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2008年5月

2008年5月30日 (金)

創造的な目標の決め方

昔の書籍でタイトル忘れたが、43歳で日本IBMの常務となり、いきなり退職しフリーのコンサルタントに転出した井上富雄さんが書いていたが、5年後の自分にとって何が必要なスキルとなるかを考え、5年前からこのスキル取得を準備する、というのがあり、私が昨日書いた未来予測からの目標の立て方を実践するヒントになったものである。同じくこれは自分の幅広い必要スキルの取得と成長のもとにもなった。

通常のサラリーマンら未来予測からの目標設定で良いが、起業家ならもうひとつ加えたいモノがある。販売目標を大きくとることである。空想でも良いから実力の100倍程度の売上げを目標とし、実現のための戦略を立ててみることである。資金もなく、流通手段も、広告を打てる資金が無くても、一流企業並みの販売目標を立て、其の実現を図るアプローチを考えてみることが重要である。

2000万円程度の売上が実力としたら、100億とか、途轍もなく高い目標を立て、真剣に実現する手段を考えてみるといろいろ見えてくる、勉強も必要になってくる。商品や、サービス、セールストークの見直し、提携模索、人脈つくり、ニュースレリースを如何に安く、広く配信し、媒体に取り上げさせるか?などあらゆる方策、仕組みを考えなければ実現しない、仕組みが無いところにそれなりの成果は生まれない。高い目標の達成に必要なことはアイデアや努力ではなく仕組みつくりである。

この方法の何より良いのは、思考、アプローチ、態度、行動が前と変わることであり、新たなスキルが身につくことだ。ここでも不可能は無いと思い、アイデアを出し尽くしてみて欲しい。高い目標が新たな手段を生み出すことが実感できるはずだ。金をかけずに売れる仕組み、それがビジネスモデルだろう。

身の丈にあった目標では創造性はでない、汗をかけば達成できる。大きな目標は汗では無理で、発想も行動も変えなければならないから必然的に思考が変わるから不思議だ。大きな目標を立てても達成しないとたたかれてしまう一般企業のサラリーマンには若干無理がある方法だが私は大企業の中で、この方法をとってきた。

だから多少無謀とか、イケイケドンドンとかの評価もあったが新たな道を開くには、新たな仕組みはつくりは挑戦がなければ生まれないと思い実践してきた。よく定年までいられたものといまさら思う。

勿論リスクを最小にする方策もサラリーマンだから身についたものだが、今は起業して間もないので実際の修羅場でどう活かされるかはこれからだ。それでも戦略的な目標としてこの方法はやるべきであろうと思っている。

如何に顧客ニーズにフィットし革新的な商品であっても、ビジネスモデルが良くても、実際に膨大な資金が無ければ、売るのは難しい、大企業ならビジネスの可能性さえあれば、流通に広く商品を展開し、大量広告もGOがでる。TV広告一発で世間に広く知ってもらい売上は目標を達成できるだろう。

流通も、資金もなく、媒体にも取り上げてもらえず、折角の良い商品でも、売れずに世に出ず、埋もれた商品や、サービスが沢山あると思う。前にこのブログで書いた北海道の花畑牧場の生キャラメルの田中義剛さんの発想も同じで、ものすごい沢山のヒットの仕掛けを考え続け13年も苦労した挙句の果ての成功である。この苦労を短時間で済ますには最初から大きな目標を立て理論的に売れる仕掛けを考え尽くす方法があると思うがいかがだろうか。

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2008年5月29日 (木)

不可能は無い,開発目標の立て方

ニーズに素直に忠実になるのが商品開発における成功の秘訣と説いたが、たいていの場合、いろいろな理由で開発者は不可能の理由を説明し。難しい出来ない、と決め付ける。給料をもらって一生懸命出来ない理由を述べルのも滑稽だが、知的レベルが高いほど其の傾向がでる。そのくせ、1社が常識を破って新しいニーズを解決した新製品を出すと、各社続々と新たな技術を見つけ、同じような商品を発表してしまう。出来ると分かると誰にも出来る、出来ない理由は心の壁だけである。

90%の平均的な人間は、こういうものを作れないかと持ちかけると、あらゆる知識を総動員し出来ない理由を考える。これがナレッジ(Knowledge)、知識である。創造的なモノを作るには知恵が必要で、知識は入れるモノ、知恵は出すモノ、だから仕事をして知識を得てもダメ、知恵を出して初めて給料が出る。とよく言ったものである。

知識は出来ない理由を考えるのに使うのではなく、知恵を出すために使うもので、起業家はベンチャーだからここのところをよくよくわきまえ、知識でかんがえ、これは不可能と回避したら成功しない。必ず出来ると信じ、知恵を出せば到達できるから、日常、其の癖をつけるべきである。

全く世に無い新たなものを作るのだから、それが作れる方法や知識は誰も知るわけも無く、知識で考えたらモノは作れないのは当たり前だ。ニーズがあればいつかは誰かが完成すると思い、それは俺の仕事、俺がやるという信念が必要だ。

それにはどんな機能でも進歩の度合いを縦軸に対数で表し、横軸に時間(年月)を真数でとってみることだ、不思議と過去の進化は直線的に進歩している。ムーアの法則なども,そうだが、半導体でなくても、物事の殆どが同じ様な進化をたどる。過去が直線ならこれから先喪直線で進化すると信じないほうがおかしいが、過去は信じてもここから先は技術の壁があって不可能だと考えてしまうのが人間の常のようで、ここに過去を信じる人の勝ち目がある。

いつ頃、誰かがどの程度の進化を実現するか、5年後にはどの程度の商品がどこかのメーカーから必ず出てくるはず、価格は幾らくらいになるかなど、この表を作ることで予測できるようになる。

私の場合、1972年、米国コダック社が写真の新しい標準処理を発表したとき、過去の歴史的処理時間の発表値とあわせプロットしてみた。見事に直線的に進化していることに気がつき、一般的な進化も同じ方法でこの曲線を作ってみた。それ以来、この進化曲線を信じ、3年か5年先の目標を立て実現しておけば先行できると方針を決めた。過去の進化は未来の進化のはずとこの直線を未来に外捜し2001年頃処理時間は限りなく零になることを20年前に知ることが出来た。ここがドライシステム(デジタル)が出現する時期と予測し、対応していったのである。

長期の心構えと、日常は常に3年後には何分の処理に達していなければならないか、迅速処理研究の目標を明確にすることが出来た。

古い話だが、大阪万博のとき関係者入場証(当時のIDカード)用にポジ用カラーペーパ-に直接大型カメラで人物撮影をするという迅速ID作成技術を特需課という部署と処理開発チームで開発し提案し、受注することが出来た。その後、この技術を警察庁の免許証システムに小型化し、日本で始めての顔写真入り免許証作成システムとして採用され受注に成功した。人物とカードを同時に撮影し迅速小型システムとして各県警に設置され、オンサイトで処理することになり、工場から多くの方が全国野警察にサポートメンバーとして出向した。それ以来、日本の免許証システムは20年以上コニカが独占してきた。

官庁商売では圧倒的な差別化技術が無ければ、官僚との癒着以外独占はありえない。特に警察関係だから技術以外の競争はありえず、癒着も無く独占してきた。最近ではデジタル化になって、東芝など何社かのシステムが各県警ごとに選択されているようだが、それまでは、毎回の提案合戦を勝ち抜き、長い間受注を勝ち取ってきたがこの原点は、この進化表を使って不可能はない。。と開発し続けた、超迅速、無水洗処理でシステムを小型化し続けた機器開発グループとのチーム力であッたと思う。

その後この技術は、街中の証明写真撮影システムとしてトップシェアをとり、1事業部が育っていったし、印刷事業部ではコンセンサスシステムという,検調、検刷システムでトップシェアを保つことが出来た。

話を戻すが、開発者からみると折角、知恵を出し、高い目標の迅速処理システムを発売しても、冷酷にも、次の日からまた5年後の目標値が掲げられる。たいていは、これ以上は不可能です、こういう理由でと研究データを基にして敵にはできっこないと安心してしまうのだが、私の研究室では、この進化曲線がバイブルだったから、皆この目標を信じ、知恵を出しはじめ、何らかのアイデアが出て、新技術が生まれるから不思議なものである。

