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2008年8月

2008年8月31日 (日)

高杉晋作とホットアルバムの志魂「こころ)

先日、突然電話があり、産経新聞の企業の志魂(こころ)という広告企画の取材を受けたが、其の記事が今朝の朝刊に載った。

取材の結果、わが社がどんな歴史上の人物やその故事と関連付けて紹介されるか楽しみにしていたが、

尊敬する吉田松陰が称えた英傑、高杉晋作の”俊敏奇警と、志と気概会心のHOTALBUM”として紹介された。

広告なのに、どう書かれるかわからないという一風変わった橘三郎という作家の作品なのだが、この方なかなかおもしろい気骨の男でもある。

彼によれば、わが社の取材の結果、印象は、高杉晋作の

”戦は武士がするもの” という常識を破って志あり、力量あるものなら身分を問わずで奇兵隊を創設、武士ばかりの幕軍を、各地で打ち破ったことで有名だが、”礼譲を本とし人心に背かざる様”を指針に有為の民衆を結集しての快挙でもあった。

ホットアルバムの企業の志魂は、デジタル写真が10年先にも遺せない欠陥を持つ安心保管出来ないことを憂い、小さいながらこれら巨大企業を向こうにまわし、その解決に取り組む姿が、志あり力量あるものの俊敏奇警企業と映ったらしい。

写真を守りたいという志と大義が、礼譲を本とし人心に背かざる様の指針も微動だにしない、とのこと。

ありがたい紹介だ。しかし短い取材で、ここまで、こちらの心が読めるのか、その力はすごいと思う。

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2008年8月29日 (金)

デファクト化への武器

一人勝ちしか考えない、各社に言うことを聞かせ、業界統一のアルバムを実現をするには、特許しかないが結論だった。

屈服させる特許を出せるか、どうかが問題だ。

開発と並行して強い特許を沢山出願するには、今までの方法では、無理がある、アウトプットを確実にするなら、必ず仕組みを変えなければならない。

仕組みも変えず、開発者のしりをたたいて、特許を出せだせと言えばいいという経営者が多いが、これは最低だ。

必ず創造的なアイデアで、目標にふさわしい仕組みを変えるべきである。

私がとった施策は、特許部(知財部)を説得し、デジタルのこの分野に明るい外部の弁理士、(代理人)を職場に常駐させていただくことだった。

特許部は通常、開発者の話を聞いて、外部の弁理士を使って出願させていたわけで、ドウセ自分で明細書を書くわけではない。

結果的には特許部は要らない、直接やります。

といっているようなもので費用も変わらず、効率も数倍上がる。

写真を100年安心保管するために、必要になったアイデアや技術は、開発しながら常駐の弁理士が、その場で、クレーム「特許請求の範囲」を考え作成していった。

開発開始後、1年およそ120件程度出願したあとだったが、これだけ苦労してどれだけ特許として成立するか?

この特許を使わなければ、同じような商品は作れないという、デファクトつくりの武器になるのか?

今まで特許は出すときだけ真剣だが成立させうるものか、心配となった。

多くの特許は成立しても意外と抜け穴があり、たいてい同じような商品が他社から出てしまう。

絶対抜け穴はないと、いくら考えつくしても、出願や開発をしている側からは発見できない穴がある。

相手側から見れば、公開された特許と商品を見て、発想すれば、意外に別の抜け穴がみえるものだ。第3者にはもっといいものが発見できるものだ。

当事者の発想,視野というのは相当狭い。いったん、これはいいとか、うまくいくとおもうと、其の枠から出られなくなる。

これを打ち破り、相手の気持ちで考えて再チェックしなければ、抜け道だらけなるかもしれない。この際第3者の目を仕組みで作ろうと考えたわけである。

其の方法は、これまた画期的かも知れないが、

相手企業から競争商品が出てきたという想定で、今まで出願した特許で、差し止め請求ができるかどうか?を仮想裁判することにした。

別のおおきな特許事務所から選別した専門家の弁理士数人をお願いし、今まで出願した特許で、SONY「仮想)から同じような商品が、松下からも別の商品が出てきた。という想定で、

われわれの特許で、この商品を差し止めできるか、販売中止させることが出来るか?の裁判を行うことにした。

500万円ちょっとの費用はかかったが、2ヶ月間戦った、結果は大敗北。

やはりという感じであった。この裁判のおかげで、何がかけているか書き方のどの部分の何が悪いか?

抜けている部分が良くわかったから、これから、どんな出し方をしておかなければ、いけないか。

ここから,すべて出直しだったがこの裁判は非常に良かったと今でも思っている。

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2008年8月28日 (木)

最大の敵はいつも社内だった。

写真を100年安心して保管し鑑賞するためには、社会共通のアルバムでなければならない。

便利で簡単というだけなら保管の方法は無数にあるが、パソコンもメモリーカードも、自分のためだけのものであり、それもせいぜい10年程度の寿命で長くは保管できない。

写真は自分は写らず、家族や仲間を撮るから、家族や仲間が自由に写真を見れなければ意味がない、だからデータを誰とも交流、交換できて、家族や、仲間が、社会共通に使えることが必要だ。

みんなが使っている、そんな商品がデファクトだ。

企業は皆競争をしているから、いくら社会共通のアルバムが欲しいといっても、企業が話し合いをして自発的にデファクトにすることは絶対に無い。

SDカードもメモリーーステックも、XDカードも皆一人勝ちを狙って、譲らない、どれかが消えるまでがんばってしまう。

其の点、次世代DVDでは本格的な普及の前に東芝がHD-DVDをあきらめ決着が付いた。東芝としては断腸の思いであったろうが、この英断で光DISCは3世代共存し、お客様に迷惑かけない唯一の媒体が実現した。

コニカのようなデジタルや家電企業でない会社が業界をリードして統一規格の策定が出来るなどと、同考えても無理がある。

しかし、いくら考えても、どんなに大きな企業が、どんなに良い商品を出しても、1社では、写真を100年保管するシステムにはならない、ばらばらでは、やらないほうがまし。。と直観でわかる。

それには業界統一規格が必要だし、デファクトにしなければならない。

小さな企業が、巨大な企業を動かすにはどうしたらいいか?毎日考え抜いた。じわりじわりでもいい、強制的にデファクトを作りあげるには、その方法はないか?

特許しかないという結論だった。

お客様の写真を100年守るという大義と、これしかないというような商品魅力を備えた画期的なシステムを考えだし、この技術を徹底的に特許で押さえる、そしてこの特許を業界に無償で提供することだ。

システムのコアとなる部分を、業界規格に仕上げ、これを社会に無償で提供し、規格の周辺でビジネスを考える。

お客様、業界各企業、リテイラー、など皆、互いに損がなく、win-winとなるような配慮のある仕組みができたら、其の上で、自社も儲かル仕組みを乗せられたら。

相手を立てなければ蔵は立たない。

お客様のことを最大に考えれば、自社の利益は神様が考えてくれるはずという戦略だが、それには社内の反対をどうおさえるか?

いいものが出来たのに、なぜ自社だけでやらないんだ。

デジタル時代の世界の常識は、アナログ写真企業の社内では非常識だった。

またあいつが変なことをいいだした。社内の反対を押し切れるかが最初の戦いだった。

責任を回避するために、徹底的に保守的でリスクのあることをやらないようにする社内会議という仕組みが最大の敵であった。

説得は無理、作ってしまえば、理解されるはずとおもって、並行して理想の商品を考え抜き、ひらめきと実験で、着々と出来上がっていった。

常に新しいことばかり考え、実行してきた、昨日と今日は何かが革新されていないといけなかったから、私の最大の敵はいつも社内だった。

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2008年8月26日 (火)

企業の志魂「こころ」

産経新聞の日曜版、新聞の下段に、毎週5社ほど紹介される”企業の志魂(こころ)”という記事がある、これを書いている橘三郎という主筆の方から取材の訪問があった。

志があり、社会的にも信用ある企業を尋ねて、中国の故事や日本の歴史上の人物,故事などとあわせて紹介している記事だ。

起業3年で60%、5年で85%が消滅するなか、ホットアルバムのような2年程度の会社を紹介するのは危険なため、例がなかったが、HPをみて、スタッフがその志に感じるものがあり、熱心に薦めるので取材に来てみたそうだ。

なるほど元気で志高い社長のようだと気にいってくれたようで。。。産経新聞の31日日曜版に載る予定とのこと。どんな記事になるのやら、

橘さんの足元にも及ばないし、さっと故事が出てこないが

技術者の癖に、創造的な発想法を求め、若いときから、一通りの日本の歴史や人物故事、中国の三国志、水滸伝、孫子 ·論語 ·や·釈迦が伝えた法華経、までをよんでいた。

部下にも毎月3万円は、本を読めといいつづけてきた。

若い人には、植木の肥料や水やりのようなもので、人間の土台作理に良く効くはずだ。宗教や、歴史上の人物の生き方、事に当たっての判断や、故事、格言など、ものすごくいい。

