところだけとってみても

有用かどうかはわからないというのが荘子のみかただ。

駄目と思っていた社員の欠点で、救われる事があり、

むしろ、よいと思った社員に足をすくわれるかもしれない。

これが人間の妙味なのだ、

まさしく”無用の用”は大事な考え方だと気がつかされた。

人間の眼、人間の頭で考えるから、

有用とか無用とか言うが、

神様から見たら、全く違うかもしれない。

そう思うと、

今、私に一番厳しくあたり、苦情を言うが、一番会社を支えてくれている、喧嘩ばかりの、Mさんを一番大切にさせていただかなければと、思わされた。

天地のなかのもの、すべてが有用でたいせつな、私への ”めぐみ” であり、

道理のなかの大切な要素なのだと 知ることが出来た。

そういう点で、荘子の言う無用の用は心しなければならない大事な教えだ。

無用のモノなど一切ない、無用なモノほど陽に当たらずだが、役に立つモノかもしれない。

もう一度、身の回りのモノを、無用の用として、大切に見直してみたい。

自分にとって害だ、敵だ、と思っていたら、実は最大の味方であったとか。

嫁だ舅だと喧嘩していても、実は有用なパートナーだったり唯一の味方だったり、

災害だって、害虫だって神様から見れば、自然にとって必要なモノなのかもしれない。

そういえば、あれもこれも、邪魔だと思ったモノが有用に見え、大切に思わされてくる。

あらゆるモノに感謝出来るようになる。

何だ、そうすると結局、

仁義道徳に繋がってしまい、孔子も荘子もおなじことを別の角度から説いたに過ぎないではないか?

と気がつかされたわけである。

また一つ勉強できた、先生有り難うございました。

 

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2009年8月 5日 (水)

結婚祝いと誕生日祝い

昨夜は天王洲アイルの海上レストラン「Waterline」 で三略会の若手ベートーベンY君の結婚披露宴があった。併せてオバマ大統領の誕生祝いが行われた^(?)。

なかなか夜景が綺麗な^海上に浮かぶ船上レストランである。

三略会の白組のリーダー会の重鎮中の重鎮のAさんの愛娘を略奪した、とんでも無い男の結婚式、普通ならそれこそ打ち首の筈だと、いいながら、みんなうれしそうにお祝いの駆けつけた。

結婚した、張本人、ベートーベン、Y君は、

まだ20代最後か、30歳そこそこの若者、

ついこの間まで、それこそ、ニックネームの通り、ベートーベンを負かす、大きな鳥の巣のような髪の毛でどんな顔かもわからないような風貌であった。

これで会社の社長がつとまるか?

本当に会社を経営しているのか?

常識的な目からすれば、社会で社長としてみとめられるか?

と言う様なおとこであった。

いまは、結婚が決まり、髪もきちんと切り、いい男になった。

彼は、中古パソコンの再利用ビジネスとデジカメの生産、販売をやっている会社の経営者

^デジカメは非常にユニークなものを目指し、シェア1%が確実にとれればいい、と

お客に選ばれ、お客を選んだ商品開発を目指している、

実際彼が開発したり、考えている、商品は非常にユニークだ。

若いがマーケッテイングがしっかりしている。

シェア1%を最初からしっかりねらうと言うことは普通ではアホかと言われる。

普通、個人で、シェア50%を狙って開発しても 0,05%のシェアはとれない。

商品はメジャな-市場を狙ってしまうから、特徴がないし、あっても宣伝できない、信用もないからだ。

しかし最初から狙いが1%なら、思い切りユニークな商品を冒険できる。ハナから考え方が違うのだ。

この若者から、カメラの開発の相談があった、いい目をしている、見所あるなと直感し、

ある日コニカのカメラの開発の大御所を2人紹介し、八王子で一緒に食事をした。

NHKのプロジェクトXにも出た、ピッカリコニカ、ジャスピンコニカ、の開発を手がけた技術猛者だ。

確かその時、まだベートーベンの頭だったかも?