そうやって入社当時、1時間30分以上の処理が必要だった、カラー写真の処理時間は最後≪1998年ごろ)の私の開発テーマではカラーペーパーが1分、カラーネガが4分程度あった。しかも全処理液をヘッドから噴射するセミドライ処理という画期的なものだったが、32件の特許出願でおわり、デジタルに席を譲ってお釈迦となってしまった。

ここから先はウエット処理は無くなり、別のパラダイム進化曲線となったわけで、新たなデジタルでの進化に知恵とアイデアを駆使し、また楽しい新たな挑戦が続けられると思うと楽しい限りでもあった。

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2008年5月26日 (月)

三浦雄一郎、青春とは年齢では無い、

今日、三浦雄一郎さんが75歳でエベレスト山頂に登頂した。おめでとうございます、すばらしい快挙だ。青春とは年齢ではない。。とフィリピンの洞窟の壁に書いたのは、日本軍に追われ、アイシャルリターンと再起を誓った米軍のマッカーサー元帥だったが、まさしく最後の燃え尽きる瞬間まで夢に挑戦し命を賭け続ける姿には心打たれる。

ヒマラヤでは平地のような5000m地帯のトレッキングでもテントに寝る友人が空気を全部吸ってしまうのではないかと憎くなる程だから、8000mの過酷さは想像に難くない。勿論彼もショーマンであり、冒険が彼のビジネスでもあろうが、われわれ、起業家も、高い目標に命を賭けて挑戦し、世に足跡を残していかなければと思う。

彼がまだ若いとき、剣沢(剣岳)をスキーで滑るという挑戦の映像を見てびっくりしたが、その後さらに過酷な条件の真冬の富士山やエベレストをパラシュートをつけて滑降したりそれこそ命を賭けた冒険家として植村直己氏と両雄で活躍してきた。植村さんも生きていれば、同じように後期高齢者となっても命がけの冒険を続けていたことだろう。それにしても75歳でエベレストを滑るという発想はすごい。アイゼンつけて一歩一歩登っても、多くの命が飲み込まれたような壁である。

私もスキーは大好きで64歳の今年も、赤倉にいき、リフト乗りっぱなしで一日中滑っても疲れることは無かったが、75歳で緩斜面が滑れるか心配である。彼が滑るのは40度もある氷の壁だから、モーグルの上村さんほどの足腰が強くなければ若くても、滑り下りるのは厳しい。それこそ命がけのアドベンチャーである。ベンチャーも負けてはいられない。命を賭けて出来ないことは無い。運も必ず味方するはずだ。

私も、今日の三浦さんのニュースから勇気を戴いた。写真を安心保管できるデジタルアルバムの普及に、命を賭けなおしてみようと。お客様の大切な思い出を護り、写真文化の発展に寄与できるよう、またこのブログを書き続け、一人でも多くの起業家の役に立ち、日本の活力に繋がるすばらしい商品や事業が生まれることに寄与できればと思っている。

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2008年5月25日 (日)

創造性とは素直にすぐやってみること

お前の部門があるから、そして写真に水洗があるから発展しない。。といわれても私の責任で水洗があるわけではないから、たいていの場合は、ムッとするだろう。創造的にニーズを聞く、ということは、理屈で正しければ素直にそのまま、聞いてみることである。この場合まさしく、言われる通りだから、次の日に、とにかく水洗処理をしないとどうなるかやってみた。

現像後に、漂白定着液という赤黒いお醤油の様な色の液でプリントから銀を取り除き、そのプリントの処理液を濾紙でぬぐってそのまま乾燥し、高温、高湿下に2週間ほど保管し、強制劣化試験で寿命推定を行ってみた。

常識人間から観ると、こんな無駄な実験やる馬鹿がいるか?結果はやらなくても分かっているだろう。きっと写真の白地は黄色く褪せ、色素はすべて退色し、だめに決まっている。何のために水洗があるのか、と言われるだろう。

私はこういう場合、頭で考えない、とにかく素直にやってみる。水洗処理しないとどうなるか?どの程度の問題を起こし、水洗によってどれほど色素の褪色を防いでいるのか?其のデーターをみて水洗の利得を測ってみたかったのである。その上で水洗をなくす手段を考えようという行動だったのだが、この最初の実験が、無水洗処理実現の成功の元になるとは思わなかった。

結果は、確かに色素が無い白地(白いYシャツとか、プリントの周辺の白フチ)は黄ばみイエローステインとなってしまうが、各色素「イェロー、マゼンタ、シアン)は殆ど褪色しなかった。水洗処理した標準サンプルより、はるかに色素の安定性が高いという予想外の結果となった。

なぜ、なぜ、なぜ、である、飛び上がる気持ちでもう一度やってみたが同じ結果だった。水洗しないほうが色素が却って安定化するということは、白地のイェローステインさえ直せば、画像保存性はむしろ水洗しないほうが良い、出来た。。。という気持ちで、それはびっくりしたものである。

いつもそうだが、常識が創造性の邪魔をする。頭で考えず、やってみてデーターをして語らしめることが大きな発見につながる。人間が考えることなどきわめて狭い範囲でたいしたことが無い。薬品をぜったいに残留させないよう一生懸命水洗処理してきた写真の長い歴史を考えると、全く水洗しないで結果を観て見ようなどとは思わないから、何年かけても絶対に無水洗処理は思いつかないし成功しなかっと思われる。

最初の実験さえあれば、後は頭ですべて理論付けし簡単に考えられる。水洗しないと、どんな薬品がどれだけ残留しており、其の中のどの薬品がどういう反応で色素を保護してしまうのか、解析するのは簡単だった、むしる白地のイェローステインの改良方法の開発がメイン課題となっていった。

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2008年5月24日 (土)

最初の発明

入社後10数年たったころだったが、研究室の若手リーダーとして小田原工場の新製品開発会議に出席した帰り、同席した同じ日野工場の関係職場の部長さんから誘われ、途中の新松田の駅で下車し、飲んで帰ることにした。それほど親しい関係ではなかったが、なぜか私だけ誘われ駅前の居酒屋に入って飲み始めた。

其の部長、写真のプリンターや自動現像機を開発する職場の責任者で、私は其の現像機で使うカラー写真処理剤の開発部門の担当係長という関係であった。飲むのははじめてであったが、飲むほどに偉そうな口調になりお説教が始まった。

お前の、処理剤の開発チームがだらしが無いから、現像機が小さく出来ない。特に水洗処理があるから、機械を小さく出来ず、水道水を30度に温めるためのボイラーが必要で、カラー写真は工場でしか処理することができない、ボイラーがあれば管理者が必要で国家試験が必要だとか、最後はお前らのチームがあることが写真の発展を阻害しているというような、めちゃくちゃな話を延々しておられた。

禅問答のような苦情を、ハイハイと聞きながら、不思議と冷静に、お客のニーズ,天の声として、聞くことが出来た。何か大きな仕事をもらった感じで、明日からやるべき実験やこれが成功したらどんなにいいことが起こるかなど考えながら、面白い方だなと聞いていた。この方とは30年たつ今でもお付き合いし大の仲良しであるが、今でもとんでもない発想をするかたで尊敬している。早速、次の日から世界で始めてのカラー写真の現像後の水洗工程をなくす実験に取り掛かり、最終的には3年程度で化学的な安定化処理を発明することが出来、1984年オタワでの画像保存性学会にて、この技術を発表し、其の年のラスベガスでの米国写真ショーに商品を発表した。

カラー写真に必要だった水洗処理をなくした結果、ボイラ-が不要となり、小さな現像機で、絨毯をひいたお店の店頭でも処理できるシステムを作り上げ、従来工場でしか処理できなかったカラー写真が現在のようなお店で45分で仕上がり、カラー写真の店頭処理時代を開くことができた。この技術はあっという間に世界に広がって、膨大な水資源と熱エネルギーをセーブし、環境問題にも大きな貢献をすることが出来た。