橘さん、私にとっては、とても親近感があり、、魅力ある方だ。

今まで5000社以上を訪問し、記事にするだけでなく、気にいった方をあつめて三略会なども主催し、人脈つくりなどもされている、

お話していて、取材の間、その魅力に取り込まれ、久しぶりに、志が燃えたぎる時間であった。

長い間、大企業にある程度の地位で勤めた方は、会社の名刺と部下の力で仕事をし、実は自分では、何も出来ないのに勘違いし、起業、大失敗する方が多いとのこと。

もうひとつ、確実に失敗するのは、志もないくせに、上場を目的にし,IPOをめざして投資家をだます戦略に酔ってしまう方らしい。

幸い私は、意識して、名刺で仕事をしなかった。自前の実務を身につけ、イメージ記憶の右脳で発想するためにあらゆることは、まず自分で体験し、基本を勉強したうえで、あとは部下に任せたのでよかったらしい。

専門ではないが、特許実務でも、契約法務でも、マーッケッテイングでも、広告でも、起業後、すべて自分でやれた。サラリーマン時代丸投げせず、何でも一通り自分でやっておいて良かったなといつも思っていたから、橘さんのお話は、納得できる。

どんなことでも、新たなことを経験したら、まずその専門書を読んでみる。

それはスポーツでも、趣味でも、仕事でも、小さなことでも、基本をしっかり、調べてみる。

3日もあれば5,6冊読める。そして自分でやってみる。

直観が働くか働かないかが判断基準だ。直観が働かないのは、その部分は丸投げしていた証拠だ。

それ以上は専門部署でない限り要らない。契約を勉強する場合でも判例まで調べてみる。

私の最大の弱みは、経理、財務だろう。それは頼りになる部下が長い間一緒にいてくれたからだが、

今も役員にすばらしい財務の専門家がいるが、最低限の基本は自分ですべてわかるよう勉強しなければ、これから直観が必要になるから。。。

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2008年8月25日 (月)

写真を守るならデファクトアルバム

写真のストレージサービスをどういうものにするか?は実は簡単ではなかった。

普通なら、デジカメ用アルバムソフトだから、どういう機能を盛り込み魅力をつけるか、市場調査や顧客調査で設計すればいいし、差別化機能を探せばすむ。

しかしながら、写真を守ルには、100年保管出来なければならない、、どんなシステムでもデジタルは20年もたてば、ハードもソフトも進化し、消滅している。

アルバムが100年劣化せず、進化もせずに、保管しておいても、再生システムがないはずだから意味がない、

進化に遅れず、自在に乗り継げ、書き換えられる。しかも社会共通、デファクトでなければならない。

一社だけ、各社,がいくら良い性能を開発しても写真は守れな。

ばらばらなら今のままでよい、NETにはPicasaがあるし、PCにはMS、my-picture、MACにはi-photoなどがありお客様は困っていない。

お父さんは蔵衛門、お母さんはマイクロソフトのDigital image pro、娘はCanonでは、家族が使うアルバムはばらばら、互いの写真を自由にみることも出来ない。

たとえばいま私が死んでも、パソコンにあるおよそ、1万枚の写真は家族が見ることなくパソコンとともに消滅してしまうだろう。パスワードすら妻は知らないはずだから、わざわざファイルをあけて探してまでみてくれないはずだ。

店のサービスも付属のビューワソフトが、それぞれ違っていては、やはり家族でばらばらとなってしまう。

富士カラーCDにしろ、KODAK-pictureCDにしろ、一生懸命売ってもまったく売れないらしい。メーカーは保管サービスの共通互換性の重要性にまだ気がついていないようだ。

赤ちゃんが生まれて、成長し、おじいちゃんになって孫に写真を見てもらうには、家族や仲間が共通のアルバムで100年乗り継げるようなものでなければならない。

なにしろ、家族も、仲間も、誰もがそのアルバムを使うことが常識になるようなデファクトアルバムなどやったこともないから実現できるとは思えない。

それしか、写真を守れないとわかっても、今までの常識ではそれに気が付くことさえ、難しいだろう。

HOPTALBUMはそんな中から、社内も業界も説得しながら、不可能と思われた、それはそれは、気が遠くなるような道を作ってきた、物語である。

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2008年8月23日 (土)

富岳崩ルルト雖モ

デジタルでは、アイデアがよければビジネスになるかというと、そうでもない。欲しければ、いつでも、何でもパソコンやインターネットを使って、自分でやることが出来る。

そして、広告の提供と相殺となるが、必ず無料で提供されるモデルが出現する。

そういう中で、上場企業が新規ビジネスを考える場合、少なくとも年商100億円程度の規模が必要となる、そうでなければ手は出せない。

なぜなら、

開発、評価、品質管理、営業、本社管理部門などコストに計上される関連部門を含めた直接、間接の費用や2次配布は膨大なもので、販売量が少なければ、とんでもない高い原価となってしまい、企画段階でボツとなる。

これが企業の商品開発においてイノベーションのジレンマを生み出す元になっている。

大企業は毎年何百億円レベルで売り上げを確保しなければならない、わずかに売り上げが落ちても採算を悪化させる。

常に売り上げを向上させるには、新製品を出し続ける必要があり、買い替え、需要を喚起させるために、前の商品を否定し進化させ、なければ生きていけない。

折角愛用されていようが、旧製品は消滅させなければ成長できない。

お客様を如何にだますか、新機能、進化という戦略で、が家電業界だ。

アナログ写真業界は、まったく正反対。

お客様はシャッターを押すだけで結構です。100年昔のカメラでも、世界中のどの国のどこのお店でも同じ色が出せるよう、どこのメーカーのフィルムでも印画紙でも、共通で使え、100年思い出が残るよう企業をあげて努力をしてきた。進化は互換性の中で行いお客様に迷惑はかけなかった。

松下電器の門真に当時の大坪専務「現社長」をたずねたことがある。LVN の野口副社長さんなどそうそうたるメンバーにHOTALBUMやeverplay規格をご説明し、

スキルが乏しい、主婦、シニア、育児ママたちの大切な写真を守るためにぜひ、HOTALBUMの普及に協力して欲しい、と技術の提供を申し出、採用を促したことがある。

CD-RやDVD-R,、Blu-Rayなどの光discは外形が12cmで統一され、世界中のパソコンのメディアとして30年近くもサポートされている長寿のすばらしい規格であり、媒体です。Blu-Ray時代にもこのCD,DVDが同時に内蔵され3世代共通のドライブが実現している。

写真の保管には最適だ、日本製discの耐久性は100年以上で万全。

自在に書換えできるEVERPLAYがあれば、世界中の家庭のアルバムが共通統一でき、家族も仲間も、写真をシェアでき、100年いつまでも楽しめるすばらしい写真文化が実現する。

家電業界の激しい進化の競争を邪魔せず、家庭の思い出が守れ、赤ちゃんの写真がおじいちゃんになるまで100年鑑賞できる、ぜひ。。文化を一緒にと訴えた。

余計なことはやめてくれ、われわれはSDカードのアルバムを作りたいのだ。というのが答えだった。

その後,SDカードはSDミニとなり現在はSDマイクロ、指でもつまめないほど小さく、大容量で価格も安くなった。。。進化は立派だが、すでに前のカメラには、使えない、互換性はまったくない、寿命も不明、パソコンのHDDも寿命は長くて十年、

調査でも5人に1人がすでに写真をなくして困っている。

20年後には、この時代の写真はほとんど消滅してしまう危険があるのに?SONYのメモリースティックとテレビとあわせた生き残りをかけた戦いでいいのかしら?

お客様の幸せ第一だった松下幸之助さんがいたらまったく違った答えであったかも。

絶対に、お客様の写真を守ってみせる。小船で黒船にのりこみ、国を守ろうとした吉田松陰(寅二郎)と同じ、硬い決意をしたのもこのときだ。

丈夫見ル所アリ

決意シテ之ヲ為ス

富岳崩ルルト雖モ。。。である

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2008年8月21日 (木)

デジタルビジネス

2001年ころ、デジタルでフィルムがなくなるのは確実だったので、昨日書いた、サウンドピクチャーディスクの展開を終えてすぐ、本格的にストレージビジネスを考えることにした。

それでもまだ、Oフィルム事業部長は、フィルムはまだ、これだけ売れている、高収益事業だし、今後も成長できる。との方針を発表、

私のシステム開発は、デジカメ成長を、一般予測よりはるかに大きく見て、フィルムはすぐなくなるとの方針、正反対の事業計画だ。

面白いものだ、周りが見えない人間は、自分の事業は永遠だと思っているが、予測は客観的に行わなければならない、特にパラダイムが変わるときは急激なのだ。

実はこのときの予測は精一杯大きく見たはずだが、後になってみれば、デジカメはそれ以上の急成長をしめし、伸びつずけて現在がある。

フィルムも私の予測どおりだった。国内は急激に落ち込み、結局  コニカは写真事業から撤退せざるを得なくなった。

デジカメは、アナログの4倍はシャッターを押す、しかし、みたいときはいつでもみられる。プリントは必要があれば、そのうちやればいいと、結局やらないから、5,6%しかない。

このままではデジタルの商売はまったくないに等しかった。

アナログの最盛期のショット数は世界で590億ショット、08年のデジカメショットを2700億ショットと見た。しかし、メモリーカードの東芝、松下,SONY、とSunDisc にしかビジネスチャンスはない。

撮ったデータのストレージをわれわれ写真業界でビジネスにするとすると、100枚の写真を380円で保管すれば、DISCは数十円、粗利200円としても6000億程度のビジネスが生み出せる。

フィルムは30円程度で作って100円から150円程度の売り値、実はあまり変わらない。

店頭でいかに魅力ある書き込みサービスに出来るか?撮ったら必ず保管する文化が創れるかが成否の勝負であった。

毎日、この魅力ある保管ビジネスを考え続けた。

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2008年8月20日 (水)

