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2009年1月

2009年1月31日 (土)

トマトの巨木 ハイポニカから教育を考える

教育や環境で、人は大きく変わると言われる。

しかし、教育が今、知識に偏りすぎ、こころざし(志)、にかけるとなげいている。

人間の可能性を大きく阻害するのも、飛躍させるのも、志の有無だとおもうのだが。

人の、その無限の可能性を示唆する、不思議なトマトの巨木を、昔、子供とともに、筑波科学万博で見たのを思い出した。

そのころ娘3人が小さかったので、記念タイムカプセルを募集するなどいろいろな催しもあったから、勉強も兼ね、常磐道を飛ばして、よく連れていった。

この時タイムカプセルに入れた、手紙が最近、返送されてきたりしてなかなか楽しいおもいでがある。。

巨大トマトは、日本政府館だったか、野澤重雄博士の ハイポニカ 水気耕栽培、の結果で、今でもこの会社はあるようだ。http://nishikun.fc2web.com/y-niwa-17tomato2005-1.htm

野澤博士のこの取組は、植物の 潜在能力を  大きく引き出す栽培方法として一躍有名になった。

トマトや、きゅうり、メロンなど、普通の温室で、普通に種をまき、太陽の光と水と、空気および人間の智慧をいれただけ、ホルモンや遺伝子は一切いじっていない、自然栽培である。

植物の生育に障害となっている要因を徹底的に取り除いてあげれば、光と水と空気でのびのびと育つそうで、それこそありえない巨大なトマトが出来上がる。

一本のトマトで12000個も実をつけ、そしてこのトマトは、普通の畑のトマトより、すべてが大型で、糖度も高く、甘く、ビタミンや栄養素も高い、色あい、風味,もすぐれている。

そして、その木は元気そのもので、病気も寄せ付けず、自分で治癒力を持ち、無農薬でも害虫も寄せ付けない強さを持ち、自分で身を守リながら実をつけ続ける、力があるという。

植物の潜在能力、どうやって引き出したのか?生育の阻害要因を取り除いただけだという。

当時出展のトマトの木は

一株に12000から13000個もの実を付け、

一株のキユウリは3000本もの実をつけ、

マスクメロンも一株に90個もたわわな実をつけていた。

トマトは普通に種をまき、10ヶ月で根元は20cmにもなる、100坪ほどに広がった天井いっぱいの茎や葉っぱに見事な実をぎっしりとならせ、熟せばまた次から次と実がなるのだそうだ。根はそれこそ1m以上の厚みのある細かい網状でぎっしり張り巡らされ、それこそ伸びのびと育って、トマトはとてもとても気持ちよさそうであった。

われわれが、眼にしている、生物や植物は、今まで、みな遺伝子に組み込まれた大きさで、それぞれの性質、それぞれのおおきさなのかと思っていた。

まったく違うのだそうです。

あらゆる生物はDNAとともに環境という大事な要素があってその結果が今の姿なのだそうです。

植物の命の大元は土だと思っていたら、大間違い、野澤さんによれば、最も生育を阻害しているのが土なのだそうです。

土の中から、限られた栄養を必死に吸い取って、やっと生きているのだそうです。

固い土の中では根もやっと張っているのだそうです。

あらゆる生物は、やっとのことで、助け合いながら生きているいるのだそうです。

本来のDNAはまだまだ無限の力を持っており、眼に見えない阻害要因に目を向け、これを解放してやれば、生物は無限の可能性を発揮することを証明してくれました。

そして、人間の場合、その阻害要因は、心なのだそうです。

心の持ち方で、無限の可能性を引き出すことができるのだそうです。

吉田松陰の松下村塾で書いたように 志、が教育の原点、こころざし、の大きさでいくらでも人は大きく育つということトつながります。

前にも引用したが

私が好きな松陰の

”道の精なると、精ならざると、業の成ると成らざるとは、志の立つと、立たざるとに在る  のみ  夫(そ)れ志の在る所、難たくして為すべからざるものなし  [略あり]

知識だけ学んでも、人は育たないことを意味しています。

最近での具体的な例は東国原宮崎知事かもしれない 彼は身から出た錆びからだが、どうしようもない破廉恥タレントのラベルを張られたが、

大学で地方自治を学び、宮崎をドゲンカしたいと 志を持ち 家族とも別れて ふみだし 大きく花を開かせた。

彼は実践でも実績を上げ、間違いなく 生きた地方自治を志を持って学んで来たのだと思う。。

農業政策でも、環境政策でも住民の目線を外さず、立派なものである。

彼は人間の中のハイポニカ効果を語ってくれている。

心の持ち方で、人間が大きく替わる、

心を和賀心にして、自分のことより宮崎を救いたい、ドゲンカしたいという一心になれば、大きなおかげが戴ける、東国原知事がいい例である。

ハイポニカ栽培 日本の技術、創造性は凄いなと改めて思わされ、

当時を懐かしく思い出し、

教育で、人作りで、このハイポニカ栽培を何とかやってみたい、証明したいなと思い始めました。

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2009年1月30日 (金)

WHO 臓器移植は原則自国内、に制限

昨日、WHO(世界保健機構)が、

臓器移植は原則として自国内で提供移植されるべしと、発表して話題となっている。

自国内移植という制限になると、アメリカやドイツ、タイなど海外での移植を待っていた日本の患者は、またまた移植の可能性が遠のいてしまう。

今まで、日本の患者は、技術が高く、規制が緩い、海外での渡航移植に頼って来た。

その道が断たれるかもしれない。

臓器不全で移植を待つ人は、ますます増えている。

この人たちは、臓器提供が出るまで順番を待つしかない。、

今までも、なかなかチャンスが訪れず、イライラを募らセてきた。

今度の規制でまたまたチャンスが遠のくことになる。

日本人も、海外の機関で臓器の提供を待つより、自国内で、臓器提供を増やし、日本で移植できるようにしなければ本質的な解決にはならないだろう。

しかし脳死での臓器提供を嫌がる家族に、判断をゆだねていたのでは、

問題は一向に進まない。法整備もしなければならない。

日本では事実上子供の脳死、臓器提供は禁止されており、心臓は大きさが合わない限り、移植できない。

自国内でと規制されると、子供の臓器移植の道は断たれてしまう。

臓器提供の最大の問題は家族の抵抗なのだが、自分の身になれば、良くわかる。

遺族は、最後の決定を、自分が引き金を引くようなことはしたくないのは人情だろう。

脳死とは言え、最後の判断は、殺人的な行為と感じてしまうだろう。

だれもいやだし、最後の決定が、家族に、しかも、何重にも確認させられる日本の許可制度では、余計つらい立場に追い込まれる。

本人がいかに臓器を、あとの方に譲り、生かしてほしい、使ってほしいと願っても、

本人に確認しようがないから、家族に判断をもとめる。^^^^^^つらい立場の家族には無理かもしれない。

如何に本人が臓器提供を望んで、生前、登録しておいても、最後に家族がNOといえば、臓器を取り出すことはできない。

本人意思を絶対として、

病院が判断できるようにしてほしいと思う。

相当多くの臓器が供給されるはずだとも聞いた。そうすれば多くの方が救われる。

自分がそういう、臓器不全の病気で、困っていたとしたら、、移植で治るとしたら、やはり臓器提供を受けたいだろう、必死に待つだろう。患者の立場に立つべきだと思うが、間違っているだろうか。

このニュースを見ていて、妻と話し合い、相談もした。

もし、可能なら、私の臓器を生かしてほしいと、そう、判断し、提供してほしい、絶対に実施してほしいと、頼んだ。 家では3番目の娘も登録してあるらしい。

妻は笑っているが、本当にやってくれるだろか?やってほしいが、やらないだろうなきっと。

もし自分が最終判断する場合、私も、きっとNOを言ってしまうはずだから。

親として、子供がもし登録してあっても、やはり実行できないだろう。

子供の立場で親がもしもの時、登録してあったとしても、許可しないだろう。

みな自分が、肉親の最後を、傷つけたくないのは当然だ。

そういう気持ちを乗り越えて、やはり人は人のために、助け合い、脳死で臓器を生かし合うべきだと思う。

だから、本人が登録したら、病院として判断し、実行できるようにしない限り、臓器はけして出てこないだろう。

虫がいい話しだが。私の臓器は絶対に、生かしてほしい、脳死よりすこしはやくてもいいから、使えるものはすべて、取りだし、提供し生かしてほしい。

私の中古臓器は、心臓には毛が生えているし、モノは相当いいはずだ。

肝臓もガンマーGTPは健康そのもののだし、血液ももさらさららしい、ぜひ生かしてもらいたい。

これは私の個人的な考えだが、

命も、体も神様からの大切な授かりもの、死んでも”志魂、心”は、神様の懐で、自由二なるのだから、体はお返ししたい、人が助かるのが神様の望みだから、ぜひそうしたい。

家族であってもNOは出さないでほしい。デモ家族に判断を求めてもこれは無理なはなしなのだ。

そういう状況を打開する、法整備が必要なのではないだろうか。

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2009年1月29日 (木)

三略会 今年の一字

橘三郎主宰の三略会、

新年はじめての会は、今年の目標とする一字を各自選び、その選択理由を述べろという。

各自、自分の思い、願いを込め、漢字一字を決めて名簿の印とする。

大方は会社の目標とするところをこめて一字を選ぶが、ある豪傑は、自分の昔の初恋の女性の名前から一字を取り、ぜひ今年探して会いたいと挨拶する方もいた。

それにしても全員ほぼ異なる漢字、そしてみなおもいおもいの”志”をこめる。

もちろん私は今年も”星”だ、昨年、入会の折、先生が 黙ってつけてくれたのが、星だったが、  本当は私には”星”しかなかったから、さすがはと思っていた。

昔はどこに行っても、自己紹介では、[小西六の星と書いて、小星と申します] といっていた。

会社が小西六写真工業[さくらフィルム]で、会社の野球チームのエースとなり13奪三振の記録を持つことから、自信を持って”巨人の星”を気取っていた。

ある時,社名がコニカに変更されてしまい、この時からこのギャグは使えなくなってしまったのだが。

星は名字からとってイージーに付けたのではなく、この漢字は 特に好きな字なのである。

今は誰も信じないが、子供のころ、夜空の星というのは本当に輝くばかりにきれいだった。それこそスターダスト、というくらい、夜空一面ぎっしり詰まっていた。

大学の時、沖縄からきた屋良君というのがいた、石垣島からだったが、とにかく星がきれいだというのでいってみたことがある、その当時、大げさにいえば、それはそれは、星の光で本が読めくらい明るい星空だった。

^今ではどうなったか、その後沖縄に行ったことがないので知らないが、その時はそれこそ、嘘のようにきれいな夜空だった。

そして星はすべてのはじまりでもある。

前にも書いたが、宇宙はおよそ158億年前、眼にも見えないような小さな素粒子(クオーク)の小さな雲が、突然かどうか知らないが何かの力でビッグバンという大爆発が起こり一気に膨張、水素やヘリウムができ、高温高エネルギーの中で、あらゆるガス星や物質ができはじめ、

その後数億年かけて、爆発し続け3億年程度で宇宙の霧が晴れあがった時には、星ができ、何億光年という巨大な宇宙空間となり、その後づっと膨張を続けているらしい。

それこそ原子を構成する小さな小さな素粒子の雲から、巨大な星はでき上がったようだ。

ビッグバンは科学でも解明できない、不思議な現象で、どうしてそんなことが起こリ、あらゆる宇宙の法則が運行しはじめたか?誰にもいまだに分からない。

物質も生物も、起源は このビッグバンにある。

しかしこのビッグバンなぜ起きたのか、誰も解明できない。

科学を究めた科学者ほど、必ず神の力としか考えれれないという。

ホットアルバムも今年もまだまだ小さい素粒子かもしれない。

しかし目指す”志”はアルバムの星、デファクトアルバムなのです。

それこそ、いつか星の数ほど、普及させたいと思っているが、今は素粒子、星を目指して、ビッグバンを静かに待っているクオークなのです。

必ず、ビッグバンは起こる、そういう意味で、

今年の私の印の一字は、やはり”星”にしました。

そんな予兆がオフィスに生まれ、にぎやかになってきました。

少しづつだが、ビッグバンの音が聞こえます。

今まで、まさに、”門前雀羅を張る”というような静かなオフィスでした。

しかし最近は、春を感じさせてくれるようになってきました。

そんな空気が、嬉しい限りです。

今年も心に星の字の旗を掲げて、写真を守ろうと思います。

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2009年1月28日 (水)

男の友情 大きさ

昨夜、長く逢っていないコニカ時代の友人の夢を見た。何かあったのか?起きてから気になりいろいろ思い出した、連絡してみようと思う。

中学で同級生だったM、会社の入社式で再会した、40年以上前のことだ。

入社まで、それほど深い仲ではなかったがその年、5月の連休に山に行かないかと誘われた。

2人で登ったのは瑞牆山(標高 1480m)から金峰山(標高 2598m)へ、金峰山から水晶峠への下山する予定だったとおもうが、下山の途中道に迷ってしまった。 

あわてたが、出来るだけ早く、どこでもいいからふもとに着きたいと思い、川を下ろうと谷へおりてしまった。

実はこれが、大失敗、川には必ず急落差の滝が何段もあり、ロープなしでは下れない、登るより、はるかに難しいのだ。

峰に上り、何度も方向を見失いながら、下りをみつけた。2日間助け合いながら、無事昇仙峡の上の方の神社に出ることができた。町では大きな誘拐殺人事件があり、ラジオやTVで報道され大騒ぎだった気がする。