この方の飲んだ勢いの苦言を素直に聞き、発想につなげたおかげで、面白いような技術がいくつか発明でき、従来写真の常識であった、一本のフィルムと24枚のプリント作るのに10L程度の温水が必要という資源の無駄使いを覆し、たった200cc程度(牛乳瓶1本) の安定化液を補充するだけで、100年安定なプリントを処理できることになった。この無水洗処理は、写真が店頭で1時間で処理できる新しい文化を一気に広げていった。

15年近くたった平成10年、この無水洗処理の発明が写真文化発展と、環境と資源保護へ功績があったとして科学技術庁長官賞を戴き、翌、平成11年には紫綬褒章を受章させていただいた。私一人の功績ではなく、実験を担当した榑松雅行君や実用にあたっては多くの方の協力あってのことだが、代表して戴いたと思っている。かの飲み屋の部長からは今でも、俺が仕事をしてお前が授賞してしまったと相変わらず飲めば苦情を言われている・

その後多くの世界初という技術を手がけることになるが、すべてはこのときの飲みながら苦情を素直に聞いて、大きな発明に取り組み、成功したことが原点になっている。すべてがお客のニーズ、新聞のニュースも、お店の苦情も、あらゆることを自分の仕事のニーズとして捕らえ、不足は神の声として素直に聞け。。。という姿勢ができたおかげである。

当時毎年、沖縄や四国で渇水が続き、水不足が頭をよぎり、水洗をなくせばどんなにいいことばかり起こせるか。。と頭の中ではニコニコしながら苦情を聞いていたものだが、勿論ニーズと思えないときの苦情には激怒することも多く、どちらかというと短気で失敗も多く反省もしきりである。

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2008年5月23日 (金)

創造的な行動

多くの組織で目標をたて、その達成のための計画を立て、行動し、結果を振り返る、いわゆるPDCAが毎年回されている。おそらく90%以上の組織で、達成できるはずのわずかに上の目標を設定し、努力しているのが殆んどだろう。これでは創造性など必要ないし、発揮されないはずである。

私の場合、殆ど不可能な目標を掲げ、これをあらゆる工夫でやり遂げることに生きがいがあり、可能なレベルの10倍とか100倍の目標を掲げ、戦力も予算も要求せずにやり遂げる桶狭間的な戦いが大好きであった。

圧倒的に高い目標は、やり方、方法、仕組みや武器を変えなければ実現できないから、必然的に創造的にならざるを得ず、完成すれば必ず新たなサクセスストーリーが生まれ、話しの種になり、これが楽しくて仕方が無かった。

通常の仕事もそうだが、新たなアイデアを見つけ、既存の組織で新規ビジネスを勝手にはじめる場合は、予算も戦力も要求出来ないし、したからといって理解される保証は全く無かったから、常に回りは無視してはじめることが多かったようだ。

2002年にある3人の開発チームに毎週1件以上の特許も出させる目標を立てさせ実行したことがある。勿論3人は高い目標の開発を遂行、実現しながらである。このチームには30人分の大きなチーム並みアウトプットを目標として掲げさせ、特許以外のソフト開発のあらゆる仕組みを革新し、理想的なソフト開発のモデルを作ってみようと挑戦してもらったときのことである。

通常は1人の研究者の年間平均出願数は、2、,3件が実力であったが、このチームには3人で50件程度の目標をたてさせ実行させた、彼らはこの目標を軽くクリアし、60件程度を出願してしまった。

彼らが取った行動は、外部の特許事務所の中でももっとも優れた先生に毎週末、17時に研究室に来ていただき、出願相談を行い次の週の相談会までには出願完了させるというものだった。会社の規定では、まず知財部(特許部)のリエイゾンに相談し、出願申請書を書いて知財部に提出、この知財部のリエイゾンが外部特許事務所に割り振り、クレームを知財担当者と弁理士先生で決め、その先生が書き上げ、知財部を通じで明細書案が開発者に回り、修正、加筆し、OKなら実施例を書いて完成させ出願となる。効率はお世辞にも高いとはいえない。

彼らの場合、毎週末の相談会には弁理士先生と知財部担当者が同席し一発ですべてのあらすじ、クレーム明細書の骨子を決めてしまい、次週までには、先生がすべて書き上げてしまう。開発者は常に研究に没頭できるし、且つ毎週発明をしなければならないから、研究レベルは高まり、出願効率も一般の研究者の数十倍となった。

ソフトの開発についても、すばらしい仕組みつくりのアイデアがでて、数十倍の効率を出したが其のアイデアは多少機密もあり、ここにはかけないが、なかなか思いつかないなぞなぞ的なアイデアであり、別途個別相談ということにする。

いずれにしろ高い目標が無ければ、創造性は出ない。だからそういう職場では目標が達成できないことをしかるのではなく、そもそも目標が高い創造的な職場であるから、仕組みつくりが足らなかった原因を一緒に考え、探してあげなければいけないのである。

高い目標を掲げ、活発に議論し活動できるプロセスが重要で、創造的な職場では、

第一の功績は不可能な目標を実現したチーム、第二は不可能な目標に挑戦したが達成できなかったチーム、第三は、可能性あるやや高い目標を達成したチーム、最後はやや高い目標を達成できなかったチームである。この順番を間違え、往々にして、低い目標を難しそうに実現するチームが高く評価されてしまうキライがあり、創造性が芽生えない職場となってしまうし、人も育たなくなってしまうものである。

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2008年5月22日 (木)

イノベーションのジレンマと技術馬鹿

イノベーションのジレンマとはクレイトン・クリステンセンの理論であり彼の著書の題名であるが、大企業が競争のために顧客が望んでいないような高機能開発に邁進してしまい、顧客を取り残して売れない商品、かえって使い難い商品などを開発し、売れなくなっていくことであるが、必ずしも企業の生き残り競争や一人勝ち戦略が原因ではなく、多くは、技術者が顧客ニーズを勘違いし、技術の延長で、開発してしまう、いわゆる技術馬鹿の商品開発が行われることが原因のようである。

これがプロダクトアウトといわれる商品だが、マーケットインの商品を開発したいと強烈に意識しても、本人は気がつかないうちに、案外プロダクトアウトになってしまうことが多い。技術者は自分の得意の技術から外には飛び出せないから、専門の技術や機能をより高めようとしてしまうものである。

SONYの創業者たちは当時リビング一杯の大きな木製の真空管高級ハイファイステレオセットが全盛の時代、小型のトランジスターラジオで米国の若者の市場を開き大成功を収めた。ピーピーガーガー雑音だらけでも戸外でロックンロールが聞けるという商品価値が新たな市場を爆発させたものだが、その後小型のモノクロTVでも成功した。米国は子供部屋が独立しており、個人用TV市場が新たに開拓され飛ぶように売れた商品であったらしい。

3Dグラフィックで凝った高精細ゲームソフトを高速で駆使する若者を満足させる機能本位のPS3に対し、Wiiはシニアや主婦の市場をゲーム機の簡単、家族をキーワードとしたあらたな市場を爆発させた。

WEBが得意な技術者はWEBを延長技術で進化させようとし、デジカメの高画質化が得意な技術者は幾らでも画質を高めようとするが一定以上の機能は開発テーマとしてはすばらしいが商品として、売れるわけではない。デジカメが1000万画素や1200万画素になっても、印刷原稿として使う場合や、4ツ切以上にプリントする場合を除けば、一般の顧客にはデーターが重いだけで、メリットは殆ど無い。顔検出も技術馬鹿の商品で、顧客が価値を感じることは殆ど無かった。これらは皆すでにイノベーションのジレンマ領域に入っている証拠であり、開発は新たな市場を開く、あらたな顧客価値を創造しなければコモデティ-化し価格が下る一方となってしまうだろう。

全国のどの地域にもヨドバシカメラやビックカメラがあるわけではない、地方の小さなカメラ屋さんには4機種しか置けないのであるから、この中に入る特徴あるカメラを作らなければ売れないはずである。ところが各社のカメラは殆ど同じで、如何に技術者に創造性が無いか良く分かる。顧客やユースケースを絞るだけでも全く別のカメラが創造できるはずだと思うのだが。