泰然自若

ホットアルバム開発の歴史、秘話を書いていこう。尊敬する吉田松陰のように正直に歴史を残すつもりだ。

きっかけは、99年か2000年ころか、」定かではないが、ある大手流通の写真サービス取引を富士写真からコニカに営業がひっくり返してくれた時だ。

ひっくり返した記念に彼らが喜ぶ何か、新サービスを検討しようと言うときだった。

ジブリノ音楽を使えるという流通のK主査の言葉を信じ、写真に音楽(BGM)を付けパソコンでスライドショーを鑑賞できるように急遽考え出したのがサウンドピクチャーディスクという商品だった。

開発したのは、我われのアメリカ西海岸シリコンバレーフレモントの研究所のチャオとランデイだった。

ところが、開発できそうだというプロジェクト会議の報告の場で、それは、K主査のアイデアだから権利はこちらにあると大手流通側が言い出した。

トンでもない、音楽が使えるので何か考えられないか?という言葉だけで技術が出来るものなら苦労はしない。

発明や技術のオリジナルティ-はもっとも大事な個人の尊厳、犯さざるべき創造の事項であり、バイヤ-さんにやれるようなものではないというのが私の立場である。

この技術は、コニカ開発者のオリジナルで、技術的なアイデアはK主査からは一切もらっておりませんので申し訳ないですが権利は差し上げられませんと、きっぱりおことわりした。

突然、流通側は全員席を立ち、退出してしまい。こちらの営業も全員大慌てで、皆、お客様になんてことすると、一瞥してK主査らをなだめに出て行ってしまった。

なんてことはない、B2Fの喫茶店で、うだうだ、うちの営業がなだめてくれるのをまっている、お決まりのコースだ。

うろたえる営業を向こうにまわし、私は会議室で泰然自若、これが中内功をして衰退の原因を作った大手流通バイヤ-の横暴か?

お決まりだな、子供のようにとおもっていた。

お客様を大切にすることと、間違ったことを追従するのとは、まった意味が違う、悪代官に使える悪徳商人のような関係が、結果的に企業をだめにし、反社会的行為に流れやすい関係を作ってしまう。

正しい関係はお互いがお互いの力になるWin-Winの関係であって心地よい、無理をきかせてもたれあうことではない。そうでなければ寄生虫になってしまう。

負け戦であっても、交渉は毅然とは、長州が外国艦隊と戦い負けたときの高杉晋作がやっている。

コニカの営業からすれば、富士からこちらにひっくり返してくれた恩人であり、大事なお客様だ。だからこそ間違いをさせてはいけないのである。

折角ひっくり返そうが、恩人だろうが関係ない。正義を曲げてまでのお付き合いをしてはいけないというのが私の主張。

結果的に何も起こらず、その後もうまくいったが、それは営業の努力でもなんでもなく、正義とはそういうものである。

だから、常に首を覚悟の真剣勝負、お客様でも部下であっても、上司でも姿勢を変えてはいけない。

あそこで自説を曲げていたら、腰を低く、卑屈になっていたら、今のHOTALBUMはなかった。

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2008年8月19日 (火)

役割とは。

浜口京子銅メダルよくやった。伊調千春同様、さわやかな表彰式で笑顔がとても美しかった。これ以上ないという今までの自分の努力に報い、どん底から這い上がった幸運を素直に喜んでいてとても良かった。

そして好きな人がいる、お母さんは知っていると告白、これには親父も相当ショックだったろう。

親父とはそういうものだ。

スポーツや芸術、仕事であっても、どんなに愛情もって指導し、育てても、それはあくまでも肉親の愛情あふれるコーチであって、お母さんには、なれない。

私も娘が3人だが、妻はたいてい、娘からのこの手の話を聞いても、まだ黙っていてね、とすぐに話してくれるからいいが、アニマル浜口さんでは奥様も大事なことは、話せないだろう、立派に娘を守った。

原子細胞,DNAでしか血がつながっていない父親と、おなかの中で、水生動物から哺乳類として生むまで、1年近くもおなかで育んでくれる母親とは役割が違う。

もちろんこの違いをこえて、親としての愛情の持ち方や家族としての、同じような愛情表現の努力は必要だが、神様が創ってくれた役割を認識した上で、育てることが重要な気がする。

両親の異なる愛情で育てられた、家族愛がある浜口一家が家族の見本といわれているが、

アニマル浜口さんも厳しい立派な父親として16年も父親コーチの役割を果たしたし、一方娘の好きな方について打ちあけられながら、この怪しい父親には一切隠して、北京が終わるまで娘を守った奥様の愛情も立派だ。

ちょっと変わった父親かも知れないが、意外と世の父親皆、アニマル的な父親願望があるかもしれない。

我が家でも、子供(孫)が出来てもまだ、3人が家に集まり、妻を誘って、買い物に行く、また良くしゃべる。

仕事でも、組織でも、必ず、この両親の役割を持ったチームワークが大事だと思っている。

もしいなければ、リーダ-はこの両面を一人で状況に応じ演じなければならない。愛情ある形でそれぞれ異なる役割を演じ会うことがたいせつである。

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2008年8月17日 (日)

光り輝く道

やはり、オリンピック中は明るい日本だ。暗いニュースはいらない。

伊調千春、力を出し切り戦いきった。自分が今までやってきた努力を自分で褒め、誇りにして、潔い。

相手を、体力も技術も上と、素直に認め、すがすがしく銀に輝いた。そして、妹馨と2人で金を目指して歩いてきた、この4年間の苦しい道を、光り輝いていた、と誇らしげに語ってくれた、最高だ。

戦いきった真の武士道を女性の千春が見せてくれた。金に輝き、雪辱を果たすより、彼女にとってよほど”この道が心に輝いた”ことだろう、心から拍手を送りたい。

私は今回の北京では、全体でも浜口京子を応援している。

昨日の日経新聞にも私の気持ちを代弁するかのごとき、解説記事が出ていたが、彼女ほど不運の選手も少ない。前回以来アクシデント、判定誤審など運に見放されている。

今回は親父とも、別れ単身北京に乗り込んでいる。

彼女も、結果は一回戦敗退でもいい、この間の苦しさを思い切り、試合にぶつけ、燃え尽きてほしい。

スポーツや芸術のよいところは体をいじめ、心を鍛える点であろう。

負けや失敗で、惨めな自分を、見つめ、乗り切るところに、これ以上はないという、再起への努力があり、その結果、素直になれる自分が育ってくる。

最大の努力を積み、これ以上はないという苦しさに、最大のよろこびがあるはずで、それは金よりはるかに大きい輝きであることを伊調さんが示してくれた。

だから、浜口京子は、一生懸命応援するが、結果はよい、燃え尽きてほしい。

それまでの努力は誰よりもやったよ、君は。

それをなにより誇りにしてほしい、大きな拍手を送りたい。

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2008年8月16日 (土)

こんなとこにも、技術革新

折角の休み、昔の会社の仲間と、現役K君を誘いゴルフに行ってきた。

若手ながら、今年、コニカミノルタの医用事業会社の取締役に抜擢されたK君を囲んで、定年後の3K(K元常務、同じくK部長、私もKだから全員K)でプレー。

若手K君、センスがよく、仕事もできるが遊びも大好きで、入社当時から、マージャン、地方競馬、ゴルフ、旅行など、同じ仲間として一緒によく遊んだ。

ゴルフはそれほど上手くはなかったが、今回久しぶりに一緒に回ったが、びっくり、38,38の4オーバー76で完璧だった。

ドライバーも見事に飛ぶし、アイアンも、アプローチもパットもうまい。ミスは多少あるが、バーデイでカバーしてのスコアだから、まだまだ伸びる。

相当隠れた努力や工夫をしているはずだ。

そうでなければ、基本ができていなければ、午前、午後これほど安定しては回れない。すべてに安定しており勉強になった。

何事にも工夫と努力をして伸びるということが重要でいいことだ。

スコアも、オリンピックも完敗であった、たくさん払うことになったが、若武者になら、負けても気持ちがいい。

仕事ができるやつは遊びもうまいし、工夫も違う、期待ができる。

実は当日練習所で変なクラブの試打があり、朝スタート前に試してみたほしいクラブだ。

それは、びっくりするほど柔らかいフニャフニャのシャフトのクラブ、それこそ、野菜のごぼう程度の柔らかさのシャフトだ、名前はスキッター、ラパコジャパン社の商品。

驚異的な飛びと曲がらないことが売りらしい。

打ってみたがなるほど飛ぶし、曲がらない。値段もびっくり、ドライバーで10万円程度、すべてのクラブがそろっているがいずれも高い。

しかし 打ち易く、まっすぐよくとぶ。

これも常識にとらわれない、発想から出た新しい商品だと思うが、使うには勇気が要る。一本だけではなく全体を変えなければならない。

値段も障害になりそうで、売るのはなかなか大変そうだ。

しかし、試した限りでは、うまく失敗なく打てるし、距離も20ヤードは伸びるから、ひょっとしたら、10年後はこのシャフトが標準になっているかも知れない。

顧客は常に保守的だが、ちょっと評判になればすぐ売れる、

技術とはそんなものだ。ホットアルバムとも似たところがある商品だなとおもう。

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2008年8月15日 (金)