帰りが遅れ、家でも大騒ぎ、親父にはこっぴどく叱られたが、おふくろが優しく疲れをねぎらってくれたのを記憶している。

この遭難未遂事件後、2人は大の仲良し、親友となり、2度とこんなことがないよう会社の山岳部に入った。

岩登りや沢登り、雪上での滑落停止訓練、長期縦走など一通りの技術も覚え一人前?の山屋となったつもりの2人は、山岳部の山行より2人の山行をたのしんだ。北アルプスも南も、中央も、ほぼ歩きつくし、飯豊山や新潟の山なども楽しんだ、野球もスキーも、飲むのもいつも一緒だった。

ある年の秋、山岳部の山行とは別に、また2人で尾瀬から奥鬼怒に抜ける2泊3日の縦走を計画し出かけた。

尾瀬沼から奥鬼怒温泉に抜けるこのコースは1日では少しつらい長いコースだが、健脚だった2人は何の心配もなく出かけた。もちろん当時、山小屋などは一切使わずテント持参の山行であった。

無警戒だったが実は、その年は台風が激しく、尾瀬から先のあまり人が来ないこのコースは未整備で、倒木だらけ、大きなザックをしょったままで通り抜けるのは非常に難しく、もの凄く難渋した。

倒木は大きなザックをしょっては乗り越せないし、くぐれない、最悪の状態が延々と続き、いちいちザックをおろして乗り越える作業は、大変などというものではなく、へとへとクタクタで、焦れば焦るほど、どんどん時間が過ぎてゆく、とても今日中につかない気がしてきた。

昼飯を食うまでは、何でもなかった二人だが夕方4時ころから、二人の仲がだんだんおかしくなっていった。

疲れが頂点に達し極度に、イライラする、2人がそうなのだ、口をきかなくなってしまった。なぜか怒りやすく、何を言われてもイラッとくる。もう夜8時だというのに、まだ普通でも3時間はかかる、コースいやになってきた。

 なぜだか分からないが、とにかく彼の歩き方がイヤだ。ザックはおれの方が重いのではないかと憎くなる。

ランプの光で揺れる彼のザックははるかに軽そうに見え、ザックを背負いなおす態度がわざとらしく、みえる。

相手も同じだった、ちょっとこちらから口をきいても、返事も返さず黙って歩いて行く。

何時間も口をきかず、こんな事ならヤツと来なければよかった、と後悔しながら、黙って歯を食いしばりながら、ヘッドランプの光を頼りに彼のあとを下り続けた。

11時ころか、下に光が見えた、うれしかったが、まだ口はきかない、奥鬼怒温泉、カニの湯だったとおもう、たどり着いた。

河原の隅を踏みつけ、テントを張り、飯を炊き、味噌汁を作り、黙って食べた、食うだけでもうぐったり、夜中だった。

風呂は明日、朝、もらうことにして、一言か二言話して、すぐ寝てしまった、まだ頭に来ていた。

もうこいつとは絶対に山には来ない。スキーにもいかないと決心しながら、すぐ気を失うように寝てしまった。

誰かの声で、ふと目が覚めた、”小星起きろよ、小星、飯が出来たぞ、いい天気だ、飯食ってフロ入ろうよという、”   Mの声だッた。

河原中、温泉だぞ、すごいぞという声、。。。 しまったと思った。

こいつにやられた。とてもうれしかった、これが友情、親友なんだ、なぜおれがそうできなかったのだ、参ったーと思って寝袋から飛び出した。

ありがとうと言いながら、表に出ると彼はにこにこしながら、いつもの彼だった。

ああ、おれは小さい、と反省した。もし俺が先に起きても、きっとまだ怒っていたろう、飯を作ってやったかな?おれには大きな借りとなってしまった。

それからもづっと親友でいたが、スキーも、山も、いつもテントででかけ、山で一緒に暮らしたが、この借りを、返すチャンスは二度と来なかった。づット借りが続いている。

その後10年くらいして、彼はブラジル工場に行き、10年かえって来なかった、帰国後は小田原工場へ、以来二人の遊びは途絶えて久しい。

今でも忘れない、こんな小さなことが大きな男の価値なのだ、

おれには彼は一生の宝だった、このとき、彼に教えてもらったことが、私を大きくしてくれたと思う。

昨年の山岳部OBの赤倉スキー合宿にも彼は来なかった。

ことしの2月末のスキー合宿、来るだろうか、電話をしてみよう。

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2009年1月27日 (火)

直観力 を鍛えよう

昨日、人の批判は 結果が出る前にすべきだと書いた。

結果が出てからマスコミや世間に踊らされ、 不和雷同で思い出したように批判をするのは良くない。

みんながまだ何も見えないうちに、結果を予測する事を直観力と言うのだが、先見性ともいう。

もし批判するならみんながまだ結果が見えないうちに、彼のこういう態度や発言はこういう結果を招くはずだから、こうすべきであるというような批判をするべきだと思う。

直観力とは、原因より先に結果が見えてしまう力のことでもあるが,通常当たる当たらないは別にして神様が人間だけにくれた力であって誰にもあるものなのです。

たとえば一般には因果律と言って、原因がなければ結果は起こらないが、直観力とは結果が先に見てしまうことでもあります。原因がなくても見えてしまう予知の力でもあるのです。

最も簡単な予知の例として、ボールが飛んできてガラスが割れた場合、ガラスが割れてからボールが飛んできたことを知るのだが、これは後先が逆であって

実際にはボールが飛んできてからガラスは割れたのです。

これはきっとガラスが割れるだろうと先に予知し、網を張っておいたとしましょう、後で、やはりボールが飛んで来たら、(非常に簡単な例であるが)こういうのを、予知、直観、先見性というのです。

特に経営ではこの直観力、カンの力は重要で、経営判断を誤らないというのはそういう力によるもので、動物的なカンともいいます。

直観力の優れた方として、経営の神様と言われた、松下幸之助さん、お釈迦様や、アインシュタイン、ニュートンなどもみな、この直観力が飛びぬけてすぐれた人たちなのだとおもいます。^^^

直観とかカンは理性ではなく、右脳の力なのですが、理性の左脳で考えつくして、そうするわけではないから、どうしてうまくいったかはせつめいできないものなのです。

実験もしないのに,、必ずそうなると信じ、確信をもって対策を打つ、必ずそうなると強く信じこめるのが直観力に優れた人の特徴でもあります。

カンの善し悪しは、何をやるにも、えいきょうします。

トラブルが起こらないように事前に対策や仕組みを作れる人、例えトラブルが起こっても、とっさに取った行動が間違いなく、見事な後処理となり、すべてがうまくいってしまう人なのですが、りくつで説明できない、何かのひらめきで行動を起こしているのが特徴です。

実はこの直観というのは、右脳に記憶された膨大なイメージ記憶(見た、聞いた、自分で確かめた、確かな事実)によるものなのですが、

言葉で記憶する理性の左脳と違って、右脳は時間や筋道、理屈に関係なく、勝手に自在に突発的に思いついたり、発想できるものですから、

そう思ってしまった、夢でお告げをいただいたようなところもあり、これは[運]がよかったとしか言いようがない場合が多いのです。

直観ですから、、どうしてうまくいったか、わからない、事前に取った行動が、たまたま、いつも当たるのですが、あとで考えてもなぜそういうことをしたかはわからないはずです。

お釈迦さまはこれを”般若” (智慧)ともなずけました。左脳を正しくすればこの右脳の働きは自在になる、運は開けると教えました。

グチ、ネタミ、ヒガミ、カゲグチ、ウラミなど、考えてもも意味がないことを考えない、いくら考えても一銭の得にもならないことを左脳で考えない、これをお釈迦さまは幕妄想と言っていさめました。

わが教祖様は、左脳を和賀心にすれば直観力が高まりすべての運が向き、ツキがいただける(おかげ)と教えています。

要は心を素直に、私利、私欲 ,私心をなくすことです。利他的に考えることで、心眼が開けます、誰でも簡単にひらめきを高めることだできます。

まず他人のことを大事に、大事に、大切に考えるだけでいいのです。

いつも自分を大事、大事、大切に考えていた人は、そう思えば思うほど結果は逆になります。これが,私利、私欲ならなおさらです。

本当に自分が大事なら、他人を大事に、大事に、大切に、に、変えるのです。

そうすると自分のことは右脳にいる神様が大事にしてくれ始めます。運が向いてきますから不思議なのです。お釈迦様も教祖様も大したものです。

私欲をすて、心を澄ますと、すべてが見通せるようになり、運まで向きだしますから不思議です。

たとえば、各自の予定をしっかり互いが知っていることが、互いに仕事を効率的にし、遂行できる、互いに迷惑掛けない事を 理性でわかっていても、形だけのスケジュール表の掲示で終わってしまします。これは左脳です。この左脳の施策では事故は未然に防げません。

もし、女子社員が、月曜日の朝突然、上司から、正式な他者との会食に同席しろと言われ、今日はジーパンで来てしまった。困った、周りの同僚にできるだけフォーマルな洋服を借り歩いて大変いやな思いをしたことがあるとしよう、一度でもこの事実を上司が知っていたら

(こういう女性が困るような、悲しい事実情報は右脳にイメージ記憶として入って行きます)

規則ではなく、必ず行動として事前に、スケジュールを親切に伝え、連絡するはずです。

右脳は私欲でなく他人に対する思いやりができる脳なのです、そういう会社は必ず決算も良くなります。

あらゆる事前の仕事の段取りなどがうまい方もこの直観力、右脳が自在なかたです

起こりうる先の課題がさっと見えてしまうのです。

素直な左脳を、私心をなくして鍛え、人間にだけくださったこの直観力 右脳を 自在に働かせたいと願って努力しています。

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2009年1月26日 (月)

政治の成熟度

今朝のTV番組、ジェラルド カーチスさん オバマ大統領のスタッフの仕事を終え久しぶりに日本に帰ってきたという。

彼がいうには、

政治家は、事態を冷静に判断し 親切に細かく 説明し 国民を説得し、納得させることが重要で

オバマさんは、今回これができていた、未曾有の難局にも極めて冷静に、国民に語りかけ、久しぶりに米国民の大部分を安心させ、期待させたのが大きいのだという。

日本の政治家は、まったく国民に顔を向けておらず、政治はこの先もっと悪くなるだろうという、、

日本は国民全体が、将来への期待感をまったく感じていないの残念だという。

なぜ日本国民は、こんなにおとなしいのか、あきらめがはやいのか?不思議だという。

これは東洋の神秘、なのだそうだ、

これだけ政治の無責任がまかり通る国は世界になく、めずらしく、

世界が注目している、それは文化人類学としての調査の価値 という不名誉なものだ。

何か秘境日本 という眼で見ているのだというから情けない限りである

私は、

マスコミや評論家の無責任さも一つの大きな原因ではないかと思う、

たとえば小泉改革について、口をそろえて、批判する。

最近では、評論家、経済学者の榊原英資 さん、徹底的に小泉改革批判をくりかえしている、何の意味があるのだろうか。

彼は小泉さんが現役のときには、好意的な意見であった。

現役の時、彼の政策を批判せずに、政権が終わり、次の内閣のその次になって、その悪い結果を、小泉さんのせいにして批判して意味があるとは思えない。

私が、麻生総理を批判したのは9月末か10月初めだ。

まだ国民皆が麻生さんへ期待しているまっだだ中で、この人は期待できないとブログで批判した。その後その通りとなった。

また鴻池さんを批判したのは女性問題が出る2週間前だ。やはり直観は正しい。

直観的な予測は結果の前にするものだ、私欲があるか,私心があるか、逢えばすぐわかる。

榊原英資さん、小泉改革を知的詐欺と批判しているが、あまりにも無責任、なぜなら。

今だに、国民の小泉改革 支持は46% これだけの批判の中で国民からは大きな支持を受けている、おおむね直観的に正しいと国民がみているからだ。

国民は馬鹿ではない、国民は何を評価しているのか?誰も小泉さんが好きなのではない、劇場政治が好きなのではない、改革が日本に本当に必要な時だという、ことを知っているからだと思う

郵政民営化の内容が、どうであれ、程度がどうであれ、小泉さんの前にだれが、公務員改革や郵政民営化を言ったか、政治家の誰が取り組んだか?そこを問題ととらえ評価している。 

小泉さんの前に道路公団民営化を言いだした政治家がいたか?

天下り禁止を俎上に乗せた人がいたか? 

国民はそれを高く評価し、支持しているのであろう。

また彼は、国民の期待どおり自民党をブっ壊した。

天下り禁止を完全実施し、その上で、しっかり必要な消費税改革を実行してほしいと願っているからだ。

これらの改革を毅然と表に出し、議論を始めたのはみな小泉さんだということを国民は見ているのだろう。

内容がどうであれ、十分でないことは みなわかっている。

しかし最初に言いだし、実行に移すことがいかに難しいか、その後の政治をい見ていればわかる、それが評価されている。

国民の多くは、誰も小泉さんが好きなのではない?

多少小泉さんが潔癖な政治家であろうと、誰とも交わらず変人であろうと、そういうことではない、改革を進める人がたいせつなのだ。

彼に失敗があるとしたら、大切な隣国が嫌がるA級戦犯のいる靖国に行き、アメリカ一辺倒、アジア外交を停滞させ、最後に息子に地盤を譲ったことだろうか。それでも改革を進めてくれた国を思っていやな役をやってくれた。

国民が支持した改革政策を、マスコミが応援し、その後の政権に、さらに強く推進させるような、言動がなぜできないのか、私心なく、日本のことを心から心配し、応援出来ないのか、分からない。、

榊原英資さんのような人が、時流にのり、安易に改革を批判し、政治を後退させていいのだろうか。

どんな理由があるにせよ、郵便や貯金が公務員である必要は感じない、クロネコさんや、銀行屋さんで、十分だとおもうが。

馬鹿な大学教授や評論家やキャスターが政治を停滞させる。

日本が世界から馬鹿にされているとしたらマスコミの程度の低さではないだろうか?

