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2008年12月

2008年12月31日 (水)

ダーウィンの進化論

あいよかけよの12月に、ある質問が載っていた。

ダーウィンの進化論についてというのがあり何かなと考えていた。

科学はあらゆる森羅万象、天地の仕組みを取り出し、測定し、法則化して、証明し、応用しているが、なぜそうなるかは解明できない。

たとえば、引力があることは発見され、質量に応じどの程度の力が働くか、数学的に計算もできる。。。が、なぜ引力が働くかはわからない。

あらゆる物質は、元素から成り立ち、その元素は、素粒子や中性子、陽子、からなる原子から構成されるが、なぜ、素粒子から、そういうあらゆる物質ができたのか?

これら物質からなる、単なる細胞の塊で、脳からの指令を電気信号で伝え動かし生きている生物が、なぜ環境の変化に応じ より良く進化するのか?

進化することは理解できてもなぜ?これもわからない。すべて神様の働きとしかわからない。

猿から人間が突然できたのだろうが、その進化はたった一回しか、起こらなかったはず、なぜこの進化がおこったか?

おそらくすべてのものに

神が作った宇宙プログラムが組み込まれ、このプログラムを変更出来るプログラムがさらに組まれていなければ進化は起こりえない、はず。

それが神様の働きではないかと思える。

そうでなければ、すべてのものがより良く、生かし合うよう進化できるはずがない。

人間がなぜできたか?生物の中で、唯一言葉をしゃべり、計算ができ、二足歩行で手の自由度をあたえられたのか?

これは どう考えても、神を助けさせるために、人や地球を救うために、作られたとしか思えない。

人間に与えられている神からの潜在的な進化の宇宙プログラムは、人を助けるために生きるよう、埋め込まれているはずだ、そう思える。

昨夜ガイアの夜明けの特集版

山梨日立建機の社長雨宮清さん、はカンボジアの地雷処理を大型建機で安全に破壊処理してしまうシステムの開発に精を出している。

経理担当からはもうからないと叱られながら人々を救う活動を続けている。

日本ポリグル㈱の小田さん、アフリカや東南アジアの飲料水、上水施設がない地域の救済のため、汚水を飲み水にできる浄水剤を開発し、地道に行商の苦労をしながら、ジャングルの中で苦労されている。

これら地域の生ゴミも町のいたるところに捨てられ、ハエがたかり不衛生極まりないが、町を奇麗にするために、生ゴミを1晩でたい肥にできる魔法のバケツを開発し、儲け度外視で苦労しているかたがいる。

ジェイペック若松環境研究所高倉弘二さんらである。

素晴らしいことだと感じた。

人間に与えられた、人を助けるというDNAプログラムがここでも発揮されていた。

日本の技術が、世界各地で困った方々を助けている。大きなことでなくてもいい小さなことからDNAを働かせようと思う。

150年前、田舎のお百姓だった文治さんがなぜこんな天地の道理を見透かせたのだろうと改めて思わされた。

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2008年12月29日 (月)

元気になった 隆己君

昨日は妻の還暦祝いと二女の誕生祝いを合わせて、横浜のレストランで、3人の娘の家族とそろっての食事会、

3人の孫と一緒に楽しい食事で、良い年の締めくくりとなった。

とりわけ、3人目の孫、隆己君が元気に部屋を駆け回る声がとてもうれしい。

次女の二男だが、7ヶ月、700グラム程度で生まれてしまい、心配したが、今年は1年間、大きな入院もなく、おかげをいただき元気そのもの、

2歳としては少し小さいが、3人兄弟の中では桁はずれのいたずら小僧、愛嬌もたっぷり、じいじじいじと、言葉もどんどん覚え、お話ししっぱなし^^

娘が破水してしまい、入院した当時、少しでもおなかの中で育てておきたいとの治療だったが、Webで調べても、7ヶ月ではまだまだ、臓器細胞は未成熟不完全、出生後後遺症が残らない確率は非常に低いと知って