彼らの会食後の、ベートーベン君への評価は、すこぶる良かった、口をそろえて応援しようじゃないか・?オモシロイ商品作りをしそうだ、助けようではないかであった。

人間逢って話すと直ぐわかるらしい、動物的に出来る男を嗅ぎ分ける。

彼は目が澄んでいる、すがすがしい男だ、大成させたいと言っていた。

大勢の三略会のメンバーも祝福の挨拶をしていた。

今の若い人は、ピアスをしようが、とんでも無い髪の毛をしようが、単なるファッションだから、見た目だけでは、内面のすばらしさはわからない。

昨夜はオバマさんの誕生日、

この日の結婚披露と併せてお祝いされた、オバマと同じ誕生日というA君 彼もベン君より10歳くらい年齢は上だが、まだまだ若い、

風貌からはとても社長には見えない、ボクサー、闘犬のような風貌、一見怖くて近づけない。

素晴らしい、美人の奥様と一緒に現れた、一緒にいると彼は美人タレントのSPにしか見えない、変なカップルだ。

彼もおそらく、社長として大成する男だろう、しっかりしている、怖いが目は優しく、秘めたモノを感じる.希望の星だ。

そして、同じく古希を迎えたKさんもお祝いの誕生日、

現役の女社長様だが、最近ゴルフを開始し熱中している、グランドシニアの熱血嬢。

やはり三略会は変だ、どうみても気違い集団にしかみえない。

20代から古希まで一緒の祝賀会、祝いの演出は、皆一流ノ玄人裸足の芸

聞かせる詩あり、詩吟あり、ハワイアンあり、若者(?)のラップもある、応援団や漫才師、秋田弁の3兄弟、などなど、とんでも無い出し物がとびだす。

全員現役の社長なのだからどう見ても変だ?

そして締めの橘師の挨拶と激励、。

あのな、みな。。。社長は公人だ、会社は公器だ、

かみさんの誕生日より、社員、友人の誕生日を優先するような夫婦になれ、。。。。

自分の誕生日を犠牲にしても祝ってやる価値ある友人を作れと、それが2人の宝になると。

私もいつも妻から言われる。

”あなたはよその方に人一倍優しい気配りを示す、家庭や私のことは二の次ね”と。

しかし怒っているわけではないようだから、わかっているのだろうと。

帰ってから、今日一番の言葉として、師の言いたいことを併せて妻に聞かせた。

そうね。。と、でもみんな好きでやっているのじゃないの。。と笑っていた。

わかっているではないか。それなら我が家は安心だ。

そして、

いつもながら三略会の若者の献身的なサービスに感謝する、同じ会費を払っていつもいつも、年寄りを立て、ビールを運び、料理を運び、サービスに徹する、年長者をもてなす心を醸成している、

20人ほどは、座るいすさえなく、サービスなのだ、頭が下がる。しかしこれが気持ちよくできれば、会社もうまくゆく、心の修行は机上ではできない。

師もつらいだろうが、あえて彼らのためにやっているようだ。

キッと神様は見ている、彼らにはおかげが一杯運ばれるはずだ。

大きな幸運が運ばれますよう。

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2009年8月 4日 (火)

徳行は人後に落る事なかれ (随踵塾)