改革がとまるのは、それを不完全でも応援し、少しでも、前に進めることをマスコミや、評論家がしないからだとおもう。

ミスター円と言われた、榊原さんでさえ、このまま財政再建できなければ、日本は5年から10年の間に沈没するという。

800兆円の借金は、個人の貯蓄の資産、1400兆円で支えられているのだト言いながら、なぜ改革を止めるような、ばかな小泉批判をするのか?

小泉さんがいいのではない、誰でもいい、改革を進める人がよいのだ、改革をよしとしなければ、行ったり来たりで、いつの間にか国はつぶれてしまうのだ。

米国と違って、日本の破産は、いとも簡単、意外と早く起こる。

円は世界の基軸通貨 ドルとは違うから危険である。

2兆円の馬鹿なばらまきは、2兆円の問題ではなく、意識のもんだいトして極めて危険。

会社なら必死で赤字を抑え、倒産を防ぐ。小泉さんは何としても絶対に国債30兆円以下を守った、必死で守ったひとである。信念なくして政治はできない、多少ま違ってもいい国民のためにやって間違うのは大いに許すべきである。

国民はここでもこのばらまきはいらないと、賢明である。

麻生総理は、ばらまいておいて、消費税を上げる?

いかに国民のお金を大切にしなか彼の姿勢がよくわかる。

山形県で民主党、が支援する女性知事が誕生、圧勝した。

国民はしっかり見ている、国民の目はごまかせない。

このままだと国家破産が5年から10年後に来るが、その前に必ず改革がされるでしょう。そう思います。 。

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2009年1月25日 (日)

組織の本質 社長の役割、社員の役割

昨夜、近所に住む地元の後輩のある友人と飲んだ。

彼は、56歳、都内の薬品関係の中小企業の営業部長、32年勤めた会社を辞めたいという。

2年前、3代目の若い社長に代替わりしてからそりが合わない、我慢も限界とこぼす。

入社当時、頑固な初代社長は雲の上の人だった、2代目は30歳ちょっとで若く当時営業部長、一から手取り足取り教えてくれ、一緒に苦労もし、引き上げてくれ、何でも相談出来た。

最後は、番頭として経営全体につき、何でも相談しながら、一緒にすすめ、一緒に苦労しながら、会社を大きくしてきた。

2年前、この社長が突然亡くなり、子供のころからかわいがった息子の俊君が3代目社長になった。

新社長は30歳弱、経験もないくせに、我々幹部に相談もせず、何でも勝手にきめてしまう、。どうも俺を福島の分工場に回すらしい、やってられない。

あんな経営能力で、この不況を乗り切れるはずがない、jこの先いても仕方がないので、やめたいと思っている。

何か新しい仕事あったら紹介してほしい、ということらしい。

私は、お前の会社の社長なんか顔も見たこともないから、わからんが、悪口はネガテイブなので、聴いているだけで、遺伝子をOFFにしてしまうらしい、体にもわるし、陰で悪口を聞くのは神様が嫌がる、そんな話なら別の奴と飲めと言って叱った

しかし、別の話をしようとして、ハタと気がついた。

はて昨日同じような話をメールで聞いたな、根っこはおなじ話だなこの2つは。。。

徳のある初代教会長とその教え子、みな年をとってゆき、先生も亡くなる、年配の信者から見ると昔かわいがった坊ちゃんが若先生、先代の高弟カラ見ると、赤ちゃんからみてきているから、つい修行もしてないし徳もないとかおもってしまう。、

信者も先代の教え子ばかりで、いつまでたっても若先生のイメージ、高弟たちに釈迦に説法はいいずらく、なかなか自分の言葉で御教えを言いにくい、

信者も、どうしても先代の徳とくらべてしまい、つい批判となる。

若先生の代の信者がどんどん入るわけではなく、かわいそう、どうしたらいいのというありがたい心配をされたメールだった。

こういうことには私は絶対にかかわらないと決めているから、もうしわけないが無視させていただいたが。

そういうことが世襲制、代替わりの本質なのだ、このMigrationというのはなかなか難しい。

ホットアルバムはCDからDVDへ、DVDからBlu-Rayへ、自動で簡単に書き換えられ、無意識にきちんと代替わりできるように設計したのだが、

人間の世界はそうはいかない、大企業のように常に実力NO1の者がTOPになればいいが、世襲制では、一時期、完成されていない幼君を主と仰がなければならないことがある。

私は仕事の事なら、一家言あるぞ、とまた、思いなおし、話を戻して、いつもの説教を彼に始めてしまった。

私はサラリーマン時代部下には、常に言い続けた。上司に仕えるな、”会社[ブランド]とお客様と、仕事”に仕えろ、と。

直接の上司などに仕えたらは、ろくなことはない、ちょっと同僚との評価に差が出ても、たった数百円の差でも命でも取られたように頭にくる、ちょっとぶつかっても、睨まれたと勘違いし、下手をすれば、自殺するほど悩みこむ、馬鹿な結果となる。

人間なんて完璧な人はいない、自分自身もそうなんだから、人間につかえるな、仕事に仕えろ、どんな上司でも、それは役割だから、会社や仕事につかえれば、割り切って、その人に仕えて助けていけるだろう。

お前は前の社長の腰ぎんちゃくだったのか?違うだろう、会社をよくしたい、いい仕事したくて一生懸命やったんだろう、そうだろう。

今のお前は、単におれの方が偉いという、,慢心や、私心の塊や、私心をすてろ。

お前ナ、社長はあくまでも役割だぞ、野球でいえば、監督だ、お前はチームのトッププレイヤ、チームに仕えろ、監督を助けろ。

もともと俊君なんかという気持ちが、お前の顔にでるから、新社長の方でもお前がいやなんだ。

お前が新社長を盛りたて、120人からの従業員の前で尊敬して見せて、立てまくり、彼に正しい判断材料を与えて、彼の力をみんなにみせる役割を演じきれなきゃ駄目だろう

古い幹部が、新社長にどう協力するかが、社長を育てるんだ。それができないようなやつをほかの会社に紹介できるか、ほかの会社も迷惑や。

 (これは教会の代替わりでも同じだと思う、神様に仕えるのです、先生を通じて)

一昨日な、ある塾で、こういう話を勉強した、その時はこの部分ピンとこなかったが、お前のためになる話だから聞かせるわ。

中国の古い話だが、

信陵君という王様の弟がいた。この人はどんなみすぼらしい人でも賢人と聞けば、誰でも、乞食でも礼を尽くして教えを請うた人や。

その信陵君があるとき、賢人と聞いて城門の門番候嬴(こうえい)老人を酒宴に招こうと丁寧にわざわざ自ら馬車で出迎えに行った時の話、

さあさあ

馬車にお乗りください。 イヤ、わしは、しがない門番ですからこのままのみすぼらしいなりで行きますがよいかね。

はい結構でございます、どうぞそのままおいでください。^^^

2人を乗せた馬車が町に入ったとき、ちょっと止めてくだされと候嬴爺さん馬車をとめさせ、肉屋の朱亥(しゅがい)が私の友人でな、ちょっと話があるのじゃ

信陵君も馬車を降りてい候嬴老人を待った。

候嬴は朱亥と取り止めのない話を延々とする。信陵君をちらちら見ながら話をやめない

信陵君は酒宴に遅れるというのに、ニコニコ、ニコニコ、いつまでも笑顔で候嬴を待っていた。

見ていた民衆は、信陵君は皇帝の弟だぞ、あのみすぼらしい爺さん失礼なやつだ、いつまで信陵君を待たせるのだ。門番の分際で身の程を知るがよい。とぶつぶつ

それにしても信陵君とはよくできたお方と聞くが、本当だな、これはできないことじゃ、しかもにこにこと、よほどできた方でなければあのまねはできない。

さんざ経ってから、お待たせしました、それでは参りましょうかと候嬴老人。

酒宴の席で候嬴老人は大切なお客として信陵君から紹介されたが、その後、王族の一人が、

候嬴老人、ひとつ聞きたいのじゃが、供のものから聴いたのじゃが、ここに来る途中町でそなたの友人の家に回り道させ、長々と雑談をし信陵君様を待たせたとか。。。

はいその通りでございます。

雑談など別の日にできたのでは、ござらぬか?

あれは、それがしのような者を大切にしてくれる信陵君様へのお礼です

お礼とな、意味が分からぬが?失礼極まりない仕業とおもうが?

”私は信陵君様を待たせたままくだらぬ世間話をして時間をつぶし、、町の衆は、なんと失礼な奴と私をさげすみました。

そして笑顔で私をじっと待つ信陵君様に感心し、賞賛したはずです。この話は人の口から口へ伝わり、国中はおろか諸国に伝わります。

私が悪者を演じることで、信陵君の人望は前にもまして伝わりましょう

だからお礼なのです。

その後も、信陵君はこの候嬴老人と朱がいをたいせつにしますが、信陵君はこの2人から最悪の死地にて救われます。

お前はこの候嬴老人を見習え、若社長の引き立て役に徹しろ、必ず後ですくわれるから、お前だって、入社当時,先代社長に育てられたのだろう、恩返ししろ。

人間軽う見たらおかげはないという、わが教祖様の教えまで持ち出し、説教は続いた。

彼は私のそういう所を期待して呼び出したようだった。こいつわかっているなら最初から若社長に尽くせよと思いながら、

若いからと馬鹿にしてはお前の値打ちが下がるんだ。

昔教祖は、お百姓だった、肥を担いで畑にまいては作物を作りながら、頼まれれば人を祈って助けてあげていた。

もの凄いおかげが戴ける、病気も、あらゆる難儀も、助かり、治ると評判になるが、これは九州や、大阪の人だった、毎日何百人もの信者が詰めかけるのだが、

近所の人は一向に参る人はいない。

近所の衆は、わしが肥担ぎだった百姓文治と馬鹿にして、信じることが出来ないからおかげはもらえぬ、、遠くのものは、そんな事は知らないからありがたい、ありがたいと、言って一心にお願いし、参ってくるから大きなおかげをいただける。

人を軽う見てはいけない、おかげはない。。。、お前が若いからと馬鹿にしても社長は社長だ、お前がおちてゆくだけだ、自業自得だ、どこにも紹介せん。

私の説教が続いたが、彼はとっくに理解してくれたようだ、気持ち良さそうに飲みだし、明るくなってくれたが、私はもう止まらない、これでもかと念には念を入れて話してしまう。(反省)

今日も長くなってしまった、小星さんは話が始まったら一言では終わらない。。。いつもみんなに言われた、これが欠点や。。

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2009年1月24日 (土)

教育では人は育たぬ、志で育つ(吉田松陰)

今月の随踵塾でのこと、信陵君の信義とならんだもう一つのテーマは 教育、

肥後熊本 8代藩主 細川重賢 財政難のときほど人材教育が重要と、重臣たちの反対を押し切って藩校を作った、

論語の ”時に学んでこれを習う、また悦ばしからずや”。。。から名を時習館と命名 

初代の校長、秋山玉山に藩侯 重賢は、人づくりは 木づくりだ、 木配り 木づくりでお願いしたいと言ったという。

一人一人、この者は松、この者はヒノキと個性に合わせ 木配りし、その上で、その木なりに、個性を育ててほしいとたのんだ。各自自ら個性で育つよう指導せよということ。

時習館はその後、現在の熊本済々高校へと校風をうけついでいるとか。。。

随踵塾の塾生はみな中小企業の社長さんたち、

この不況で各社厳しい状況だが、この話に、みなこういうときこそ、やはり教育が重要と抱負を述べるのだが。。。

みな教育は悩みらしい、社員が育たない原因は 自分が育っていないからだと語り、どう育てていいか、一緒に成長するしかない、など、悩みが多いのが人材育成。

実は教育では人はそだたない、本物の教育の見本は、松下村塾にある。

幕末の極く、数年の短期間で、しかも獄中からの教育で、多くの若者が育った。

国難を救う、多くの志士を輩出したのが松下村塾、明治維新はこの松下村塾門下生が支えたといっても過言ではない。高杉晋作以外はみな下層階級の武士だ、松陰は志を説いて、自ら育つ気概を植えつけた。

先日、近所の仲間と飲んだ時、小星さんが尊敬する人は松陰だからと、女房が松陰神社でこのお酒を買ってきて小星さんにあげてといわれた、どうぞといただいた、嬉しかった、私が松陰を好きなのを覚えていてくれた、私は松陰の気骨を愛し、残した一語一語を身につけようと常に勉強して崇拝している。

弟子たちの指導に当たり、松陰はすべてのものに優先して、志が重要と説き、志で人を育てた、攘夷をわきたて、国を守る志を皆に持たせるため、身をもって示すため、死を賭して黒船に乗船密航を企て、死罪となった。

何のために学び、何のために生きるか、志を、夢を、如何に社員に伝えられるかどうかが教育の原点、

人を育てるなら、まず社長の志が問われる。 

志が教育の原点、これを知っている、社長が何人いるだろうか?わかっている方はほとんどいないように感じた。

どうしても、教育しようとすればするほど、知識を教えてしまうが、それは身につかないし、大きく育たない。

松陰の教えの志に関するもの2つ、

●道の精なると、精ならざると、業の成ると成らざるとは、志の立つと、立たざるとに在る  のみ  夫(そ)れ志の在る所、難たくして為すべからざるものなし [一部略]