4歳、2歳の孫を預かりながら見舞いに行くのだが、父親の私は、おろおろするばかり、

今思えば不謹慎だが、どうせなら、死産のほうが、幸せかもとか、思ってしまい弱気になっていた。

そんな時、娘から聞いたのだが、旦那の婿さん、どんなでもいい、安心して生んで欲しいといったという。うれしかったし、若いがえらい、

娘を安心して預けられると婿さんに感謝し、父親とじいじでは愛情がまったく違うな

心であっても、思ってはいけないことを考ててしまい、反省した。

じいじは自分が苦労したくないだけで、苦難から逃れたい一心にとんでもない、神様がくれた大事な孫を、と大いに反省したことを覚えている。

そんなことからか、母親に言わせると、一番小さいのに隆己君はパパにべったりでパパがいれば、母親には近づかないパパっ子

おかげで真ん中の圭将君が母親を独占、小さいながらそれぞれ神様がくれた命の宇宙プログラムに従い、作動しているようだ。

神様にお礼をいえる子供に育つよう、5代めの信心の継承をこの子らに願っている。

神前で小さな頭を畳に擦りつけ一生懸命に、隆己君よかったね、ありがとうとお礼をいう孫たちにしてやれることは、信心を伝えることだけだ、これが最高の贈り物だ、

確実に心が幸せになれる道だから、残さなければいけない財産だ、これだけ残せれば十分かもしれない。

兄嫁のがん克服といい、沢山の仲間に助けられた数々のおかげといい、今年も良い年であったと、感謝しながら、孫たちとの食事を楽しんだ。

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2008年12月27日 (土)

大殺界のど真ん中

私は、細木数子がいう水星人プラスだから、今年は大殺界のど真ん中、あと1年は自重が必要なはずだ。

前回の大殺界は、QD21という世界初のフルデジタルミニラボ開発という大プロジェクトを率いて写真業界の話題を独り占め、有頂天のなかにいた。

その結果は、売れに売れたが、機械は大トラブル続出、故障は世界に広がり、お客様にも会社にも甚大な被害をあたえ、ブランドを大きく傷つけ、人生初めて、最大の失敗を経験した。

責任を逃れず、辞表を出したが、会社をあげて慰留され、何もしなくていいからと残されて、やった仕事が、今のHOTALBUM、写真を守るアルバムソフトだから、不思議なものだ。

大失敗だったが、あれがもし成功していたら、写真を守るシステムは生まれなかったことになり変な気持でもある。

今回の大殺界は、注意しつつ、会社経営にあたってきた。

それでも必ず何かあると思っていたが、案の定、6月信頼していた仲間のグループに亀裂が入り、新たな一大施策が頓挫した。

私にとっては少し、時間がかかるだけで被害は少なかった、この仲間達を何とか、仲直りさせてあげたいと願い腐心してきた。

12月の最後に、やっとこの仲間達に和解の兆しが見えてきた。

人を助けよという、神様の願いの方向に向かつつあり、感謝している、

あとは大丈夫だろう、きっと笑って会えるような関係になってくれるはず。

これも大殺界にはならないとすれば、あとは何だ。

考えても悪いことはあまり見当たらない。

7か月程度で破水し、未熟児で生まれた3番目の孫Rは、2歳になり、最高のいたずら小僧、元気そのもの、

兄嫁の義姉もがんで2度の大手術を克服、元気で家事を始め、笑顔がもどった。

最愛の姉を8月失ったが、これも、考えようでは、おかげを受けたと思う。

人のためを考え、行動することが自分を助けることになる。。という教えはますます本物と感じるようになってきた。

ありがたいことだ。

小便を放リかけられても笑っておれ、神が拭いてやる、という教え、これは凄すぎて、私にできるかどうか自信はない。

しかし教えには、絶対の信頼を置き、疑いを離れ目先の自分の損得は神に任せて、人を救えば、大殺界も乗り切れるはず。

人を助けよが、金光教の”おかげは和賀心にあり、”の神髄だが、

人を立てれば蔵が建つは、実は科学的にも正しく起こる、天地の道理でもある。

幸運とかツキは 自分の損得を捨て、得ようと思わない心に、舞い降りることは、複素数のベクトル展開[ガウスの平面]でも説明できてしまうし、お釈迦様も口を酸っぱく説いている。情けは人のためならずともいう、みんな自分のためだ。

互いを思いやり、家族を、友人を、仲間を、大切にすることができなくて、人間の資格があるか?と言われそうだ、心しさらに精進しよう。

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2008年12月24日 (水)

飯島愛さん死去 心の悩みか?