昨日は、久しぶりの随踵塾、先月休んだ分の資料も戴いてきた。

菜根譚、

”寵利は人の前にいる事なかれ、徳行は人後に落る事なかれ、受享は分外に踰ゆる事なかれ、修為は分中に減ずることなかれ。

寵愛や利益は人より少なめに、徳行は人より先に行い、当然もらえる人からの享受も少なく、修行をなまけてはならないという。

日本人は宗教を持たない、

欧米では宗教を持たない人間は動物と同じだとさげすむ。

幸い日本では、孟子や孔子、菜根譚などが盛んに読まれ、子供までもが寺子屋で親しんでいたおかげで、人間としての教養や徳は十分積まれていた。

そのために、自律心のある国民として世界一治安の良い国が出来上がっていたのである。

この菜根譚を読んで見ても、徳行をそのまま実行するのは、凡人には、かなり難しそうである。

実行し難いが故に読んで感動し、目標にもなるのだろうが。

ここで言う、”寵利をうけず、受享を抑え、修為に励めば、徳を積む事になる。。。は

そのまま実行しても、世の役には立ちそうもない、気がする。

家族に優しく、人に優しく、環境に優しいだけで、徳行になるかというとそうでもない。

いみじくも橘師が、優しいとは”ニンベンに、憂いと書くと いった。

”憂いは悲しい事である。

その通りだ、本当の徳行とは何かを考えなければ、

この菜根譚の通りやったら、単なるお人好しかもしれない。

徳とは表面で厳しくても、真に、その人のため、社会のためになることであろうか。

今、ホットアルバムではNET販売の受発注、発送作業を障害者の作業施設ですすめて戴いているが、

障害者への優しさは寄付をする事ではなく、仕事を提供し、家から出て、働く喜びを味わっていただく事だとおもっている、

昨日の塾での感想でも述べたが、

日本では失業者が、ふえ、時節柄、補正予算によって、支給期間が延長され、実質的な失業率は8.8%にもなるという状態を救っている。

失業は大変だが、ただお金をもらって家に閉じ込め、時々ハローワークに来させて管理する現行の支給方式が本当に失業者のためになるかというと、よくわからない。

けして徳行や徳策ではないように思う。

フランスやイギリスでは、失業保険を出す事は、支給とセットで仕事をする義務がある、

NPOとか、公益事業とか、ボランテイアとか介護とか、自分で選んで働かなければならない。

これこそ徳策だと思うのだが。

家でぶらぶらして、いらいらし、家族と喧嘩になるよりは、興味のアル、勉強できる、働く場を与え、これを義務とすれば、企業も助かり、失業者も気が紛れ、それこそ徳策となるだろう。

先生が言うとおり、優しさだけでは憂いとなる、徳とはならない。

障害者の施設を使うことは、障害者も助かり、企業も安いコストでまかなえ

実は中国で生産したりするより遙かに、win-winの関係が造れ、互いに誇りを以ておつきあいできる関係なのである。

凡人には難しい事だから、菜根譚の意味があるのだが、実行出来る形に読み替えて、、見れば、意外と徳行も、おかげや利益を生むものなのである。

これからの社会保証にも、やはり創造解が必要な気がする。

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2009年8月 3日 (月)