●夫(そ)れ重きを以て任と為す者、才を以て恃みと為すに足らず、知を以て恃みと為すに足らず、必ずや志を以て気を率ゐ、黽勉[ビンベン]事に従ひて而る後可なり。

人としての生き方、勉強がうまくいくか、仕事がうまくいくかは、目指すものが定まっているか、志があるか、ないかで決まる。

重要な仕事を担うものは、才能や知識を頼りにするようでは駄目、何のために、誰のためにこれを為すか?志がなければならない。

人は育てようとしては育たない、知識や技術をいくら教えても、育たない、志を伝えることだ。

夢を語り、大義を示し、大きな目標をあたえ、成果を追及し、やり方は任せる、

教育は、如何に、自ら育つようにしむけるか、にある。 

何を学ぶか?何を身につけるかは本人の問題、志があれば自ら必要なものを吸収し、盗んで、学び、身につける。

育つとはそういうことなのだ。志は自ら育とうという心を奮い立たせるもの。

コニカ時代の私の開発組織は、松下村塾を地で行ったもの、どんな人が入ってきてもみなすぐ 精鋭に育っていった、そういうしくみをつくった。

そして集団は、同業の世界のどの企業にも負けたことがなかったし、圧倒的な技術力の差を維持し、常に精鋭集団であった。

[それが何の意味があったかはいまだに分からないが、みなやりがいを持ち、誇りをもって生きてきた気はする])

その基本は、リーダーの教育にあった。

●大将は心定まらずして叶わず、諸将何ほど智勇ありとも、百万の剛兵ありといえども、能はず(松陰)

部屋に掲げられたリーダーに求められるリーダー像は、部下が求める部下が(KJ法で)作ったものだから、いかに厳しいか、部下が求めるリーダー像を大書し掲げた。

・リーダーは強い信念と夢を語り

  ・道を示し、部下を信じきる

  ・自主的成長、革新を求め続け

  ・あらゆる手段を駆使して

  ・成功に導く  

            ことの出来る人。。。。。であった。

仕事は絶対に細かく指示しない、やり方はすべて自主性に任せた。

絶対に不可能な高い目標を、掲げさせ、それを達成するための方法、プロセスを変える工夫を強く求めつずけた。

目標の達成を徹底的に追及し、やり方は、まかせた。絶対に手はかさない、教えない。

車の運転でも、隣に乗せていては、道は覚えない、運転手を抜くことはできない。、

自分で運転して初めて道を覚えるし、上司を超える部下になる。

管理者は管理しないこと。

これが私が求めた松下村塾型 研究開発組織の運営であった。

部下はどんどん勝手に育った、それこそいろんな木に大きく育った。

個性は自主性があってこそ初めて花開くものなのだ。そして創造性も、自由で、自主的な組織から生まれる

但し目標達成の工夫は強烈に求め続けなければならない。

これがまた喜びになるらしい

一般には管理だけして、結果は問わない、ダメでもしょうがなかったね、で終わる。

それでは誰も燃えない

だって管理して、やり方まで干渉したら、結果は管理したものの責任となるから。

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2009年1月22日 (木)

ありがとう100回

今月9日

20年社長をしていた会社を倒産させてしまったという、最悪の難儀に見舞われた古い友人をある教会に案内した。

この男を本当に救いたいから、私にできることは限られているから、神様にお願いすることにした。。

変な宗教のおかげで、日本人にはアレルギーがあるが、親父が良く言っていた、こんなに運が向く神様はないのだと。。。だから彼を託そうとおもった。

彼に後で怒られるかもしれない、不安もあったが、どこに行くとも言わず、とにかく久し振りに会おう、おれに付き合え、と彼の家に近いと思われる教会のある近くの駅で、まちあわせ、私も初めての教会を選んでお連れした。

教会の先生が熱心にこの道の説明をしてくれた。

教会にあった日めくりのおしえは 偶然 ”難はみかげ” さらに先生に差し出され彼が引いた 新年のくじ引き、み教えは ”信心は転ばぬ先の用心の杖ぞ”[たしか]、であった。

なんとあまりにもズバリの御教えに 2人で笑ってしまった。

あんたが来るのを神様待っていたんと違うか?早く来ればよかったのに、倒れずにすんだかもと、大笑い、彼も笑ったのは久しぶりと救われたようだった。

もう一回倒れないためだなこれは。。。と、納得したようだった。

もともと神主、宮司の家系、彼の会社はたまたま日本橋の教会のすぐ隣のビル、良く知っていたらしい本当に、もっと早く入ればよかったと。

そして私のところに2月から入社することした。そのこともお届けした。

このお調子者、信心などは無理だろうとは思っていたが、あにハカランや

それから約十日たった、昨日、彼から、

あれから、先生に言われた、毎日何にでもありがとうを100回心がけている、なかなか難しい、でも心がすごく安心でき、明るく過ごせるようになった。まだまだマネごとだが、すごく良かった、家族を怒鳴ってしまってもすぐ反省出来るようになった。

怒鳴らないようになりたいが、なかなか難しい、わかってはいるのだがつい。。。と

やはり倒れるべくして倒れたんだな、おれは、残りの人生をちゃんと生きらえそう、心が洗われると うれしそう。

これを続けられるようぜひ時々教会に行きたいが、実はあの教会は家から遠いんだ、通勤途中のあなたのゆく親教会というのにつれていけという。

へえ、びっくり、

なかなかいい教えだ、あれからすごくいいことがある、おれには神さまがついてくれた。。というから

お前な、お前みたいなやつを、神様がすぐ許すかよ、そんなにすぐおかげは無いの。。

あほ抜かせ、そんなにすぐ助けけないから、まだまだ当分修業しろ、

もう1,2ケ月 クロネコのバイトとさせとけばよかったな。。。あまり早く救われるとためにならんからな。。

と言いながら昨日、私の親教会に連れていった。

彼はもうすっかり、神様を味方につけたつもりでいる、まったくノー天気なやつだ、本当は私もうれしいのだが。

親教会では、奥様に対する態度を叱られていた。あなたが先になおさなければ駄目でしょうと、そうだ、そうだ、先生、もっときつく叱ってほしいとお願いしておいた、。。。

おい、あれを見ろ、と教会の壁を指差し、ことしの願い。。。(ひそひそと)

”世話になるすべてにお願いとお礼を” だぞ、これも、やっぱりおれのためにあるような言葉だな、神様やっぱりおれの味方だ。

今のおれ^には、まずお世話になった方に、お願をしないと生きていけない、お礼はあとだ。

これはおれのためにあるようなものや、ぴったりや、神様ようわかってる。

そんな浮かれてないで、まず先生に言われたとおり、奥さんに謝り、小さなことで偉そうに怒鳴らないよう気いつけ、奥様をまず大切にせな助からんぞ、もう一回、難を与えてもらった方がよさそうだな、あんたは。

教会を出てそんなことを言い合いながら、小田原に向け、一緒に出張した。

とにかく明るくなった、育てがいのある仲間ができた。

同志として一緒にいて楽しい、

良かったよかった。

神様ありがとう、今度もやっぱり私が一番救われた。

彼を私に差し向けるために彼の会社を倒産させてくれたのだ。

申し訳ない、すまない、がそうとしか思えない、これはありがとう100回だ。

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2009年1月21日 (水)

Yes、 We can 素晴らしい就任式だった。

今朝、オバマ新大統領が誕生したおめでとう。

アメリカは未曾有の難局を変えよう’[CHANGE]と、期待した若者を中心に支持をあつめ、史上初の黒人大統領を選んだ。

保守的な日本では考えられない変革だ。思い切った政策を全アメリカ、全世界が期待している。

彼は演説で強調した。

時間はかかるが必ず克服しようと、政府はいまや大きいか、小さいかの問題ではなく、機能するか、しないか?だと

アメリカを作りなおそうと呼びかけた、素晴らしい演説に涙がこぼれた。他国の国民をこれだけ感動させる演説。

原稿があるとは言え、一切取り出すことなく、自分の心のことばとして、話してくれた。

人々を救う消防士や、ワークシェアをする奉仕の労働者にまで言及し、細かく考えを訴えた。

たった60年前、皆さんと同じレストランに入れなかった父親を持つ私がここに立つ自由な国、皆でアメリカを作りなおそう、そして、次の子にも、その次の子にも、伝えよう、戦いつずけ、この大切な自由を伝え続けようと、難局に対する市民の自覚も強くもとめた。

原稿あっても、漢字もよめず、読み間違え、国民をがっかりさせる指導者しか選べないわれわれが恥ずかしく思えた。指導者の誇りを感じさせる、さすが大国だ。

期待にふさわしい就任式だ、国民も政治に期待している、ことが良くわかる、大変だがやるだろう。

つい数年前に見た気がする°奴隷映画(ルーツ)の キンタクンテが思い出し涙がこぼれる本当にキング牧師はあの世で泣いているだろう。よかった。

少し前は黒人にとって悲惨な奴隷の国だった。ケニヤの田舎で、楽しく遊んでいた少年が、突然ロープを首に投げられ、西部劇の馬のように、つかまえられ、拉致され、奴隷船で、アメリカ南部に連れてこられて、綿花畑で強制労働させられた。

私が物心ついた頃でも、まだKKK団とか、キング牧師とか黒人差別問題の話題は生生しかった。奴隷制度の名残はまだまだいっぱいあるだろう。

今回オバマさんが大統領に選ばれたことは、言葉で言い表せない、アメリカのダイナミズムなのだろう。

素晴らしいことだが、演説のうまさを除けば、実績はまったくない。

オバマさんはいくつかのありえないラッキーが重なり、選ばれている。ものすごい強運をもつ。

9月からの金融恐慌、決定的なオバマ政権への追い風が生まれた。もしこの金融恐慌がなかったら絶対にクリントン女史には勝てなかっはず。

そしてラッキーは、奥様が黒人だったこと、白人の奥さんであったら、黒人の支持をこれほど集められない。

オバマの父は、ケニアの田舎の野心家青年だったがアメリカ、ハノイ大学に留学、ここの学生だった白人の母と結婚、これも強運。

アメリカの若者には、黒人と白人、もしくはアジアとの混血が今最大の人気なのだ、セックスアピールがあると、タイガーウッズ以来の現象だが。

かれは、コロンビア大学を出て左の市民活動に身を投じ、この間ハーバード大学を卒業、弁護士資格をとり、イリノイ州議会議員を8年やった、

その後、ワシントン上院議員に4年前に当選、その2年は大統領選に費やしたから実績はほとんどない。4年前の民主党大会で、黒人票を固めるための演説で一躍有名になり、彗星のように表舞台に登場した。


オバマはとくに白人の若い世代を魅了した。Change We Canだ、アメリカでは若者のあいだで、黒人に対する差別意識は急速に薄れ、特に混血はいまやあこがれでもある。

もし、オバマが黒人でなく、白人の一年生上院議員であったなら、〃オバマ旋風〃はおこらないし、ヒラリー・クリントンにも勝つことはなかった。

オバマはアメリカの奴隷時代から血を受け継ぐ黒人でなかったこともよかった。白人たちが罪悪意識に責むことになるから、憧れの対象になりえない。

新大統領は国政については、ずぶの素人だから、不安はあるが

冷静な計算ができる人である、

周囲の意見をよく聞いて、行動する野心家でもある。マケイン議員はしばしば、癇癪を爆発させ見苦しかった。

移民の息子、マリファナを吸っていた青年が、立ち直り、突然大統領になる、まさしく自由の国だ。

星条旗が誇らしくワシントンの空にはためく、就任式をみて、アメリカは4年に一回生まれ変われる国なのだと思った。

そして、この国は神様が中心なのだ、

改めて認識した。大統領、副大統領は神へ宣誓し、国民へ憲法を守り力の限りつくすこと、そのために神よ力を与えたまえと誓う。

そして大統領が使う聖書は初代ワシントンが使った小さな聖書だという。

彼らが、信仰をもたない国民をばかにするわけがここでもよく理解できた。

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2009年1月20日 (火)

普及の仕組み(ペネトレーション)

昔の近所の仲間と飲んだ時、小星さんの会社のホットアルバム、ホームページで読んだよ

私もパソコンがクラッシュして写真をなくして困ったことがある。データーの回復を業者に見積もりとったら14万円とかいわれ、写真をあきらめ、パソコン買い替えたんだよ、あれならいいと思った、みんなにも話すよ、と言ってくれた。

これだ、写真を助けたい、助かったら人に話してほしい、ドット広がれば、世界の写真が守れる、わが社もうるおう、 口コミ,これが大事な普及の仕組みなんだよな。

ブログに敦煌というハンドルネームの方から

”人間なかなか他人様のことを真剣に考えられるものではありません。家族のことでさえ、自分の次に、とか、余裕があれば、とか、私などそういう感じですのに。
今年は小星さんを見習って、少し他人様のために力を尽くそうと思います。できるかどうかわかりませんが、その努力はしてみます。人生の晩秋も晩秋、あとどれくらい?という時期に来て、「これでいいか、こんなものか」と思っていましたが、「これではいけない、まだまだだ」と思って、心を入れ替えます。差し当って、今日はこれから御本部へ年頭参拝なんです。誓ってきますね。”

ありがたいこと、少し広がった、この方が人を助け、また広げてくれる。

(メールアドレスもなかったので失礼だがここに書かしてもらいました)

人を助けるのが、真の信心”、 和賀心とは”人を助ける心” 一心とは神様の人を助けたいという心と、一つになること。。。これが、私が若い時、教祖様のご理解をKJ法で展開して得た、神様のたったひとつの願いという、答えであった。

それ以来、おかげを受けたらお礼には人を助けよ、お前のことは神がよいようにしてやると言われた気がしてこれを信じきっている。

すべて私のためであり、えらくもなんともない、単に教祖様の言うことを納得し、人間の本来の姿と信じて従っただけだ。

一般の宗教ならお礼にはお金をあげてくださいという。なぜか、我が教祖様は、お金をあげても神は喜ばない、神が喜ぶのは人を助けることだという。。。欲のない神様なのだ。

教会の先生方には、神を商売にしてはならぬぞ、布教して売り歩くな、教会に座っておれ、信者は神が差し遣わす、安心して座っておれといわれる。

信者が来なければ、先生方は困るし、ひとを救いたいからうろうろ出歩きたくなるが、じっとがまんしなければならない。布教してはならないのだ。

御徳をつけて信者を待つ、厳しい教えだ。

教祖様が言われた真の信心が広がれば、おかげを受けたお礼には、人を助けろ。。だから、。。。口コミが働く、

なるほど信者は神がつかわすことになるな、どこの教会も繁盛するはずだ。

御蔭のお礼は人を助けることなら 人も助かり、神も助かり、教会も、先生もたすかる。。なるほどロジカルな普及の仕組だ。

誰でも助かれば自然にお参りしお礼をする、あげるなと言っても上げたくなる。教会も教団も潤う、そうでなくてはならぬ。(実は教祖様が一番、お道が繁栄する方法を知っていたのかも、神も助かるペネトレーションを。。)

いつからか、神様へのお礼に人を助けよ。。。が言われなくなった、どこかで変わってしまった。

和賀心とは、何でもおかげと心で感じお礼を言う心、とか、生かされていることに感謝し、あらゆることにありがとうを、とか、怒らない心とか、で、止まってしまっているような気がする。

”なんぼうよい人でも、真の信心がなければ、おかげはないぞ”。。。という教祖様の言葉はどう理解するのだろうか?