カメラだけではない、薄型TVでも、パソコンでも、DVDレコーダーでも、皆同じような商品であり、各社の差は値段だけかもと思うくらいわずかである。なぜもっと楽しみ方を含めた商品提案が出来ないか、工夫できないか、特徴が出せないか、不思議である。

顧客ニーズは自分の家のリビングにある。技術者はもう一度身の回りをよく見て、自分もユーザーの一員であることを考えて、徹底的に明視化し書き出してみることだ。

なぞなぞをとくときのようにやってみることだろう。

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2008年5月21日 (水)

なぞなぞと創造性

ニーズの解析にしろ、ビジネス構築,や起業するにしろ、成功するためには創造性が不可欠で、その超成功例が秀吉であろう。当時、百姓から太閤まで出世することは並大抵の努力ではなく、あらゆることに創意工夫を凝らし、努力した結果であろう。

創造性とは二律背反する問題、相矛盾する課題をたった一つのアイデアでいとも簡単に一発で解決してしまう様なアイデアを言うが、まさしくなぞなぞを解くことに通じる。なぞなぞは子供の遊びと思ったら大間違いで、枕草子に”宮中でのなぞなぞ合わせ”が出てくるが、なぞなぞは当時から集団合戦で行われ、審判までついて勝負が行われた上流社会の創造的な遊びであったらしい。

新入社員に課題を与えてアイデア会をやるとフラッシュアイデアは無限に出るが本物のアイデアはなかなかでない。過去のしがらみや常識の壁が無いからポンポン自由奔放にアイデアは出る。しかし殆ど役立たないというか創造性は感じられない。本物の創造性とは、しがらみや制約を越えて一見関連、連想できそうも無い観点から出る一発で課題を解決してしまうようなうなるアイデアだ。

なぞなぞも飛躍がないと解けない、特に一人で考えるとなかなか解けないが3人以上で解くと殆ど解ける。これは、私の研究室で人数を変えたチームを作って実際になぞなぞ500問をといてみた結果である。3人以上なら80%は解ける。如何に物事を多面的にみる事が重要か、他人の意見を素直に聞かなければ創造性は出せないかを実感できる。

試してみて欲しい。①金属なのに腐敗してしまった製品は?②失敗ばかりしている海は?③冬山にいる猛獣は?など簡単にとけるかどうか?とんちは不思議と3人いればでるものである。方法は3人ですべてを書き出してみる、書き出し見せ合ってさらに書いてみると簡単に解ける。

起業やビジネスに必要な創造性は、解決したいという執念ととらわれない柔軟なアイデアであるが、天才は別として一人では殆ど解けない。勝てるアイデアが欲しかったら、3人以上で考えられるすべてのアイデアを出し合って、観ることである。他人の意見を踏み台に柔軟に考えると瞬くまに、解決策が出る、私はこれを集団天才戦略とも徹底明視化とも呼んでいた。集団のアイデアは意外とおおきな力を発揮するものである。

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2008年5月19日 (月)

デジタル時代への対応

デジカメの普及速度が読めたら、後はデジタル化にどう対応するかが私の課題であった。私はフォトフィニッシング『写真の店頭処理』事業が担当であったから、部門の開発者は殆ど化学系技術者だ。、

近い将来、デジタル時代には、この人たちは必ず不要になる。そのときリストラしなくて済むよう、彼らをデジタル技術者に変身させておくべきで、それが本来のリストラだ。それでもアナログが永遠に存続すると思っている、タイタニックでダンスをしているような人と付き合ってまともに議論していても、何もしないうちに船は沈んで、間に合わなくなる。周りの反発は覚悟の上、自職場だけでも、勝手にやるしかない、いつもの反骨心がまた出てしまい、勝手に、要素開発と銘打って関連部門や予算管理部門をだましながら、デジタル開発を開始してしまった。

まず、デジタルの要素開発職場から核になる技術者を美味く話をして2人戴いてしまい、これに優秀なアナログ技術者を加え、銀塩カラーペーパーを使ったデジタル露光ヘッドとして、LEDとVFPH『蛍光電子管』を組み合わせた自社開発のBGRそれぞれの露光ヘッドとして完成させた。この露光ヘッドを社内研究発表で売り込み、1997年システム開発部門をまきこんだ大プロジェクトへ発展させ、世界初の写真店頭用デジタルミニラボを開発していた、この開発を視察しに来たのが大前研一氏であった。

大前研一氏は以前からコニカ㈱のコンサルタントを行っており、私も米国写真事業の再建などでお付き合いがあった。あるとき、デジタルミニラボ開発をしていることをお話をしたら、わざわざ日野事業所まで視察しに来てくれたもので、見終わった後、「小星さん、これは相当進んだシステムだ、世の中より何年くらい進んでいると思う」というから10年くらい進んでますか?というと冗談ではない、デジタルで10年先は見えないよ。。と笑いながら「3年くらいは進んでるよ。すごい、これは世の中を写すスキャナーだな、大型の!!」 と全く別の見方をしているようだが、とりあえずベタ褒めしてしてくれた。

これは確かに進みすぎていたこともあり、技術的に多くの問題を残したまま発売され、大失敗のシステムとなってしまった。発売後、市場関係者も含めサポート部隊は世界中にとびだし問題解決に当たり損害も大きく、惨憺たる商品となったが、実はこのシステムの登場で、コニカのコンシューマー部門のデジタル対応の技術も人も飛躍的に向上し、且つ育っていった。責任者の私は青くなっていたが若い人は皆、新たな時代を切り開いているという実感と夢の実現で生き生きと燃えていたのが今でも忘れられない。

古いアナログ写真の企業が、迫りくるデジタルにあらかじめ対応して備えるなどで通常はできっこない。日本の企業の意思決定システムは、会議という責任分散システムとなっているから、問題提起した提案者は皆が十分納得できる案まで纏めあげ、議論では小さなことまで心配が出し尽くされ、リスクが無い形で合意されるから、具体的に見えない敵や危機への対応など、ましてや直感的に先を読んだ対応案など誰も承認しないシステムとなっており、提案されることもない。

その後、私は責任を取り閑職にはずされるが、このデジタルミニラボ開発で大前さんに言われた、デジタル写真はシステムが変化する、デジタル化で便利になるようだが、進化があるから不便極まりないものとなる可能性もある。アナログに替わるビジネスプラットホームを考えるとき気をつけるべきである。ということが気になり、何もしなくていいからここにいてじっとしていて、という閑職にありながら、フィルムに替わる新たなビジネスプラットホームとして、HOTALBUMの開発を思いつくのである。すべてが写真を愛する顧客ニーズを如何に満足させるかが基本の考えである。

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2008年5月17日 (土)

備えあれば、憂いなし

四川大地震、隣国の災害には、もっと真剣な支援が必要で、日本は5億円ではなく、道路を我慢しても50億円程度を拠出すべきとおもう。建物の耐震性もあるだろうが、山の崩れ方を観ても、神戸より、はるかに強く大きな地震のようだ。もし東京に、このクラスの地震がきたらこんなものではとてもすまないだろう。

全国には、まだ耐震性で危ない学校が一杯あるとのこと、日本人はいざとならないと未来のことなど真剣にはやらない民族らしい。必ず起こることでも実際に発生するまでは、備えない民族だから、こんなことわざがあるようだ。

デジタル写真データーも地震と同じで、30年後にはシステムが変わってしまい、必ず鑑賞できなくなるよ、と幾ら忠告しても、今日困るわけではないから、誰も真剣にはならない。私は1997年にデジカメの普及を向こう10年間の出荷台数として予測し、社内で発表したことがある。そしてその後の出荷台数も普及率も、殆ど私の読んだとおりとなったが、当時は誰も信じなかった。

特にフィルム事業責任者は、相変わらずフィルム時代が続くような事業計画を出していた。その後2001年にはフィルム事業の将来はないという決定的な状況となってしまった。たった4年後である。