飯島さん死去は明らかに心の病であろう。

あれだけ、突っ張った方は実は内面、弱いものなのだ。

正直でまっすぐで優しい性格なのだろうとおもう。

歯に衣きせず、腹から思ったことをまっすぐ発言するため、大好きであった。

過去など人生には関係ないと大胆に生きてほしかったが、引退したときちょっと心配していた、まさかとは思ったが、まことに残念である。

人生を真剣に自分のことを真面目に考えすぎてしまったのであろう。

今、心の病は、どんどん増え、どうにもならないところまで来ているような気がする。

心の病は、考えれば考えるほど落ち込み、考えないようにすればするほど、これまた落ち込むから始末がわるい。

古来からも白隠禅師 の 内観の軟酥の法とかいうものもあるが、こんな丹田臍下呼吸法で治るようなものではない。

江戸時代と違って情報の質が違うから、心の悲鳴は半端ではないのだとおもう。

天地の道理、法にのっとった情報なら、いくら雑情報が氾濫しても心は痛まないが、

現在の雑情報は法にのっとらないから、心がギシギシ病むのだとおもう。

病気のことを忘れるのが一番いいとかいうが、忘れろと言っても絶対無理なのがこの病なのだ。

私も経験したから、よくわかる、34歳のころだ。

小さなこども3人と妻を抱え、この先、こんな状態で生きていけるか不安で不安でどんどん追いつめられる。

それこそ、早く楽になりたいと思ったこともある。子どもと踊りながら毎日笑う練習は、心の中では悲惨そのものだ、そういうことでは絶対に治らないのだが、わらをもつかむつもりであった。、

心の病を救うには、自分が鬼になってもやり遂げたいことを探して没頭することしかない気がする。私の場合は、上司と闘って夢のような研究室を作る戦いを始めることであった。

若い時、当時としては世界で初めてのIDカードだったと思うが、反転カラーペーパーを使って大型カメラで直接撮影し、迅速現像システムと組み合わせ、大阪万博用の入場証システムを開発し成功し、導入した。

その後このシステムは警察庁に認められ、日本の運転免許証として受注し、その後中央研究所で開発されたダイレクトポジペーパーがこのシステムを支え、以降長い間、コニカが日本の免許証システムを独占してきた。

この若いころのこの成功で抜擢されてしまった私は、仕事をやりたいというリーダー的な強い自分と、年上の部下や仲間に指示できない優しい自分とが混在し、心が病みつずけ、自律神経失調症という心の病に倒れてしまった。

不安で出社もままならない状態がつづき、悶もんとしたが、考えれば考えるほど、落ち込んでゆく、そんなおり、親の代からの金光教の教祖様の言葉をさがして、KJ法で解析し。。。

。。。人間は天地の恵みで生かされて生きているのぞ、そのありがたさが理解できたら、そのお礼に人を助けるのだぞ。。。人を助けることが真の信心ぞという本質的な言葉を最後のカードに表札として書き当て、感動し、これだと思い、人を助ける意味をとことん考えた。。その挙句、

徒弟制度のようなピラミッド組織でやりがいのない研究室を変えるため、自ら戦ってみよう、と決心。研究室のこれからの人を救うために

みんなが生き生きと生きがいもって働ける夢のような研究室を作り上げるために命を懸けてみよう。。人助け(結局は自分が助かることを神は教えているのだが)を決心し行動に移したことがある。

その工夫を始めた、その日から実は、病気のことはすっかり忘れてしまうのだが、あらゆる保守的な抵抗勢力の上司や、人事、と壮絶な闘いをしながら、12,3年かけて、フラットで自主管理により、仲間が助け合い、創造的な開発ができる、集団天才組織と名づけた夢の開発の組織づくりに成功した経験がある。

、研究グループは研究室に、開発センターに、と昇格し、私も多くの発明をし、そのおかげで、52歳で紫綬褒章をいただくことになってしまったのである。

なんという、おかげか?私の会社での口癖は、人を立てれば蔵が建つ、となった。

心の病が、私の焼入れ、刃の焼き直し、となり。大きな成長となってしまうのである。

飯島愛さんにも、自分のことより、他人を救う活動を勧めたかった。あの方なら私などより、はるかに、多くの方を救え、結果的に彼女も救われたのではないかと思う

成功したければ、他人を成功させることである。

人徳がつき、必ず神はあなたを成功に導いてくれるはずである。

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2008年12月21日 (日)

久しぶりの札幌と 不況対策

先週末は久しぶりの札幌、確実な温暖化? 雪もなく温かい雨が降っていた。.