役者の卵

土曜日、役者を目指し苦戦中という若者とお会いしお話した。

秋の公演の配役に合格するかどうか不安の中にいるという。

自分は積極的にいろいろな方と会話が出来ない、いわゆるひっこみ思案なのだそうだが、役者には何としても、なりたいと思ってがんばって居ると。

コニカ時代、1998年くらいからか、部門に入社してくる若者を見ていると、こういうタイプの方が多くなってきた。

みんなが盛りあがって会話を楽しんでいても、じっとだまって聞いている、自分から意見を積極的に言うわけではない。

がつがつ自己主張しないだけで、結構みんなの会話をたのしんでいる。

表面ではけしてガッツを見せない若者が多くなったが、彼らは、がつがつ自己主張しないだけで、つまらないわけではなく、内心では結構たのしいらしい。

会議にでても指名されない限り自分から発言するようなことはない。

私はこういう若者に、

会社は、誰でも時間いくらの相応の給料をもらって仕事をしている場である。

会議だと言ってもその原則は変わらない。会議は意見を高め合う場であるから意見を言い合わなければ、仕事にはならない。

会議でなくても、みんなで会話している時もおなじだと。

出席者が、何人いるかは、見ればわかる、

そしたら、参加者分の1の時間は必ず自分の意見を義務として言えと、

黙っていれば時間は過ぎて行くかもしれないが、それでは、何も役割を果たせず、周りの人も、君の良い影響を受けられずに終わってしまう、

何も言わなければ、責任も負わず、楽ではあるだろうが、

一瞬、一瞬ひらめいた意見は消えていってしまう。

心と口を直結し、おもった事は直ぐ口に出して言えと、そしたら、誰かの心に必ず刻まれる、それが貢献だ、それが、相互啓発だと、教えた。

それは遊びであっても同じことだ、お互いに高め合うには意見を言い合わないと何も生まれない、と言い続けた。

誰でも人の意見を聞いたら、

そのお礼に必ず、自分の意見を加えて、内容を高めて、お返しするのが礼儀だと。

必ず意見を言えと強制した。

彼らも、内面ではいろいろ考えているはずだから、無理矢理発言する癖をつけてあげたのだが、

今の若い人は、小学校時代、中学時代、

みんなから浮かないよう、出しゃばらない、いじめられないよう、目立たないよう、してきたように見える。

ただ性格かもしれない。

しかし性格がそうであっても、これは仕事だから、どんな会議でも、研究でも役割を演じろ、と言った。

役者はそれこそ180度異なる性格の人物をも演じなければならない。

昨日まじめなサラリーマンを演じたとおもったら、

今日は、やくざの親分を演じなければならない。

仕事であれば、武士でも、坊さんでも、先生でも、役人でも、やくざでもやらなくてはならないのだ。

実は、開発者であっても、いろいろな商品を開発するには、いろいろなお客様の心を演じられるようでなくては、良い商品を作る事はできない。

使う人の身になれなければ、心の痛みはわからない。

だから研究者であっても、あらゆる役を演じる自在性が必要なのだと言っていた。

この方とお話していて、

役者をやるなら、自分をいとも簡単に変えて、自在に演じられるように、自己の殻を破る練習が、必要な気がする。

台詞だけ上手くなっても、感情までは難しい、

私が参加する三略会では、随踵塾や誕生会でも、さっと指名されたら、必ず皆を楽しませるような意見を言い、詩を詠う。素場らしい即興力を示す。素場らしい訓練だが、年をとった私にはまだまだ固い殻があり、努力を要する。

でもこの訓練は素場らしいと認めている。

簡単なことではないが、心の壁を破ることは己の心にかつことであり、大切な事だと思っている。

あの当時の寡黙な若者に、常に、役者になれと叱咤したことを思いだした。

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2009年8月 1日 (土)

信じる心

いくら弓の達人でも、狙うこと無く当てるというのは不可能ではないか、という、ヘリゲルの問いに対し、

名人は、何も答えず、今夜ここに来いと、ヘリゲル氏を誰もいない暗い道場に呼び出す。

師匠は、何も語らずにお茶をふるまった後、

立ち上がり、的場に彼を連れて行き、細長い蚊取線香に火をつけて的の前の砂地にさし、

そして、元の射場にもどり、2本の矢を持ち、構え、小さな火玉しかみえないづっと先の暗闇に向けて射を放つ。

甲矢(はや)は的の中心、黒点を射抜き、続く、乙矢(おとや)は、甲矢の筈(はず)を砕いて、同じ場所に重ねて当たった。

ヘリゲル氏は的場にてこれを確かめ仰天、心までをも射抜かれてしまうのである。

この弓と禅というドイツ人が書いた本に、古くから日本人が尊んできた精神のありようが見事に表現されている。

おそらく日本人なら、巻藁3年と言われれば、納得してしまい、やるだけである、弓が狙わず中るという、ドイツ人に取っては理解しがたいことだから、闇夜での実射となって衝撃的な体験ができた。

電気もない、大正の時代の東北の夜のこの出来事を、思わずぞっとしながら想像してしまう、

心と体を無にして、日頃の鍛錬を信じ切って、精神を統一すれば、闇夜でも弓は当たるのだ。しかも一本目の矢の筈に二本目が中る、これが奇跡でも何でもないのだ。

心強く、自在な精神は、2本の矢を同じところに射込む、不思議な力をもっている。

けして狙って中るものではないのだ、東洋的な精神の強さを、真っ暗闇の中でヘリゲルは、再確認したのである。

闇夜での射は、日頃の訓練、自分の正しい姿勢を保つ精神力を信じ切ることにあり、

我が信心において、一心に神を信じ切る事に似ている。

どんなに闇夜(苦難)であろうと信じ切ることで、中り(おかげ)は生まれる。

少しでも疑えば、おそらく闇夜では体が振れ、はなれは乱れ、矢は矢には中らない。

むしろ日頃の日中の射は闇夜で射ているのに等しいともいえる

だから、弓では中らない時は、すべて己の心、正しい形がつくれない、己を信じ切れない心が原因である。

まさしく、信心である。正しきを己に求め、徳をつめば中るのである。

真 善 美 と、礼につきるとした弓道をよく表すのが以下である。

ーー礼記ー 射義ーーー

射は進退周還必ず礼に中り、内志正しく、外体直くして

然る後に弓矢をとること審固なり。

弓矢をとること審固にして、然る後に以て中ると言うべし。

これを以て徳行を見るべし。

射は仁の道なり。

発して中らざる時は、則ち己に勝つ者を怨みず。

反ってこれを己に求むるのみ。

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これは、まさしく信心であるが、茶道にも、剣道にも通じる、達人の道でもある。

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