人が助かりすればいいという強烈な一心で昼も夜も座りつづけ、話してやまなかった方がいた。多くの信者を、育て、少しレベルがあがれば、教師として、各地に差し向け、人を救っていった。もの凄い勢いで全国に広がった、これが浸透,普及の原点だった。

感謝とか、お礼の心とかで止まっていては、自分だけ高まっても浸透(ペネトレーション)しない。

ホットアルバムも

こういう普及の仕組みが必要だ。教祖に学んで、写真を助けたい。

写真が助かり、話して周りにすすめてくれる、ホットアルバムの信者を作りたい。

パソコンスキルが十分でない、スキル弱者が、シニアが主婦が助かりさえすればいい。

使っていただけば、無意識に保管しただけで、写真は安心100年守ってあげられる。

なんだ商売も信心も同じなんだ。御徳が必要なんだ。

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2009年1月19日 (月)

昔の仲間と国際平和談義

昔、家の近くに住む4人の仲間があった、近所の空き地でバーベキューをやり、時々ミニゴルフをやって騒いでいた若い時の仲間だ。

その後、子供も大きくなったり、引っ越したり、長い間、あっていなかったが、昨年から年に1回くらい再会し旧交を温めている。

当時子供が同じクラスとか、家がとなりだったとか、ゴルフが好きという仲間だが、なぜか10年合わなくても、毎日会っていたような感じで、深く話をする。

近所には、毎週ソフトボールで出合う、6チーム100人くらいの仲間や近所のコースで毎月やるゴルフコンペの会が3つもあり、しょっちゅうあっている多くの仲間がいる。

毎週、毎月しょっちゅうお会いする仲間でも、こんなに突っ込んだ議論をすることはない、この仲間とは、真剣に、日本の未来や、人生観を話し合う。

昨日、この昔の仲間と、午後3時から4時間ほど飲んで議論した、とにかく話しが盛り上がった。

いい仲間だ、真剣に飲みながら議論できる、感激しながらの議論は楽しかった。

その中で、意見がぶつかったのは、日本の誇り、国防について。

Nさんは 自分の子供が拉致されても文句も言えない、侵略されても、反撃できない国なんか 今時あるか?と憤慨する。

国の誇りはないのか?憲法変えて国防をきちんと認め、当たり前の国になるべきである、と田母神 幕僚長のようだった。

石原慎太郎さんなどとも同じ意見だろうが、憲法すら自分で作れない、そんな国に誇りなんかあるか? 日本はもっと誇りある、アイデンティティを持つべきだと憤慨する。

私はまったく反対の意見。

こんな素晴らしい憲法を多くの尊い犠牲の上にいただいたとおもっている。アメリカに押し付けられたなどとこれっぽっちも思っていない。あの状況でなければこんな憲法は絶対にもてない。難は御影だ。

世界で唯一の原爆被爆国、だから世界に平和を訴え続ける権利があり、日本だからこそ世界を説得する力がある。聴く耳を持つはずだ。

私が毎朝十回も唱える 神前拝詞のさいごのことばは

  。。。世界真の平和の ご神願 成就せしめたまえと願いまつる。。。。でおわる。

   平和ト人が助かることが神様の最大の願いなのだ。

そもそも、相手がなにも攻撃する気すらない明治維新の初期、

征韓論を高揚させ、国民をだまし、韓国に進出、その後日清、日露戦争で駐留権利を持っていた中国には謀略で戦争を仕掛け、数師団が進出、侵略し、地歩を固めていった。

権利拡大を恐れた、米国の猛烈な反対、経済制裁にあい、苦し紛れに太平洋戦争に突入、東南アジア全域でアジア植民地解放や大東亜共栄圏を大義の旗印として侵略を拡大して自滅していったのだ。

どこに日本の侵略の大義があるのか、やむを得ない戦争だったのか?

日本の生存権の問題だった?    どうやって正当化できるか?私には分からない。

もちろん責任は軍部だけではない、国民も騙され提灯行列で国粋主義であおり、加担した。

朝鮮、韓国の国民を差別、侮辱し、日本に何万人も強制連行、ダム工事や炭鉱で強制労役させ奴隷のように扱った。それを忘れてはならない、まず謝罪がある

悪いと認めて謝罪することがなぜ誇りがないことにつながってしまうのか理解できない。

間違ったら謝るのは人間としてとうぜんのことである。

今、拉致された家族は、それは悔しいだろう、なぜ取り返せないのか?この国に誇りはあるのか?その気持ちは拉致された家族でないとわからないだろうが、それでも悔しい気持は良くわかる。

しかし一方、彼らから見れば、ちょっと違う。

過去の日本の同胞がわれわれの親たちが、いかに韓国や北朝鮮、中国の方々に迷惑かけたか?

だからというわけではないが、

どんなにやられても、絶対に平和主義でとおすべきだ。

丸腰で毅然と、神様が言うように小便かけられても黙ってしたがえ、神が拭いてやる。、、、これが尊い態度、誇りある態度なのだ。

[わかるかな、わからないだろうが、神を信じればそうなる)

戦わないのが最も強い、丸腰が最強なのだ。スイスとは少し違うが、彼らは強い軍隊をもった上での平和主義だからちょっと違うが、それでも日本とスイスは世界平和の理想なのだ。

日本は、交戦権すらない理想平和憲法の見本だ、尊い犠牲の被爆国の権利、丸腰で常に世界に真の平和を訴えるべきだ、そういう立場の常任理事国になるべきだ。

こんな素晴らしい憲法は世界が認め、誰も馬鹿にはしていない、むしろ尊敬している。

この憲法のもとで強い自衛隊を持てばいい。平和維持活動に出ればいい、こんな都合のよい憲法はない。そう思えばいい。

これほどの誇りある憲法。変な国粋主義が国を誤った方向に導く。

現在の戦争は、電子戦争だ、どんなに訓練された戦力を持っても、衛星からの位置情報で正確に攻撃し合う、勝ち負けは意味がない、やれば破滅だ。

どんなに金をかけ、装備率をあげても、真面目に訓練しても、守れない、金をかけても意味がない。

今、自衛隊など、学芸会的な演習はできるが、漁船ひとつ避けられない技術しか持っていない。

それでいい。災害活動中心でいいではないか。

私は現役時代、自衛隊と長い間共同研究していたことがある。

戦車の中や飛行機の中での偵察写真の即時現像システムを検討していた。

よく市ヶ谷や百里基地にもお邪魔したからわかる。

若い男女隊員がきゃっきゃトまるでキャンパスと間違うほど楽しそうだこれでいいとおもった。

そこそこの軍隊を持っているが絶対に戦争しない憲法がある。憲法9条は絶対守るべきなのだ、戦争、交戦権は完全放棄が平和をまもるのだ。

国の品格や誇りとは関係ない。私は世界のだれよりも日本を愛し誇りをもっている。

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2009年1月18日 (日)

遺伝子に刻まれた”和賀心”

筑波大学名誉教授の村上教授の話をもう少ししましょう。

遺伝子をONにして、生き生き、生きるには[他を利する生き方をする]ことだと言っています。

人間の本質はつまるところエゴの塊で人のために生きるなどということは宗教で言うきれいごと、偽善家のたわごとだ。。。と言われかねませんが、

アポートシスという細胞の自殺は、自らを犠牲にして、他の細胞を生かそうという、ことで、人間にしかないのだが、利他的な遺伝子がもともと組み込まれているのだという。

もちろん利己的な細胞、遺伝子もあるが、それは表面で、自分がかわいい、、自分だけ得しようとする殻が覆ッテいるのだが、これがエゴ遺伝子なのだそうです。

そのエゴの内側には、実は人間の本質、人を助けよう、人のために行動しようという基本的な愛の遺伝子が働こうとしているのだそうです。

これが人間だけにある遺伝子で、動物にはない生まれつきの特質なのだという。

私はこれが神様のこころとも同じもので、本来みなもっているものだとおもいます。

現実に駅で電車が来る直前に線路に落ちた子供を救おうと飛び降り、自らは命を落としながらも人を救った方があります。

痛ましい事故ではありましたが、

その方は、危ないと感じた瞬間、とっさに行動しているのです。ほとんど本能的な反応と言ってよく

[人のために善をなす本能]が遺伝子レベルで働いている証拠です、と村上教授は述べています。

人間のエゴの内側に、このセルフ[和賀心]があり、自分のことより、愛する人のため、,家族のため、他人のため、世の中のため、という、利他的な本能、思考、行動する心、遺伝子をもっているのだそうです。

(村上教授はこのセルフを真我と呼んでいます、私は神様が教えてくれた和賀心だと思っていますが)

表面の偽善の皮をむくとエゴの皮があるが、本当はこの奥に人間の本質、利他的な心でいっぱいの種子があり、これが和賀心なのだと思っています。

村上教授は遺伝子研究の結果わかったことは、本当は人間は、人を助けることを最も楽しく、嬉しく思うようにできているのだといっています。(そうでしょうそうでしょうそう教えられています)

一見遠回りに見える、この他人を幸せにして得られる自分の喜びは、

表面の自己欲、エゴで得られる喜びよりはるかに深く、大きく、尊いものだから、この喜びに勝るものはないのだそうです。  (そうなのです)

そしてこの喜びは遺伝子をONにして、幸運をもよびよせ、病気もなおす(、おかげをいただける)のだそうです。

(村上教授が教えてくれているこのことと同じことを、幕末の田舎のお百姓だった教祖様が神様が教えてくれた道として伝えています。)

それゆえに、私は、家庭でも、技術開発でも、商品開発でも、ビジネスでも、あらゆる行動の原点に、利他的な行動をおいてきました。(32歳の時気がついて以来ですが)

上司にi闘争的だったのは部下を守るためなのですが。

そして発明や 新しいビジネスを生む、創造的な行為は利他的な行為そのものだと思っています。

創造的な行為というのは、2つの相容れない矛盾を一瞬に解決してしまう作業に他なりません。

成功するためには、あらゆる日常活動において、対立する矛盾と戦いながら、矛盾を解決するためのアイデアを探してゆくことなのです。

成功しない人は、自分の側から見た利己的な自己優先のアイデアしか考えだせません、一方的で単純なアイデアしか、でてきません。

成功する方は、まず相手の利得を優先して考えるから、そして、其の上に自分のためにもなるようなアイデアを、考え考え、考えつくして、ひねり出します。諦めません、工夫を凝らします。

だから必ず、人も助かり、自分も大きな喜びが得られる、素晴らしいアイデアとなるのです。

遺伝子がONになればなるほど、人が助かり、自分も生かされる、アイデアがでます。

利他的精神が、アイデアを必然的に高め、飛躍した創造的なものとなります。

遺伝子がONだから、人を利する”和賀心”だから、あらゆる場合にラッキーと思える現象が生まれてきます、

これが神様のおかげを受けるということなのだと理解しています。

本当にそうなるから不思議です。

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2009年1月16日 (金)

門出 大切なもの

天地のおかげを受けたら、お礼に人を助けよ。。。自分も他人もみな同じ人。。。という教えがある。

自分のことはみな大切だ。

他人も自分と同じに大切にと言うが。

しかし、これがなかなか、難しい。

実際、他人を自分と同じに大切に扱うのができるか?結構難しい。

私って何?だとおもうが、実は知っているようで、自分のことは一番知らないかもしれない。

我々はどれほど自分を知っているだろうか?他人となにがちがうのか?