南教会にお参りし、数時間も先生と経済不況のお話をし、すっかり盛り上がり長居、お邪魔してしまった。

ホテルの入口で東京からはいったO取締役とS社長にばったり、そのまま食事に向ったが、その場でも、次の日の夜の食事でも、話は、やはり100年に1回の経済恐慌。

深刻な世相である。

不況と円高レイトのダブルパンチ、雪がないこの温かい冬がどんなにありがたいと感じている方もあるかもしれないが、ちとさみしい・

今回の札幌出張中、古い友人から、会社が倒産、破産整理中だがやっと落ち着いた、というメールをもらった。

何とか職を探してあげなければならないがあるだろうか?心配だ。

世界中で、何百万人もが職も家も失うだろう。

ほとんどの商売がうまくいかなくなるはずだ。

何とか世界の人々を救いたいが、マフィ-の法則のように私が念じても、だれも助けられない。

誰もが自分だけは助かりたいと念じるだろうが、こんな時、物質的な助かりは、なかなか難しい、世界中不景気なのだから、あきらめざるを得ないだろう。

物事は因果律による結果でしかないから、不況の影響を受ける受けないも日常の心得次第、

まずは、日頃の悪行を素直に反省し、あとは、本人の積み重ねた日頃の善行がどれだけあるかで救われるかもしれない。

それでも、物質的な助かりは難しいそうだ。

ひとつだけ、全員が助かる道がある。

心の助かりだ。

心はどんなに不況でも自分の努力で助かる。

心が豊かなら、どんな不況でも幸せに生きられる。

人間には、物質的で計算的、言葉をつかさどる本来自己中心的な思考をつかさどる左脳と、

無意識ではあるが、膨大なイメージ記憶をおさめた、無意識の愛の世界をつかさどる右脳がある。

この右脳なら不況から人を救える。

右脳は物質とは関係ない、心、魂の部分であり、経済がどんなであれ、お金がなくても、病気でも、倒産しても、訓練すれば、幸せになれる。

この右脳、には、

何段階かの無意識レベルの心や魂があり、最も奥、最高位には、宇宙、天地と一体の神様がいるそうだがこのレベルになれる人は、お釈迦様とか、わが教祖様とか、世界でも何人かしかいないようだ。

本来は、だれでも、すべての段階の愛の心、や神様の心をもっているのだが、通常は利己的な心[左]が強く、自分でもその存在に気がつかない、

最も奥の心におられる神様も本人がそうなるまではじっと見ておられるのだそうだ。

宇宙の仕組み、天地の恵みが理解でき、感謝する心がめざめ、我欲がなくなり、人のことが自分のことのように行動できる意識が芽生えれば、その奥底の神の心が、助けてくれるようになる。

欲をすて物質にとらわれず、心が豊かになり、気づきが生まれれば、[右脳の奥の神さまが働いてくれはじめ、助けてくれる、結果的には、物質を含め、おかげを受けられるようになり、大きく救われるのだそうだ。

いらいら、恨み、ねたみの心では、無意識の右脳におられる神様も手の施しようがなく、、どんどん落ち込むばかり。

目先の物質の欲を捨て、自分のことは死んでもままよと神に任せ、人を助けるような心の豊かさを持ち、行動すれば、その因果律は膨大で大きなおかげが授かるという。

このようなことが、米国のモンロー研究所や国際心理学学会や国際宗教、超心理学会(IARP)、立花隆著の脳死体験など、科学的な宗教解析や、超能力研究グループが共通一致した考えとして、提唱している。

彼らが提案している科学的で世界平和を追求する、新世界宗教の必要性やその考え方は、実は

”「おかげは和賀心にあり”]、という 我がお道の、教祖様の教えと、まったく変わらない、から、びっくりなのである。

江戸時代のお百姓であった教祖様のみた神の心と、世界的で科学的な宗教学会の研究結果がおなじなのは、実はこれは宗教でも何でもなく、人間本来の幸せに生きる、生き方なのだから一致するのは。当たり前なのだが

