我が師 川喜田二郎 逝く
KJ法の発明者 文化人類学者の 川喜田二郎博士が東京の病院で、お亡くなりになった、89歳だったとの事、
私の一生の師でもあり、あまり話したことはなかったが、命の恩人でもあった。
日本に東洋的な禅の思想を基にする発想法の先生が2人いた。
NM法の中山正和氏とKJ法の川喜田二郎の両博士だ、
私が、若い時このお二方の理論を徹底して学び、実戦でも使わしていただいた。
おかげで仕事でも、大いに助かったし、実は31歳で、心の病になり、会社に出られなくなった時、自殺まで考えていたのだが、ふとKJ法を思い出し、教祖の教えを読み解いて、世が開けたたという、私の隠れた過去の歴史があるのだ。
そのおかげで、今があると言っても過言ではない。
そういう意味で川喜田さんは命の恩人と思ってる。
南極で基地に船から石油を運ぶのに、氷でパイプを作った、今西錦司博士の弟子で、探検家でもあった彼が、一枚一枚の探検データーをまとめる方法として、発明したのがKJ法だった。
事実だけを書いた調査データーをカードに書き、カードが語るにまかせて発想するという、素晴らしい方法だが
。
物事を主観的にみるから、正しい発想ができないのだとして、客観的な事実を積み重ね、正しく深層をえぐりだし、
正しい答えを導く手法でもある。そういう発想法を確立したものだが、これに匹敵する方法を、未だ私は知らない・
彼の功績ははかり知れないと、感謝もしている。
ご冥福をお祈りする。
お恥ずかしいが、私の過去の心の病を治してくれたKJ法の話をある教会でお話した原稿がある、
これを、6回くらいに分けて,記載したいと思う
川喜田二郎博士への追悼の意味も含めて恥を忍んで公開しようと思う。
先生ありがとうございました。
お疲れ様でした。KJ法はまだまだ引き継いで広げてまいります。
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