インドの説話にこんな話がある。

ある旅人が空き家で一夜をあかしていた。

一匹の鬼が死骸を担いでやってきた。

そこへもう一匹の鬼が来て、死骸を取り合った。

死骸の取り合いは勝負がつかず、鬼達は、一体この死骸はもともとどちらのものだったか旅人に聴いてきた。

旅人は恐ろしかったが、仕方なく、最初の鬼が担いできたと言うと、あとの鬼は怒って旅人の手を引き抜いて捨ててしまった。

前の鬼は同情して、死骸の手をつけて元に戻してあげた。

後の鬼はさらに怒って今度は足を引き抜き捨ててしまったが、前の鬼は今度も死骸の足をつけて戻してくれた。

このようにして、体も頭も、数分で旅人の体は死骸と入れ替わってしまった。

体がすっかり死骸と入れ替わってしまったあと、鬼達は仕方なく旅人の元の体だった捨てた死骸を半分ずつ食べて、それぞれ巣に帰ってしまった。

驚いたのは旅人だ、今ここに生きている自分は何なのだ。

一体本当の自分というのはあるのか?

わからなくなってしまッたのである。

たとえばやりたい仕事についていた人が会社がつぶれ、まったく違う仕事についたとしよう。

不況でやりたいとか、やりたくないとか言っていられなくなったとしよう。

自分がかわいい、この仕事がやりたかったと思ッテいたことが意味があるだろうか?

生きていくためなら、何でもOK?

イヤイヤ。。。

自分と他人の違いは心なのだ。

心は変えてはいけない。志を変えてはならない。

志だけは失わないよう、アイデンティティを大切にしなければ死んだと同じだ。

誇りある自分とは志なのだ。

他人の志も自分と同じく大切にしなければ、他人の誇りなのだ。

今日、再出発の男と飲んだ。

彼が志を変えなくて、本当によかったな、とつくづく思った。

長い間の友だったが、今日彼の志と私の志が一つになった。

同志ができた。

家にあった、吉幾三のCDの中から 

三略会の名演歌 ”門出” を聞かせ、祝った。

”男の暦を めくってみれば

”生きるか死ぬかの二つだけ

”生きていながら死ぬよりも

”死んだつもりで 跳びかかる

”夢が、夢が

”夢が 門出の 攻め太鼓      。。。。。おめでとう再出発、

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2009年1月15日 (木)

心とつながる遺伝子の不思議

私たちの体には60兆もの細胞がある、細胞の核の中のDNAに遺伝子情報がある。その一つ一つには30億もの暗号文字が書かれている。

各細胞のひとつひとつの遺伝情報はすべての細胞にワンセットずつしまいこまれている。

遺伝子はどんなタンパク質をどのくらい作るかを指示する情報源ですが、爪も髪も、皮膚も、みな個個に膨大な同じ遺伝子情報を所有している・

爪の細胞の遺伝子は、爪しか作らないよう、爪の遺伝子だけがONになり、その他の遺伝子はOFFになっている。髪の毛も同じ遺伝子情報をワンセット持っているが、髪の毛の遺伝子だけがONになっている。

遺伝子は、絶えずタンパク質を適正に生成する指令を出してあらゆる生命の維持や活動をし、免疫活動をし、遺伝子なくては一刻も生きていけない。

脳や神経、臓器まで 心身すべて遺伝子が制御している。しかも、人間の遺伝子はハエの倍くらいしかないし、原理と構造はすべての生物に共通で、同じものだ。

大腸菌から人間のホルモンや酵素などを作り出す研究や 赤ちゃんの臍帯が最も原始状態に近い細胞だからと、これを使って人間のいろいろな臓器を再生する研究などがおこなわれているのも、みな同じ原理でできているからだ。

カビも大腸菌も、植物も、人間も全く同じ、あらゆる生物はみな同じ遺伝子原理を持っており、みな兄弟なのだ。

60兆という膨大な細胞はぎっしり隣接しながら、きちっと支え合い、喧嘩もせず、互いに助け合い、ささえあっている。宇宙の運行とも同じようなものだ。

こんなに精巧な30億もの文字情報を誰が書いたの?

神様しかいないというのが、ゲノム解析学者の大方の意見だ。

なぜならこの遺伝子、心とつながって ONもOFFにもなることが知られており、人間には到底理解できない不思議なものなのです。

ガンになるのも、がんが治るのも、ガンを退治する遺伝子がONになるかOFFになるかだし、しかも心の持ち方で変わるのだそうです。信仰によって奇跡的にがんが治るような現象も、科学的に証明されつつあります。

恐怖で一晩で髪が真っ白になるのも、遺伝子がすべてOFFになるからだろう。

記憶力が高いとか、集中力があるとか、走るのが早いとか、遅いとかも、遺伝子によるもので、心とつながっているのだそうです。

心の持ち方で変えられるということ、何でも遺伝だよ。。と親のせいにしてはいけない。

30億個の 4つの文字の組み合わせ情報のうち、タンパク質生成を指令する情報はわずか、10%、残り 90%は未解明の情報で、心の持ち方で誰でも、この潜在能力(OFFの部分)をいくらでもONにして高められるらしい。

落語を思い切り聞かせたあと免疫力を測定すると大幅にたかまる。

笑えば免疫力がONになることが医学でも証明され、笑いを癌治療に利用しているお医者さまもいる。

イタリアのピサ大学で、恋をしている方を集めて実験し、恋をするとタンパク質の量に変化が現れ、セロトニンという人間の精神状態がわかる神経ホルモンが大幅に減ったという。

恋をすると肌がきれいになりいきいきするのもこの遺伝子のはたらきです。

遺伝子情報研究の権威 筑波大学名誉教授村上和雄氏は、遺伝子情報をONにする

いろんなおかげをうける生き方を実験結果から提唱しています。

①人のため、社会のために生きる、行動する

②感謝する心を持ち、行動する

③感動する心を持ち、行動をする

④明るく前向きに生き、行動する

⑤強い目的意識を持って、夢中に生きる

⑥人との出会い、機会を大切にしてこれを生かし、感謝する

これが良い遺伝子を目覚めさせONにし、できないことを実現させ、がんをも治す

生き方のようです。

これって神様の言う通りのそのものだ。

それはそうだ、宇宙も生命にも神様がすべて宿っておられるのだから。

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2009年1月13日 (火)

カシオの新発想を樫尾社長が語る

カシオの樫尾社長が全く新しい発想でデジカメの需要を刺激し不況に立ち向かうと意気込みをしめした。

うれしい限りだ、ホットアルバムのお客様がまた喜んでくれる。

キャノンやソニーより規模は小さいが発想では負けないと、

こういうときほど発想の転換が必要、需要を喚起し雇用を守る。

多くの経営者が、100年に一回の大不況にシュリンクし、真っ先に人員整理を発表する中、夢を語るさすがは樫尾社長。

液晶付きデジカメの草分け的な企業だが、為替の円高や、価格下落、世界的な需要後退の中、

ゼロから一を生み出すのがカシオの伝統と 厳しい市場を切り開く 姿勢をしめし、経営者の正しいあり方を見せてくれた。

ホットアルバムは、写真を守リ、写真が楽しめる カシオとともに、優しいアルバムとしても頑張って行こうと思う。

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渡辺喜美議員の国民運動を応援する

渡辺議員が今日離党する。国民運動を起こし国を変えたいという。。

国のために働くのが国会議員だという、あたりまえのことだ。

あるキャスターが、今まで政権の中枢にいて自民の人気が落ちたから、離党しても責任は逃れられない。と批判したが私はそうは思わない。

彼は命をかけて公務員制度改革を進めていた。本気でなくて男が人前では泣かない。

自民党の党利党略のためには働きたくないという。

彼が天下り規制に対する 抵抗勢力に対しくやし涙の会見をしたのが物語っている。

あの時彼は真剣だった。今も真剣に国を憂えている。彼の国民運動を心から応援したい。

この国に、国を憂え、国民運動を起こす指導者がほかにいるか?政治を変えるのは選挙かもしれないが、しかし選挙だけでは官僚制度は、変えられない。

やはり国民が運動を起こすエネルギーを持たなければ、誇りある日本は作れない。

行動もせず批判している輩に政治を語る資格はない。国民が真剣にならなければ、国はかえられない。

議員内閣制では、民主党になっても政治は変わらないだろう。

悪徳代官のような官僚に取り込まれ、黙殺されてしまう。みな権力が欲しいだけ、憂国の意思など感じられない。

私が若い時、新自由クラブが田中角栄の金権腐敗政治の改革を訴え 立ちあがったことがある。大挙して自民党を脱退し立ちあがった。

当時、河野洋平を含め、私の地元神奈川が拠点になった。各選挙区に新自由クラブが新風を巻き起こした。

私の応援する甘利正 [甘利明の親父]議員ら、新しい流れを作ろうという20人程度の議員であった。

金権腐敗政治打破をうったえ、国民運動的な旋風を吹かせた。

私は新自由クラブの地元、神奈川3区の青年行動隊員として参加した。 支部の行動隊長で 甘利議員の選挙を会社を休んで先頭に立って戦ったことを覚えている。

その息子は今行政改革大臣だが、あまり(甘利)動かない

当時は若かったと言えばそれまでだが、あの時は、それこそ毎日燃えて、国を変えてくれると信じて戦ったものだ。

年はとっても、チャンスがあれば、また、日本のために戦いたい。日本の未来のために、公務員金権制度改革を支援したい。

官僚が自分達の天下り先を作るために 不要な4600社もの独立行政法人を作り どれだけ無駄な 税金を使っているか。

独立行政法人の60%は民間でやれる不要な法人だ、補助金配布のための税金無駄使い的な組織は、天下りのためにある。

渡辺議員がいうように天下り完全禁止を早期に実現するため、大不況を乗り切り、雇用確保のために、国民運動を起こすなら、これを支援したい。

公務員制度を改革しないまま、消費税など絶対に上げてはならない。年金と同じになるだけだ。赤字を未来に残してはならない。今こそ上杉擁山を見習うべきだ。

数年したらまた足らないと、消費税は限りなく25%に近づくだろう。

そういう意味から、ぜひ国民運動を起こすべきだ。渡辺議員を応援し日本の再生を図ろう。

せっかく核になる人が出てきたのだ、渡辺さんの行動を見守りたい。

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2009年1月12日 (月)

間違ったグローバルスタンダード

お世話になっている、あるVC出身の経営コンサルタントでベンチャーの面倒をみられていある専門家の方から一昨日の私のブログ、

不況の真犯人を読んで考えさせられたとメールをいただいた。

彼から、

コーポレートガバナンス”という米国流の経営に対する
まやかしの考え方がはびこり、会社は株主のものと言わんがごとく、配当を出せ!
株価を上げろ!というのが第一優先になってしまい、その結果、とにかく短期的
に利益を上げられる経営者が偉い、という発想が世界中に広まってしまった結果
だと思うのです。VC出身の私が言うのも皮肉なものですが・・・(笑)

まさしく私もそう思う。

資本主義の原点は

A]は、お客のためにリスクを冒してアイデアを出し、ビジネスを作る、[経営者]

B)はリスクを冒して、先が見えないビジネスに期待して金を出す [資本家]

C]は雇用され、一生懸命この会社のために働く [労働者]

D]はこの会社の商品やサービスで利便な生活を安くエンジョイしお金を払う[顧客]

これが資本主義の基本要素である。

経営者、労働者、資本家[株主]は三位一体で、どれも重要、誰が偉いわけでもない。

ところが 最近のグローバルスタンダード。

資本家[株主]と経営者が、短期決戦、毎期利益を挙げさえすればいいとして、会社を商品化してしまった。

企業は、お客様と 従業員を大切にしなければならない、一番先に経営者、その次は株主が泥をかぶらなければ、責任を果たしたことにならない。

お客様あっての企業、社員あっての企業、その優先度を守る企業は必ず神が守ってくれる。

労働者の安定雇用など優先事項に全くないのが、間違ったグローバルスタンダード。

ここ数年、成長を目指した企業が収益を上げ、資源を再配分した優先度の順は

まず1)設備投資、2)役員配当 3)]株主配当4)内部留保 5)6)7)がなくて          8)従業員給与 派遣労働給与である。

バブルがはじけて大不況がきたら、

今度は、そのつけを回した順番はまったく逆の順番だった。

1)派遣社員切り 2)正規労働者切り 3)設備投資削減 4)事業整理5)役員報酬削減

6)内部留保取り崩し

まったく情けない経営者、ばかり。

大切な労働者は、好況と不況のバッファー[緩衝材]としか考えていない。

これが、グローバルスタンダードである。

これではいけない、必ず破綻が来る。

本物の資本主義は労働者も経営者も同じ会社の一員 

会社を思う気持ちは同じ、日本型の昔の終身雇用がそうであった。

その上で、最新型の経営革新、技術革新、ものづくりであろうとおもう。

日本のモノ作りを基本とした、高い精神性、顧客価値の高い商品、サービス、

日本型資本主義を新たに示して、新[NEO]グローバルスタンダードとしなければならない。

経済は人の幸せがあって初めて意味がある。

人は何のために働くか。

経済は何のためにあるか。

働くために働くのではない。

人と人が信じあい生きていくために 働くことを楽しむためにある。

一部の拝金主義のグローバルスタンダードに振り回される成長なら成長はいらない。

拝金資本主義はまっぴらだ。

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2009年1月11日 (日)

素直に身を任せる 

私は大きな難しいことをやるときは、用意周到考えつくす、仕掛けは十分やりつくす

が、結果はあせらず、素直な気持ちで、神様にお願いし、流れに身を任せる。

12,3年前、世界初というデジタルミニラボを力任せに進め大失敗したことがある。

大きな損害を会社に与え、辞表を出したことがある。

それ以来、何事も最善は尽くしても、時節を待つことにしている。

きっとうまくいくと信じて、すべて神様にお任せする。

ホットアルバムは、開発を開始してから7年くらいになろうか?

