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2009年6月30日 (火)

随踵塾 経営者の教養

随踵塾では歴史と中国故事など経営者の教養を学ぶ。

歴史や故事が経営にどう生かされるのだろう。

先月日露戦争と東郷平八郎を学んだ。

欧米戦略家から当時ナポレオン以上の将軍と絶賛された日本海でバルチック艦隊を破った日本海軍の司令官だが、彼はナポレオンならわかるが、李 舜臣には自分はとても及ばないだろうといったという。

この李 舜臣将軍を 日本人の何人が今知っているだろうか?

秀吉が朝鮮出兵をおこない、2ヶ月で破竹の進軍、平壌まで一気に攻め上るが、その後この李 舜臣 将軍の水軍に押し戻され、結局撤退せざるを得なくなり敗戦となるのだ。

東郷元帥をして、彼には勝てないと言わしめる。そんな韓国の将軍を誰も知らない。

日清、日露戦争はもちろん、お隣り、韓国や中国の歴史、を知っているようでしらない。

徳川幕府のころ、ヨーロッパ列強がどういう戦略で世界を分割植民地化していったか?

すごい戦略思考なのだ、スエズ運河→パナマ運河だけとってもヨーロッパやアメリカの戦略的な動きはものすごいものがあり勉強になる。

国をどう優位に持って行くか、志がある。

政治でも、ビジネスでも戦略眼ほど大事なものはないが、日本人は歴史上も戦略を持たない国民だから、特別歴史を学ぶ必要性を感じる。

外交でも、おなじだ、歴史を知らずしては、本当には、外交はできない。

明治維新では、下級武士でさえその歴史、故事の知識は、膨大で今の人の遠く及ばないものだそうだ。

「言必信 行必果」という言葉がある。1972年、田中角栄が周恩来から頂き喜んで帰ってきた言葉だそうだが、最近では安部首相も2006年に訪中時、温家宝首相からこの言葉を色紙で賜ってきたそうである。

「言葉は誠実なもの、真実でなければならないし、行動は断固としたものでなければならない」という意味で、論語の子路の言葉。


なぜこの二人が同じこの言葉をいただいてきたかはわからぬが、安岡正篤は、田中に対し、これは最大の侮辱である、一国の宰相に差し上げる言葉ではないとしている。

教養があれば、これを受け取らず固辞するはずだが、教養がなければ断れない、もらってしまえば馬鹿にされるほどのことばだそうだ。

この言葉は「こうこう然たる小人かな」に続いているもので、『論語』十三、子路の『子貢に問いて曰く』は、孔子に、士たる者はどういう人物でなければなりませんかと問うたところ、孔子は、言うことは必ず偽りがなく、行うことは潔いが、こちこちの小人(しょうじん)で、まあ士のうちに入れてもいい者」、要は 第三等の人物のことだといっているらしい。

伊藤博文など、明治の若者はみなこの程度の教養はもっており、朝鮮の歴史も、中国の歴史も人物、故事も、皆知っていたということである。

本当は歴史をよく知れば、大きな国家戦略もビジネスも、その戦略眼がまなべるはずなのだ

そうだ。そして日本を正しく理解をもさせてくれるはずだ。

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