五輪の、楽しい若者たち

オリンピック中は楽しい話題が多くてよい。最近、毎日毎日つらくなるような事件が続き、マスコミはこれでもかとこれでもかとネガテイブなニュースを、皆んなが忘れるまで報道し続ける。

あんな報道毎日されたら、社会全体が、生きる望みまでなくしてしまう。

オリンピックは、負けても、スポーツ明るく聞き流せる。

体操男子個人の内村君、4種目目で最下位からの離れ業、普通は落ち込んで取り返せないが、自分を取り戻し難度の高い技を冷静に演技し続け、銀メダルをとってしまった。

体操以外は運動オンチでバレーのトスもできないとか、野菜が大嫌いで、チョコレート大好きらしい、笑っちゃうキャラで楽しい。

フェンシングの大田雄貴君なども、やっちゃった。という感じだし、200m背泳の入江選手もピアノの名手とか、楽しそうな若者が多くて日本も捨てたものではない、とても楽しい。

一方大きな責任を背負って、悲壮な思いで試合に望んでも、惜しくも敗退してしまった、柔道の主将など敗退組もいるが、

勝負は時の運、あんなんは柔道ではない、モンゴル相撲だと笑っていればいいかも、もともと柔道日本のトップの100KG 代表選手、エリートなのだから、自分で自分を追い込んだり、人間性まで否定せず、今後も明るく後進を指導してほしい。

われわれも暖かく迎え、すべての選手の労をねぎらいたい。

北島康介や松田丈志選手など勝った多くの選手がみなお世話になった方に感謝やありがとうございます。。。を必ず忘れず表現している。

これがとてもいい、まずはありがとうの感謝がいえればこの国は心配ない、とてもうれしいことだ。

国威の高揚などより、人間としての基礎教育。、成熟社会が実現できれば、その方がよほど大切なことだとおもう。

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2008年8月13日 (水)

十辺舎一九を見習いたい。

今日はお盆の入り、迎え火の日、多くの先祖がお帰りだ。

開発者として、一生に3つおおきな技術、人々の生活の役に立つ商品を歴史にのこせれば人生悔い無し、

とみんなに言い続け、定年後は旅立つ時はさわやかにいつでもいいという大満足の気持ちだったが、

ひとつ残ってしまった、写真を守り、写真をもっと楽しめる文化を作ってからだが。

コニカ時代職場の若い人には、

世の中や他人の評価は気にするな、間違った評価などざらにある、そんな評価より、自分の気持ちにまっすぐに、結果を気にせず、仕事と戦い、友だちと遊び、家族を大事にして人生楽しめといい続けた。

仕事の犠牲になったとか、あいつにだまされたとか、他人のせいにして人生後悔するより

棺おけに足を突っ込むとき、ああいい人生だったとおもえる、自分が自分を評価できる、最後にみんなにありがとうをいえるような人生を歩めといい続けてきた。

辞世にあたって歴史上の多くの方の句が残っている。辞世からみてさわやかに逝ったと思える方は、きわめて少ない。

一生懸命見つけても、3首か4首、多くは無念そうな、思いを残した句ばかりである。

手本は十辺舎一九、さすがしゃれている、こうありたい。

この世をば、どりゃお暇『いとま』に線香の煙とともに灰(はい)さようなら。

尊敬する吉田松陰、

これほどに思い定めし出立をけふ(今日)聞く声ぞ、うれしかりける。

大石内蔵助、

あらうれし、思いは晴れる、身は捨つる、浮世の月にかかる雲無し。

立派なのは、阿南大将、

一死大罪を謝す。。。。。

これ以上はまったく、さわやかなのはない。

12日の日経新聞に東条英機の手記が載せられたが、

その新聞のコメントには、責任転嫁のことば、とか、狭い視野、甘い認識、とある。彼の辞世はやはりといおうか、

我ゆくも、またこの地にかえり来ん国に酬ゆることの足らねば

帰ってこなくて結構、こんな指導者は二度とごめんだ。

そのメモは、まったく自分のやった大罪がわかっていない。国民が最後まで苦しめられた帝国陸軍そのものである。国民を矢玉の代わりにし、自決を図ったものの、その理由は敵の裁判に出るようなことは日本人としてやりたくないとの意思のみで国民への謝罪はない。

歴史に残る辞世の句に不思議なことに、ありがとうのことばがみられない。

ところが、日航機墜落での犠牲者の方の多くのメモには、愛する方へのありがとうの言葉がたくさん見られた由。

この言葉が、もっとも大事な言葉だろうとおもう。最後でなくとも毎日あらゆる場面で感謝を伝えていきたい。

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2008年8月12日 (火)

事実からの発想 KJ法の真髄

事実と、主観的なデータからの発想がどう違うか?具体的な例をあげたい。

KJ法を使って開発部門全体の23くらいの組織について、チームワークの改善、組織活性化に取り組んだことがある。

私は全職場のKJ法研修の講師として毎週宿泊で各部門と一緒に話し合いにお付き合いした、そのときのこと。

ある女子社員から、うちの職場は”予定が事前にきちんと伝えられない、1週間の予定をきっちり立て事前に全員に報告するべきだ。”という問題が出された。

KJ法以外では、このままでもおかしくはなく、それはそうだ、いまどきよていもないのか?と解決策として、全メンバーの予定表が作られる。ほとんどの話し合いの結果はそうなる。何も創造的ではない。

話を聞きながら、事実を聞き出し、そのまま客観的に書いてもらう。

”月曜朝、職場に出勤したら、上司から、今日は試作カメラのテストの実写をやりたい、モデルをしてくれと頼まれた。今日は黒い洋服で出勤してしまった。色物の洋服を借り歩かなければならずとてもいやな思いをした。”

という問題点カードになった。

別の女子社員から、

”よく、ばらばらに仕事を頼まれるが、効率よくやりたいのでまとめて指示して欲しい。という問題点カード、やはり事実をお聞きし、修正してもらう。

”ある測定をしていたら、第0研究室にこのサンプルを届けてくれといわれ、帰って測定再開していたら、今度は至急その研究室から昨日の評価結果表をもらってきてくれとたのまれた。この程度のサンプルや結果調整は、私に任せてくれれば、すべて段取りつけられるのにと思った。”

KJ法ではこのような根本原因が同じか、近いなと思うカードを集めて、心を読んで表札を作って書き出し、全体構造を明らかにするのだが、

もうお分かりかとおもうが、

抽象的なカードと事実のカードはまったく、違ってしまう。抽象的なカードからは真のカードの叫びは聞こえてこない。

KJ法での職場のチームワーク改善では、部下も上司も一緒のグループで問題を話し合う。講師ができるだけ事実で書いてもらう訓練をしていくことで、、素直にいえるようにもなるし、カードが生の事実を生き生きと語りだし、嫌味なく、素直に誰の心にもしみこんでいき、現状を分かり合え、共有できようになる。

事実が共有できれば、解決策も、もっとも根本的で真に効果的な物となる。この職場では、

上司は如何に部下を信じて、多くを任せ、裁量させ、使命感を持って一仕事させるかを考えはじめ、自分はもっと大きな仕事、みんなが力を出し切れる仕組みつくりをかんがえはじめる。

この事実カードを見て、ああ申し訳なかったと、みんないい仕事をやりたいのだ、と、心を打たれない人間はいないからだ。

川喜田二郎は、調査は、”心を暖かく、頭は冷たく”といっている、KJ法の真髄であろう。

3枚とか、5枚とかの、近い事実と事実のカードをつなげて、心を聞きながら、何百枚かのカードの心を丁寧に語らせていくと、いつの間にか、創造的な解決策がひらめいてくるのだ。

KJ法をもっと社会に広めたいという意味がおわかりいただけるだろうか。

実は川喜田二郎は著書の中で移動大学などKJ法は新興宗教のようなものだとよく言われたと書いている。政治や商売、名誉と関係ない、心の正しい宗教は実は皆創造的な発想法でもあるのだ。

我を捨て、互いが素直に問題を理解し合うことで人は生き生きと生かされ、助かる。私が信じる金光教の神様のお広前でも先生方によって毎日このようなお取次ぎが行われ、人が助かっている。

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2008年8月11日 (月)

問題の正しい把握 と  KJ法、

昨日書いた、

11カ国の市場調査から、まったく新しいミニラボを開発できたのは、KJ法のおかげである。事実に基づいた調査カードが自然に語りかける声に耳を傾けたから、お客さまが考えもしなかったような期待以上の商品を発想することでできたのだと思う。

研究という仕事を通じ、創造性とは、なんだろうと行き着いた先のKJ法が、商品企画という、マーケテイングの場で役立だったはじめてのことであった。

本当のところは自分ではあまり深くは勉強したわけではないが、もうひとつ世界に誇れる、田口メッソドという(田口玄一博士)創造的な技法、品質工学が日本にはある。

前半の発想をKJ法で、後半の開発設計をTM法でというのが理想的な商品開発だとおもっている。

問題解決とあわせて、人間が生きるための心の幸せや、活性化されたチームワークまで生み出せる点でKJ法には技法以上のなにかがある。

なぜなら、真実にもとずく問題把握は、やる人皆が納得し、解決にとって必要なことが誰でも明確に認識できるから、解決のための使命感が自然とわきあがり、主体性が出てくる、問題点がわかれば、後は解決策は自然とできあがりこれに専念できるからでもある。