まだまだ道半ばだが、最後の仕上げは、今年くらいかもと、気長に待つことにしている。

フィリップスとソニーのコンパクトディスクCD開発で発明者の一人、天外伺朗さんは、発明は流れに身をゆだねていただけ、という

ソニーに入社後3年で東北大学に国内留学、

留学での研究3年、テーマはアンテナの研究、その時あまり重要ではないが、せっせと出席した通信のゼミで身につけたデジタル通信理論がCDに開発に最も重要な知識となった。

東北大から帰って、CAD(コンピュータ設計デザイン)の研究をはじめコンピューターに明るい研究室を作った。

それぞれ、何か大きな遠回りなような気がするが、この回り道がなければ,CDは生まれなかった。

あとになってみると、実は最短距離で開発したことになると言っている。

お膳立ては計画して、出来るものではない。

一生懸命釈迦力になってテーマを実現しようとしても、実はできない。

何事も自分で出来ると、思えば思うほどできない。

成功するには、何か不思議な力で助けられて実現するものだと述懐している。、

そういうことに気が付き、大きな流れを仕掛け、神に身を任せると、不思議なほどわずかなエネルギーで物事がうまくいく。

ふだんから力を抜いて、自分に素直に、仲間や他人の意見も聞いて、他の力も借りて、

純粋な気持ちのなって宇宙のエネルギーに任せると、何事もうまく運んでくれる。

これをやり遂げるのは自分しかいないなどと、周りを信用せず、部下を信じず、我情、我欲になれば、なるほど、うまくいかない。

心の力を抜いて、他人を信用すれば、きっと神様が助けてくれる。

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2009年1月10日 (土)

不況の真犯人

不況の真犯人は?

もちろんアメリカの住宅バブルをカタに、借金前提で浪費する消費社会と、

ここで大もうけをたくらむ投資銀行、ウオール街の強欲資本主義者だとおもう。

グローバルスタンダードという、ウオール街の金融システムが主犯だ。

すでに次のバブルを仕掛けている輩だ。

アメリカの2007年企業収益の40%は金融だ。これは驚くべき数字だ。、

ホリエ門と村上ファンドの類が全米企業利益の4割を稼いでいることになる。

大資本を集め、一瞬に儲けて、いかに逃げるかを考えている連中だ。

企業はもうけるための商品となって売り買いの対象、お客様のことなど考えては、いられない。

アメリカはすでにモノ作りはあきらめ、十年前から金融立国を目指してきた。

細かいことは書かないが、

経済は今後もバブルを作っては、金融大資本が、その値上がりの一瞬を儲け逃げし、、あとは破裂させ、国民がつけを負う。

この繰り返ししかないのが、今の強欲資本主義の世界なのだ。

世界はここからは抜けられなくなっている。

ガソリンが176円から3ヶ月で95円になる。そういう経済構造なのだ。

不況を乗り切るために国民の犠牲でまたバブルを作り出す。

それしか、経済は復活しない。回復したら、また彼らの餌食となる。

儲けるのは、ほんの一握りの金融資本。これがグローバルスタンダードだ。

アメリカFRB、グリーンスパン前議長、投資銀行の銀行間金利をどんどん下げて、住宅バブルを演出した張本人、

この値上がりをネタに借金を国民に押し付け、ばらばらに証券化し世界にばらまき、アメリカの砂上の楼閣的な成長を演出、。

このサブプライムが表面化すると、今度はバーナンキFRB議長。

さらに金利を下げて 膨大な資金を石油、資源投資にむけさせ、最後に、すべてをはじけさせ、国民につけを回す企業のまわし者としかみえない。

この資金の流動生を高め、サブプライムを支援したもう一人の犯人が日本政府だ。

日本の長期低金利と円安で安い円を借り高利の海外資産投資を促進し、円キャリ-取引で流動性を支援。

アメリカの国民は貯金をせず、借りられれば、いくらでも借りて消費をする。

GDPの7割は個人消費、、信じられないくらい浪費がすきだ。

そして、

オバマは膨大な公的資金を投入し、この大不況を乗り切り、経済再生を図ろうと一生懸命、必ず成功するはず。

個人が借金無理なら、国が借りて浪費させて、成長させて見せるというアメリカ再生戦略だ。

国民一人当たり6万円程度をすでに配って、使わせる政策だ。

またまた膨大な赤字を垂れ流し、次のバブルを作って成長するしかない。

バブルでしか再生できない構造になっている。最初は日本のバブル、次がNET バブル、今度は米国住宅バブル。

どんどん財政赤字と、貿易赤字が積み重なり、いつか本当にアメリカが倒産したら、世界は悲劇的となる。

ビッグスリーの凋落、,GEでさえも、もうものづくりは不可能で、金融立国といっても砂上の楼閣。

何のための成長か?アメリカの要望で内需拡大したら、必要以上の設備投資でまたはじけて、過剰。。。という愚を繰り返す。

ものつくりに価値を求め、本物の精神的な価値を求め、浪費をしない経済を作らないといけない。

人間以外の生物や自然の摂理、宇宙の仕組み、真理に目を向け、

精神価値の高まりをグローバルスタンダードにしていかないといけない。

企業も個人も拝金主義から抜けだそう。

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2009年1月 8日 (木)

感動の創造

北海道のある銀行の定期預金でプレミアムの宝くじ券で 1億円当たり券が続けて出たそうで人気がでているらしい・

宝くじは、1億円もあたれば感動があるかも知れない、が人生を誤るかもしれない。

不況、デフレ、高齢化、など暗い世の中で、生きがいを持って、感動を持ちながらいきるのはむずかしいという。

本当にそうだろうか?

感動はお金や出世ではえられない、人生宝くじに逃げても、一生当たらないはずだから、人生終わってしまうのではないだろうか?

なぜか私はお金は毎日無くなっても、毎日感動して生きていられる。。。。。

だいぶ前に退官されたが、

東京工業大学の森政弘さんという教授、学生に、スズメはなぜ電線に止まって落ちないか、1週間以内にレポートを出すよう、課題を与えた、

足のグリップ力が強いだとか、姿勢制御を自動的にやっているとか、あったらしいが、

先生が一番感心したのは、スズメは落ちてもまた飛べると思っているから大地にいるのと変わらず電線に止まっていられる。。。というレポートだった。

観察に感動があると。。。

この先生、いつも学生たちが、トロンとした眼で授業を受け、試験だけ通ろうとして、感動が全くないことを嘆いていたそうだが、

あるとき、どうにかこの学生たちを、心の底から、奮い立たせよう、なんとか感動を与えようと、

乾電池一本で、人を乗せて、走る車を作り、200mをいかに早く走るかを競わせたそうです。

すると無感動だった学生たちは見違えるように、必死に考え、試作を繰り返し、チームで協力し、寝るのも忘れ徹夜の連続で、もの作りを励んだそうです。

その時の学生はものすごく生き生きとして、人間らしくおもえたそうです。

本来、そういう純粋な感動を味わう、チャンスは 作ればいっぱいあると私もおもう。

工夫する楽しさ、創る楽しさ、結果を競う楽しさ、協力する楽しさ、成長する楽しさ、教育だけでなく、会社にも、家庭にもいっぱいあるはず。

ホットアルバムで楽しんでいる、お客様特にシニアに聞いてみた、HOTALBUMの何が一番いいのでしょうか?

とにかく作るのが面白い、いいアルバムをDVD-vedeoにして友達に見せるのが楽しいといいます

感動を忘れた若者でも、抑圧せずどんどんやらせれば、思い切り好きにやらせれば、ノビノビやらせれば、いいはずだ。

ところが管理したがる、親がいる、

管理したがる、管理が仕事と勘違いしている上司がいる。

子供を抑えるのが親ではない、

部下を抑えるのが管理者ではない。

燃え尽きるように、たすけることだ。

足らなければ燃料継ぎ足しても、燃え尽きさせ

燃えさせるのが管理である

子供も、部下も、高い目標を与えて自由にやらせ燃えさせることだ。

工夫させることだ、

自分の力を高めながら到達させれば、この上ない感動がえられる。

会社はがんばって人を蹴落として出世するところではない。

燃え尽きて、ああいい仕事した。。という感動の後に必ず出世は付いてくる。

そういえば、感動の創造とは、昔コニカ時代に使っていた、行動理念だった。

いい言葉だ・

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2009年1月 7日 (水)

大不況の今こそ、お客様を大切に、

今日、大手デジカメメーカーの役員さんを訪ねた。

円高、金融危機、大不況、デジカメメーカーも自動車業界同様苦しいはずだ。

ユーロもドルもウオンも元も、対する円は独歩高、輸出はできてももうからない。

国内も大幅販売減 3重苦のはずだ。

そんな状況だが、今こそ写真を楽しむデジカメを訴求すべきであると訴えた。

どんどん買い替えてもらわなければ、年間何千万台の総需は生れないのはわかるが、年間2回もモデルチェンジの新発売。

新製品の目玉は、きれいに撮れる、顔検出、色がいい、手ブ防止、高感度、高画質1010万画素、しかも全メーカー同じセールストーク、カタログはすべて同じ謳い文句。

お客様からみれば、カメラを買えば、綺麗に色よく撮れるのは当たり前、手ブレしないのは当たり前、顔にピントが合うのも当たり前、高画質は、データが重いだけで大伸ばしプリントしないから大迷惑、だから、お客様から見れば興味も魅力もまったくないような新製品。

お客様は、パソコンが使えなくても、写真を楽しみたい。プリントして人に差し上げたい。BOOK編集をしたい。DVD-videoを簡単に作りたい。

写真を30年後に確実に遺したいのである。

各社、撮った後をどうするか?ソフトは各社ばらばら、パソコンもメモリーカードも寿命は10年以下だが、何も説明していない。

主要なお客様は主婦、シニア、育児ママである。

この方々はパソコンが必ずしも、得意ではない。パソコンが使えなければデジカメで写真が楽しめないのか?それを救うのがメーカーではないのか?

赤ちゃんの写真が20年後には、ほとんどなくなってしまっているという保管の危機なら、どうにかするのかがメーカーの仕事のはずだ。

デジカメがもうからないのは、不況のせいではない。

お客様のニーズを真剣にとらえないメ-カ-の開発姿勢のせいであろう。

このままなら携帯で撮ってみて終わりで十分、携帯と何ら変わらない余計な商品だ。

デジカメはコモデティ化した部品となってしまっていいのか?

HOTALBUMを採用すれば、これらのニーズはすべて解決するではないか?

ハードとソフトと互換性が最も重要な機能であることを知るべきであろう。

デジカメは各社ばらばらでも使うソフトは社会共通でなければ、家族がみんなで使えない。

友人と写真をシェアできないではないか?

デジカメは実は重要なコミュニケーションツールなのだ。

みんなで使えば業界が繁栄できる。このことを熱っぽく語ったつもりだ。

このマーケッテイング提案を、理解していただけただろうか。

松下幸之助さんなら、本田宗一郎さんなら、簡単にわかることだとおもう。

カシオの高島進常務さんは、数年前、まだ、どこもHOTALBUMを使っていない時、写真を守るHOTALBUMの理念に応え、採用を即決してくれた。

EXILIM のお客様は、世界で月250万延べ人もHOTALBUMを起動し写真を楽しんでいてくれる。

そして国内に限って言えば、HOTALBUMで写真で仲間とコミュニケーションしている方はほとんどがシニアのお客様だ。

おそらくこの企業姿勢は5年後、10年後に大きな差になって現れると思っている。

私は思った。

この提案を無理して会社の多くの方に諮りながら、合意を得ながら延々と検討しHTALBUMを採用するなら、検討しないほうがいいかもしれない。

本当に、この商品で、お客様を大切にし、写真を守りたいと思わない限り、

真剣に志を持って、自分の責任で会社を動かさない限り、お客様も会社もすくわれない。そういう商品のはずだ。

社内の論理で採用を検討しても、会社に多くの利益は生まれないのではないか。

この商品でお客をつかみ、お客の幸せの上に商売繁盛を強く願わない限り、いろんな発展があってこそ、win-winがあるのだ。

単に採用しただけでは、デジカメは売れない、会社も救われない。

私から見ればHOTALBUMを利用すれば膨大な写真保管ビジネス、デジカメビジネス、プリントビジネス、コンテンツ提供、NET SNS ビジネスなどが生まれるはず、刈りとれるはずである。

写真を愛するお客様のことを考え、お客優先で行動すれば、儲けはついてくるはずだ。

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2009年1月 6日 (火)

光り輝く道CD オンライン ホットアルバムストアカラ発売

昨日、弊社のオンラインストア (HOTALBUM STORE http://store.hotalbum.jp/index.html にて 光り輝く道 のアルバムCDの販売を開始しました。

光り輝く道CDアルバムは 金光教京都中立売 教会の教師、今岡多美江先生 の作曲12曲を集めたアルバムであるが、 

実は、このアルバム12曲のうち、光り輝く道と、うたごえは心をつなぐ の2曲が、ホットアルバムのソフトに 内蔵され 写真のスライドショーのBGMとして使用出来るようになっている。

この2曲は、お客様がホットアルバンムソフトを使って、思い出の写真を編集し、CD-RやDVD-Rに書き込む ビデオアルバムを作製する場合のバックグラウンドミュージック(BGM)として、利用できるように、先生の好意で著作権の使用を認めていただいたものである。

この2曲は

すべて今岡先生の作曲、と、先生のピアノ、とご子息の秀輝さんのバイオリン演奏によるんものであるが、お二人のご厚意で著作権の無料使用を許可いただいたありがたい曲である。

著作権のある音楽を写真のスライドショーのBGMとして利用する場合、著作権を自ら持たない場合、JASRACという私的録音協会にとどけ、許可を得るのであるが、これが結構高価で、条件もややこしく利用はなかなか難しい。

だから自前の作曲でない限り、もしくは著作権フリーの曲でない限り、営業的な内蔵曲としては使用できない。

ホットアルバムで内臓させていただいた曲は ピアノとバイオリン演奏曲だけであるが、実際には、今岡先生がご自分で歌われた、歌入りの曲もこのアルバムCDには入っている

その他教会関係のお徳のある大先生を慕われた讃歌なども集めたものだ。

この光り輝く道 や うたごえはこころをつなぐ、をBGMとして使うとなぜか ツキと運がよくなり、 幸せになれる気がしてくる。

先生や先生が師と慕われる大先生方のお徳のせいかもしれない。

いずれにしてもありがたいことである。

そんな思いから、幸せの象徴である、大切な家族の写真のBGMとして、使っていただきたく、ソフトに搭載した。

ホットアルバムで思い出の写真、家族の写真を編集し、ビデオアルバムをつくり、合わせて幸せを願うなら、この曲を使われるのがよい。

ホットアルバムはご自分の手持ちのCDからもBGMを取り込めるようなソフトになっているからぜひこのアルバムCDでほかの曲も挿入局として楽しまれたらと思う。

ホットアルバムは、とにかくやさしいソフトである。

パソコンの苦手なお年寄りにも デジカメ写真が楽しめて、パソコンが覚えられてしまうような簡単なソフトだからぜひ使ってみてほしい

基本ソフトは無料でダウンロードできる。

ソフトに内蔵した、光り輝く道 と、 うたごえは心をつなぐ の2曲のの歌詞を知りたいばあい、

さらに今岡先生の他の曲も聴いてみたい場合、

将来ビッグアーティストになるかもしれない、いや、きっとなるだろう秀輝さんの、バイオリンを聞いてみたい方は、

ぜひ この光り輝く道 CDアルバムを 購入してみてほしいと思う。

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2009年1月 4日 (日)

今必要な日本の経済政策は?天地の道理で考える

この不況がいつ終わるか?