私のは、単なる予測ではなく、デジカメがパソコンの入力機的なモノを写し取るスキャナーから、写真として問題ない画質のカメラとなる日さえ分かれば、この商品は確実にカメラとして爆発的に普及するという仮説だ。なぜなら、フィルムが実現できなかった、撮ったその場で見られる、現像もフィルム代金も不要という画期的な顧客ニーズを満足できるから、急速に普及するはずという仮説をたて、カシオのQv-30出現頃から、発売されるモデルの代表機種は必ず購入し、写真を撮って当時のインクジェットプリンターでサービスプリントのサイズにプリントし、使い捨てフィルムカメラ『写るんです』で撮った写真を比較し、デジカメの画質の進歩をチェックしていた。

インクジェットプリンターの進歩もあったからだが、80万画素から100万画素のデジカメの画質はまだ不十分でも、其の進歩のp速度から、3年後にはサービスサイズの写真では、”写るんです”を確実にキャッチアップし、同等画質となる。これでアナログフィルムの役割は終わったと私にはおもえ、デジカメ時代が確実に到来することをはっきり予測した。

商品が本格普及するために必要なニーズを満たせば、初期のカーブは確実に未来を外挿できるから、これを使えば正確に予測が出来る。1997、8年頃の販売数量カーブは未来を予測するに十分なものであった。

この方法で1997年に私はアナログの開発を突然すべて停止し、デジタル関連開発に全面シフトしたのである。社内ではフィルム事業関係者の多くの方がこの方針には批判的であった。

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2008年5月14日 (水)

顧客ニーズの調査

商品開発で重要なことは市場ニーズや顧客ニーズの正しい把握だ。昨日書いた、元世界チャンピョン、ボクシングの輪島功一さんの例のようなデジタルスキル弱者は非常に多いのに実際の商品開発は、誰も期待していないような高機能競争となってしまう。これは正しい顧客ニーズの把握ができていない証拠でもある。

ウィンドウズVistaがいい例であろう。Macに負けじとグラフィック機能やセキュリテイ強化を中心に肝入り開発を行ったようだが、通常のお客さまはメールとWEB閲覧、WordやExcel、せいぜいパワーポイントを使う方が90%と思うが、此の方々にとっては、Vistaはなんらメリットはなく、機能オーバーでメモリー食いすぎ、操作は重く遅いという欠点で、日常悩まされてしまうことになる。

オフィス2007の操作など、せっかく長い間に覚えた操作は全く変わってしまい、そのうえ他人とファイル交換しても、相手が読めないなど、困りはて、お金を出して、XPへダウングレードしている方がいる始末、LenovaなどはVistaより、XP モデルのほうが価格が高いなど悲惨な結果である。

こういう現象がイノベーションのジレンマと言われるものであろうが、本来はグラフィック関係のユーザーのための改良が目的であり、特定顧客に必要な機能として商品化すべきであり、必要としていない方にとっては迷惑となってしまう。

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2008年5月13日 (火)

デジタルスキル弱者

私の友人の妹さんが、ボクシングの元世界チャンピョンの輪島の奥様で、その関係から、たまに輪島さんとゴルフをご一緒する。夕食しながら飲んでいたとき、たまたまデジタルの話になり、俺は家では家族から馬鹿扱いされる。リビングのTVの周辺にはリモコンが一杯で、最近のデジタルTVはどう使ったら良いか、さっぱり分からない、まるで使えない。

DVDレコーダだって録画してみるだけなのに、機能が一杯で何故か使えない、俺はボクシングでたたかれすぎて、馬鹿かも知れないが、TVぐらいは簡単に見させてくれても良いと思うと、嘆いていたので、ホットアルバムなら、輪島さんでもきっとパソコンが使えるかもしれない、輪島さんだけでなくガッツさんだって使えるはずですよ、とお話したが信用しないので、輪島さんの奥さまにHOTALBUMのソフトをお渡しし、輪島さんにデジカメで写真を撮って、パソコンで楽しんでもらってみてください、と一緒に使ってみてくれるよう、お願いしておいた。

その結果、特に奥様から喜ばれ、輪島ジムのホームページに、此のいきさつを載せてくれ、奥様がHOTALBUMの紹介や販売までしてくれている。

デジタル弱者の代表みたいな方の苦しい状況が良く分かるエピソードだと思う。

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2008年5月12日 (月)

写真の主要なお客様は、主婦、シニア、育児ママ

写真の撮影シーンを分類すると、トップは旅行『海外、国内)でおよそ53%、家族や子供が次で、25%、そして写真の最大のユーザーは主婦、シニア、育児ママである。若い方が携帯で、食事のメニューや自分撮りなど手当たりしだいに撮影し、撮って観て終わりとしている様な写真は入っていない。

デジタルはこの写真の主要なユーザーである主婦、シニア、育児ママに優しくなければならないが、基本的にはパソコン、特にウィンドウズルールを熟知していなければ使えないため、この方々には非常にやさしくない商品のようで、大いに迷惑を蒙っているようだ。

ヨドバシカメラが2004年に店頭で調査した結果が、同店のポイントネットワーク誌に当時何回か載っていた。パソコン購入者へ店頭で聞いた結果だが、メールやNET(WEB閲覧』は65&程度の方が問題なく出来るが、パソコンでデジカメ写真のファイル操作が出来るのは2.8%しかいない。この結果は一般顧客のもので、主婦、やシニアのスキル弱者ではもっと少なくなるだろう。

旅行でも、家族イベントでも、写真を撮ったお父さんが、パソコンのHDDにしまってしまうため撮られた家族や仲間がプリントしたくてもデータは自由にはならない。ましてやVista時代はセキュリテイが高まり、家族であっても勝手にパソコンを開けて写真を取り出すことは出来ない。たいていの場合はプリントしてとお願いしてもなかなかやってくれない、夫婦喧嘩までいかないと目的のプリントはできないとのこと。

育児ママはもっと悲惨のようだ、最初の赤ちゃんの写真は毎日でも何枚でも撮りプリントしたり、遠くの両親に送ったり大変忙しいが、赤ちゃんが2歳にもなると写真の整理やプリントが出来なくなる。なぜならパソコンを出すと、赤ちゃんにキーをやたらたたかれ、ただでさえ大変な作業が邪魔され、結局お店にもっていくことになるらしい。

アルバム整理のパソコンソフトは何回買いなおしても使えたためしが無い。動画をとっても楽しみ方ひとつ分からない、そんな主要な顧客の不満をよそに、デジカメは画質だ、手振れ防止だ、カオ検出だと、何のための機能かお客には分からないまま、競争がおこなわれ、毎月何機種かの新製品が出ては消えていく。

アナログ写真ではお客様はシャッターを押すだけ、世界中どこのお店に出してもプリントが得られ、どこのお店で、フィルムを買っても、何も考えず使えた。デジカメでは、カメラを買い替えたら前のメモリーカードが使えないなどはざらだ、もう一回マニュアル観なければ使えない。

これでお客さまといえるのだろうか?