いかに複雑、混沌としていようが、混沌をして語らしめ、正しい問題把握をガラス張りでおこない秩序を創造するというものである。

まだまだ、高度成長期にあった昭和48年当時川喜田さんが書いた、野外科学の方法という本に、今の世相を見通した彼ならでは文章がある。

”大自然と無関係に文明が突っ走り、社会的責任とは無関係に企業が利潤を追い、民衆とは無関係に政治が空転し、大組織の中に人が埋没し、雑踏にいながら砂漠のように一人ひとりが淋しく、家庭も一人の心の中はばらばらで空しい。

組織の経営者はいのちの無い部品として社員を使い、学校では学生をいのちのない可塑剤として教育していないだろうか。

そういった風潮が深く、広く流れつつあり、

今人々は深刻な不満、不安、動揺、混乱、衝突の渦の中ですべてが解体の時代に向っている。正しい、問題把握をしないまま、大きな欠陥があるまま進んでいるからであり、ここを根本的に解決したいという、

天地の 声のまにまに、今ここに、われはなすなり 花と馨りて

という歌を詠み、ある使命感を天からの声として感じてこのKJ法の発明にいたった方である。

単なるカードの整理分類法ではないことをまず理解しなければならない。

人間には生きるために創造的な活動が要る、高福祉といっても、単なる配給福祉では消して幸せは得られない、とここでも現在の消費税を上げて財源を確保しても、何も解決しない高齢化社会の矛盾を看破している。

日本は西洋の力学、機械モデルに取って代わる、創造的な問題解決を全方法に位置づけて、使うことが必要だとし、

現在の石油高騰、食料、資源問題、教育、政治などすべての問題も、KJ法による真実からの発想と、科学的な方法とが密接にパイプをつなげば、

そして現状打開への痛切な使命感に満たされた世界観が世に広がり、多くの人の手で創造的な問題解決が推進されるなら、この解体の時代はとめられるだろう。

日本の生きる道もおのずと見えてくるだろう、と説く。

自分がやりたいからやるんだという主体性は、実は単なる欲であり、

正しい状況判断から見通した、やらざるを得ないという使命感からくる要請の方が、はるかに純粋な主体性ではないかと、

状況全体が把握できない人間に、天命は聞こえてこないものだ、と1973年に書いているのには、びっくりさせられる。

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2008年8月10日 (日)

ラッキーナンバー NPS888

それにしてもチャン・イーモ監督の演出はなかなかの見ごたえがあった。国家の威信をかけた開会式、国家主義と統制がなければできないし東京などの都市単位ではなかなかここまでの動員などもできないだろう。

この監督、中国古来の伝統芸術に明るく、人海戦術と統率、ワヤーショーでこれでもかというくらいドカン、ドカンと見せてくれた、すばらしかった。

それにしても、2008年8月8日、夜8時8分開幕とは、徹底して8をならべた。中華圏では漢字の八をお金に絡むラッキーナンバーとして異常なくらい好む。

私も昔、アジア市場の期待を背負ったこのラッキーナンバー8(パー)を冠した商品、ナイスプリントシステムNPS 8型 868『パーリンパ』というミニラボを開発し、大成功したことを思い出した。

1991年、処理ケミカルの開発リーダ-だった私に、本社の営業本部のマーケテイング部機器システムの商品企画をお願いできないか?という話があり、開発と兼任でやることになった。

さて何をしようか?H部長が率いる機器開発部のNPS7型、764というシリーズはとにかく評判が悪い、早く何とかしてほしいというのがトップの要請だった。

この際、左脳で機能を開発しても差別化はできないだろうと考え、今まで学び鍛えてきた、KJ法を使って商品開発を発想してみよう、試してみようと考えた。

KJ法というのは、文化人類学者、川喜田二郎博士(東京工業大名誉教授)の”未知の場所での探検法”から出た東洋的な右脳発想法であるが、これ以上の商品開発法はないと、当時考えていたものである。

自分の目で、耳で、体で感じた市場の現状をみたままの事実を土の香りがする言葉でカードに書きとめる。このカードをじっと眺めて、カードが自然に語りかけるのを待つ、お客様の悲痛な叫び、真実を右脳で感じとり、商品を発想する法である。

何々がほしい。。。何々に困っている。。。という意見から、これと直接関係ない、お客様もイメージしていなかった、深い本質的な解決商品が発想できるのはこの方法の威力である。

そのためには素直なきれいな気持ちがないと発想できないことも事実であるが。。。

お客様の気持ちを、感じたまま、みたまま素直に書けとめられるか、の訓練をすれば『先入観を入れず、できるできないを考えず、右脳でみて聞ければ』誰にもできる方法である。

英国ロンドンから入り、ドイツ、ギリシャ、サウジ、インド、パキスタン、マレーシア、シンガポール、香港、台湾、韓国11カ国だったか、それぞれの現地代理店、現地法人に連絡し、一人旅で出発し現場を探検調査することにした。

何の目的もなく、市場を歩いてみたいという要望は周りや現地の抵抗も結構あったようだが、わがままな小星さん、しょうがないなという感じで、最後は現地も許してくれ、強行してしまった。

案の上、各国では日本人と代理店の人間(担当現地人)とで、私を何軒ものお店に案内してくれるのだが、皆コニカびいきのうまくいっているお店ばかりで、お店の主人や責任者が説明する前に、自分たちが感じている市場をいかにもお店を代弁してやるという感じで一生懸命説明してくれる。(これはほとんど調査としては意味を成さない)

できるだけ、富士やコダックの敵方のお店や何かトラブルを起こしているコニカのお店を案内するようお願いし、どこでも、必ず、あなたの意見を聞きに来たのではないから、お店の主人の苦情を生で聞かせてくれ、もっと苦情はないか聞いてくれと頼んであるいた。

調査では心地よい話は要らない。英語なら大体の苦情の内容はわかるし、現地語の場合は、そのまま英語で訳してくれた方が、生で聞ける、と現地人にお願いした。

日本人駐在員の話はうそはないが、日本の本社によくみてほしい、自分の市場はこう、うまくやっています。。。という左脳の理屈が入るから聞いても意味がない、日本で聞いている話と変わらない。

この調査で、すぐにカードは語りかけてくれた、インドを除けば、各国土地やオフィス代がびっくりするほど高く、どの店も非常に小さく、狭い。

また人件費はやすいため、フィルム現像する人、フィルムを整理カットする人、プリントする人など働く人間が多く、ただでさえ狭いお店をより狭く汚く感じさせる。

能力を目いっぱいに出そうとして開発された機械は背が高くお店を暗くし、お客に背を向けて作業し汚らしく見える。こちら側には大きな受付テーブルをおかざるを得ず、狭い場所で、フィルムやプリントをカットしたりしながら、接客する。お客が増えても大きな機械はもう置けそうにない。

そしてもうひとつ華僑の影響で、これら地域では、商売で成功するには8のラッキーナンバーが非常に好まれ、8は金で買ってもほしい番号であるということを知った。

シンガポールくらいまできたとき、KJ法のカードが語りはじめてくれた、新しいミニラボ機のイメージが明確に右脳に浮かんできた。

ラッキーナンバーを冠した、新しいNPS8型シリーズで、スタートはNPS868 完成系でNPS888を使う。

そして機械はお店の前面を飾る、新幹線のようなスマートな、お客様を迎える受付テーブルを兼ねるもので、機械を感じさせないファニチャーミニラボである。お客様の方を向いて作業する機械は業界初のはずだ。今までの受付テーブル画不要になる、お店がきれいに明るくできる。

そのためには現像処理時間を今の半分にする超迅速処理の開発が必要だが、ケミカルは私の部門であるから、自分でがんばれるし勝算もある。

処理時間を半分にして機械の背丈を半分にすれば、ちょうどテーブルの高さにしても能力は落とさなくてすむ

できたという感じであった。

この発想が間違いないか、その後の香港、台湾、などで確認をしながら確信を持って帰国し、すぐに大プロジェクトは発足した。

これが見事に完成し、アジアだけでなく、世界で大当たり、大成功、市場からも営業からも絶賛され、社長賞を戴いたのが確か1993年、開発関係者で受賞記念パーテイをするに十分な賞金100万円が副賞だった。

ここで、もうひとつ思い出してしまった。表彰の次の日、だったか、北海道南西沖地震の大津波の大被害。

壊滅的な奥尻島のお客様や大きく揺れた北のミニラボ店はどうしたろうか。処理液がこぼれて、『コンタミ、(混入)』し困っているだろうと、すぐに処理剤の手配をし、賞金はこの際、被災者救援に寄付することにして決断し札幌支店に送ってしまった。

開発関係者にはパーテイは我慢していただいた。

台湾や香港、マレーシアなど華僑圏の新製品発表会では、このラッキーナンバーNPS 868『パーリンパー』が飛ぶように売れた。北京オリンピックで思い出した、久々のラッキーナンバーである。

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2008年8月 8日 (金)