心という霊的な右脳の構造、その奥にはだれでも、心がけ次第で守ってくれる自然のの神様のような心が誰にも存在する。これを研究者らは神と呼び、プルシャとか、カラーナとかガイドとも呼んでいる・

通常人間がもつ右脳の無意識のこの愛のうち、誰にもある、最低レベルのものは、親子の愛とか本能的なものだが、

この右脳、無意識レベルを訓練で高め、欲を捨て、人を助けるような心が持てれば、

こんな不況でたとえ倒産しても、豊かな明るい心で生活を送れ、そのうち、徳がうまれ、突然 大きな仕事や幸運にめぐまれ、救われる、何かが働いてくれることになるようだ。

マ-フィ-理論のように願いをただただ念じるだけでは、だめだが、心を磨き、善行を積み、人を助け、努力、修行すれば、だれでも願望はかなえられるような気がする。

どんなに不況でも 来年もぜひよい恵みがみなさんにあるよう、

こんなことを考えながら、飛行機に乗ったら、朝便なのに、すぐ寝こんでしまい、着陸のガンガンという振動で目が覚め、すでに、羽田であった。

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2008年12月19日 (金)

吮疸[せんしょ]の仁

橘三郎の随踵塾 昨日の課題の3つのうちのひとつ

中国戦国時代初期の人 呉起は孫子と並んで 孫呉 と称された兵法家、

孔子の弟子の會子[そうし)の門にはいって儒学をおさめたが、苦労して将軍となった後も、最も身分の低い兵士と衣食をともにし、馬や車も使わず、自ら食料を担ぎ、士卒と労苦を共にしたひとらしい。

ある時一人の兵卒が腫れものを患い、行軍できなくなった、すると呉起は、この兵卒のところに行き、自らの口で膿を吮(す)いとってやった。

その話を聞き、母親は大変悲しがり声を放って泣いたという、

これを見た人が将軍ともあろうものが、自らあなたの息子の疸を自ら吮いとってくれたのは大変名誉なこと、どうして泣くのかね と尋ねた。

実はあの子の父親も呉起将軍から同じことをしてもらい、大そう、感激し、戦では退却もせず死んでしまったのです。

あの子もいつかきっと自ら進んで勇んで死んでしまうのではないかと、悲しくて仕方がないのですという。

これも人の上に立つリーダーの心得の一つだろうが、社員に対するTOPのとるべき態度表現の仕方はいくつかあると思うが、

私が昔コニカ時代で、組織改革を手掛けたとき、メンバーみんなに、自分が求めるリーダーとは? をKJ法カードに書き出してもらい、まとめたことがある。

みんなが求めるリーダー像を部屋に大きく張り出し、私はもちろん、各レベルのリーダーもそれを目標に、各チームを責任もって運用してもらった。

その時全員のカードから、明確になった理想のリーダ^像とは、:

(”常に夢を語り、行き先と目標を明確に示し、部下を信じて任せきり、成果を強く求めてゆく人”)

であった。

なるほど部下から見たリーダー像は素晴らしい、下は上がよく見えている。厳しいリーダー像であり、極めてまともであった。私はずっとこれを理想として追及してきたが、

もちろん先見性をもった、高い目標、圧倒的な差別性を持つ商品企画など、常に勝つことが必須条件だが、これにもKJ法が大いに役立った。

社員、部下に対するのと違って、お客様にも徳と仁が必要な気がする。

戦争中に訪問したレバノンでは、一生忘れないと言ってくれ、その後もがんばってくれた。

インドの写真屋さんを訪問した当時、コーラを運ぶ三輪車を見れば、瓶の口に垂れた甘いコーラにハエがわんさとたかっているのを見ているのだが、

どの店も、そんなコーラを瓶の栓を抜いたまま、コップもなくわたされる、それこそ下痢ぐらいなんだ、死んでもままよ、と平然と飲んで見せるのがが礼儀でもあった。

若い頃、から海外のお客が日本に来て休日があれば、必ず車で富士山へ連れてゆき、家に泊まってもらい、裏千家の妻のお茶を体験してもらい、畳の部屋で布団で寝てもらい家族ぐるみのもてなし、日本を楽しんでもらった。

そういうお客は会社を離れても付き合いが切れない。

社員にはやさしい心を内に秘めた、厳しさと徳や仁が必要だが

お客様には、本当に吮疸[せんしょ]の仁が必要とおもう。

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2008年12月17日 (水)

世界同時不況にどう対処するか?