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2008年5月11日 (日)

CD-R,DVDーR,Blu-Rayなど光ディスクで写真を永久保管

CD-RやDVD-Rなど光DISCがなぜ写真の永久保管に適しているか?「勿論ブランドを選んで高品質野DISCのことだが』

まずメモリーカードやパソコンHDDの寿命は十数年、特にパソコンは十年以下と思っておいたほうが良い。スマートメデイアは既になく、SDはSD-MINIになり、メモリースティックはデュオと数年で形を変えてしまい、数十年後にはまったく形がちがって使えなくなってしまうだろう。

一方CD-RやDVDは国産品を選べば間違いなく30年以上、100年もの寿命が期待できる。さらにこれは形も外寸も12cmで互換性がありBlu discであってもドライブの互換性が保たれている。

ただそれだけで、写真を永久保管できるわけではない。いくらCD-Rが、安定で半永久の寿命があっても実は意味がない、CDやDVDの取り扱いに気をつけないと、傷をつけたり曲げたりゆがめてしまったらデータは再生できない、又たとえ完全保管できても、100年後、いや30年後であっても、これらのドライブが実存する保証はない。

では何故、HOTALBUMが、CD-RやDVD-Rに保管して、100年安心保管と言えるのだろうか。それはホットアルバムが誰でも無意識に保管すれば、EVERPLAY規格というファイルフォーマットで記録されており、DISCのドライブが次世代システムとなったら、自動で書き換えできる仕組みが搭載されるからである。

また無意識に保管しても、安心できる仕組みが、まだいくつか入っている。

それは、アルバムDISCとパソコンHDDでダブルに連携保管出来るから、突然パソコンがウイルスやクラッシュなどの事故でダウンしても、データーはアルバムDISCに保管されており、アルバムDISCをなくした場合でも、パソコンにデータが残っているという、どちらかのデータが護られるようくふうされていることである

アルバムDISCには、OSが変わってしまってもそのまま見れるよう、必要なすべてのソフトやビュワー、がデータと合わせて書かれて(オールインワン)おり、

写真データは4つのデータ(JPEG、サムネール、スクリーンネール、ビデオ画像)に分け、DISC上の別々の場所に自動分割記録し、たとえDISCが傷ついても、データはどこかの場所から再生できるよう工夫されている。

また、保管ケースは遮光性で紫外線劣化を防ぎ、ジャケットプリントで中身の写真が外から一目でわかるよう工夫されている。

またEVERPLAYによる書き換え〔Migration-Rule〕機能が搭載されている。この機能はCD-Rの時代が終わり、DVD-RやいきなりBluRay DISC時代になってしまっても、アルバムをまとめて次世代ディスクに自動で書き換えれば写真は継承できることになっている。

CD-Rは25年前にできたコンパクトディスク(CD)規格で,進化が早いデジタル時代に25年もの長寿の規格として今でも健在な珍しい規格である。CD-ROMなどでソフトや音楽ががある限りこの規格はサポートされ続けるものと思われる。

そのためDVDドライブであっても、Blu-RyaドライブであってもまだまだCDはサポートされ同時に内蔵される珍しい規格でもある。しかもCDもDVDもBluも12cmで外形が統一され、その次はホログラムか何かわからないが、おそらく外形も統一され、4世代のドライブが、同時にサポートされる可能性があり、理想的な互換性を持っている。

光ディスクは、メモリ-カードなどがどんどん形を変えてしまい互換性がなくなるのに対し、ユーザーに迷惑をかけないような、親切設計となっている。写真保管したアルバムが同じドライブで簡単に自動で書き換えできれば、ドライブやOSの世代交代は怖くない。誰でも簡単に、古いDISCを次世代DISCにコピーすればよいことになる。

EVRPLAYはこの書き換えMigration Ruleを内蔵し静止画も、動画も、撮影情報などメタデータもすべて落ちなく自動で書き換えることができる。

したがって赤ちゃんの写真を100年後にも安心継承できるというわけである。

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2008年5月10日 (土)

DVDの寿命の推定【デジタルコンテンツ協会】

パソコンだけでは心配だから、写真を永く保管し、家族や仲間ともデータをシェアできる媒体として、たいていの場合,誰もがCD-RやDVD-Rへのバックアップをイメージし、その寿命は半永久的だと信じている。

このCD-RやDVD-Rの寿命推定の方法を確立しようと、取り組んでいるのが経産省関連の財団法人 デジタルコンテンツ協会 である。

ここが2003年から2004年にかけ国内の店頭で入手できる18ブランドについて寿命推定実験を行ってその結果を発表している。

寿命推定は通常アーレニウス試験という方法で行われる。この方法は、温度と湿度を高温,高湿に数点変化させ、その条件で劣化を加速させ目的の特性データ―の変化を測定する。各温度での劣化結果の関数[傾斜]を常温(25度)に外挿[補外法]し寿命としている方法である。

私がコニカ㈱、在職当時のカラー写真の無水洗処理の開発でも、、水洗処理するより、化学的な安定化処理を施したほうがはるかに劣化が少ないということを証明したのもこの方法で、実際、写真の処理は水洗がなくなり、世界中に普及し、30年近く立ち、結果は問題なく、この試験法が実際の結果と大きくはづれていないことを証明している。

同じくコニカ㈱が世界で初めて百年プリントというカラーペーパーを開発し、発売した技術もこの方法によって新しいカプラーという色素の分子構造の工夫によって、プリントが100年後にも、問題ない程度にしか褪色しないことを証明したものである。

実際には100年先のことは誰にもわからないが、高温,高湿で温度を数点変化させ、数週間保存し、其の状態での劣化度を測ることで、常温での100年後の劣化度を推定できるという、化学におけるある法則を応用した寿命推定方法である。

デジタルコンテンツ協会の試験ではDVDのデータが読みとれる基準を設け、数点の高温、高湿下に記録ディスクをおいて、劣化を測り、常温では何年でその基準値を上回るエラーレートとなり、危険かを寿命として推定している。発表された試験結果は

DVDの推定寿命(デジタルコンテンツ協会調べ)。
 ◇DVD-R(書き込み一度だけ 消去不可能)
   国内Aブランド 105年
   
国内Bブランド 実験中に劣化が進まず、推定不能
   国内Cブランド 11年
   国内Dブランド 19年
   台湾Eブランド 実験前からエラーが多すぎて推定不能
   台湾Fブランド ディスクによってばらつきがあり推定不能
   台湾Gブランド 実験前からエラーが多すぎて推定不能
   台湾Hブランド 実験前からエラーが多すぎて推定不能
 ◇DVD-RW(書き込み何度でも 消去可能)
   国内Iブランド 12
400年
   国内Jブランド 45年
   国内Kブランド 28年
   台湾Lブランド ディスクによってばらつきがあり推定不能
   台湾Mブランド 劣化が早すぎて推定不能
 ◇DVD-ROM(書き込み何度でも 消去可能)
   国内Nブランド 307年
   国内Oブランド 219年
   台湾Pブランド 139年
   台湾Qブランド 15年
   台湾Rブランド 10年
 (実験データに基づく推計値で、実際はほかの要因でより早く劣化する可能性もある)
,

というものでこれに基いてNHKや朝日新聞の報道は行われたものと思われる。

このブランドがどこのメーカーかは公表されていないが、実は私がコニカ㈱在職当時2003年にHOTALBUMの開発の中で、まったく同じ試験をCD-RとDVD-Rに対し行っている。

この結果から、この国内ブランドがどれか、海外ブランドがどれかはおおよそ見当がつくが、そんな理由からホットアルバムコム㈱として発売した、ホットアルバムデイスクは 上記DVD-Rの劣化しないサンプルBのメーカーと思われる〔われわれの試験結果から推定)

国内メーカーに日参し、採算性がない中で写真を守るためにはと、やっと専用生産を認めていただき、発売したものである。このときには多くの方にお世話になり,今でも感謝している。

現在日本国内の写真店で書き込みサービスされているHOTALBUM DISCもこのメーカーの専用生産DISCであり、あらゆるドライブでのテストでも他のメーカーのDISCとは数倍異なるエラーレートの低さであり、国産技術の高さには驚嘆している。このメーカーの汎用DISCは国内数社の有名メーカーにもOEM供給されているはずであるが、品質の高さが正しく理解されておらず、海外品の価格の安さに押され、品質が正しく理解されていない現状は、まことに残念であると思っていた。

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2008年5月 9日 (金)

DVDーRやCD-Rでのデジタル写真保管の危険性

アナログ写真はプリントしなければ画像は見られなかったから、ネガか、プリントのどちらかがどこか保管されており、突然消えるようなことは無かったが、デジタル写真では事情が全く異なる。

実はデジタル写真は基本的には30年先には鑑賞できる保証は無い。

たいていのシステムはドンドン進化してしまい、ソフトもハードも手に入らなくなるから、長く保管し鑑賞し続けるのは難しく、数年であっても、ウイルスやクラッシュで、突然写真が消滅したり、再生できなくなる危険も一杯あり、デジタルの基本的な欠陥といわざるを得ないが誰も此のことを公表していない。