子供たちの熱い夏

甲子園では熱闘が繰り広げられている。地方大会から連戦で鍛えられた子供たちの熱い夏だ。

選手も応援も大変だが、家族や関係者にとっても、晴れの舞台であり、かけがいのない一生の思い出になるだろう。

小さいうちから、野球やサッカー、などのスポーツや音楽などの芸術に打ち込ませるのは人格などの人間形成には、測りしれない効果があるとのことだ。

特に暑い夏に必死で耐える訓練は右脳を大きく発達させ、言葉記憶を封じイメージ脳をふくらませ良い結果を生むらしい。

HOTALBUMに音楽の提供を戴いた作曲家、今岡先生も、この10日に京都ニコニコバンドの子供たちをつれて、暑い岡山金光での全国少年少女大会のパレードにのぞむ。

今、子どもたちは、バンドの早朝練習の真っ最中で、暑さのなか皆がんばっているようだ。高校生と違って小学生中心だろうから、指導もご苦労が多く大変だろう。

何度も書いたが、大脳生理学から見ても、

9歳とか12歳くらいまでは、知識や理屈より、イメージ記憶の右脳を優先させて育てることだが、これには理屈でなく、体で体験させる事だ、

しかも、苦しい体験ほどいい思い出になるそうだから、せっかくの夏だから多少泣いても、どんどんやらせた方がいいらしい。

このほうが単なる思い出でなく、将来起こる悲惨な苦難にも打ち勝ち、強く生き抜く、動物的な力を無意識に体が覚え、良いイメージで右脳に刷り込まれて行くとのこと。

勉強の成績が親に知れる前に、父親を殺し、自分もなどと絶対に考えない、前向きな子供が育つはずだ。

明るくならばだが、徹底的にしごくいても、大丈夫のようだ。

近所のゴルフ練習所の若い先生は、、大人にはやさしそうに、「そうですね、いいですね。。。」とか言っているが、小学生のジュミアクラスのときはどなりまくってしごいている。

何度も言わせるな、サイトウ.。わかったか。。。みんな明るく。。ハーイ、と見ていて、気持ちがいい。

こういう、遠慮しない、土の香りがする原始的な言葉がこの頃の子供には心地よく入るらしい。

一人で考え一人で黙って教室にすわり、遠慮勝ちに、知識しか教えない先生から学び、学校から帰っても、家族3人では大きな体験や摩擦はない。

仲間が、仲間の親が、先輩が、いるだけで、葛藤が生まれ、体でイメージで、生きていくすべが刷り込まれるはずだ。

バンドでも、いろんな分担があり、それぞれのリズムを覚え、指揮者をみて、みんなとあわせなければならない、怒られる、できればほめられる。

行進の仕方、楽器を使いながら、整然とまっすぐあるくのも大変だろうし、周りの人のいろいろな動き方を見ながら自然に覚えていく。

回りの応援団の大人たちの会話も聞こえてくる、いろいろな大人がいるし葛藤がある事も伝わる、暑い中で耐えて演奏に集中するうち、頭より、体で、生きる命の知恵をどんどん吸収していく。

しかも指導者の、人間として、生かされているというありがたさ、感謝の心のお話が時々耳に入ってしまう、よくわからないが、人間として、やっていい事やってはいけない事が刷り込まれる。

学校の先生が意識して避けてしまっている大事な事が、おそらくここでは自然に音楽を通じて教えられるのだろう。

小さいながらも、ひとつの行事に参加し達成する過程をみんなと一緒に体験し、物事を他人と協力してやり遂げる喜びを、体得し、大人になっても、きっといろんなところで自然に生かされるだろう。

いろんな事件を起こす子がいるが、ほとんどは集団んで揉まれた経験がない子のようだ。

なんでもいい、スポーツでも芸術でも、小さいうちは強制しても集団生活を刷り込ませるべきのようだ。一生懸命打ち込み、達成感を味わえることなら、なんでも好きなことをやらせてみることだ。自分でやらせれば小さくても意外とやり遂げる、企画してやってみて、失敗を体験させ、挫折させるのも重要なことだ。

知識は、中学後半からで十分だという。その方が右脳が働き、詰め込んだ知識を生かし知恵を出して、強く生き抜く力がつくと証明されている。

小さな右脳で、大きな左脳を抱え、苦しみ、悩んでいる、ひ弱な子供がたくさんいる。この子らの事件を聞くたびに、こういう子どもの健全育成に尽力されている方に頭が下がる。

この暑い夏がまた立派な子供を育ててくれていると思うと、ありがたいことかもしれない。

暑さに乾杯だ。

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2008年8月 7日 (木)

美しい国の安心つくり

林国家公安委員長が、日本を世界一安心安全な国家にする、と抱負を語った。政治家はおおきな目標を常に示すべきで、大変いいことだ。

しかし安心安全の社会の意味が違ってきたようで、必ずしも、公安組織で守れるものではなくなってきている。

駅ではホームで前列に並ぶのを躊躇し、町を歩くにも周りに気を配り緊張して歩かざるを得ない、それでも突然降りかかるか知れない危険は防ぎようがない。

家族間で、寝ている間という事件も増え、戸締りしても、防げないものもある。

街でも、駅でも、家でも、学校でも、いつどこで何があっても不思議ではない社会になってしまったら大変だ。

不安の本質、を見れば、問題解決は一筋縄ではいかないし、公安だけで解決しないことは一目瞭然だろう。

阿倍さんの美しい国は挫折したが、本来はこういう本質的で高度なテーマを掲げ、国民の目指す方向をしめすべきだろうが、敗戦に懲り必要以上に自由を確保してしまった社会では、限界がある。

どうしようもないなという政治や、官僚のたかり、居酒屋タクシー、産地偽装の産業界、大分方式の教員試験など、どんどん無秩序の方向に走っている、

礼や恥など古来からの高度で精神的な成熟社会をいまさら求めても、学校教育や家庭教育の実態を見たら、あきらめてはいけないが現実的には無理がある。

北京の町が五輪をきっかけに、国際社会に恥をさらさないよう、マナー改善に躍起になっている。

バスの乗り方、道路の渡り方、紙を配って、みんなで、マナーを守り、街をきれいにしよう。。と子供と同じように声を上げて斉唱している。これを後進国だからと笑っていられるだろうか?

かっての日本は何もしなくても確かに礼節ができていたし存在したが、今は遠い昔のことで、実態は中国以下かも知れない。

宇宙ができて以来、あらゆるものは熱力学の第二法則にしたがいエントロピーが増大する方向に動いている、例外なくだ。

おそらくモノだけではなく社会の秩序もこの法則にしたがってエントロピーが増大し無秩序の方向に流れつつつつあり防ぎようはないのかもしれないが、何かせざるを得ないだろう。

中山正和博士が何かの本で、氷は水の分子がきれいに秩序よく並んでいるが、温度を加え水になるとこの規則性はなくなる。きちんと建てられた家は火事になると灰になり無秩序になるのと同じで、熱力学の第二法則にしたがえば、エントロピーが増大し必ず無秩序の方向に向うと説明していた。

この無秩序になるのを押さえ、秩序を与えるのが法律であり、教育であり、宗教だろう。

キリスト教やイスラム教では唯一絶対神との契約による戒律で秩序をあたえている。

日本人には絶対神や契約で縛るキリスト教は受け入れられなかったし、好きではないようで、秩序を与えてきたのは法律と仏教や八百万の神と 儒教、孟子や孔子の教えであったろうとおもう。

少し前なら、誰しも一度や二度は酒を飲んでも、少し覚まして、車を運転してしまったことがあろうが、今はアルコール依存症以外の方は飲酒運転は皆無で飲んだら乗らない、が常識だろう。

本来は社会に迷惑をかけないために、自らを律し飲酒運転はしてはならないし、法律もあったはずだが、残念ながら完全な秩序を作ったのは、桁違いの罰金の重さだったようだ。

公安や警察を増員し、防犯カメラをいくら設置しても、刑が軽ければいたちごっこかも 知れない。一人二人では死刑になるのも難しいから、死刑になりたくて無差別をする時代だから、死刑よりも桁違いの罰金の方が効果的かもしれない。

神との契約や戒律があるキリスト教での死刑廃止論と日本のそれとはおのずから違いがあるのだが、被害者が浮かばれない裁判も多く、考えさせられる。

毎週毎週、水戸黄門が悪代官と悪徳商人をたたいても、番組ねたが切れないくらい、昔からみつからなければという、無宗教に近い日本の社会の安心の仕組みつくりは、なかなか難しそうだ。

それでもやはり、正しく生きる心の問題を教える、教育や、宗教心、が基本になくてはならないと思う。

小さいうちから教えなければならないだろう。その上での公安だとおもうが。

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2008年8月 6日 (水)

松本サリンの犠牲者

昨日、松本サリン事件の犠牲者河野さんの奥さま、澄子さんが亡くなられたとのこと、心からご冥福をお祈りしたい。

寝たきりの奥さまを、命ある限り、あなたが家族を支えているんだ、あなたは寝ているだけだけど、私たち家族をささえ、とても大きな仕事をしているんだ。長く生きてほしい、と願っていたようだが残念だったことと思う。

当初、自分の妻が犠牲になっているのに犯人扱いまでされ、長い間の献身的な看病含め河野さん自身もものすごく悲惨な犠牲者であるが彼の姿勢には常に頭が下がるおもいであった。

夫婦道〔高橋正雄著)というものがあるが、河野さんは、こうありたいという夫婦のあるべき道の最後の部分の歩き方を示してくれているような気がするし、この時代多くの老夫婦が助け合っていきているのだろうなと思う。

この著書の中で、道とは動くものが通るもので、科学や自然も発見された真理にしたがって正しく動く道がある。人間も生きており、動いているから道が要るはずだし、当然あるべき道がなくてなならないようにおもえるが、

人生の道が、そう簡単にこういうものだと言えるなら、こんなに多くの問題はないのだがやはり大道というものは見つけなければならない。ということで示唆に富んだ著書である。

