昨日、ある横浜の教会の大祭に参拝させていただくために、自宅の近くの相原駅から電車に乗った、日曜にしては少し混んでおり,移動しながら、席を捜していると一つ空いている。
今日は,大祭後教話をするよう頼まれていたので、4,50分きちんと時間内に終わるよう、整理しておきたいなと思っていたから、やれやれと座ったとたん。
オヤ、コボシさんじゃないかと、隣のハンチングの男が声を掛けてきた。
一瞬此は残念、誰か,知った人では準備はできんな、と思って顔を見ると。。。
なんと藤さんではないか、奥さんもにこにこしている。
竹ちゃん元気・?
いつもの彼の口癖だ。
彼は私の女房とも気が合うのだ。
入社当時、若い下積み時代に、3年ほど遅れて研究室に入社してきた最愛の友。
おそらく私が出会った仲間の中でも、最高に信頼おける男、仁徳の友だ。
明るく、気っぷが良くて、およそ我情、我欲がない、一生の友、奥さんも昔の職場の仲間、。
徒弟制度のような研究室で一緒に苦労した6人ほどの仲間が づっと夫婦で集い定期的に逢ってきたのだが,皆定年で,少し疎遠になっていた。
藤さんは,私と同じ19年生まれ、年が同じだから余計気が合う。
上智大を中退して会社に入ってきたのだが、結婚し、少したって、会社を辞め、その後ある書店を経て澤ノ井という酒造会社の料亭のマスターに収まり、長くつとめあげ定年後は,奥さんと山歩きや,旅行などを楽しんでいる。
私が仕事をしていなければ,おそらく夫婦であちこち一緒に遊っでいるはず。
いつも逢いたいと思いながら会えないでいた。
本当に会いたいやつにこんな偶然に会えるか?1時間たっぷり会話を楽しんだ。
港南台にお見舞いだそうだ。最近定年になった戸塚のA氏夫婦と 定年後仙台に定住してしまったK氏を招いて、是非近々またやろうと約束し横浜駅で別れた。
昨日は孫が来てしまい、準備ができず。
今日は朝早くから、ソフトボールの審判の当番であったが、雨でグランド状態が悪く、此は準備できるかと思ったが、
家にかえって来たら6時半だというのに、孫達がおきていた、結局,芝生で一緒に遊んでしまった。
準備などより、神様はすばらしいプレゼントをしてくれた。
今日の教話はそれこそ、入社当時に、この藤さんやA氏やK氏、T氏など、仲間達と苦労しながら、中でもリーダー的な私が病気になってしまい、入院し、落ち込み
どん底から這い出そうと、一生懸命悩み苦しみ、最後は教祖様の言葉をKJ法で読み解くに至り、救いの言葉を得ることになる。
そのお言葉は”生かされている、おかげのお礼には人を助けよ”、”神を信じて人を助けよ”という事であった。
それがもっとも大事な生活態度だと知ったのだった。
それ以来、”会社では人を立てれば蔵が建つ”が私の口癖であった。
自分の願いより,人の幸せを,祈り、困った人を助ければ、自分の事は神様が良いようにしてくれる、それが人間として最高の幸せの道だというのが教えの根幹だった。、
なんと今まで神様には、自分の願いを聞いてもらい、おかげを戴くのが信心だと思っていた、ありがとうとか感謝の気持ちを持てばいいのかと思っていた。
確かに、それなら、そこらにある、御利益信心とかわらない、化学者としては信じなかったかもしれない。
両親の親の代から3代目としては、ありがたい本物の神様だった。
人を助ける事が、人間が基本的にやらなければならないこと、天地のあらゆるものが助け逢って運行している、その道理の通り生きよという、此はいい教えだった。
この瞬間から、私の基本は変わってしまい、病気もその瞬間から直ってしまった。
古い徒弟制度の研究室をみんなが生き生き、思い切り力を出せ、日々成長できる,夢のような職場にしようと、それが人を助ける道と決めたのだった。
まずじっくり自分の力を付け、研究室の実力をつけ、実現しようと準備を始めたのです
実現するまで約8年くらい掛かった事になるが、
そんな話を準備しようと座ったら、藤さんがいる?なぜ?
遺伝子の権威 村上和雄 筑波大の名誉 教授の話ではないが、本当に神様がいる。
自分の事より 人が助かる研究室作りをやると決め、一生掛かってもいい、と始めた事が、最終的には、みんなが生き生きと成長し、組織はどんどん大きくなり、最後は私もとんでもない出世をしてしまい、紫綬褒章までもらうことになる。
考えられないことだった。やろうと思ってできる事,ではなかった。
そんな,おかげ話が今日の教話なのだが、
,もう準備はいらない,完全にリアルに思い出せる,、藤さんのおかげだ。
そして、教会の近くで道に迷っていると、
今度はなんと、遠くから、こういう話をさせるきっかけを作った元スッチーの大塚嬢が歩いてくる。信徒会連合会の偉い役員さんだ。
なぜこうも神様は私の味方をしてくれるのか?
此を不思議と言ってはいけないのだが。
そして教話講師として玉串を奉じるとき、教祖様がそこに来ているような気がしてしまい感極まった。
なぜか涙が” 鬼にふさわしくないが、出てきてしまうのだ。
死ぬほどの苦労なら何でもできると高い目標を掲げ、みんなと苦労し、成長し、よくがんばってくれた、みんなを思い出すと、ありがとうと思うと、
結婚しとっくにやめたはずの女性達まで、沢山の人が定年の祝いに駆けつけてくれ、胴上げされたことなど、なぜか見えてしまうのだ。
苦労させたみんなに感謝しながら、そんなおかげ話を、させていただいた。