先日の朝日新聞とNHKの特集放映は珍しい例で、思い切った警告といわざるを得ない。

デジカメ写真を撮ったら、たいていは、メモリーカードに保管するか、パソコンのマイピクチャーやアルバムソフトを使ったHDD(ハードディスク)保管だろう。

またスキルがあれば、パソコン使ってCD-Rや DVD-Rにバックアップする。

デジカメはスキルさえあれば、どこにでも、簡単に、クリックひとつで保管できるから一見非常に便利なようで、結果的にはどこに保管したか分からなくなる。。

いろんなところにどんどん積み重ね、大量に保管すればするほど、長時間の動画を保管して見る気がしないのと同じで、観たい写真を探すのが大変となり、けしてみなくなる、観なければ、結局どこに保管したかもわすれ、探せなくなり消滅する。

パソコンのHDDの寿命は7年か8年、寿命の前にウイルスやクラッシュや上書き誤消去したり、パソコン買い替えなどで、写真を失う。メモリーカードも寿命は十数年、静電気で突然写真が消えたりもするが、SDカードがSD-mini、メモリーステイックがデユオのように数年で形状が代わってしまうから、カードは挿せ無くなり、再生できなくなろ。

デジタル家電企業は競争という大義のもと、あらゆるものをすばやく進化させ使えなくして買い換えさせるから互換性が無くなり写真は再生できなくなる原因でもある。

寿命も勿論だが、30年後にはOSなどソフトウエアも、ドライブなどハードも、あらゆるものが進化してしまい、今のまま存在しないから、どんな媒体に写真を保管したとしても、そのまま鑑賞できる保障は実は殆ど無い。デジカメ出現以来約10年たつが、調査では、すでに35%くらいの方が写真を見失ったり、誤って消滅させてしまたようである。

こういうことが無い様に、一般には写真をCD-RやDVD-Rにバックアップするのが常識的だが、実はJPEGという写真の基データをCD-RやDVD-Rなどに保管するときにウインドウズではファイルシステムというのを選んで保管記録するのだが、此のファイルシステムが、パソコンのOSが交代するときに勝手に変わってしまっており、Win-98で書いたデータが,XPやVistaでは再生できなくなってしまっている。

このことで数百万テラの画像が再生できなくなり米国で大問題となっているらしい。

また、CD-RやDVD-Rは記録したデータが光に弱く、特に紫外線で劣化し続ける。

記録したドライブや再生するドライブとの相性もあり、データの保管信頼性は一定ではない。

またメーカーやブランドによっては販売している商品でさえ寿命ゼロのものがあるという、光ディスクの寿命推定試験の結果から先日のNHKの報道は行われた。

HOTALBUMでは、これらC1エラーなど劣化が殆ど無い、圧倒的に高品質な太陽誘電製の専用生産のHOTALBUM-DISCを使い、ソフトウエアが此のディスクの専用コードを認識し記録するシステムとなっている。

HOTALBUMのmy-boxというソフトでは市販のCD-RやDVD-Rは記録できない(使えない)仕組みとなっている。

お客様からなぜ専用のCD-Rを使い、NETサイトでしか購入できないような、不便なシステムを強要するのか、?なぜ汎用の市販のCD-Rに保管できるようしないのか?不親切ではないか?という苦情も多い。

理由は、大切な写真を100年後にも安心保管したいから多少不便でも専用DISCとなっているが、これを長い間強いることも企業論理でありお客様優先でないことから、お客様が汎用DISCに記録することも選択できるようなシステムの開発を進めている。

いずれにしても、ホットアルバムコム㈱のブランドHOTALBUMディスクはこの太陽誘電製の高品質専用生産品であり、報道のような心配は無い超長寿のDISCである。

但しドライブがよほど粗悪の場合は絶対ということは無いので、注意は必要である。

HOTALBUMディスクは100年安心できる保存耐久性を保障したものではない、また100年保管できても意味が無い、なぜならそのときドライブもOSも無いからである。だヵら基本的には、次世代のDISCに書き換える事で写真を継承することを進めている。

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2008年5月 7日 (水)

NHKニュース9、DVDで永久保管は無理か?

此のブログのタイトルである、”写真を守りたい”を立ち上げた目的は、デジタルデータの保管が如何に難しいか、大切な写真を一瞬に消滅させてしまう危険が如何に多いか、皆様に、気付いていただき、大切な思い出、写真を、正しく保管する方法を知っていただき、次世代に遺す努力をしていただきたいと思ってのことでした。

それには、まず私の、開発商品の姿勢を知っていただき、HOTALBUMがどういう経緯で開発されたかを理解していただく必要があるとおもいブログを立ち上げました。私の人柄や開発、起業についての考えを出来るだけ多くの方に知っていただこうと思い、まずは、若い起業家の方に経験を伝えようとこのブログを書き出しておりました。

写真への思いは、おおいおい触れようとしていた矢先、昨夜、NHKのニュース9での特集放映、”DVDで永久保管は無理か?”という衝撃的な写真保管の危険性の放映となってしまいました。

この放送で、現在のデジカメ写真の仕組みが永久保管や安心保管という点では如何に危険か?良く理解いただけ手間が省けることになった気もしますが、

此の問題は、今年2月9日の朝日新聞夕刊の一面でも大々的に報道されたため、、その直後からPWPPIやCD-s21などの業界団体からHOTALBUMの写真の安心保管の仕組みについて講演をたのまれ紹介してまいりました。

業界が関心を持っているのは,HOTALBUMがEVERPLAY規格http://www.everplay.org/jpという業界標準のファイル構造を使って、CD-RやDVD-Rに写真を保管し、パソコンとアルバムDISCでダブルに連携保管し、このアルバムDiscを遮光性の保護ケースに保管してデータを紫外線から守り、媒体の世代交代には次世代システムにEverplay規格のマイグレーションルール『移住』で書き換えが出来るなど、100年後にも安心して鑑賞可能なシステムとなっていることをご紹介してきました。

私どものHPwww.ha-hotalbum.com にその講演の内容をPDF原稿として掲載してあります、是非参照して欲しいと思います。

ホットアルバムはもともと私がコニカミノルタ㈱に在職時、大前研一(コンサルタント)氏と一緒にデジタル写真の保管の危うさを解消しようとアイデアを出しあい、その後も、氏の協力を仰ぎながら開発した商品です。

此の商品を社会共通のデジカメ写真のアルバムの標準『デファクト』にしようと考え、富士フィルム㈱やKODAK㈱にも呼びかけEVERPLAYという規格を策定しました。

これは、進化が激しいデジタルの世界で、赤ちゃんの写真を100年後にも、鑑賞できるよう記録フォーマットを規格化し、業界互換性や、書き換え継承『Migration』やHD-TVでの高画質鑑賞など未来を睨んだ特性を盛り込みこのEVERPLAY規格を策定したものです。

此の規格は現在、OSTAという業界団体にその運営を移管していますが、世界で始めて、実際のアルバム、アプリにこの規格を搭載し商品化したのがHOTALBUMです(2005年)。

この商品化と発売後、5ヶ月でコニカミノルタ㈱が写真事業から撤退するという発表を行いました。

私はHOTALBUMという商品はお客様の写真を護るための大切な商品であり、事業を消滅させてはならない、写真文化と業界発展尾ためにも、この事業を継続すべきであると、コニカミノルタを説得しましたが、コニカは撤退し、その代わり、私の熱意が会社に伝わり、関連特許48件と商標、著作物などすべての事業権を譲渡してくれることになり、私はコニカミノルタを退社し、ホットアルバムコム㈱を設立し起業することになりました。

コニカミノルタが長い間お世話になった、写真のお客様を捨てたことに対する贖罪の意味もありましたが、お世話になったお客様の大切な写真を護りたい、業界への恩返しの気持ちもあり、デジタルの先進企業が見落としていた本質的な写真保管の欠陥の解消に挑戦してみることにしたものです。