日経に竹中平蔵氏が世界同時不況にどう対処するか?を書いている。

日本経済はこれでよくなるという期待を持たせる政策をやるべきだという。

まさしく大賛成だ、彼の発言にはしがらみがない、守旧派の自民党や評論家の多くはしがらみだらけ言い訳だらけ、明らかに官僚と権益を守る姿勢が明々白々だ・

構造改革が止まり郵政改革を逆行させるような発言をする輩をみのもんたも、田原も、たけしの番組も重用する。

最近のマスコミに竹中さんなどはほとんど出てこない。こういう人の意見をきちんと事あるごとに、数多く国民に聞かせるべきであろう。

情けないことだが、みのもんたがTVで何か言って世の中変わると思っているのか?、勘違い、不遜も甚だしいと思うのだが。

正しい意見も、反対意見も、流せば両方正しい意見となってしまうことをマスコミは理解しなければならない。

今は高度成長期のノ-天気な時ではない。100年の危機である。

これがやりたい、これをやれば確実に経済は良くなるという姿勢、を政治は示す時だが。

郵郵政民営化反対の閣僚を据え、副官房長官を置いた時、麻生さんの行く末は見えていた。

郵政民営化反対者は自分の権益を失うから反対しただけであり憂国の情などあるはずがないことなど誰でもわかる。

道路族の道路税の特定財源の一般財源化反対論を見ても同じ構造だ。

構造改革で既得権益を失った人はたくさんいる、甘い汁を吸っていた人は懐かしい時代を取り戻したいだろうと、警鐘を鳴らす竹中さん。

われわれは大変な分かれ道にいるという意見には賛成だ。

職を失い、住む家もなくなる派遣社員が大勢この暮れに放り出される。何兆円の利益を得ていた企業がさっと派遣を切る、何で1年くらい保護できないのか・と不思議なきがする。

政治家も経営者までもおかしくなってしまったのか、この国は?と情けなくなる。

こういう100年に一回の危機こそ、みんなでセーフテイネットの一部を演じ合わなければ、何が世界的な企業か?と言いたくなる。

情けは人のためならずは真理である。

人にも企業にも仁や徳が少しはあってほしかった。

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2008年12月15日 (月)

壺中天あり

壺中天あり とは、安岡正篤氏の百朝集に六中観という人の道を説いた言葉の中のひとつ、

死中活あり、苦中楽あり、忙中閑あり、意中人あり、腹中書あり、の中のひとつに壺中天ありがある。

意味は、中国の故事で、

世の中が乱れに乱れ大変な時、政治を任されたある重要人物が毎夜出かけるので、あとをつけてみると壺の中に入ってゆく。

その壺の中で、竜宮城のような夢心地になれる楽しい一時を過ごし、また政治の修羅場にかえっていくのだそうだ。

どんなに大変なときでも、どんな人にでも、至福のひとときを過ごせる小さな壺があり、それがあるため、また頑張れるというような意味だそうだ。

今日、ベンチャー企業の社長の会 三略会の紅白歌合戦が行われ、冒頭主宰の橘三郎から、この厳しい時、社業を忘れ、壺中天を楽しもうと挨拶があった。

その通り100年に一回の恐慌だ、どの企業もそれどころではないはずだが、こんなときだからこそこのばかばかしいほど明るい紅白歌合戦に命をかけ、また明日からの厳しい戦いに向かうのだと思う。

産経ホールを借り切っての、44組づつ88組の白組ポピュラーと紅組演歌にわかれ、11時から19時まで、休まずぶっ続けで、演劇や漫才などを入れながら戦われる。

武社長の演じる特攻隊基地での”知覧の母”暗かったからよかったが、私はづっと涙がこぼれて止まらなかった、彼女の演技力は凄いし、兵士や将校もびしっと決まり、感情移入が十分で素人芸とは思えない。