 未来のことがわかったらいいナと思う。

未来は実は今現在作られているのですが、結果が出るまで実際には見えません。

しかし、現在、打つ手によって未来が拓けるか?閉塞するか?決まるのです。

今日の行動が、打つ手で未来は確実にきまるのです。

鳥や獣は直感的に未来を予測し対応します。環境が変われば、確実に正しく行動を変え、進化のプログラムさえ動きだし、進化して環境に順応します。

地震のまえにいろんな動物が動き出すのも、火事の前にたいていの動物は逃げてしまうのもこれです。

  言葉がないから、欲がないから、右脳だけで行動するから、 正しく行動します。

  遺伝情報と、体験したイメージ記憶で、天地、自然の法にのっとり、正しく対応してしまいます。

人間は、言葉で左脳で 欲をだし、天地の変化、道理に正しく、反応できず、進化のプログラムさえ作動しません。

100年に一回の大恐慌

未来を創る経済対策、は今作らないと間に合いません。

明らかに米国は動物的です。 

オバマさんの閣僚配置、経済閣僚を見ると、専門家のトップクラスをきちんと選び、本格的な対応を、打ちつつあります。

あの国は必ず、完璧にデータで世界の仕組みを解析し、本格的な再生理論を組み立て、あらゆる手だてを打ってきます。

極めて論理的です。

8年間安定した政権がもてる可能性があるから^じっくり、しかも迅速にやります。

  おそらく動物的に変化への進化のプログラムを作動させ、直観的にこの経済危機を

  乗り切る施策を次々うつでしょう。

日本は、生身の経済もわからない官僚や政治家が、政局や選挙がらみで行き当たりばったりの、間違った経済政策を打ちだしては、批判され、右往左往するはずです。

  当然、経済回復は遅れるでしょう。

 未来に世界に貢献できる、日本の経済戦略は、やはり天地の道理で考えれば、環境でしょう。

天地の恵み 自然のエネルギー、太陽光に日本の救いがあります。

地球の中の資源を使えば必ずCO2が出ます。地球の外のエネルギー太陽光、太陽熱を使えば、外部で燃えた無害な光だけをとりだせます。

地球でCO2を発生することはありません。

あらゆる場面で太陽を使う、ことを今こそ加速すべきです。しかも日本が最も進んだパネル技術を持っています。

太陽エネルギ-はコストゼロなのです、しかもC02負荷もゼロ。輸送コストゼロ、保管コストもゼロ、こんな素晴らしいエネルギーは絶対に他にはありません。

道路ではなく、今は環境にすべての資源を投入すべき時が来ています。

完成したら道路はいつでもいくらでも作れます。

太陽光で3000度Cも出せる技術さえできてきました。

ごみ焼却など、太陽光焼却が可能な時代にもなりました。

太陽光利用 商品開発にも徹底した支援を行べきです。

一部の企業を当面利することになりますが、未来の国民に富が還ってきます。

これとは別途に

当面の経済活性化策が必要です

これは車と住宅産業を集中して内需拡大することでしょう。

1000兆円以上ある貯金を使わせることです

家と車の新規購入はすべて消費税、2年間無税とすることで、どうせ買うなら今という内需が爆発します。

確実に基幹産業が世界にさきがけ回復します。

そこから勢いをつけるべきです

国の基幹産業である、家と車の新規購入需要拡大は、確実に経済を回復させます。

消費税無税、しかも住宅減税、重量税も2年間は無税、これで内需が大幅に拡大します。

さらに、太陽光パネル、太陽熱利用、ハイブリッド車、などには特別補助をたえる。

ODA、その他も、日本製商品で、全て環境商品で供給し世界を支援する。

万遍なくの経済対策より、とにかく環境の集中し未来の世界をリードする。

これは小池元環境大臣が、総裁選で訴えていた政策とも近いものですが、米国の理論的な経済活性化策と、違うが確実に日本の地位を高めます。

同じ金を使うなら、地球を守り、確実に未来に日本の地位を高める、世界戦略を合わせて行うべきと思う。

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2009年1月 3日 (土)

自分との誓約に違反

昨年秋、今後ゴルフはすべて80台で回り、,ボールには一切手を触れず、あるがままに打つ、自分に最高に厳しくプレイすると自分を戒め、ブログで誓約した。

理論的にはそれほど難しい話ではない90超えるのは頭が悪い証拠と思えたからである。

20年以上やっていて90超えるのは、やり方が悪いはず、反省しなければならない。

またゴルフは自分との戦いとして最も適したスポーツ、一切が自己責任。

しかも一緒に回る方への配慮をしながら、明るく、楽しく、、しかし自分にだけは厳しく、ノルマが科せられる。

そう思ってい一念発起した誓いであった。

しかしながら、昨年12月相模原GC、で98、昨日も真に遺憾なことに95を叩いてしまった。

大変申し訳ないこと、明らかに誓約違反だが真実は隠せない。

ほとんどが100ヤード以内のアプローチミス、120yをダフってミス、25yのアプローチミス、パットミスも多かった。

やはり頭が悪いとしか言えない、結果は散々だった。大いに反省している。しかしひょっとしたらこれから年のせいでどんどん悪くなるかも、?

デモこの誓いは下ろせない始まったばかりだ。

私の口癖は何事も不可能はない、のはず。努力が足らない。

工夫の限りをつくしたか? は何事にも通じる。

しかし昨日は楽しかった。

実家の裏の二郎兄 (ジロニイ、75歳だがゴルフは飛ばすしうまい)と呼んでいた幼馴染の先輩と其の息子アキちゃん[300yも飛ばす元高校球児)、さらにもう一人の先輩幼馴染みの近所のハルミッちゃん(ソフトボールの仲間)、

1日楽しく、わいわいとはしゃぎながら回った。

ゴルフは自分との戦いであるが、同伴者には一切スコアへのこだわりを見せてはならないのが鉄則。

自分のスコアにこだわり、ピリピリして出したスコアに意味はない。

それは月例競技会や大会コンペでやればいい。

プライベートなプレイでは、自分のゴルフとの戦いは表に出さず、同伴者ともスコアで戦ってはならない。

たとえ求められて、握っても、それは互いに慣れ合わない緊張薬程度、相手と気持ちよ

1日まわった結果として、楽しんだうえに勝ち負けがある。

またこの人と回りたいと思う、思われることが重要。

相手が自分よりスコアが良かろうが、悪かろうが、思いやり。

そういう点ゴルフは、本当の自分への厳しい試練を与える。

今日のルールは”フェアウエ6インチ動かしてもOK”と皆がしても、自分はボールを絶対触らない、自分との戦いだから、緩めたルールは自分に関係ない。

誰も見えないところで、1cmでもOBならOBだと言える。ちょっとクラブでこすればOBにはならないかもと正直誘惑はあるね。。

どんなに誰にも見えないところでボールが動いて打っても2打罰だ、ごまかしても自分との戦いだから意味はない。

たかがゴルフだがものすごく人間性が出る、不思議なくらい。

すべて自分との戦いと割り切れば、そのプレーはおのずと潔くなり、自分の誇りとなってかえって来る。

今日のメンバーはそれは、プレーを楽しみ、スコアも緊張感ある人達であった。

幼馴染もまたいいもんだが、次はがんばるぞ、あと5つ6つが結構つらいけど。

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2009年1月 2日 (金)

ばかばかしさの効用

今年は雪がないと思って、家でおとなしく正月を家族と過ごしているが

雪国は毎日吹雪いている(残念)

元旦から長女夫妻が来たので、飲みながら三略会の紅白歌合戦のDVDビデオをみんなで鑑賞してみた。

紅白88組、漫才アリ、オペラあり、寸劇アリの8時間ぶっ通し、全員会社の経営者、素人とはとても思えない、本格的な、メイク 仮装 。

とにかく一生懸命、楽しそう。

参加したものにしかわからないばかばかしさ。

キャッツのメイクなど、猫の手招きで踊るバックも、最高にばかばかしく楽しそう。

この面々、

その後の三略会での年末あいさつ、今年の自分のビッグニュース二ついてだが、、

顔色はよく、やけに皆々元気そのものだが、この景気では、さぞや、落ち込んでいる方も多かろうと聞いていた。、

挨拶は若手社長からはじまるが、いきなり絶好調です、ときてびっくりした。

みなみな過去最高益、とか、円高で輸入業は最高ですとか、

円高で旅行業も最高です、

暗い話など全くない、世間から見ればとんでもない挨拶。

来年も世間ほど悪くはないようで、8月まで受注済ですという方もいた。

この暮れに、この景気、多少の苦しさはあろうが、

絶好調ですと言い切る気持ちが重要なのか、皆々ツキがあるのか?。

経営者、人の上に立つ人間は、こういうときほど明るくなければならないがツキもあるようだ。

だてに、三略会や髄踵塾で 中国故事を学んではいない、

この方々は、何か違う、あの紅白であれほどばかばかしさを出せるのもうなずける。

馬鹿になれる社長ほど、つきもあり、業績もいいのはなぜか理由を考えながら聴いていた。

何事も一期一会 一心に打ち込むことが重要。

前に、壺中天有り、と書いた。

これこそ、壺中天有り、の効果なのだろう。

紅白歌合戦のばかばかしさの効用も、ガウスの平面、複素数の和で説明できそうだ。

横軸に実経営での努力、縦軸に時々のばかばかしさ[虚数]の度合をとると、その複素数

の和は、両者のベクトル展開となり、実経営軸で大きなプラスとなってあらわれる。

ちょっと虚の時間に一心になれれば、複素数の和は異常に大きくツキとなって現れる

その証拠に挨拶のいろいろなとこで、歌合戦の次の日大きな契約が取れたとか言っていた。これだなと合点がいった。

神様のおかげとおなじだ、ガウスは凄い数学を提案したものだ。

実際にない数 虚数なんて世の中でどう使うんだろうと思ったが、これは神様の世界でつかう数学なのだ。

実経営だけ一生懸命やっても、世の中うまくいかない。

すべて数字でがつがつ苦労しても、かえって結果は思わしくない。

馬鹿になって、みんなではしゃぐ時間も実経営にプラスになるよう仕組まれているようだ。

彼らは社員にも、お客様にも、サービス精神が旺盛で誠実なのだろう。

何事にも人を楽しませ、人を助け、お客様を助ける経営を心がけておられるのだろう。

ばかばかしさの効用をばかばかしい歌合戦のヴィデオから学ばせていただいた。

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2009年1月 1日 (木)

新年あけましておめでとうございます

紅白が終わり、さあ 新しい年が始まった。

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い申し上げます。

ホットアルバムで写真を守る仕事は今年が最後の仕上げの年。

必ず社会共通のアルバムにして、写真文化発展に寄与したい。

パソコンスキルが弱い、主婦、シニア、育児ママに写真を楽しんでもらいたい。

夢は描かなければ、叶わない。

目標は持たなければ、達成できない。

問題は設定しなければ解けない。

人間の能力には限りがない、考えたことは絶対に実現する、不可能はない。

心正しく、人のため、世のためになることであったら、実現しないはずがない。

問題があるとしたら

やり方が間違っているからだ。

思い切り方向を替えてみることだ。

あらゆる施策を、あらゆる方向から考えつくし、やってみることだ。

考えて考えて考えてみることだ。

考えつくしたとき、始めて、思いもよらないアプローチが見えてくる。

答えは右脳にあるようだが、左脳を使い切らないと右脳は働かない。

すべてを考えつくして初めて最後の答えが出る。

そうなりたいなら、遠慮せず、まだまだやるべきことはたくさんある。

工夫が足らないぞと聞こえてくる。

。。。。。と思うと今年も、またまたどれだけできるか 楽しみだ。

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