昨夜のDVDの保存性が危ないというNHKの放送で、メーカーやブランドによっては寿命が全く無い、粗悪なものが中国製や台湾製には多くあるが、保管テスト中一切劣化しないサンプルBのような国産、日本製のCD-RやDVD-Rもある。ということをご理解していただ桁と思う。

HOTALBUMは此のサンプルBの国産メーカの超長寿命のCD-RやDVD-Rを使い商品化したものである。しかもDISCの寿命とあわせ、アルバムの遮光ケースや、データーの分散記録など多くの工夫を導入しており、誰でも無意識に保管しても、確実に安心保管できる商品としてあります。

勿論DISCが100年保管できてもそのときはすでに、ドライブやOSが変わってしまい写真は再生できないという可能性も高くが、20年とか30年たったらまとめて次世代のblu-rayDISCやその次の光DISCに書き換え「Migration)出来るよう工夫がされている。

今後、写真保管の危険性や安心保管についても時々書いていきたいのでお付き合いください。

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2008年5月 3日 (土)

互換性はお客様のため

お客様優先の重要な機能に互換性がある。

コンパティビリティーとユニバーサルデザインは非常に重要な機能である。私が人生の大半を過ごしたアナログ写真の世界では徹底して互換性を重視してきた。135ミリのフィルムサイズやパーフォレーション、カメラや現像処理など、すべたが規格で統一し、どこのメーカーのものでも、世界中どこの店でもプリントできるよう、共通、互換の中で、すべての開発が行われ、各社の競争は其の規格の中でのみ行われた。競争はフィルムの粒状性であったり、色の綺麗さやシャープネスであったり、現像処理の安定性であったりしたが、その中でも10年に一度位、互換性を無視した企業論理から新システム開発が行われて。126、や110サイズ,ディスクサイズなどの新システムだ。新カートリッジフィルム開発などの大掛かりな開発が行われたがすべて失敗に終わった。

これらはユーザーの利便性が全く無いわけではないが、フィルムのサイズが小さくなり、写真の品質、特に粒状性などは低下し、フィルム交換が少し簡単になる程度のことで、逆に現像所では新システムに必要な、新たな処理機への膨大な投資が行われたが、いずれのシステムも数年で消滅し、常に互換性が高い、135ミリフィルムに戻ってしまった。これが顧客優先を忘れた企業への民意の表明であッ他のだろう、大きな顧客価値や感動が得られたとしても、互換性を無視したら、けしてお客様の支持は得られないということだと思う。

これに懲りず、デジタルへの最後の備えとして行われたのが、APS開発という5社連合の大プロジェクトであったが、企業論理の新提案であったから、フィルムはやはり135ミリに戻ってしまい、デジカメの台頭を早め、アナログの寿命をちじめる結果となってしまった。デジタルでも各社が一人勝ちを狙って互換性無視の媒体や規格提案を続けている。ムーアの法則にしたがって進化するのは当然ではあるが、互換性を無視するとBlu-RayやHD-DVD競争のように、民意のしっぺ返しにあいかねない。

その点優れた互換性と思えるのはコンパクトディスクCDやDVDやBlu-Discなどの光ディスクであろうか。外形が12cmで統一され、CD規格は25年たっても健在で、DVDマルチドライブやBlu-RayドライブになってもCD規格をサポートしている。アジアやアフリカなど発展途上国のパソコンではCDが標準だが、先進国ではDVDやBlu-Rayドライブに移行してもこのCD規格をサポートしており、互換性の点できわめて優れている。旧システムを切り捨てて進化してきたデジタル業界では、光DISCは顧客優先の互換性を維持しながら、進化している稀有なシステムであることがあまり知られていないが特筆すべき特徴と思われる。

音楽CDなどのコンテンツがROMとして膨大に流通している限り、今後も光ディスクはマルチシステムをサポートしながら互換性を維持して長寿に生き残ると思われ、写真を100年先に遺し、ポータブルにシェア出来、長く鑑賞するための媒体としては最適であろうと思っている。

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顧客優先の商品開発

”相手を立てれば蔵がたつ”は昔、キャバレー王と呼ばれ、長者番付けの、トップにもなったキャバレー経営者、福富太郎という成功者のことばであったかと思うが、彼の経営理念は徹底してお客様がくつろげる場の提供をめざした利他的精神であった。

最近は、利益優先、生き残りをかけるあまり、お客様最優先を忘れてしまったような企業の話題が目立ち残念である。あの有名な高級料亭がお客様の食べ残しを暖めなおして再提供していたなどは言語同断だが、企業は競争を意識するあまり、お客様最優先をわすれ、機能競争にしのぎを削ってしまいがちである。

この機能競争は大企業が生き残るためには必要だが、使い勝手を悪くし、ひどい場合は前の商品と互換性無く、買い替えを余儀なくさせ、お客様にひどい迷惑をかけてしまうことも多く、このような企業論理の商品開発は、無意識ではあろうが本質的には、吉兆、ミートホープ、赤福などとも通じる利己的行為である。

WindousXPとVista やOffice2003と2007の関係など、実際に自分で使ってみてもひどい開発と思わざるを得ない。

特別なユーザーを除き大多数の顧客にとっては、せっかく使い慣れた知識や経験が無駄となり、迷惑この上ない商品開発としか思えない。

写真の場合も、デジタル化は便利な面もあるが、写真の主要な顧客である、主婦、シニア、育児ママなど、PCスキル弱者にとっては、パソコンが前提での仕組みや商品設計は迷惑この上ない。

アナログ時代の写真システムでは徹底して互換性を追求し、フィルム、パトローネ、カメラや現像処理でさえ統一し、世界中どこの商品でも、どこのお店に出してもプリントすることができ、使い勝手も同じでマニュアルなど不要であった。

デジタル時代になって、使い勝手もばらばらで、各社のメモリーカードの形状は異なり、スマートメディアはすでに市場に無く、SDとSD-Mini、メモリーステックとメモリースティックDuoのように同じメーカーでも、数年で形が変わってしまい前のカメラには使えない、パソコンやOSもどんどん進化しハードディスクやメモリーカードの寿命も十数年、寿命前にも、ウイルス、クラッシュなど、写真を再生できない危険が無数にあり、赤ちゃんの写真が30年後に鑑賞できる保証は全く無い。

一方、身の回りには、Wiiなどの簡単、家族、などを大切にした感動の商品も絶好調で、顧客最優先を図ることが最終的には企業繁栄の道であることも証明してくれている。

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2008年5月 1日 (木)

相手を立てれば蔵が建つ「福富太郎」

成功するために、利他的精神は行動の原点にすべきものです。

言い換えれば、”相手を立てれば蔵が建つ”と言うような意味ですが、情けは人のためならず(すべて自分のためです)とも同じ意味でしょう。

技術開発でも、起業するにしても、あらゆる行動の原点とすべきものとおもっています。

自分が成功するためには相手の利得をまず考え、行動すれば必ず成功します。そういう行動の癖をつけるべきで、まず自分のことを優先する人に成功者はいません、そう信じています。

利他的行為は、必ず自分の利得として還ってきますが、最初から狙って行動しても、利他的行為とはなりません。

起業は創造的な作業です。創造的な行為というのは、2つの相容れない矛盾を一瞬に解決してしまう作業に他なりません。成功するためにはあらゆる日常活動において、対立する矛盾との戦いの連続で、矛盾を解決するためにアイデアが必要になります。

成功しない人は、自分の側から見た利己的な自己優先のアイデアしか考えませんので、一方的で単純なアイデアとなりますが、成功する方はまず相手の利得を優先して考え、其の上で自分も最大損しない、自分のためにもなるようなアイデアをひねり出すよう工夫を凝らします。

そのためにはアイデアは必然的に高められ、飛躍した創造的なものとなります。ビジネスでも家庭生活でもおなじですが、相手のことをまず優先して考え行動すれば、その行動は自分のためにもなるような結果を生み、自分のことは相手が考えてくれるようになります。

そしてあらゆる場合にラッキーと思える現象が生まれてきます、これが神様のご加護となるのです、本当にそうなるから不思議です。実例は体験してみて下さい、私の経験もおいおいご紹介しましょう。

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