自分の妻が倒れたとき、今の仕事をすてて、付き切りで、看病し、河野さんのように、妻は親友のようなものと、毎日,好きだった音楽を聴かせ、 マッサージやパックまでして差し上げたり優しく、いつくしむことができるだろうか?不安はあるが、

妻が逆の立場だったら、確実にやってくれるだろうから、そういう信頼にこたえるためにも、確たる覚悟を持つべきだろうと報道をみて改めて思わされた。

若いうちから、妻は、

子供は誰かとまた新たな家族を作って飛び立つの、立派な家族を作れるように育てるのが親の役目、最後に大切なのは、やはり夫婦2人なのよ、と子供にもいいきかせていた。

道の最後のほうの歩き方も愛あるものにしたいとおもう。

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2008年8月 5日 (火)

創造的な子育てと信号モデル

昨日、、 3歳までが大事と言ったがこの時期に社会で生きていくための基本ルールを本能として身につける。ほとんどはお母さんのしぐさを肌で感じながら真似して身につけていく。

言葉を理解しないからと言って話しかけない親はいないが、くよくよしないで明るく話かけながら徹底的に抱きしめる、のがよいそうだ。

赤ちゃんは受精後、原始細胞から、水生動物を経て、哺乳類として、人間として世に生まれでる、実はこの間に膨大な進化をとげているらしい、だから胎教もばかにならず、相当な影響を受けるといわれており、おなかの中で、良い音楽を聞かせ、話しかけることはものすごく良い影響を与えるとのこと。

お母さんの影響で、この時期に、子供の本能的な好きと嫌いがほぼきまってしまう。

14,5歳までは子供の計算脳は固まっていないから大きくなったら困るとかの理屈での子育てなど大人の計算脳でつきあってはいけないというのも、この時期のようだ。

たとえば、私の3人の娘たち、大人になっても、サンタクロースがいると信じているふりをして長い間プレゼントをせしめていた。お互いわかっているはずと思ってもだまされたふりをしてプレゼントを続けた。

何歳までサンタがプレゼントを持ってくると信じ、何歳からは、実はお父さんが街で買ってきて夜中にベッドに置いて行くと知ったか、はわからないが、それでいいと信じ情操教育として、3番目の娘が大学を出るまで続けた。やめた時は今年はないの?とにやにやしていたが。

理屈好きで正義感の強いお母さんがいて、子供に嘘はいけないと考え、サンタは本当にいるの?ときかれ、いるわけないでしょうと言ったら、どうなるか・

お友達はみなサンタのプレゼントを楽しみにしているし、幼稚園では先生がそういうし、絵本にも、街にもいっぱい、サンタがいる、子供の心にはこれで十分つじつまが合っているから、こういうお母さんをだんだん信じなくなるものなのだそうだ。

第一信号系のイメージ脳が育ちきるまでは、絵本や友達が信じている間は、そちらが言うのが大事なのである。

子供も、7,8歳からだんだん計算脳が発達してくるが、数字が読めるからと言って、5歳で2たす2はとか一生懸命教えてしまいがちです。このころ、実は計算脳は発達していませんカラ、イメージ記憶の1階ができていない内、2階を作るようなもので、算数は嫌いという風に潜在意識に刷り込まれてしまいらしい。

幼児が使ったおもちゃをかたずけないと言って叱っても、実はあそびに集中している創造的な証拠かもしれない。

3歳の愛ちゃんが、お母さんと卓球をして負けると泣き泣き、何回でも挑戦していたが、けして、卓球が嫌いなのではなく、お母さんを真似してやっているうち好きと刷り込まれてしまっての結果だから、いくらしごいても、泣き泣きついてくる、うれしいのです。

そして、大きくなったらいつしかオリンピック選手になってしまう。

卓球は計算脳や言葉記憶でないから、第一信号系にお母さんと一緒でうれしい、として”好き”として刷り込まれてしまう。泣くほどしごいてもだ。

大人の計算で、将来いいとか、悪いとかの理屈は子供には通じない時期なのです。

お受験や、将来いい会社を目指しての幼児期の詰め込み勉強があまりいいことではなさそうなことがお分かりいただけるとおもう。

大脳生理学を子育てに生かさなくては、子供は宝だからのびのびのばしたい。

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2008年8月 4日 (月)

バブロフの脳の信号系

たまたま今日、神戸の榊原魔娑人や秋葉原事件の加藤智大と同年代の若者と飲んで話す機会があった。

彼は、同年代だがあのような人種は理解できないという。少し安心した。

でもやはり、我々とこの年代は第一信号系の刷り込み〔三つ子の魂)が少し違うような気がする。

全般に、この年代、車は乗らない、興味もない、酒は飲まない、仕事が終わればまっすぐ帰る。。

バブロフは条件反射学で有名だが、脳の信号系ということを考えた。

無意識にイメージとして記憶し、動物的な、命としての条件反射的行動を制御する第一信号系と、言葉でイメージを作り、理性、論理で記憶し理解する、人間だけにある第二信号系記憶とがある。

動物は言葉がないから、第一信号系に刷り込まれた経験やDNAにかかわる情報のみで反射的に正しく命に従い行動できる。余計や不安をもち、仲間をくいころしたり、自分が死にたいとか、誰でもいいからとか、家族を道ずれにしたりしない。

人間だけがなぜ言葉を得たのかわからないが、言葉だけで、脳にイメージを作り上げることができる。でも実際に体験したことではないからお化けのような間違ったイメージも簡単に作り上げ、巨大な妄想を作り上げることができる。

そうならないよう、人間は生まれたばかりは勝手に生きられない、言葉もない。

言葉がない時期に、生きていくに必要な正しいイメージを第一信号系からしっかり刷り込めるよう、自然にしくまれている。3年もの長い間にゆっくり正しくすりこまれ、その後言葉イメージをつくっていく。

昔は親も忙しいから、生きていくに必要な最低限の基本的な条件反射を教えるしかなかった。間違ったらピシャリと叩くだけ。兄弟や近所の子供にも、揉まれて育つ、理屈ではない良い、悪いを条件反射として叩き込まれる。

家族を大切にし、親を敬う、社会規範や”好き〔いのち)”がこの時期にすりこまれる。

宮崎つとむや榊原時代からの子供は、親が急に豊かになり、暇になり、子供に時間をかけ、育児専門で付き添うようになってしまった。第一信号系に刷り込みが完全でない内に、言葉イメージが入ってくる、自然の仕組みが崩れてしまったようだ。

口うるさく、言葉イメージで理屈の世界を、刷り込み、たたきこんでしまい、動物的に一人で生きる力を削いだようだ。

あれやってはいけない、これやってはいけないを言葉でおしえ、勉強しなさい、いい学校に行きなさい、いい会社に入るために、いい幼稚園に行きなさない。と常に第二信号系に理屈をたたきこみ幼稚園から知識が詰めこまれ、好きではない、”嫌い”がすりこまれてしまい、こころに不安がうまれる。

右脳が直観第一信号系で、ここに”良い”好き”が十分刷り込まれれば、たくましく楽しく、命に従い動物的に生きられる。

左脳が、言葉で、理解する理屈の第二信号系で、計算脳(大人の心)が育つ前に”嫌い、悪い、不安などが”言葉イメージで刷り込まれるてしまうと、常に、誰かから、言葉で導いてもらわないと不安になり、誰かに支持されていないと生きられないようになる。

お釈迦様は、この言葉イメージ第二信号系の悪い記憶を断つことで、幸せに正しく生きられることを示した。言葉イメージを断つ”無や空、不立文字”,幕妄想だ。

悪い言葉イメージは第一信号系による、動物的に正しく反射行動し生きる力を極端に損なう。

この第一信号系を理解するには、たとえば

今話題の北京、いくら毎日TVで街の状況を見ていても、行ったことがなければ、第二信号系の言葉情報だカラ、頭で町の状況がわかっても、北京について具体的な正しい発想はできない。

もし一回でも北京に行って街を歩いていたら、膨大な情報が、目や耳から勝手に第一信号系にはいって記憶されている。北京について考えよと言われたら、いろいろな角度から、正しい発想ができてしまう。

自分が行ったことがない都市と、いったことがある都市を比べて想像してみてればこのことは一目両全だ。

3つまたは9つまでの第一信号系情報の刷り込みは、明るく子供らしく、自分で直感的に、好き〔いのち〕で正しく行動できるような、育成をのぞみたいものだ。

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2008年8月 3日 (日)

使い勝手が良い。。。という意味。

2004年にヨドバシカメラが店頭で、パソコンを買いにきた方にパソコンの使用状況についてアンケートで実態調査を行った結果が、当時のポイントネットワーク誌〔ヨドバシのPR誌〕に載っている。

パソコンをどんなことに使っていますか?使えますか?という質問に、

60から70%の方が、メールとWEB閲覧については問題なく使えると答え、27%くらいの方は仕事にも問題なく使えると答えている・。しかし、何とデジカメのファイル操作が行えると答えたのは、たった2.8%しかいなかった。

これは想像以上に少ない、

その原因は、ヨドバシのソフト売り場なら40本以上もある写真の整理や管理に使うアルバムアプリケーションソフトウエアの使い方が難しすぎるせいであろうと思う。

私も仕事柄、少なくとも20種以上のソフトを購入し比較して使用してみたが、最初にやらなければならない写真の取り込みひとつとっても、ほとんどわからない、マニュアル見ても画面カラ使えそうなイメージがわかず、あきらめてしまう。

