バーチャルリアリティ
バーチャルリアルティというのは人間だけにある仮想の世界である。
コンピューターが生まれる前は空想として頭の中に描く仮想空間がそれであった。
ゲームセンターのカーレースなどを経て、PS3などのゲームに発展したが、wiiのスキージャンプや、スラロームなど、主婦でも楽しめるようになり、ゴルフもボールをヒットした瞬間のボールの回転角度や回転数を計って、弾道や距離を予測し、リアルな画像としてプレーが楽しめるようになった。
たまごっちなどもある種のバーチャルリアルティ-である、実際に飼育しているのではないが、世話を怠れば死んでしまう。
コンピューターが無くても人間は常にバーチャルリアリティの世界に入れる、空想だ。
動物は仲間に危険を知らせる行動など多少似たイメージ行動を起こすこともあるが、基本的には反射行動しかできず、空想などまず無い、だから悩むことも自殺を考えることも無い。
人間は太古の昔から心の中にイメージを空想で作り続けて来た。
言葉脳が作る世界であるが、お化けは言葉脳が作るイメージ像で、人間だけにある妄想でもある。
仮想が現実になることを夢が叶うという。
夢というのは欲望の一種でもある。
人間は夢を食う動物と言われるくらい、だれでも欲望や願望を空想し、頭に描いて生きている。
私など子供の時はいろんなものを空想し、常に心の中に夢を広げて楽しんでいたような気がする。
いってみれば誇大妄想だが此は此で結構楽しかった。
人生には結構制約があり、現実は厳しいから、空想で自分の好きなものになったり、スキなものを手に入れたり、スキなことをするのも成長する段階では大事なことである。
大人になると、空想だけでは、何ともならないから、何とかリアルな世界でも欲望を満たそうとする。
その一つが神頼みなのだろう。
正月の元旦に多くの方が、初詣をし、今年1年幸せに暮らせるようお願いする。
ほとんどの場合、願いが叶う可能性は無いが、何とか幸せなことが起こるよう、神様にお願いする。
このように人間の願望をリアルに満たすのが宗教なのだが、実は自分の願い、願望を満たすだけなら御利益宗教といい、困った時の神頼みともいわれるもので、日本の神道や仏教はそのたぐいであろう。
キリスト教の世界の人からは、本当の宗教ではない、と言われてしまうものだ。
結構高尚な宗教でも、その信者さん方は、自分の願いやおかげを目的に信心をしている場合があり、極端な場合には、神様は単なる自分の欲望を満たす道具のようなことになる。
この種の宗教、信心が、日本の場合多いと言われる。
自分が願うこと、行おうとしていることが、多くの人々のためになるとか、
多くの人々を救うことだったりする場合、此も空想や想念ではあるが、
自分のための欲望を満たす場合とは全く違う働きが現れるといわれる。
一方は個人的な欲望の充足だが、
自分の行動が他人のため、人のための願望であったり、祈りである場合は、社会性が心の中に生まれてくる。個人の欲望実現とは、全く違う心の働きとなるのだそうだ。
個人的な欲望満足の場合は、正確に言えば客観的に自分を見ていることはできず、自分を見失っているのと同じなのだそうだが、
人を助けたり、他人のことが主体の欲望の場合は社会とのつながりとなり、
社会とのつながりに置ける自分の位置が明確に見えるのだそうだ。
だから、自分の幸せ主体の場合、信心をいくら熱心にしても、嫁舅のけんかは絶えなかったり、人間としての高まりは無いということが起こったりする。家族であっても仲良くできない、信心熱心なお年寄りが居たりするのはこのためである。
大人の正しい空想や、想念とは、また正しい宗教とは。。。
自分が他人の役に立つように働きたい。
自分の仕事を通して社会の役に立ちたい。
人々の役に立つように、何でも行えるようになりたいという風に人の幸せをまず願うことなのだ。
そういうことを続けていると、いつの間にか小さな自分を超えた大きな能力がついてくる。
人間の能力が高まり、思った方に物事が自然に動いていってしまう。
人のために祈り、願っていると自然にそれが実現する方向に環境が整ってしまったり、誰かが動いてくれたり、運が向いてしまう、そういうことがよく起こるようになる。
多くの力を合わせ調和させようと働いていると、その人が行くところ、行くところ、うまく行ってしまう。
それがなぜだかわからないが、なぜかそうなる。、
だから、宗教を信じていても、自分の良いことだけを願うのと、他人の幸せ、人の助かりを願うのでは、雲泥の差が出てしまう。
前者も宗教だが、やっっている本人は神様に自分の願いを聞いてもらってどこが悪いという感じだから、何が悪いか、どうして大きな幸せに繋がらないか、気がつかないのが普通なのだ。
勝手な若者もおおく、目を覆うようなときもあるが、最近はカンボジヤに学校寄付したり、障害者の支援をしたり、ボランテイアなどを行う若者がたくさん出てきており、人のお役に立つことを実践する風潮が生まれているのは.喜ばしいことだ。
日本全体をもっともっと幸せいっぱいの町にしたい。それには人の助かり、他人の立ち行きをまず願うことだ。
テポドンなどに惑わされず、日本の誇りとか、くだらない論調に惑わされず、人間の誇りを大事にしたい^。
私は生まれながらの3代目の金光教の信者の息子に生まれたが、この道の教祖様は江戸末期のお百姓だが、短い言葉で空想の世界、信心の要諦を語っている。
”天地のめぐみで人間は生かされている、そのおかげがわかったら、お礼には人を助けよ。。おまえのことは神が良いようにしてやる”。。。と言っている。
人を一人助ければ、一人の神、必ず幸せになる、と言っている。
お釈迦様も、初歩的な方には自分の欲を無くさせ、自分の幸せを悟らせる,声門道、縁覚道を教えるが、最高の悟り、は、人を助ける菩薩道として、上級者扱いで教えている。
私も小さい頃から親の教えもあり、人を助け、お客様が助かる商品開発、人の役に立つビジネスを心がけてきたが一人前にはほど遠い。
もっともっとがんばっている方がいっぱい居る。
まだまだこれからだ、精進しよう。
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