ほとんどの出場者が目いっぱいの仮装を凝らし、農夫、車夫、不タキシード、女形、電飾衣装などそれはそれは、ばかばかしいほどの力の入れようで、いかに40人ほどの審査員の得点を稼ごうとするとはいえ、工夫に工夫を凝らす。

本物の紅白より遥かにたのしい、歌も予選を通った本格的なものがおおく、バックの応援も、大道具など、本物の人力車に美人歌手を乗せて登場するなど、豪華そのものだ。

現役慶應大学のチェアリーダーや30人もの女子高生など家族を通じた、応援動員もすごく唖然とする。

一人の出場者をいかに豪華にみせるか、周りが応援を工夫するか?事前の助け合いがすごい、その中心になっているのが,未悠征 社の橘先生と武社長だ。。

みな奥様、子供、友人、孫までつれてきて観戦、テーブルで飲み食いしながら一日楽しむのだが、普通のカラオケ大会とは全く違うから、休みなしの8時間生放送が耐えられるのだろう。

今回。私は初出場、

家族とコニカ時代の女性2名を連れて参加したが、みな満足のようで安心した、やれやれ肩の荷がおりたが、これが8年も続いた紅白か。。と初めて知った。

六中観には、人間の不変的な真理である、人格を涵養するのは人徳だと、

人徳がない人の行動は必ず破滅するとも説いている。

出場者を周りがいかに盛りたてるか?一人一人のそれこそ小さな助け合いとチームワークが橘先生のシナリオ通り、進むという感じだ、先生のシナリオと武社長の人徳が全体をキビキビ動かす。

この全員の協力、徳のピラミッドがなければこの紅白は成り立たない、小さな助け合いの積算が大きな紅白を爆発的に盛り上げる。

まったく別々の独立企業の社長の集まり、特にわがままになるはずの人達、200人以上の会場を一糸乱れずまとめて動かす力はすごい。

人徳を勉強するにはもってこいの一日であった。

結果は私の紅組の負けで、これで3連敗だそうだ、白は若者が多く、圧倒的に強い。

演歌では勝てそうもないが、来年また頑張ろう、総合成績4勝4敗で来年が本当の決戦だ。

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2008年12月 8日 (月)

ホットアルバム が かわさき起業家優秀賞を受賞

12月5日に行われた、

第56回 かわさき起業家オーディション ビジネス・アイデアシーズ市場にてホットアルバムの デファクト的な普及活動への挑戦というテーマが「かわさき起業家優秀賞」を受賞しました。

http://www.kawasaki-net.ne.jp/bizidea/

応募は15件、7テーマが最終審査会に残り、会場の100名弱の方にプレゼンし、審査の結果起業家優秀賞に選ばれた。

デジカメ写真は、パソコンやメモリーカードで便利に保管しているが、撮った本人以外の家族には自由にならず、プリントも出来ないから、遠くの家族や友達ともシェアできず残らない。

次から次と保管しても、使わないから、見る気もせず、知らないうちにどんどん消えてゆく

この基本的な欠陥を多くの方に知ってもらうことが目的であったから、最高の評価で、ありがたい受賞であった。

デジタル先進技術でありながら、現状のデジカメシステムは、お客様の大切な思い出を守れない実態を、社会問題として、ぜひマスコミで取り上げていただき、多くのユーザー、特にPC知識が十分でない、主婦、シニア、育児ママに広く知ってもらい注意を喚起出来ればと願っている。

無意識に安心保管できてこそ、誰とでもシェアできてこそ、すべてのユーザーが写真を楽しめるはずだから。

今回の応募は、我が社が地元の川崎の企業ではないため、銀行系の支援は難しいと思っていたから、社会認知で十分だ 

現状のままでは写真データが探せない、残せない、進化で再生できないなどで、80%の写真は30年後には消えてしまうことを知っていただければ十分である。

ポットアルバムコム㈱が写真を守りたいと願う企業であり、無意識安心保管のアルバムビジネスであることが発信できたら。。。と思っての応募であった。

最高評価の大賞には、山形からきた、金田さんという若い女性デザイナーの言語障害のある障害者や介護者が絵本で会話、コミュニケーションをするためのツール絵本のビジネスが評価され受賞された。