ソフトの設計は、開発者が勝手にアイコンやウィンドウズの開発ツールを使い、勝手な決まりを作ってプログラムを作るから、作った開発者が決めたルールがわからなければ使えない、使う身になって考えるより、開発し易いルールで設計してしまう。

この使い勝手の設計が、ユーザーインターフェースとなるが、一般には開発者が設計しやすい方法でまずは作ってしまい、あとは評価しながら直して行くしかないとかんがえられている。

たとえ、顧客品質管理部門の方が使い勝手を修正するよう苦情を言ったとしても、一旦作ってしまうと、直すのは難しいから、わずかに修正し、妥協することになる。

最後は、マニュアルに使い方を書けばいいんでしょ。。読めばわかるはずです。。で済ませることになる。

この開発者優先を徹底的に禁止し、使うものの立場で、責任あるデザイナー1人が使い勝手を徹底的に最優先に考えて構想してしまい,使い勝手の絵を描いてしまう。

設計者は黙って」そのとおり開発するだけ、プログラマーに考えさせない、有無を言わせず開発させている男がいる。

マッキントッシュのCEO スティーブ・ジョブスだ。

ipod、iphoto、iphoneなど皆統一して使い勝手を最優先に設計し、使い勝手の点では芸術品だ、日本では任天堂DS,wiiがこれに近い設計をしているかなとおもう。

キーワードは”簡単、家族”

HOTALBUMも冒頭のヨドバシの調査結果をバイブルに写真の主要顧客である主婦やシニア、育児ママが安心して使えるよう、ジョブスと同じく、徹底して、簡単直感操作、マニュアルなしに使える画面を最優先に専用ユーザーインターフェースを開発したものである。

ウィンドウズルールをほとんど使わなかった、金はかかるが、使いやすい、だからかどうかわからないが、圧倒的にシニアに人気だ。

開発が終わり、評価は、街を歩いている、2人にアルバイトをお願いし、同じじアルバム編集の作業を書いた、操作メニューをそれぞれに渡し、作業してもらう。

この予備知識のない2人が、同じメニューの作業を同じ時間で完了することが目標だ、同じ時間でできるということが画面を見たまま使えるという真理でもあるからだ、差があるうちは開発をやり直す。

理論的に考えてこれが、最高の使い勝手を設計できる。

頭で考えても、人によってみな使い勝手は違う。誰もがこれが最も使いやすいと考えて設計してしまうから、神様に聞くしかないが、この神様というのが、お客様を代表するこの2人ということになる。

各社バラバラで最悪な使い勝手の商品の代表は、

日本の携帯電話、DVDレコーダー、前記した写真のアルバムソフトなどだ。

最近では、Winndowsのoffice2007が最悪だ、使った方に聞けばわかるが、2003からの改悪を見れば、マイクロソフトといえども、ソフト開発がいかに顧客を無視した勝手な方法で行われているか分るだろう。

ほとんどの企業がまだ使い勝手を重視した設計にはなっていない、ユニバーサルデザインという分野はこれからかもしれない。

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2008年8月 2日 (土)

森村誠一さんが広めた写真俳句

HOTALBUMで今はやりの写真俳句をやってみた。

撮った写真から、これはというものを選んでアルバムに編集しタイトルをつけて整理した後、ゆっくり時間をかけて”アルバム情報を見る、”というボタンから、一枚一枚拡大、写真を眺めながらイメージをふくらませ一句づつ作ってみる。

まだまだ下手だが結構楽しい。

写真はその日の記憶をよび戻し、音色を含めたその時のイメージがふくらむ、記憶だけで俳句をつくるより写真を見ながらひねるのはなかなかいい。。。

先日の京都での。。。

四条の駅の地下、突然、鐘の音がかすかに聞こえだし、ああ、これが祇園まつりか、と初めて見る祭に期待を膨らませ、鉾や山を想像しながら階段を昇る、と、わっと人人ひと。。千年のいにしえの祭りを支える異邦人、など題材には事欠かない。

シャッターを押した気持ちを素直に、いかに大きく膨らませられるか、という感じで、ちょっとひねると俳句ができあがる、季語が結構難しいが下手でも愉しい。

静止画の愉しみ方としてなるほどとおもえるものだ。

森村誠一氏が、初めて写真に俳句をつけてブログに書きはじめ、一気に評判となり、広まったという写真俳句、ブログがあり、投稿サイトもある。

新しい趣味として、写真俳句ブログの投稿登録数は20,000件とか、愛好家はどんどん増えているらしい。

このブログサイトの作品例を見ているだけでも、結構楽しい。

写真俳句の作り方もかいてある。

写真を撮ったら、必ず写真の思い出となるような俳句をつけて残すのだそうだが、 国内で撮る風景写真は、たいてい写真そのものが季節をあらわすから 歳時記をそばに置き、撮ったとき印象的だったこと、写真から想像したことなどと季語を組み合わせて俳句を作るのだそうだ。

肝心なのは、「自分で撮った写真に自分で詠んだ俳句を付ける」ということ、そして「写真の整理はパソコンで行うこと」だそうです。

膨大な量の写真整理のついでと思って、写真にタイトルやコメントを付けるような気持ちで五七五を完成させ、パソコンで写真と俳句を合体させた状態にして整理しておくのが良いそうだから、手前味噌にはなるが、シニアのどなたにも使えるHOTALBUMが便利だと思う。

一枚一枚写真を拡大してイメージをふくらませて、考えることができる、そして作った俳句をコメント欄に3行で書きこめる、そして整理して写真と一緒に保管できる。

いいものができたら 写真俳句の投稿サイトに応募してみたいとおもうが、上達の早道は、投稿サイトに数多くある、写真俳句をたくさん鑑賞することだそうだ、また投稿してみることだろう。

いずれにしろ写真文化がひろがって愉しい。

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2008年8月 1日 (金)

背水の陣内閣

昨年のことだが、福田さんが自分で背水の陣、内閣といっていたが、

背水の陣とは、単に、今の自民党のような不利な状況を言うのではない。

漢の韓信が趙を攻めたとき、わざと不利な川を背にして布陣し、味方に決死の覚悟を促し、大勝利した故事をいう。

今回も同じ、背水か?

実際は違うかもしれないが、上げ潮派、構造改革は明らかに後退、増税派重用にみえるが?

国民の評判より、リーダーシップがない自分を党内力学の実力者で固め、派閥の批判だけは避け、お神輿に載って歩をすすめ、結果はみんなの責任よ。。というような改造なら、決死でも必勝の構えでもない。

負けても皆で渡れば、党内批判は避けられ、怖くないという感じか、

星野さんがオリンピックで必勝を狙っての背水の人選、チームつくりとは、エライ違うとおもう。

福田さんの使命は、次期衆院選で絶対過半数を取って、勝つことだから、党内事情より国民の大半がなるほど良い人選だと思って投票してもらうような布陣が必要のはずだ、

今、各派閥から評価されても、結果的に大半が落選したら、意味はない。

身内の合格を捏造し、結果的には本人の一生を台無しにしてしまう大分の教育委員会幹部とあまり変わらない。

今回は、まず、これはやるな。。。真剣だな、変わったな、これこそCHANGEや。。と国民が思える最低3人の布陣が必要だった。

それは、官僚と戦う姿勢を示す人で、構造改革、無駄の徹底排除でTVに出て話題になる人だ、そのためには民間からでもいい、目玉が必要だ。。。。私ならと思う施策をあげても、アイデアは幾らでもある。

サミット開催時だったか、日曜の朝のTV番組で小池百合子氏が発言していた。

環境、地球温暖化問題で、やるべきは、”日本は十年先には石油を全く使わない国を目指す。。と明言してしまうことだ。

そしてやれるやれないは別にして、政府は産業界を支援していくと発言してしまうことではないか。。。と。。。

個人的には好きではないが政治家としてはセンスがいいな、と、はじめて知った、こういうことを政治という、。

その数日前、7月4日に甘利経済産業大臣がイラクなど中東や南米へ資源折衝にいかれ帰国し、イラクなど分厚い鉄板着て、リスクを犯して歴訪しても努力の割りに石油は下らず、成果の実感が無い、むなしい。。を受け、

どうせ近いうち、首(くび)なんだから、いつまでも大臣にぶら下がってるのではなく、ここ一番開き直って、

日本は十年後には石油は一切使わない国を目指す。。。その方向で政治が主導していく方向を検討したい。とぶち上げたら。。。とメールでいったばかりであった。

だから、小池さんの発言には、その通り、そういう政治家が今こそ求められているんだ。。。とうなずいてしまった。

甘利さんが親父さん(甘利正)の秘書時代からのお付き合いで、私の紫綬褒章授章祝賀会にも当時、労働大臣だったがきてくれた、今でも時々相談にのってくれる。

知財立国が彼のテーマだから、前にこの欄で書いた、日本の特許政策の誤りも彼は知らないだろうから、指摘したいと思っていた。

ここで大臣をクビになったからやっと暇になり、相談できるようになるかも知れない。

いずれにしろ、色気や欲を出すから何も出来なくなる、自分をすてて一生懸命やれば、国民は必ず直感的についてゆく、渡辺大臣がその例かも!!

いつも言うように、自分より他人、会社よりお客様、だから、党より国民を大事にすれば、必ず勝てる、浮かばれる、これは成功するための唯一の真理なのだ。

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