障害者や介護ようのツールなどは、大企業がなかなか扱わない、個人でじっくり開発をしているこういう方ほど公的な機関が支援しなければならないと思うから、心から拍手した。デザインや考え方もしっかりしており、長い間の開発が報われた本当によかったと思う、

評価も公平で立派な審査結果でありよかった、大切な仕事だから頑張ってほしい。

ホットアルバムもNET販売の受発注、発送作業は障害者の作業所を利用している。

障害者支援は、寄付や同情をすることではなく,一般社会と共生するための仕事を提供し、障害者が一人でも家から出て楽しく仕事ができ、社会に貢献できる環境を与えることが重要だと、障害者の父親からお聞きし、ホットアルバムのNET販売は、最初から障害者の作業所にお願いした。

障害者との共生をテーマにすすめ、まったく発送みすなどの事故もなく信頼できる仕事をしてくれている。

ホットアルバムは写真を守ることと、障害者の仕事も増やしていきたいと願っている。

たまたま、今回、かわさき起業家オーデションで受賞した企業、紫式部という会社、古書のNET販売ビジネスで応募された方だが、^^^古書のNET受発注の件で、私どものNET受発注作業所を訪ねたことがあり、検討しているとのことであった。

真に世間は狭いねと、びっくりした。

不況で多くの方が路頭に迷うこともあるとおもうし、障害者の仕事も苦しい状況だろうが、社会全体でセーフネットを支えることが重要で、まずは小さなことから個々に行うべきであろう。

人間以外の動物も植物も、自ら餌を栽培したり作り出してはいないが彼らに不況などない、どんな天災でも互いに助け合って共生し、立派にバランスし生きている、

人間だけが不況や天災で右往左往しているが、明らかに人災であろう。人間以外の天地の仕組み、助け合いを見習うべきでもあろうとおもう。

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2008年12月 5日 (金)

ある社長の定年

昭和の銀塩写真ミュージアムを栃木県の鹿沼市に創設し、写真店プリント館Do(ドウ)を展開、印刷業や写真屋さん45の初期のミニラボモデルを考案し、写真文化の発展に、私財をなげうってきた巨星、大塚正弘社長が62歳を定年とて12月で自ら身を引き、子息の康弘さんに社長を譲る。。。と発表した。

そのことを、伝えたかったらしく、 昔の仲間数人が鹿沼の別荘(研修所)に呼ばれ、久しぶりに集った。

おいしいワインと食事をいただきながら、昔を語り、引退の気持ちを打ち明かされた。

えっとびっくりしたが、大賛成した。

息子さんも、私の研究室で修行していたこともありよく存じている。

デジタル技術者だが、骨のある若者だ。

あのあと6,7年東北のラボの社長を経験しており、まだたしか35,6歳くらい、かれがこの春結婚したことも、ここで社長を任せてみようと決断した大きな理由らしい。

若いが努力家で、責任感もあり、研究室でも人気があった。じっくり世の中を見ている男で、、この難しい時代に彼なりの経営を見つけ、荒波を乗り切ってゆくだろう。

それにしても、この一番難しい時に、息子を信じ、会社を任せ、引退する勇気はなかなかのもの。

天下りし、いつまでもやめない公務員がいる中で社長自ら、区切りをつけ、後継者にゆずる勇気は我欲があってはできない。

100年に一回の大不況、後継者にとっても、最大の試練のチャンスとこの時期を選んだのだろう。

なんとも愛情深く、厳しい、教育だ。

写真にしても、印刷事業にしても、最大の危機をむかえている。

こんな時期だから、新社長の大きな成長が楽しみだ。

正弘社長の引退後の活躍も合わせて期待している。きっと面白い人生を見せてくれるだろう。

特に写真家としての新たな活動があるのではと期待している。

この決断をもろ手をあげて賛成する、見事というしかない。

いつの時代も、若者の可能性は大きい。いいことだ、きっと必死に、経営を楽しみ成長するだろう。

彼が会社を私物化していない証拠でもある。この決断はきっといいことがあるような気がする

する。

正弘社長の写真の作品のような、青空にぽっかり浮かんだ素晴らしくきれいな雲景が見えるようだ。

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